囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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離別

「どういう意味だ? それは」

 

 

 マルコは怒っていた。

 どうして怒っていたか。

 それは――

 

 

「要は、木偶(でく)になって殴られろということさ。彼女にとって大切な存在である君がいたぶられれば、彼女もたまらず声を取り戻すかもしれない。君は殴り殴られは慣れっこだろう。しかし勝たれては困る。君はわりと強いからね。だからこうして人質もとった」

 

 

 拳を強く握った。

 

 

「彼女の勝気な性格。君の無駄に頑丈な身体と犯罪歴。この二つを重ね合した結果、これが一番ベストだと考えた。少なくとも試してみる価値はある。このままでは一生前には進まない。人を殴ることはできても、自分を殴られるのはゴメンこうむる。まさか、そんな柔な男ではないんだろう? 君は」

 

 

 ペイリの言っていることは、間違っていなかった。

 この人が言うことは、いつだって正しい。

 

 しかしそれでも許せない。

 お前が傷つけた、俺の妹は――

 

 

「もう一つ、いい手があるぜ」

 

「ほう。聞こう」

 

「てめえを今この場で、ズタボロにすることだ!!」

 

 

 お前のことが、好きだったのだ!!

 

 

 拳を握りながら、駆けた。

 

 顎を狙うも、軽々と避けられ、水月に膝をぶち込まれる。

 

 重くかつ正確な一撃だった。

 

 マルコはたまらず膝をつき、みっともなくも、えずいた。

 

 そんなマルコの顔面を、ペイリが情け容赦なく、蹴り飛ばした。

 

 

「話をよく聞け劣等種族。先も言ったようにこれは役割分担なのだ。お前はズタボロになる姿がよく似合う。だが俺は違う。わかっているはずだ、お前も。彼女は俺のことが好きなんだぞ?」

 

 

 見鬼(けんき)で瞳の色に深みを増し、ペイリが言った。

 

 マルコはうなだれる。

 

 事実を言われたからじゃない。

 

 怒りでだ。

 

 握った拳が、プルプルと、震える。

 

 

「俺がそんな目にあったら彼女に残された唯一の大事なものが、消し飛んでしまうだろうが」

 

 

 怒りで頭が沸騰しそうだ。

 

 ぶっ殺すかもしれない。

 

 そんな思いを堪えるために、唇を噛む。

 

 そんな時。 

 

 

 カチャン。

 

 

 音がした。

 

 ペイリが振り返る。

 

 マルコもまた、顔を上げた。

 

 ネイファがぼんやりと薄目を開けている。

 

 

「ネイファ……っ!!」

 

 

 ネイファはまだ状況がよくわかっていないようだった。

 

 そんな中、ペイリは眼鏡を押し上げて、笑った。

 

 

「やあネイファ君。おはよう。よかったよ、大した怪我もなくて」

 

「ネイファ!! こいつは――」

 

「さあ君たち!! これでいいだろ? 勝負は僕の勝ちだ。僕と彼。二人を決闘させるという、バカバカしいゲームもこれで終わりだ。彼女を解放してくれ」

 

 

 え? 

 

 何言ってんだ、こいつ。

 

 お前まさか――

 

 これだけのことをして、まだ、悪党にならないつもりなのかよ……?

 

 

「お……そ、そうだな!! おい!!」

 

 

 中にいた兵隊の一人が言った。

 

 ネイファの横手にいた兵隊もまた、それに応じようとする。

 

 何はともあれ、これでネイファは解放される。

 

 そして――

 

 

 ネイファはこれを、信じるだろうなと思った。

 

 疑う理由がない。

 

 ペイリはネイファにとって、残された唯一の希望なんだから。

 

 そしてそれを破壊することが、決して正しいことではないのだろうということも、わかっている。

 

 だからこれは――百パーセント、自分のため。言い訳は、するまい。

 

 自分の安っぽい意地が、このままで終わることを、許さないのだ。 

 

 

「待てよ」

 

 

 震える足を両手で押さえつけ、立ち上がる。

 

 

「まだ勝負は終わってないだろ?」

 

 

 周囲のやつらが黙りこくって、こっちを見ている。

 

 ペイリもそうだ。

 

 状況がよくわかっていないのだろう。

 

 仮に、ペイリの言うことが正しいのだとすれば、この狂言を逃す気はない。殴り殴られは、確かにクズみたいな自分には慣れっこだ。

 

 自分がいたぶられて、ネイファの声が戻るというのなら、こんなに嬉しいことはない。

 しかし、それ以上に許せないことがある。

 それは――

 

 

 大切な(ネイファ)の気持ちを、こいつが軽々と扱ったこと。

 

 

 自分は、悪でいい。

 後日死ねと、ネイファの声でなじられるなら、それでいい。

 

 

 だからネイファ。

 こいつだけは一発殴らせてくれ。

 

 

 俺はこいつだけは許せねえ!!

 

 

「ネイファを助けるのは――この俺なんだよ」

 

 

 笑う膝を押さえながら拳を固めて、マルコは言った。

 

 ペイリはそんなマルコを静々と見据えて――

 

 

「ふ」

 

 

 吹き出すようにして、笑った。

 そして。

 

 

「あはははははははははははははははは!!」

 

 

 天上を見上げるようにして、嘲笑った。

 

 すぐに、笑えなくしてやる。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 拳を握って、突っ込んだ。

 マルコ渾身の一撃を、ペイリがさばく。さばいたその手で、ペイリが打ってきた。

 鼻だった。

 

 

「あ、あ……うっ」

 

 

 出したくもないのに、情けない声が出る。

 足が早速倒れようとするかのように、ふらついた。

 根性で踏ん張る。

 

 

『いつも裏道ばかり歩いている人間は――』

 

 

 ふと。

 

 ヒョウの言葉が頭の中に響いた。

 

 思わず閉じていた目を開く。

 

 拳。飛んできていた。

 

 受けようと思ったが、違う場所から拳が飛んでくる。見えた拳は、フェイントだったのだ。

 

 

『同じ道でいつか誰かと必ずかち合う』

 

 

 次から次に飛んでくる拳。全てフェイントが織り交ぜられていた。一つたりとも、満足に受けることができなかった。

 

 こっちの拳は一撃たりとも当たらない。

 

 片目が腫れ上がる。

 

 満足に見ることも叶わない。

 

 唯一開いた瞳に見えるのは、ペイリの嘲笑う顔。

 

 ネイファは見たことがないであろう顔。

 

 今後も見ることはないであろう顔。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

『そして、その道を歩くものに、いつか必ず潰される』

 

 

 拳。避けられる。

 

 腹に膝を叩き込まれた。

 

 ふらつく身体。

 

 ネイファを見ようとして、後頭部に一撃入れられた。

 

 見ることさえ叶わず、また地べたを這った。

 

 周囲からのはやし立てる声。指笛の音。

 

 そしてペイリの、去っていく足音。

 

 

『誰も通らない道だから文句も言えない。ま、一言で言えば――因果応報ってやつだ』

 

 

 わかってんよ、そんなこと。

 

 ネイファを守るためという大義名分のもと、最低なことをやった。傷害で捕まったこともある。

 

 ネイファがそんなことを望んでいないってことも知っていた。

 学園をやめて、働く姿を見せるのが一番と、クシムのオヤジさんに誘われたこともある。

 

 

 それでもやった。

 誘いも蹴った。 

 何故だ?

 

 

 怖かったからだ。

 

 

 堕ちていくネイファを見ることも。

 学園をやめて、ネイファから目を切ることも。

 

 

 堕ちていくネイファを見る度に、それが夢じゃないことを突き付けられた。

 目を切ったら、ネイファも父さんや母さんみたいに消えてしまうんじゃないかって、怯えた。

 

 

 ネイファのためネイファのためと口では言いながら、本当は、自分のためにだけ、やっていたんだ。

 

 救えねえ。

 

 結局は自分のために、他人を傷つけていただけだった。

 

 だからよ。

 

 

「まだだ」

 

 

 立ち上がる。

 

 またはやし立てる声が聞こえた。

 

 

「まだ……」

 

 

 いよいよ自分が傷つく番が来たからって、逃げ出すわけにゃ、いかねえじゃんよ。

 

 意地ってもんがあるからな。男だからさ。

 

 

「俺は、終わってない」

 

 

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……っ。……っ」

 

 

 声が出ない。

 

 身体をよじっても。

 

 どれだけ喉に力を込めても。

 

 マルコはバカだ。

 

 信じられないくらいに、バカだ。

 

 だけど、あいつがバカやるときは、いつだって、誰かのためだってことは、知っている。

 

 兄妹だもん。それぐらい、わかるよ。

 

 じゃあ、ペイリは?

 

 誰のために――?

 

 

『夜外に出歩くなって? よくいう。お母さんだって、夜遅くにペイリさんと会ったりしてるでしょ。知らないとでも、思ってんの?』

 

 

 ペイリの拳。

 

 マルコの腹に突き刺さった。

 

 

「うっ、あ……うぅぅぅ」

 

 

 マルコが腹を押さえて膝をつく。額を地面につけて、えづいていた。

 

 ペイリの顔。

 

 笑っていた。

 

 唇を噛む。

 

 結局一言も声を上げられなかった。

 

 この後も、あげれない。

 

 バカとも言えないし。

 

 何やってんのとも言えないし。

 

 本当に、バカなんだからとも、言えない。

 

 声が出ないことを、初めて悲しいと思った。

 

 それなのに――

 

 何も、言えない。

 

 

「ま……だだ」

 

 

 顔を上げた。

 

 マルコがまた、立ち上がってる。

 

 

「まだ俺は……」 

 

 

 首が自然と横に流れる。

 

 やめてよって言いたいのに、なんで……。

 

 

「終わっていない」

 

 

 声が出ないんだ……。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ネイファの声を取り戻す方法は、感情の発露。そしてそれは、大切な人間、すなわちマルコをいたぶることである。

 ペイリが語った方法を、ヒョウはありだなと思っていた。

 更に言えば、ペイリとマルコは、ネイファにとってどちらも大事なものだ。

 二人で殴り合えば、ネイファの声が戻る可能性は実質二倍である。

 

 

 それが悪いことだとヒョウは思っていなかった。

 だがこの気持ちはなんだ?

 自分は百パーセント外さない。

 実際全て読み通りに進んだじゃないか。

 なのに、どうしてここまで頭の構想と違うのか。

 

 

 マルコがここまで踏ん張ると思ってなかったからか?

 ネイファがここまで嘆き悲しむと、思っていなかったからか? 

 

 

(俺にとって闘争とは、勝てばそれでよく、負ければ消えれる。それだけものだ)

 

 

 だがマルコは違う。

 マルコのこの一戦に全てを賭けている。

 

 

 マルコの想い。

 ネイファの想い。

 

 全てを読み外した。

 基本的なことだった。

 それでもわからなかった。

 

 

(俺は、この手の感情がないからな。笑ってるのも、自分が人間であると見せかけるための、ブラフに過ぎない)

 

 

 拳を握る。

 

 

「ちっ」

 

 

 舌打ちした。

 しくじったと思った。

 しかしヒョウは、負けを認めるのが嫌いだった。

 そして、自分が人間ではないのだと、突き付けられることは、もっと嫌いだった。

 

 

「勝負になってねえな、こりゃ。白けちまうぜ。後は警務隊呼んで終了だ。帰るぞ、リン」

 

 

 ヒョウが立ち上がるより早く――

 

 

「兄様」

 

 

 リンが立ち上がった。

 

 スカートのジッパーを下ろして、ストンと落とす。

 

 

「申し訳ありませんが、先に帰っておいてくださいませんか?」

 

 

 長い栗色の髪を持ち上げながら、リンが言う。

 

 上は制服。下は黒のスパッツ。

 

 そんなリンの姿を、月光が照らしてる。

 

 

「アホか、お前。自分の立場わかってんのかよ?」

 

 

 今更どの口が言うのかという言葉で、ヒョウは反論した。

 

 痛いところを突かれていると、自分でも、わかっていたからだ。

 

 

「わかっています」

 

 

 髪を結いながら、リンが言う。

 

 

「わかってねえよ、お前はな――」

 

「今、この場において、二人の無念を晴らせるのは、あたしだけです」

 

 

 無論だが、ヒョウならば、ペイリなんて三秒以内に片付けられる。

 

 それでもリンは、自分だけだと、言った。

 

 それはつまり、どういうことなのか。

 

 

「それ以上のことは――わかりたくもありません」

 

 

 長い髪を半分に折って、縛る。

 

 そして、消えた。

 

 飛脚法である。

 

 あぐらをかいて、アゴ肘ついた。

 

 頬を膨らまして、そっぽを向く。

 

 

「なんだよ、くそ……」

 

 

 置いていかれたスカートをつまみながら、ヒョウはいじけた声で、言った。

 

 

 

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