囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
「はあ、はあ、はあ」
マルコは、自分なりの精一杯の早さで、階段を駆け降りた。
あるいはヒョウならば、窓から颯爽と飛び降りて、助けに行くこともできたかもしれない。
しかし自分はただの一般人なのだ。
そんなこと、できやしない。
『いつも裏道ばかり歩いている人間は、同じ道でいつか誰かと必ずかち合う。そして、その道を歩くものに、いつか必ず潰される。誰も通らない道だから文句も言えない。ま、一言で言えば、因果応報ってやつだ』
『あれがあなたのせいではないと言い切れますか? 巻き込んでいない。そう断言できますか? 次は、あなたが守ろうとしている、妹さんの番かもしれないのですよ?』
最近留学してきた、二人の言葉を思い出す。
知っていた。
そんなことはずっとずっと。
それでもネイファなら、そんな災厄は祓えると、母親に接するように盲信していた。
だがそれだけじゃない。
本当は――
中庭に出た。
二人組の男は、事務員らしき男の肩を嬉しそうに叩いて、去っていく。
ふざけるな。
今更笑って終われる問題ではないのだ。
こいつら。覚悟しやがれ。
ギタギタにしてやる。
思いながら、腕をまくった。
だが、ネイファと、事務員らしき男が振り返ったのを見て、足を止めた。
白いスーツに金髪。
眼鏡の奥から新緑の瞳が光っている。
「ペイリさん……」
「やあ、久しぶりだね。マルコくん」
ペイリ=クーデル。
ネイファと同じ先天性魔術師で、多分ネイファ以上の天才だった。
付き合いは、自分達が子供の頃から。
ペイリは、ヴァルハラ市で悪名美名ともに名高い、幼児英才教育保護施設、ベビージュエルの先輩兼指導者だった。
この先輩兼指導者というのは、ペイリがヴァルハラ学園を五年で卒業してしまったため――普通は一般教養含め十年以上かかる――であり、十歳という若さで、ペイリはベビージュエルの半分指導者(法律の関係上表向きは学生)になっていた。
卒業後、ベビージュエルに十年勤め、その後、二十歳で公務員試験を受けて、一発合格。ここヴァルハラ図書館の司書になったと聞いている。
絵に描いたような勝ち組の人生だった。
マルコはこの先輩があまり好きではなかった。
理由は単に嫉妬だったと思う。
そしてネイファの想い人とは、このペイリだったりする。
声も家族も失ったネイファにとっての、最後の希望だ。
何故だろう?
ありがたいはずなのに、思わず強く、拳を握っていた。
それを目ざとく、ペイリの新緑の瞳が、捉える。
マルコは自分の気持ちを隠すように、頭を下げた。
「どうも、こんちわっす。ペイリ先輩」
「あはは。いつも言ってるだろ? 僕はもう君らの先輩じゃないよ。それより君からもネイファ君に言ってあげてくれないか? 女の子が男の前で、財布なんて出すもんじゃないってね」
言われてみると、確かにネイファは財布を出していた。
どういうことだと思ってネイファに顔を向ける。
ネイファは身振り手振りで状況を解説してくれた。
どうやらペイリは、本来暴力沙汰になるところを、自分のポケットマネーで解決してしまったようだ。
軟弱な手順と思うなかれ。ペイリは強いのだ。自分はもちろん、声が出ていたころのネイファよりも多分強い。
金髪眼鏡に白スーツといかにも軟弱そうな格好をしているが、それは鷹が爪を隠しているのと同じだった。
十歳でベビージュエルの教官。その経歴は伊達じゃない。
ペイリがパンパンと汚れてもいない服を払う。
ペイリはやや潔癖症なところがあった。
「安心しなよ、マルコくん。偽善でもなければ偽悪でもない。ただ警務隊の世話になりたくなかった。それだけのシンプルな理由さ。渡した金は、服のクリーニング代とでも思っておけば、安いものだろ?」
「ふふふ。そうですね」
笑ってしまった。
この人は、こういう人なのだった。
合理的で、知的だった。
自分とは正反対で、ネイファが顔を赤くしてしまうのも、仕方ないことなのかもしれない。
「何にしても無事でよかった。もう少し話し込んでいたいところだけど、勉強の邪魔しちゃ悪いかな。じゃあね、二人とも。勉強、頑張って」
手を振って、ペイリが職場に戻っていく。
それをネイファは赤い顔で見送っていた。
「声、早く戻さないとな」
マルコが言った。
ネイファが振り返る。
「じゃないと、告白もできやしない」
マルコが続けた。
ネイファは――
心底うざそうな顔をしてみせた。
その顔を見て、マルコは落雷を落とされたように衝撃を受ける。
そんなマルコに追い打ちをかけるように、ネイファがグッと親指を下に向けて、会心の一撃を入れる。
マルコは更に衝撃を受けた。
マルコが石になっている間に、ネイファは髪をかき上げ、去っていく。
誰がどう見たって、バッドコミュニケーションである。
冷たい風が、寂しい音を奏でて、去っていく。
「はあ」
マルコは苦笑しながら、青空を見つめた。
「やっぱダメな奴だな―俺は」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その時、その様子を図書館から見下ろしていた者が三人、いや、二グループあった。
そのうちの一人がこの男。
ヒョウ。