囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
(何者だこいつ。
もしものためにポケットに入れてきた発火手甲。
使えば今度こそ退学のそれに、マルコは思わず手をやった。
(いや、相手はガキだ。ここで使う選択は百パーセントない。だが、話し合いが通じる相手なのか、こいつは……)
そんな時。
ガチャリ。
少女の後ろの扉が、開いた。
(新手か)
マルコは思った。
開いた扉から光が漏れている。
中から出てきたのは――
「今の声ってまさ――ってうわ!! 何この子!!」
「え!? クシム!! 何だと、これはどういう――」
尋ねるように少女を見る。
瞬間少女が跳躍した。
とんでもなく高い。
まるで月に帰ろうとするかのような飛脚法。
少女がマルコの後ろに着地する。
マルコは相手が少女ということも忘れて、思い切り手を振るっていた。見目は少女でも、実力差は虎と人間ほどもあると、本能でマルコは気が付いていたのだ。それでも振るってからマルコは思った。この一撃は当たるとまずいと。
少女が無表情にその一撃を待ち受けている。
その両腕が神速で動く。
だが。
少女の顔面に当たる寸でで、マルコの拳が止まった。
否、マルコが強引にその手を止めたのだった。
少女が目を見開く。
だがすぐにその手を取って、ねじった。
痛みに抵抗するようにマルコの身体が動く。
その動きを利用して、少女は投げに転じた。
バン!!
マルコの身体が、石畳に叩きつけられる。
腰だけを持ち上げようとするも、少女がマルコの両肩を手で押さえつけ、馬乗りになった。振り解こうとするが、振り解けなかった。
魔力は腕力に直結する。マルコの魔力は三位。少女の瞳の色は紫紺。すなわち七位である。腕がある魔術師にとっては、性別も年の差も一切関係なかった。
しかし、振り解けなかった理由は、そこにはなかった。
マルコの両肩を押さえつけ、少女がゆっくりと、マルコに顔を近づけてきたのである。
「いや、え、ちょ!!」
まさかキスということもあるまいし、ロリコンの性癖もないが、マルコは慌てた。
例によって無表情故、意図も全くわからない。
ゆっくりと顔を近づけてきた少女が、当然マルコの唇は素通りし、耳元で、ささやく。
その言葉を聞いて、マルコが目を見開く。
弾かれたように立ち上がった。
少女も同じく立っている。
また少女が口を開いた。
声には出してはいない。
マルコは読唇術を使えるわけではないが、その二文字は、何となく読み取れた。
「罠……?」
クスリと少女が笑い、飛びあがる。
マルコの家の手すりに飛び移り、そのまま他の家へ。
そして、夜闇へと少女は消えた。
カンカンカン。
階段を鳴らして、クシムが一階に下りてくる。
「ちょっとちょっと兄貴。今のは一体――」
少女がつぶやいた台詞は『住所』だった。
そこは少し前に取り壊しになってそのままの、廃工場がある。
そしてあの『罠』という台詞。
これらを重ね合わして考えると――狙いは。
クシムの言葉を最後まで聞くことなく、マルコは駆けだしていた。
(気をつけろネイファ!! 今回は、さすがにヤバいかもしれねえ!!)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
指定された場所に向かう途上。
ネイファは八人の屈強な男に、行く手を阻まれていた。
「ネイファ=ラングレイだな。警務隊を呼んでいないのはお利口だったな。呼んでいたら、今頃お前らのダチは、ズタボロになって発見されたはずさ。こっちは前科なし未来ありの若者が、いくらでもいるからよ」
饒舌になって語る男を、ネイファは静かに見つめていた。
チャチながら法律を利用している自分に、酔っているのかもしれない。
「付き合ってもらうぜ、ネイファ=ラングレイ。痛い目見たくなかったら、黙って従うことだ」
(八人か……)
男の言葉を右から左に聞き流し、ネイファは状況と今後を確認していた。
心の弱い奴ならば、ここでこいつらの言い分に従うだろう。人質もとられている以上、下手に出なければ、という考えも頷ける。
従えばボスにも会えるし、言い分も聞けるという利点もあった。
しかしそれは間違いである。それはただの逃げの発想だ。利点なんてものは、探せばどこにでもあるものなのだ。
ソボオを取り返すには、暴力か謀略の二択しかない。話し合いが通じたらあんなメッセージは送ってこないし、こんなことをしでかしたりしない。ここで従っても、取り返す時の障壁が増えるだけ。だとすれば、結論は一つ。
(数できたのが裏目に出たな。お前らだけでも、ここで削る!!)
パン!!
ネイファが柏手を響かせる。
男らは身構えた。
(遅いんだよ!!)
ネイファの周囲を風が走った。それが周囲の水蒸気を一斉に集め、それを術式練魔で豪水に変える。
ネイファが合わせていた手を離す。離したネイファの手の中には、水の玉がとぐろを巻いて、唸っていた。
「何だと!! 呪もなくエレメントもなく、どうやって水を!!」
男が言った。
答える気はさらさらなく――そもそも答えられないし――ネイファが両手を、相手に向けた。
「ぐっ!!」
放たれた豪水を、男らはそれぞれ腕で受け止めた。
いくら豪水にしたといってもただの水。さすがに連中を洗い流すほど膨大な水を呼ぶには、呪か大量のエレメントが必須である。
だが――こっからだ!!
掌から魔力を走らせた。
すると、放水していた水が、男らの手もろとも凍り付く。
魔力結合。
水は魔力と結びつきやすい性質を持っていて、龍脈に魔力を流し込んでやると、すぐに凍ってしまう。
そして――
ネイファがまたしても、両手を向き合わせて、構えた。次にネイファが従えたのは風だった。風は魔力に反発する。
ネイファはそれを手の中で凝縮圧縮し、溜め込んだ風を、相手に向けて放った。
それを正面から受けた男らが、腕に絡みついた氷を皮膚ごと引きちぎって、飛んで行く。
合計八つ。
大の男らが石畳に転がる音が響いた。
そこらに鮮血も舞っている。
「うわああああああああああ!!」
「いてええええ!! いてええよおおお!!」
ネイファがツインテールにしていた髪の一房をかき上げた。
こんなどうでもいい勝利で喜んだりはしない。
こんなものは、勝って当たり前だ。
問題はここから。
(さてこいつらをどう扱うか……)
ここで潰してしまうのは簡単だ。
突入して全員をボコることも不可能ではないだろう。しかしもしもはありうる。こっちは人質をとられているのだ。つまり後手。
(とりあえず、こいつらを使って、穏便に連れ出す方法を考えてみるか――)
「よええなーお前ら。そんな弱さで族やってるとかもはやギャグだろ。やめちまえ。才能ねえわ。最後には保護プログラムを利用した鉄砲玉にされるのがオチさ」
そんな時、近くに停まっていた竜車の荷台から、声がした。
ネイファが目を向ける。
下りてきたのは、黒いスーツを着た小柄な男。
口元には煙草をくわえている。
(こいつ……)
ネイファが思わず後ずさる。
「廃業する前によく見とけ。プロの暴力ってやつをな」
ニヤニヤと笑いながら、プロの魔術師、ジョニー=ホワイトは、言った。