囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
カシャン。カシュ。カシャン。カシュ。
帰り道、ヒョウは受け取った黒い棒の後端から、棒を伸ばしたり、縮めたりして歩いていた。
リンはそれが何なのか未だにわからず、興味津々にそれを見つめていた。
二人の肩は、不釣り合いながら、並んでいる。
「リン」
カシャンと、棒を引っ込ませて、ヒョウが言った。
「はい」
リンが答える。
「何だってあんな状況になってたんだって話は、まあ後々家に帰ってから聞くとして――」
「はい!!」
「え、なに?」
「あ、いえその、申し訳ありません。帰ってから兄様と話せると思ったら、嬉しくて」
両手で口元を隠しながら、リンが言った。
ヒョウは呆れたような顔で笑う。
「何だそりゃ? まあそれはともかく、約束、ちゃんと覚えているんだろうな?」
「約束……?」
リンは口元を隠したまま、目を上向けた。
『お前が願うのはなー、相手じゃなくて自分の幸せだ。だから次に兄様と会うまでに、自分の願い事を考えておけ』
「はわ!!」
リンが口の前で手を広げ、大きな声を上げた。
「お前ねー」
「……も、申し訳ありません」
「まあ元々、強要するものでもなかったってのも、あるかもな」
リンがシュンとして目を伏せる。
今日の夜、その話をするのを楽しみにしていた。けれど、忘れていた自分に落ち度があることも、間違いない。
(兄様とその話ができたら、楽しかっただろうな……)
落ち込むリンの頭に、ヒョウの手刀の形をした手が、置かれる。
リンが振り返る。
ヒョウは笑った。
「が、お前はそんなこと言ってると一生考えないからな。今から考えろ。所要時間は五分だ。兄様が測っててやる」
笑って、ヒョウが言った。
「え? え?」
リンは慌てた。
目を向けても、ヒョウは笑いながら、目をそらすばかり。
リンは口元を隠しながら考えた。
願い事。
何もないと言えば、嘘になる。誰かを生き返らせたいとか、大人になりたいとか、そういったものを除いた上での話だ。ただし、リンの願い事には、例外なくヒョウが絡んでいる。
目を向ける。
ヒョウもまた目を向けてきた。
「一分経過ー」
笑いながらヒョウが言う。
恥ずかしくなってきて、目を逸らす。願い事があるとは言っても、節操のない奴だなとは、絶対に思われたくない。
でも。
ピクリと手を動かす。
頭の中にミーティアの姿が思い浮かんだ。腕を組んで『ゴメンね』とばかりに手を縦にしていた。
嫉妬はあった。だけどそれ以上に羨望があった。自分がヒョウと腕を組んでも、恋人と思われるはずもない。
当然だった。
「二分経過ー」
自分は十一。ヒョウは二十二。
どうして恋人と思われようか。いや、恋とさえ、周りは称してくれないだろう。そうこれはただの、憧れだった。
「三分経過ー」
自分の気持ちは周囲にバレているだろう。どうやら自分は態度に出やすいらしい。それでもそれは罪なんだと、止められたことは一度もない。みんな笑うだけだ。バカバカしいと、全員が思っているからだ。
負けるものかと思う。誰にも取られたくないと思っている。自分が負けず嫌いの面倒な性格をしている、ということは自覚している。しかし冷静になって考えると、この気持ちは、ヒョウにとって迷惑以外の何物でもないのではないか、とも思う。
「四分経過ー」
自分がヒョウに何を渡せると言うのだろうか?
親が死んだ。兄妹が死んだ。幼馴染が死んだ。自分には平穏さえない。
年の差は十一。仮に恋が成立したところで、ヒョウを咎人に落とすだけ。
何にもないなと思う。
好きです。ただ大好きですと、その言葉を告げるだけでも、自分にとっては罪なのだ。
ポタ。
冷たい雫が鼻の頭に当たって、頭上を見上げた。掌を、紺色の空に向ける。
ポタポタポタポタポタ……。
「おーマジで降ってきたのか。通り雨なら、いいんだけどな」
ヒョウが持っていた黒い棒の後端を、引っ張り伸ばした。
そして。
バン!!
音を立てて開く。するとそこには、一本の傘が誕生していた。
「はわ!!」
リンはビックリして、半歩下がった。こんなものは、
「お前ってマジで土人だなー。折り畳み傘って言うんだぜ。しかし小せえなーこれ」
「そのようなものがあるのですね、
「ま、一理あるな。しかしここは脱魔がひでえし、せっかくもらったもんだ。一流の魔術師は、あるもの全て使い切るってな」
「そうですね。ではあたしがお持ちします」
「そうか。じゃあこれ持っておけ」
リンはその折り畳み傘のことを言ったつもりであったのだが、渡されたのは、ヒョウが持っていた紙袋であった。
予想外のものを放るように渡されて、リンは慌ててそれを、抱き締めるようにして、受け取った。
落とさずに済んだことに、ホッと一息。ついていると――
「え……」
リンの肩を、ヒョウが抱き締めてきた。
掠れた声を出して、ヒョウを見上げる。
ヒョウはこんなこと何でもないとばかりに、笑って見下ろしていた。
――当然だった。
「後三十秒だぜ、リン」
何故なら、自分は
濡れないように肩を抱いてくれたからと言って、ヒョウが何かを想うはずもない。
だからこの行動は、百パーセント、ヒョウの優しさからきているものなのだろう。
口に出しては言えない。何故ならその言葉は、自分が口にしてしまうと、罪だから。
だから、心の中で言うことにした。
――そういうところが、大好きです、と。
「兄様」
必要以上に身を寄せながら、リンが言う。
「何だよ」
「リンの願い事は、もう叶っていると思います」
言うと、ヒョウはキョトンとした顔で目を開き、そうしてから、笑った。
「ほんとか?」
ヒョウが尋ねた。
適当なことを言って、煙に巻いていると思ったのだろう。
もちろん、本当だった。
リンは今、珍しく、自分が幸せになれるよう、願っている。
今だってほら、継続的に。
雨さんどうか――
「――はい!!」
――ゆっくりしていって下さい、と。