囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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リン、怒る

「まだだ……ぞ。まだ……」

 

 

 マルコが立ち上がった。

 

 まだ、終われなかった。

 

 自分はまだこいつのことを、一発も殴っちゃいない。

 

 こいつはネイファを傷つけた。許されることでは、断じてない。

 

 しかし……。

 

 

 ボタボタボタ。

 

 

 鼻から零れる血が、地面に落ちた。

 息を切らしながら、赤い斑点ついた、地面を見る。

 目端に映る手足も、血まみれの(あざ)まみれだった。

 

 

『いつか報いを受けることになると思いますよ』

 

 

 リンの言葉。

 

 

『それが因果応報ってもんだ』

 

 

 ヒョウの、言葉。

 

 

 顔を上げた。

 

 息が切れる。

 

 報いは、受けたって構わない。

 

 自分の一生は、報いを受けるにたるものだと理解している。

 

 因果応報。

 

 大いに結構なことじゃないか。

 

 自分の人生が大したものでないことは、嫌というほど、思い知った。

 

 自分が主人公なら、きっとこんなことには、なってない。

 

 

 だがネイファ。

 お前は違う。

 

 

「俺はまだ……終わっていない」

 

 

 俺が終わっていない。

 だったら、お前が終わるわけがない。

 

 

「まだ、戦える。まだ……」

 

 

 お前はすごい奴だから。

 そんなすごい奴が、俺より劣るなんて、あるわけねえじゃねえかよ。

 

 

 足。

 たたらを踏んだ。

 踏みながら、ペイリとの間合いを少しづつ、詰めていく。

 

 

 ピクリ。

 ふと、ペイリが眉を動かした。

 

 

 ペイリが見ているのは、自分ではなく、入口だった。

 警務隊でも、きたのかもしれない。

 後ろが何やら騒がしい。

 だがそんなことはもう、関係ない。

 

 

 お前には絶対に、一発いれる!!

 

 

「まだだあああああああああ!!」

 

 

 駆けた。

 倒れそうになる身体を意地で踏ん張り、握った拳を、ペイリの顔面目掛けて放つ。

 しかしそれも、軽々とつかまれた。

 そして――

 

 

「うわああああああああああああああああああ!!」

 

 

 あってはならない方向に、ねじられた。

 

 

「いい加減にしてくれないか。こっちも忙しいんだよ。それとも――腕の一本もへし折らないと、わからないかなあ?」

 

「あぐ、あああああああああああ!!」

 

 

 ボキン。

 

 

 聞いてはならない音を聞かされて、放り出される。

 

 痛みからだろうか。

 

 あるいは、悔しさからだろうか。

 

 涙が止まらなかった。

 

 勝てるとは、思っちゃいない。

 

 負けどころか、死ぬことさえも、覚悟している。

 

 しかし。

 

 それでも、一発すら、殴れねえものかよ!!

 

 生きた証を。戦った証を。

 

 たった一つ、たった一つさえ、残すことも、許されな

 

 

 ガツン!!

 

 

 頭。

 

 踏みつけられた。

 

 

 ガツンガツンガツンガツンガツンガツン!!

 

 

 何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 意識を失うまで……。

 

 

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

 

 ガツンガツンガツンガツンガツンガツン!!

 

 

 マルコの頭。何度も何度も踏みつけられている。

 

 やめろ。

 

 やめて。

 

 いや違う。

 

 今自分がすることは、願うことじゃない。

 

 黙らせるんだ。

 

 自分の力で。

 

 助けるんだ。

 

 魔術師なんだから。

 

 天才なんだから。

 

 自分なら、それができるだろ?

 

 そうだよ。

 

 もっと最初からこの解答に至っておけばよかった。

 

 もっともっと、最初から――

 

 手に力を込める。

 

 動かせないどころか、拳を開くことさえ叶わなかった。

 

 魔力は掌から放出することが最も容易く、それ以外が果てしなく、難しいからだ。

 

 魔力誘導は使えない。

 

 それでもまだ、呪は禁じられていない。

 

 呪で死界から直接エレメントを取り出すことができれば……っ。

 

 喉に力を込める。

 

 

「……っ、……っ」

 

 

 やっぱり、出ない。

 

 なんでだ!?

 

 手を力一杯振るう。

 

 なんで!? ここで声を出さなくて、ここでいつものガサツな性格見せなくて、一体いつ出すって言うんだよ!!

 

 もうあたしは気にしてないって、何回も何回も、思っているだろ!?

 

 

 ザー、ザー、ラー、ルーラ……。

 

 

 ダメだ。

 

 心の中で呪を唱えても意味がない。

 

 何より――

 

 こんな震える口じゃもう、呪も、唱えらんないよ……。

 

 

 ガツン!!

 

 

 やめて。

 

 

 ガツン!!

 

 

 やめてください……。

 

 

 ガツン!!

 

 

 お願いします。

 

 何でもします。

 

 だから――

 

 もうあたしから、何も

 

 

 

 

 

 

 ガツン!!!

 

 

 

 

 

 

 一際大きな音。

 

 

 ペイリから――ではない。

 

 

 入口の枠を突き破り――

 

 

 人が、飛んできた。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 

 

 

 なんだ?

 

 

 その場にいる誰もが静止して、倒れている男を見つめた。

 

 

 ペイリも同じくであった。

 

 

「うっ……あ、あ……お、かみ、く」

 

 

 男は白目をむいていて、所々痙攣していた。

 

 

 うわごとのように何かをつぶやいている。

 

 

 入口には一人の少女が立っていた。

 

 

「誰かな? 君は?」

 

 

 眼鏡を押し上げて、ペイリが尋ねた。

 

 

 ついでに、足を今一度下ろす。

 

 

 マルコに入れる、とどめの一撃。

 

 

 しかし、固かった。

 

 

 頭部とは確かに固いものだが、そういう固さじゃない。

 

 

 これはと思い、足元に目を向ける。足元には、誰もいない。何もない。ただただ、汚い地面が広がるばかりだった。

 

 

 少女を見る。

 

 

 背を向けた少女の手には、意識を失ったマルコがいた。

 

 

「名乗る気も起きません」

 

 

 少女が出口に向けて、足を踏み出す。その度に、風が痛いぐらいに吹き付けてくる。風は魔力に反発する。高魔力魔術師の嚇怒(かくど)が引き起こす、副次的突風。

 

 

「ただ、あなたを叩き伏せる前に、これだけは言っておきます」

 

 

 ペイリの顔が、初めて動揺で、歪む。

 

 それは、本来なんともない道で、狼にでも出くわしたかのような、そんな顔。

 

 少女がマルコを、地面の上に寝かせた。

 

 

「覚悟してください」

 

 

 立ち上がり、少女が振り返る。紫暗の瞳。色合いが、深くなっていた。

 見鬼(けんき)である。

 

 吹き上がる魔力が、少女の涙を宙に浮かせていた。

 

 

「絶対に許しません!!」

 

 

 ペイリは眼鏡を押し上げた。

 少女と同じく、瞳の色を深くする。

 

 

(多少驚かされたが、勝てる。魔術師は相手の感情を読まれたら、負けだ)

 

 

 お互いに、初手、見鬼(けんき)

 

 

「ふん」

 

 

 ペイリが鼻で笑う。

 

 

「やってみ――」

 

 

 言葉は、最後まで結べなかった。

 

 めり込んだ神速の裏拳が、そうさせなかったのだ。

 

 言葉を紡ごうとしていたペイリの顔が、不細工に、歪む。

 

 

 目端に映るのは、泳ぐ栗色の髪。

 

 足が、ふらつく。

 

 言うことを聞かない。

 

 そして。

 

 

 ガシャーン、カラカラカラ。

 

 

 壁にぶち当たって止まり、並べられていた鉄棒が、カラカラと転がっていく。

 

 振り返って、少女を見据えた。

 

 少女は、先の涙など嘘のように、感情を消してペイリを見ていた。

 

 

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