囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
「ぐああああああ、ちくしょおおおお、いてえ、いてえよおおおお!!」
アイクの叫び。
傷だらけのアイクが担架に乗せられ、竜車に運び込まれるのを、リンは口元を隠しながら見つめていた。
アイクとは知らぬ仲ではない。それでも駆け寄らなかったのは、警務隊、救急隊に阻まれていたから、というのが一つと、マルコが物言わず、リンの動きを手で制していたから、というのが一つであった。
なので、リンは遠くからアイクの容態を確認した。
アイクの身体には、幾本もの木の葉が刺さっている。木の葉の先端は鋭利に凍っていた。
恐らく相手は、木の葉と水蒸気を風で集め、木の葉の先端を凍らし、攻撃したのだろう。
魔力結合といって、水と魔力は結びつきやすい性質を持っている。そのため、魔力を内側に通して放置しておくと、通常以上の速さで凍ってしまう。
容易く凍るとはいえ、その手順を踏み、かつ軽量のそれらを手裏剣の如く飛ばすには、かなりの知識と技術が必要である。
(一体誰が……?)
視線を移す。
家の塀にもたれかかるように立ち、警務官にあれこれ言われながらも、やる気なくあくびを零す女性が一人。
マルコの妹、ネイファだった。傷一つついていない。
ネイファが振り返る。
リンとマルコを見て、ネイファが笑った。ツインテールにしていた髪の一房を、彼女がかきあげる。
自分がやった、ということだろう。つまりは加害者ということだ。
リンは落ち込んだ。自分の落ち度だと思ったからだ。自分がもっと、ちゃんとした手順を踏んでいれば、アイクは――
「もしかして君、この子のお兄さんかい?」
駆け寄ってきた警務隊の人が言った。
「はい。そうですが」
「あーよかった。いや、困ったもんだよこの子。現場に落ちている包丁やら魔力痕から見ても、彼女が被害者なのは間違いないんだけども」
「えぇ!?」
「え?」
「あ、いえその、申し訳ありません」
話の腰を折ってしまったことに、リンが頭を下げる。
どういうことなのだろう。ネイファが被害者なら、アイクは?
あるいはネイファのことを庇ったのだろうか……?
多分違うだろうと、リンは思っていた。しかしリンは、真相について尋ねることができなかった。
凶器にしてもそうだが、あまりにも闇が深すぎる。
知りたくない。その気持ちが勝ってしまった。謝意よりも。
「――話を戻すけど、あの子、事情を全然話してくれないんだよ。詳しい事情は兄から聞けって空筆で言うくせに、いつ帰ってくるかわからないって言うわ、伝書の連絡先は知らないって言うわ、だから困――あ、ちょっと君!! 待ちなさい!!」
話の途中で、ネイファがスタスタと塀の中に入っていく。
警務隊の人が、その後を追った。
だが、完全に姿を消す前に、ネイファが振り返った。
ネイファとリン。目が合う。ネイファは寂しげに笑って、指を走らせた。空筆だった。
リンは瞳の色を深くして、メッセージを受け取った。ネイファはやっぱり寂しそうな顔で笑ってから、塀の中に姿を消した。
空間に綴られた文面は――
『真実はそれぞれの心の中に』
「え!! あいつ俺の連絡先知らねえってマジかよ、クソ!! 家族だってのに、通りで全然連絡来ないわけだよ!!」
マルコが事情を説明しに、同じくその後を追った。
お互いに声を上げながら、やり取りしている。
リンはその様を、寂しそうに見つめていた。
空を見上げる。
やや紺色に染まりかかっている。
夜の合図だ。
そんな時。
「おい」
途端、リンの顔が間抜けになった。
突如、夜の代わりに、好きな人の顔が、視界一杯に、広がったからだ。