囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
「何か一階に落ちてるの?」
尋ねられて、目を向けた。
アイリスがニヤニヤ笑いながらヒョウを見ていた。
何がそんなにおかしいのかはわからないが、どうせロクでもないことだろう。
まず間違いなく。
「いや……」
「リンちゃんだったらここにいるのに」
「はわ!!」
「あのね」
やはりロクでもなかったか。
思いながら、ヒョウはガンガンと窓を叩いた。
こういうズレた手合いとは、付き合ったら負けである。
「外に、ハゲと紫頭がいたんだよ」
「えっと、マルコさんと、ネイファさんのことでしょうか? 兄様」
苦笑いを零しながら、リンが言う。
「ああ。中々面白いことになっている。ちょっと見てみても、いいかもな」
「え?」
リンが窓越しに階下を見つめた。
ガタンと立ち上がり、アイリスも窓の外を見る。
ヒョウは両手を頭に当てて、目を逸らす。
「特に何もないように思うのですが……」
「恨まれてるね、相当」
「えっ?」
アイリスの言葉を受けて、リンが口元を隠して驚きを隠す。
バカだなと思いつつも、リンらしいなとも思っている。
(とはいえ、例え使ったとしても、あの金髪の魔装は貫けなかったかもしれないけどな……)
あいつは相当できる。
感情を読めたのは、単にアイリスの腕が頭一つ抜けているからだ。
(リンが
逆に言えば、リンは力を渇望している、ということでも、あるのだが……。
リンはこの二年の調練で、恐ろしいほどに強くなったのだから。
「ですが、何もせずに帰っていかれました。このまま何事も起きず、平穏に終わるのではないでしょうか?」
シュンと顔を俯けながら、リンが言った。
リンがマルコに少なからず好意を持っている、というのもあるだろう。
だがリンは、周囲の災厄のほとんどが自分のせいだと思っている節がある。
多分今回も、そう思っているに違いない。
「どうだろ? 自己嫌悪って言われるかもだけど、魔族ってねちっこいところがあるから。このまま終わらせるようなことは、ないと思うけどな」
「俺はそんなことないけどな」
「確かに、君は色々とズレてるから、そうかもね」
「あのー、お前にだけは言われたくないんだが?」
「あの……」
シュンと目を伏せていたリンが、口を挟む。
落ち込んでいるようにも見えたが、顔を上げた時、リンの表情は消えていた。
「どうしてお二人には、あの方が魔族であると、わかるのですか?」
「シンパシーだよ」
「シンパシー?」
「あたし達魔族は、お互いが魔族であるか否か、直感でわかるんだよ。実質勘なんだけど、外れたことはまあないかな」
「というかお前知らなかったのか?」
「いえその、もしかしたら、忘れていたのかもしれません。申し訳ありません。兄様」
照れた顔を隠すように、リンが両手を口元に持っていく。
リンは天才というより秀才だった。努力で得た力のためか、時々ポカもする。それがリンの突拍子のない発想や、行動に繋がるのだろう。
呆れる反面、微笑ましいところもあり、ヒョウは笑った。
「まあ、廊下でいきなり発火するような奴だ。人に恨まれるのも頷ける」
「それは君のせいでしょ」
アイリスのツッコミを受けて、ヒョウがまた笑う。
確かに前前前回(第一章)にてマルコが魔術で発火したのは、ヒョウが
ヒョウは本来体術主体のため、この手の補助系の魔術に長けていた。
「ま、いずれにしても、俺たちには関係のない話だな。放っておいて、勉強しようぜ」
「え……」
リンが掠れた声を上げて、ヒョウを見る。
ヒョウが目を向けると、リンはシュンと目を伏せた。
(まあリンならこう出るわな……)
ヒョウは人助けが嫌いである。
誰かを助けても意味がない。
そんな風に考えてしまう。
とはいえ、そんな自分が嫌いでもあるのだ。
(だから、リンにこの光景を見せたのではないか? 自分が、人でいられるように)
核心に触れた気がした。
だからこれ以上、考えないようにした。
リンが自分を見ていない時は、大体自分がやりすぎている時。
それが全てなのだ。
(しかしどう伝えたものかな? 俺はこれでも自分が極悪人であることにポリシーを抱いちゃっているからね――あ)
『あなたも、あの人たちと、同じなのですか?』
『ああ。極悪人だよ』
ポンと、手を叩く。
「お前っさー、今思い出したけど、初めて言った言葉『ありがとう』じゃねえじゃねえか。今ふっと思い出したわ。何だって兄様に嘘つくかねお前ー」
「はわ!!」
リンが両手で口元を隠して、大声を上げる。
そんな中、アイリスはクスクスと笑い、立ち上がった。
ヒョウとリン。
二人で目で追った。
「今来たばっかりだけどさ、ちょっと下のカフェでご飯食べに行かない? あたしが知っている限り、あの二人のこと話してあげるよ。それに――ここにはもう、いずらいでしょ?」
ヒョウが周囲に目を向ける。
そこには、ぶっ刺さんばかりの、剣呑な視線が並んでいた。
「はわ!!」
リンが両手で口元を隠して、決して小さくない声を出す。
それを見て、ヒョウは両手を持ち上げながら、笑った。
「やれやれ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、図書館三階。
ジョニーとロナウドもまた、ヒョウと同じくマルコ他二名を見下ろしていた。
もっともこちらの場合、ヒョウのようにたまたま発見したのではなく、監視の名目で見下ろしていたのだが。
「見ましたか? あの金髪野郎」
「誰に物を言っている。ジョニー」
ジョニーとロナウドの瞳は、色こそ違えどそれぞれ深みを増していた。
「今のは魔力探索ですね。チンピラに渡す金に、魔力を付与させてやがった。後でとっちめて取り返すつもりなんでしょうね」
自身の魔力はある程度まで追うことができる。その性質を利用して、物に魔力を付与し、物体、ひいては持ち主を追跡する魔術を、魔力探索と呼んだ。
「加えて言えば、あの男は対象Bに多大な恨みを持っているようだ。対象Aに対しては『愛』と『哀』、すなわち『心配』を覚えているのが多少気になるが、まあ些細な問題だろう」
金髪男こと、ペイリの心をガラス張りにして見抜き、ロナウドが言った。
アイリスもそうだが、ロナウドもまたプロ。加えて言えば、ロナウドの専門は『見』、すなわち相手の心を読むことなので、この結果も残当であった。
ロナウドがガタンと席を立つ。
「あいつにするんですかい、ぶつける相手は」
同じく席を立ち、ジョニー。
「まああれが一番都合がいいだろう。放っておいても勝手に潰してくれそうだが、多少なりとも接触しておかないと、こっちの手柄にならないからな。そういう意味では、完全な隠密行動はできないとも言える」
「暴力の出番はありますか?」
ジョニーが親指を用い、人差し指から順に折り曲げていく。小指にいくまでの間、計四回『ポキポキ』という音が響いた。
これはジョニー特有の指の鳴らし方だった。
「そうだな。少なからずマウントはとりたい。どっちが上か、素人とプロの違いとはいかなるものか、教えることは、あるかもな」
「くくく。それはまた、楽しみで」
ジョニーとロナウドが、波のない湖面のように静かに、魔力を練り上げる。
本来風は魔力に反発する。しかしこの場の空気は至って無風。誰一人として、二人に注目する者はいなかった。
些細なことだが、ほんのそれだけでも、二人が圧倒的な実力者であることが、わかるのだった。