囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
本来、ヒョウは誰かに触られることを極端に嫌う。
睡眠中など持っての他で、握っている人間の命を保証しないでいいなら、ある意味もっとも早く起こす方法であると言えるだろう。
そんなヒョウが、今現在、眠っている間に手を握られているのを、許している。
握っているのがリンであると、わかっているからだ。
握られた手。
何か文字が綴られている。
内容は――
目を開く。
正面にリンがいた。
着替えも終わり、準備万端といった感じであった。
リンはダボダボの服を着るのが好きで、春冬いつも長袖である。
スカートもそれに準じることが多いが、今日のスカートは短かった。
蒼と白で合わせている。
空の配色と同じだからか、その二色が合うことは知っている。
リンは子供だ。
しかし普通に似合っていた。
というか、リンなら大抵のものは着こなすだろう。
リンはものがいい。
性格も大人だ。
背も子供にしてはやや高いほうかもしれない。
リンと長く話していれば、誰でも一回は思う。
本当にこいつは十一歳なのかと。
脳の発達が著しく早い魔族ならばよくあることだが、リンは人間だった。
だから自分は時折心を惑わされるのだ。
そう思うことにしている。
「おはようございます。兄様」
赤い顔で目を伏せ、リンが言った。
赤い顔をしている理由は、着慣れていないものを着ていることが一つと、リンが掌に書いてきた、文字が原因であろう。
(恥ずかしいならするなよなーこいつ。こっちまで……)
身体を持ち上げ、んっと伸びをする。
実は照れ隠しの一環でやっていた。
この部屋にいる二人、どちらも照れている。
物凄くアホらしい話である。
油断すると、口が変な方向に曲がりそうになるので、それを押さえた。
「リン」
「は、はい!!」
「すげえ地味な起こし方だな。他に何かなかったのか?」
「はわ!!」
後ろで、リンのいつもの声が聞こえた。
ヒョウはタンスから、服を上から順に取ろうとして、手を止めた。
ふと昨日の、服を一生懸命選んでいるリンの姿が頭によぎったからだ。
振り返る。
リンは正座して、背中を向けていた。
「リン」
「はい」
「飯はもう食ったのか?」
「いえ。まだです」
「食べたいものはあるか?」
「特にはありません。兄様が食べたいものがあるのなら、それで……」
「そうか。後な」
「はい?」
リンの言葉の語尾が持ち上がる。
「あ―その」
頭をガリガリとかく。
言うべきか、迷った。
「俺はお前みたいに、うまいこと服合わせるの無理だから、あんまり期待すんなよな」
自分のための言葉だった。
かなり遠回しだが、リンのための言葉でもあった。
だから言うか迷った。
一拍。
間があった。
「期待します」
「あのな」
思わず振り返って、目を向ける。
リンは背中を向けたままだった。
「だって、兄様と二人きりで出かけるのは、初めてのことですから」
「いや、それはねえだろ。ちょくちょく出かけたことあるぜ?」
「いえその、調練や、たまたま二人になってしまったことは、あります。ですが、その……どこかに行こうと、誘ってくれたのは、初めてなので」
「……」
どうやら物凄く期待されているようだが、昨日の会話をぜひ思い出していただきたい。
(いや、今回もただ調べものに行くだけなのですが……)
ちょくちょく言っているが、リンにはこういうところがある。
読めないというか、突拍子がないことをするというか、間が抜けているというか。
(しかしどうしようこれ)
何かするべきなのか?
予定変更、いや、追加するべきか?
(いや、見栄を張っても泥沼だな、多分)
顔を向きぬまま、指を一本立てる。
「昨日も言ったけど、調べものにいくだけだからな」
「はい!!」
嬉しそうなリンの返事が背中を打つ。
ヒョウは笑った。
リンの機嫌がいいからじゃない。
ヒョウは、リンのその声が、嫌いではなかった。
笑いながら、上着を脱ぐために手をかけようとして、その手を止めた。
掌を見つめる。
リンが先に、文字を綴っていた手。
内容は――
起きてください、兄様。
掌を見つめる自分が、笑っていることに、気が付く。
「……」
ヒョウは気を取り直して、服を着替え始めるのだった。