囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
(こいつ……かなりできる!! ただのゴリラじゃない!!)
ネイファが両手を前に出し、身構えた。
ジョニーはニヤニヤ笑いながら、口元で指をふった。
「巷では」
ネイファが眉を持ち上げる。
煙草を口から離しながら、ジョニーが続ける。
「北頭は、七大陸で一番平和と言われている。しかしどこよりも事なかれ主義であり、人は人を助けない。知ってるぜ。こういうのを、自己責任って、言うんだろう?」
「……」
「とはいえ、一人ぐらい警務隊に連絡を入れてもいいもんだな。今は深夜ゼロ時だ。皆寝静まっている。それでも一人ぐらいは、通報している可能性はある。それでも俺は、その可能性を危惧していない。その答えはなーんだ?」
目を左右に向ける。
シンと静まり返った家々。
騒いだと言ってもそれほどの騒ぎじゃない。
だが――
(まさか!! アイク絡みか!!)
頷ける。
明らかに『他国』のプロ魔術師がいることも、それならば。
「痛めつけるその前に、罪は知っておいてもらおうと思ってな。いかんなー。北頭は文明国。例え何をされようが、先に拳を出した方が負け。そう教わってきてるだろ?」
ジョニーが煙草を捨てて、靴でひねりつぶした。
魔力。練り上げられた。強大な魔力に死界がねじられ、ジョニーの周囲で稲津がほとばしる。
「お前らみたいなのが増えると、上級国民様が迷惑だとよ。悪いが地獄見てもらうぜ」
ネイファは舌打ちした。
柏手を打つ。
風を操り、水蒸気を集め、水蒸気から術式練魔で水を顕現する。
ネイファの背中から、九尾を思わせる九つの錐が伸びていた。先端は旋回させているため、当たれば肉が抉れ血が噴き出すことは必定。
一切の躊躇なく、水の錐をけしかけた。
ジョニーは鼻で笑って、その分厚い掌を、水の錐に向けた。
瞬間。
バリン!!
水の錐がバラバラに砕け散り、飛沫が散った。男は無傷。例によって、ニヤニヤと笑っていた。
(思念介入か……)
魔術師は感情を操る。エレメントを操っているように見えても、それはエレメントに感情を憑依させて操っているのだ。
思念介入とは、エレメントに憑依させた感情を、自分の感情で上書きする魔術である。当然自分が格上でなければ成立しない。
既存のエレメントを操る魔力誘導が通用しないのであれば、死界からエレメントを取り出して放つ、赤魔術しかない。
赤魔術には、思念介入が通用しないという長所があった。しかし欠点もある。それは、呪が必須という点である。
しかし今のネイファは――
「……っ、……っ!!」
口を開くも、出るのは掠れた声ばかり。
自分の首を絞めるように、喉に手を当てた。
謎だった。
あの事件がきっかけで、確かに一時無気力にはなった。
しかしあれから半年だ。
もう立ち直りかけていると、自分でも思っている。
しかし、声だけがどうしても出ないのだった。
(学園の試験じゃない。友達が取っつかまっている。ここで声を出さないで、力を見せないで、いつ出すんだよ、あたしは!!)
『――が全てと思っているあんたには、一生わからないでしょうね』
ガツン!!
『お……俺はお前を助けようとした。み、見てたよな? ネイファ』
突然過去がフラッシュバックして、思わず、目を閉じてしまった。
思い出の中とはいえ、見たくなかった。
母が、父に殺される、あの光景だけは。
その時。
バチバチバチ!!
衝撃。
後ろからだった。
何が何やらわからないまま、振り返る。
そこには、手を雷で発光させた、眼鏡の男。
(しまっ……こいつ……ら)
口に出すことのできない、その言葉を最後に、ネイファの意識は闇に呑まれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いやー弱いっすね。楽勝ですわ。一人でも余裕でしたけど、まあ俺には女を傷つける趣味はねえもんで」
両手を持ち上げ、ジョニーが言った。
「私情を挟むなよ、ジョニー」
眼鏡を持ち上げながら言ったのは、ロナウドだった。
ロナウドがネイファを後ろから襲ったのは、作戦ではなかった。
元々、ジョニー一人で片をつける予定だったのだ。
それでもロナウドが出たのは、ジョニーがいつまで経っても動かなかったからだ。
ジョニーは一般人に比べれば非情だが、なりきれないところもまたあった。
「挟んでねえっすよ。だから今回の計画にもちゃんと参加した。心配。愛情。嫉妬。三人の感情を
「ふん」
兄貴兄貴と慕ってはいても、赤の他人ではある。
杯を交わしたわけではない。
だから、怒るときは怒る。
当たり前だった。
脇で、ガラガラと竜車が引かれていた。
傷を負った連中が、うめき声を上げながら、立ち上がっていた。
ブブブ。ブブブブ。
耳に挟んでいた伝書の紙が揺れた。クシムの家を張っていたテューエの合図である。つまりマルコは今、ペイリの元に走っているはず。ペイリの計画を乗っ取った、ロナウドの計画は全て上手くいっている。
「よしその女を竜車に積め。その女をペイリの元に運んだら――」
ふと、振り返った。
悪意がエレメントである空に乗ったのだ。
振り返った先。
月が昇っていた。
その下の並ぶ高い建物に立っていたのは――
リティシア=ヒョウ。
そして。
リティシア=リン。
二匹の狼だった。
ヒョウは笑って事の成り行きを見つめており、リンはシュンとした顔で目を伏せている。
邪魔をする気はないということか。
しかし、この二人の存在だけがキラーだった。
恐らく、いや、まず間違いなく、この計画に登場する人物の中で、あの二人だけが、自分達よりも強い。
「何なんですかね、あいつら」
隣に並んで、ジョニーが言った。
ジョニーに目を向け、視線を戻した時、二人はどことなく消えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ペイリの計画は実にシンプルなものであった。
自分の手を煩わせず、かつ、マルコは存分にいたぶられ、そしてネイファの声も戻るかもしれない。
これで戻らないなら、マルコをいたぶった連中から自分がネイファを助け、ネイファの面倒を一生見てもいいとまで考えていた。
腐すなかれ。ネイファは自分に惚れているのだ。自分の地位も盤石だ。茶番ではある。何せ自分で仕組んで自分で助けようとしているのだから。
しかし、女が求めている恋愛とは、つまりこういうことだろうと、ペイリは思っていた。
だが――
入口に現れた、予期せぬ男を見て、ペイリは笑って眼鏡を持ち上げた。
「おや、おかしいな。今から連絡を入れるはずだったのに、今、君がここに来るなんて。段取りが狂ってしまった」
ここは、チーム『ルナティック』のたまり場である工場跡地だ。
総長をジョニーらが潰した後は、ペイリが無断で使わせてもらっている。
入口、中、ネイファの横手には、チームルナティックのメンバーを待機させていて、予定では、ペイリの手を汚すことなく、ネイファが見ている前で、マルコをいたぶるつもりであった。
だが、自分が消えるその前に、この工場跡地に現れたのは、マルコ。
「へっ。俺は優しさに溢れるムーブばかりするからよ。女の子が教えてくれたぜ。この場所と、これは罠だってな」
「女の子?」
(誰だ……)
口元を手で覆い、ペイリが思案する。
(まあおよそ、察しはつくがな)
手で口元を隠しながら、ペイリは笑った。
「それよりペイリさん。どういうことだい? こりゃ」
噴火前の火山のような様相で、マルコが言った。
そんなマルコを、冬の氷湖のように冷たい眼差しで、ペイリは静々と見つめていた。
「ことと次第によったらよ――」
マルコが目の前で、拳を握った。
「あんたと言えども、タダじゃすまねえぞ!!」
ガキ臭い言葉と語調。
ペイリは失笑させるには十分だった。
(予定は多少狂ったが、リカバリはいくらでもきく)
カチャリと、ペイリが眼鏡を持ち上げる。
「取引しないか? マルコくん」
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「本当によろしいのでしょうか? 兄様」
隣でリンが言った。
ヒョウとリンは、工場跡地から二百メートルほど離れた場所から、棒付き双眼鏡を用いてこの状況をのぞき見していた。
双眼鏡から目を離してリンを見る。
リンは困った顔で、目を伏せていた。
リンがヒョウを見ていない時は、大体ヒョウがやりすぎている時である。ヒョウはそのことを知っていたが、自分の意見を押し通すには相応の理由があった。
「お前は、あの紫頭の声を取り戻したいんだろ?」
「それは……そうですが」
「あの金髪をぶちのめすのはいつでもできる。しかし結果的にあの二人の状況は何も変わらん。ここを打破してこそ、男ってもんであり、女ってもんだ。そうだろ?」
「そう……なのでしょうか」
リンがまたシュンと目を伏せ、言葉を紡ぐ。
ヒョウは自分の読みに絶対の自信があった。
そしてそれが正しいとも思っていた。
何故なら、ヒョウにとって闘争とは、勝っても負けても、面白いものだったからだ。
そしてヒョウは、人の喧嘩を見るのが好きという、中々の悪癖を持っていた。
ヒョウが、双眼鏡を目に当て、今一度、廃工場の会話を覗き見る。
「ネイファ君の声を戻したい。そのために、君にはダルマになってもらいたい」
「ダルマ~?」
マルコが言った。
その道の人間じゃないと、意味不明な言葉だろう。
しかし、同じ穴のムジナであるヒョウは、笑った。
そして言う。
いつもの言葉を。
「やはりな」
ヒョウが口端を持ち上げる。
双眼鏡を目に当てていたヒョウは気づかなかった。
そんなヒョウを、リンが心配そうに、見つめていたことに。