囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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その名はシュバリエ

「私が君に何をしてほしいか、わかるね?」

 

 

 アイクの父である、アイザック=バルカンが上等そうなソファーに腰かけながら言った。使用人の女にシャンパンを注がせる。

 

 その話を聞いていたのは、ミーティア家守衛隊長、シュバリエ=レギンであった。その両脇を囲むように、アイザックの正規の傭兵が立っている。

 

 

「この二人を襲えと?」

 

 

 使用人から渡された写真を手に取り、シュバリエは尋ねた。

 写真は二枚あり、一枚につき一人写っている

 

 

 一人はボーズ頭の男。

 もう一人は、紫の髪をした娘。

 

 下に名前が振られている。

 

 

 A。マルコ=ラングレイ。

 B。ネイファ=ラングレイ。

 

 

 どちらもまだまだ子供だった。

 

 

「そうだ。君ならば簡単なことだろう?」

 

「良心さえ邪魔しなければ」

 

「ほお。傭兵とは気楽なものだな。まあ当然か。我々のように、国の未来を預かっていないのだから。責任感、というものが、欠如しているようだね」

 

「出過ぎたことを言うようですが、この件は放置しておくのが最良だと思いますね。あなたの息子さんは青少年保護プログラムで不起訴がほぼ確定。青少年保護プログラムは、罰を与えることではなく、加害者を更生させるために作られている。故に、名前出自を表に出すことは厳禁。そこには両親も含まれる。復讐は何も生まないとは言いませんが、動いても深みにはまるだけかと、私は思いますがね」

 

「平和とは」

 

 

 白雷球の下、シャンパンを注いだグラスを回しながら、アイザックが言った。

 

 

「下民から牙を抜くことで生まれる」

 

「……」

 

「息子が襲われたことなど、私にとってはどうでもいいのだよ。所詮出来の悪い息子だ。だが民政に携わる者として、こういう輩は放置してはおけぬ。こういう、上に立てつくことを厭いもしない、バカな輩はね」

 

「なるほど。つまりはこういうことですか? お上に逆らった人間は徹底的に潰さなければならない。希望を持たせてはいけない。世の中、綺麗なものは泥の中にしかなく、空を求めればどうなるか、教えなければならない。北頭(ほくとう)の安全神話は私の祖国、北翼にも届いていたものです。しかしながら、そのやり口とは、奴隷商が奴隷を躾ける方法と似ている。なるほどなるほど。実に美しい国もあったものですな。私、感服いたしました」

 

「貴様!! 無礼だぞ!!」

 

「やめないか!!」

 

 

 部下の狼藉を、アイザックで言葉で止める。

 

 シュバリエは、自分の胸倉をつかんできた男の手を、笑って下ろす。

 

 胸倉をつかんできた黒服が、動揺しながらシュバリエを見ている。

 多分、胸倉をつかむ手を、力で、押し返したからだろう。

 唖然とする黒服に対し、シュバリエは口元だけで、笑った。

 

 

「逆にここまではっきり言ってくれた方が信用できる。何より、ミモザ君から借りた傭兵でもあるしね。傷つけては申し訳が立たない」

 

「申し訳ございません。何分、嘘をつけぬ小心者でして」

 

「ただし一つだけ言っておく。散々皮肉をぶつけてくれたが、それでもこの国が一番平和であり、先進国であるのは間違いない。交鳥七大陸。国に分ければ百国あまり。間違いなく北頭アイスビニッツは上位に入る。うまい物を食い綺麗な服をまといながら愚民は不平をたれる。ふざけるな人間らしい生活をさせろと。君はそんな愚民の言葉を信じるバカなのかね?」

 

 

 完全に論理のすり替えであったが、反論することもバカバカしかった。

 そして、アイザックの言っていることは、半分は正しい。しかし半分は間違いだ。

 だからシュバリエは、仰々しいほどに頭を下げた。

 

 

「失礼いたしました。確かにこの国は現状美しい」

 

 

 確かにこの国は美しい。

 だが、それも陰りが見えている。

 多分それには、上の人間はもちろん、下の人間も気づき始めている。

 だから、上の人間は異様なまでに金をかき集め始め、下の人間はこれでもかと金を溜め込み始めている。

 そういう負の連鎖が、自分達を呼び寄せる切っ掛けを作ったのだ。

 

 

(愚かな。人畜相手に鞭を振るい続けていれば、酒池肉林の生活が続いていたものを。つまりあなた方は、我々を敵に回すというわけだ。後悔しなければよいですがね)

 

 

「謝罪は結構。私が求めている言葉は、できるのか、できないのか。その答えだよ」

 

「いいでしょう。ここで引き下がっては、末席とはいえあなたに雇われている身として立つ瀬がない。引き受けましょう」

 

 

 写真二枚を胸ポケットに入れて、踵を返す。

 

 

「ご安心ください。プロとして、足がつかないようにやり遂げますよ。――お互いのためにね」

 

 

 シュバリエが振り返り、アイザックを見据えた。

 

 ワインを口に含んでいたアイザックが、グラスを外して、笑う。

 

 

「期待しているよ。虎戦傭兵団『ブルータス』団長くん」

 

 

 

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 もう一つの護衛先である、ミーティア邸に建てられた宿舎。

 

 そこには、シュバリエを含めて六人集まっている。これは全団員の約三分の一である。

 

 シュバリエは、団員に向き合わず、窓の外を見ていた。

 

 外では篠突く雨が降っている。

 

 

「襲うんですかい? 隊長」

 

 

 集まった団員の一人、ジョニーが尋ねた。

 

 

「雇われている以上はそういうことになりますなー。今更紳士を気取っても仕方ありませんから」

 

「しかしこの男もアホですね。いや、この男ってのは、こいつじゃなく、隊長を雇っている男のことですが。外務省の事務次官、つまり外務省のトップなんでしょ? 隊長に依頼した男は。面と向かって見て、気づかないもんですかね? 俺たちの正体に」

 

「いえ、彼は外務省の事務次官ではない。彼は、国土交通省の事務次官ですよ」

 

 

 雨で洗われる窓を見つめながら、シュバリエが言った。

 

 

「外務省に務めているのはお嬢様の母親の方だ。このバカ」

 

 

 叱責したのは、ロナウドであった。

 

 

「かつては建設省にいたようですがね。どうやら統合されたようです。それでも、統合された各事務次官を押さえて省のトップに立ったのだ。政治力は中々のものなのでしょう。実際、この計画の発案者でもある」

 

 

 キャビネットの引き出しを開き、分厚い紙の束を取り出した。

 背中を向けたまま、表題だけを後ろにいるジョニーに見せる。

 表題にはこう書かれていた。

 

 

 神意鹵獲計画。発案。アイザック=バルカンと。

 

 

「バカな男ですね。そんなもの。成功するはずないってのに」

 

「いや違いますね。その逆です」

 

「え」

 

「賢いのですよ」

 

 

 どうでもいいとばかりに、神意鹵獲計画の紙束を一人用テーブルの上に放る。

 実際どうでもよかった。

 これは、潰すべき大枠に入った、一部に過ぎないのだから。

 

 

 シュバリエが、クルリと振り返り、団員に目を向けた。

 

 

「さて、いい加減話を本題に戻しましょう。渡した資料に書いているように、ターゲットBの女は声が出ないそうです。そしてターゲットAは、恐らく青少年保護プログラムの一、禿頭刑を受けている。つまり、妹はどうかわかりませんが、兄には敵が多い可能性が極めて高いということです」

 

「調略ですね」

 

 

 ロナウドが言った。

 シュバリエは口元を触りながら、口を開いた。

 

 

「その通り。元々アイザックが我々を雇ったのも、政敵であるミモザ=ソーンが我々を雇っていたのを不可思議に思ったからでしょう。あわよくばこういう依頼をぶつけて、潰すために。我々がヘマをすれば自分の身も危ういが、ミモザの身もまた危うくなる。そしてあの男は、政治的に勝ち切る自信があるのでしょうね。先の計画の主導者でもありますし、あらゆるところへの根回しもぬかりなく行っているはず」

 

「なるほど」

 

「ですから最優先すべきことは、この二人の情報を集めること。そして、兄に怨恨を持つものを見つけ次第、ぶつけます。こちらの存在を匂わせる必要はありません。双方にとって無益ですから。ただし――」

 

 

 雨音。

 宿舎の中にまで、響いている。

 

 

「どこに横たわっているわからない、狼の尾は踏まぬように」

 

 

 静まった宿舎に、シュバリエの(バリトン)が、響く。

 

 

「それでももし、踏んでしまったら?」

 

 

 人を食ったような笑顔で、ジョニーが尋ねた。

 シュバリエが、笑う。

 

 

「その時は――」

 

 

 雷。

 音を置き去りにして、雷光を刻んだ。

 

 

「殺し合い。そんな結末もあるかもしれませんねー」

 

 

 轟音が響く。

 稲光が、シュバリエの狂気を、白く照らした。

 

 

  <貴女《あなた》が盗んだものは 了>

 

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