囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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貴女が盗んだものは

「なるほど。じゃあ無事に解決できたってわけね」

 

 

 白魔術室。

  

 アイリスやアーサーと同じく、一魔導師として潜入していた内閣直属守衛隊の一人、ホイットニー=ウィキマンが、言った。

 

 話している相手は、ミーティアである。

 

 話していたのは、事件のあらましと、その後のこと。

 

 ミーティアも多くを語らなかったので、結論だけ言うと、スカイプは今後も執事として仕えることになったらしい。

 

 まあ自分も現場にいたわけでないから、その人事について、多くは語るまいが、ミーティアは、バカっぽく見えて、実はそこそこに考えている娘だ。そのミーティアが、そばに置いておこうと考えたのなら、きっとそれは正しいのだろう。多分ね。

 

 

「うん。先生の言う通り、すっごく頼りになる人だったよ、ヒョウさんって」

 

「うん。まあ、ねー」

 

 

 ホイットニーは苦笑しながら、目を背けた。

 

 頼りになりすぎなんだよなーと、心の中で、思う。

 

 

『そろそろお金がなくなりそうなので、いただきにまいろうと思います』

 

 

 あの脅迫状を作成し、ミーティアに渡したのは、実はホイットニーだったりする。

  

 ミーティアはサボり癖があり――まあミーティアには死聴(しちょう)があるので仕方ない側面もあるが――よく白魔術室にくる。その時に、この事件の相談をされ、ホイットニーは『この犯人は身内である』と即座に確信した。

 

 何故なら、この事件は十三年前にあった事件と実に酷似している。そして、ミーティアが欲しいものを告げた相手は、学生と身内。十三年前の事件を、ミーティア相手に再現しようとする学生はそうはいない。となれば、残っているのは身内のみ。

 

 ミーティアの話に穴がないなら、まず犯人は内部犯で確定。ここまでは、過去の事件を頭に入れている人間であれば、誰でもできる推理。しかしヒョウは他国の人間だ。まずこの事件のことは知っていなかっただろう。

 

 

(恐ろしい奴。このことから、ヒョウは頭脳戦に持ち込んでも十分脅威ということがわかる。次は、妹に駒をけしかけ、ヒョウがどう出るかを調べてみるか。この情報は、仮に敵対しなくても、今後必ず生きてくるはずだから)

 

 

 あごを擦りながら、ホイットニーが思案する。

 そんな時、ホイットニーの前に封筒を差し出された。

 白い封筒には、ヴァルハラ学園の校章が印字されている。

 

 

「はい先生」

 

「何これ」

 

 

 ミーティアから白い封筒を渡されて、ホイットニーは特に疑うことなく受け取った。

 

 

「ヒョウさんから。というか、倒れてるスカイプの背に乗ってたんだけどね」

 

「はあ?」

 

 

 開くことなく、まずは裏面を確認。

 

 文が(つづ)られていた。

 

 

『これ、持ち主に返しといてくれ。北翼(ほくよく)の盗賊王、ヒョウ様より』

 

 

 何を言っているのかわからなかった。

 

 あいつが一体自分に何を返そうというのか。

 

 ゾッと鳥肌が走る。あいつに何かを貸していた覚えがない。忘れていただけ、とも思えなかった。

 

 何かの罠では? 思って、白雷球の光にあてて透かして見るが、何も見えない。

 

 見鬼(けんき)を用いる。魔力が込められていた。

 

 

(しまった!!)

 

 

 封を開いて、中を見る。

 

 入っていたのは、自分が新聞紙を切り抜き作った、例の脅迫状。

 

 ひっくり返すと、裏面は白紙。

 

 ホイットニーは、見鬼(けんき)を用いたままだった。

 

 白紙の裏面には、空筆で文字が書かれている。

 

 内容は――

 

 

『犯人は内部犯。よって、犯人を釣る。手を貸せ』

 

 

 手で口元を隠す。

 

 その時、ヒョウのアヤメ色の瞳が、自分を見据えた、そんな気がした。

 

 

(こいつ……っ)

 

 

 魔力探索。魔術師は、自分の魔力ならばある程度追うことができる。これによって、今の自分のポジションを見切られた。

 しかし、ホイットニーの着眼点は、そこにはない。気にかかったのは、この封筒だ。

 

 

(校章から見ても、この封筒は学園で使われているものだ。時系列的に、ヒョウがこれを手に入れられる機会は一度しかない。学園長室、つまり、ミーティアから話を聞いてすぐ。つまりヒョウは、初手からこの脅迫状を封筒につめて、ミーティアに渡し、自分の位置を特定するシナリオを構築していたということになる)

 

 

 恐らく魔力痕の痕跡がなさすぎる点。つまり、魔導師にしても学生にしても、腕がありすぎるという観点から自分を特定したのだろうが、それでも初手でできる発想じゃない。

 

 

 ヒョウの鋭さは完全に神の域に達している。

 そんな人間に自分の位置を知られた。

 恐らくこの鋭さなら、自分の目的も察しただろう。

 自分の性格さえも。

 今後どうなるのかは、見当もつかない。

 何せ、こっちから知るヒョウは、まるでわからないのだから……。

 

 

「先生」

 

 

 ホイットニーは何も答えられなかった。

 手がおこりのように震えていた。

 深い闇の中にいる。

 今、そんな気分だった。

 

 

「盗賊王」

 

 

 目を向ける。

 ミーティアは、こっちの気も知らず、幼気な十六歳の顔で見上げてる。

 

 

「って書いてるじゃないですか?」

 

「それが?」

 

「ってことはやっぱり、ヒョウさんは泥棒さんなのかな?」

 

「……あんたがどう思っているか知らないけれど、こいつとはもう関わらない方がいいと思うよ。今ハッキリわかった。やっぱり魔族は人間じゃない。こいつは、化も――」

 

「本当に泥棒さんだと思うよ? ボクは」

 

「……何か盗まれたの?」

 

 

 少しでもヒョウを知ろうと思って、尋ねた。

 ミーティアは指先を下唇に当てて、顔を持ち上げた。

 

 

「盗まれたというより、盗んでくれた……かな」

 

「盗んでくれた? 何を?」

 

「多分、誰もが持っていて、誰もが持っていたくない(もの)

 

「……」

 

「ボク、すごく感謝したよ。だけど、同情とか、感謝とか、そういうものは何もいらないって感じで――まるで全てが、夢だったみたいに、どこかへと消えちゃった」

 

 

 カランカラン。カランカラン。

 

 

 授業の始まりを教える、鐘の音が響く。

 

 手を合わせ、目をキラキラと光らせていたミーティアが、目蓋を下ろし、笑った。

 

 

「先生」

 

 

 一度背を向け、桃色の髪をなびかせながら、ミーティアが振り返った。

 

 

「先生が、ヒョウさんの何を調べようとしているのか、先生が、ヒョウさんのことをどう思ったのか、ボクにはわからないけれど、多分それが、ヒョウさんの全てだと、ボクは思う。以上報告終わり。じゃあね、先生」

 

 

 今度は何の流行りをマネているのか。

 

 指を二本立てて、ミーティアが笑う。

 

 一人になった白魔術室。

 

 ホイットニーはガラガラと窓を開き、煙草を口にくわえた。煙草の先端に火をつけ、煙を肺に入れながら、今一度、自分が作った脅迫状の裏面を見鬼(けんき)で見据えた。

 

 

『犯人は確実に内部犯。犯人を釣る。手を貸せ』

 

 

 これが、脅迫状の裏面に(つづ)られていた文面である。

 

 

(まず間違いなく、ミーティア邸の人間と内通するためのメッセージ。そして、この文章から発せられる魔力が、魔力探索の目印にもなっている。封筒に込めればいいだけの話ではあるのだが、まあ一応、一石二鳥の手順ではある)

 

 

 目を閉じる。

 ミーティアから聞いた、ヒョウの行動を考える。

 

 

(初手である、ミーティアとのデートは、ヒョウが外部犯の可能性を疑っていることを示している。だが同時にそれは、ミーティアの性格、道具を調達し、ミーティアに変装するための手順でもあった。これもまた、一石二鳥。一手で二手三手と複数の効果を持たせている)

 

 

 一手で複数手の意味を持たすのは、賢人がよくすることだ。

 だから深くは考えなかった。

 だが――

 

 

 

『同情とか、感謝とか、そういうものは何もいらないって感じで――まるで全てが、夢だったみたいに、どこかへと消えちゃった。――多分それが、ヒョウさんの全てだと、ボクは思う』

 

 

 ミーティアの言葉。

 

 

『あの二人の間にあるのは、嘘偽りのない、絆です』

 

 

 アイリスの十七歳らしい、青臭い報告。

 

 

 

 これらの報告を合わせて考えると、少し違った顔も見えてくる。

 ヒョウは――ただ単に。

 

 

 

「二手三手と同時に潰し、早く帰りたかった……だけ?」

 

 

 煙草の先端から、灰が落ちる。おっといけねと、灰皿をとって、そのまま押し潰す。新しく煙草を取り出し、口にくわえた。

 

 

(考えてみると、ヒョウは入学した時はBクラスであった。しかし僅か一時間の間に、リンがいるAクラスに昇級した。そして今回、ヒョウはただの半日で事件を解決し、リンの元に帰った)

 

 

 確かにすごい奴だ。

 恐ろしい奴だ。

 しかし別の側面から見ると、実に笑える話ではないか。

 

 何せヒョウは、ただの一日さえ、リンと離れることができなかったとも、言えるのだから。

 

 

 ヒョウは盗賊王と名乗っている。

 泥棒だから、人の心さえ、盗める。

 こっちの情報さえも、即座に盗まれた。

 

 しかしこれは、ヒョウにとっても、不覚であったのかもしれない。

 人間でも魔族でも男である以上、恋はする。

 そうつまり――

 

 

「人の心を盗むは、泥棒だけにあらず……」

 

 

 先端に火がついた煙草。

 

 

 口から離しながら、声に出した。

 

 

 そして。

 

 

「アッハッハ」

 

 

 二十七歳の自分の言葉とは思えず、一人大笑した。

 

 

 震えはとっくに止まっている。

 

 

 調べる気も敵対する気も失せた、ということもあるが、女の自分が、坊やを恐れる道理はないだろう?

 

 

 ふと思う。

 

 

 次にリンと会ったら、言ってみてもいいかもしれないと。

 

 

 北頭(ほくとう)の超々名作怪盗漫画から、名言を一つ拝借して。

 

 

 

貴女(あなた)が盗んだものは、人の心です。――なんつってな」

 

 

 

 

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