囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ 作:松岡夜空
終わったか。
そう尋ねられたのに、リンはヒョウを見なかった。
目を伏せて、背を向けている。
なんだか気まずい雰囲気だ。
仲は、よくないのかもしれない。
「ふーん」
周囲を見渡し、ヒョウが言った。
繋がれたネイファのところで視線が止まり、ヒョウが笑った。
「なるほどね」
額に指先を置いて、ヒョウが笑う。
何が『なるほどだ』と腹立ちもしたが、この状態では何もできないのだった。
「――なら、とっとと帰るぞ。撤収したら、警務隊に連絡書き込んで、終了だ。もうすでに書き込まれている可能性も高いがな。アドレスは一応入れている。こいつは――」
ヒョウが倒れているマルコを担いだ。
「俺が治療する。病院連れてったら、今度こそ退学なるかもしれねえしな。組長から幾つか薬も預かっている。まああとは適当にシナリオを考えるさ」
「……わかりました」
不貞腐れた様子で、リンが返事をした。
自分の拘束を解いてくれるつもりなのだろう、リンが近づいてくる。
「ああ、後な」
ヒョウが言った。
自分の元に足を個運んでいたリンも、足を止めた。
「寝起きにしけた面を見せられるのはうざってえから、やめた方がいいぞ?」
顔を持ち上げた。
ヒョウのアヤメ色の瞳が、自分のことを射抜いて離さない。
「じゃあ……どんな顔をすればいいって言うんですか?」
代わりに答えたのは、リンだった。
刀を持った手が、プルプルと震えている。
「みんなが、傷つきました。あたし達が、黙って見ていたからです。もっと早く助けていれば、こんなことになりませんでした」
「そうだな。俺は、極悪人だからな。俺は、俺以外を助けない」
少女の口元が、ブルリと震える。
先まで気丈だった少女の顔が、今にも泣きそうに揺れている。
「だがそんな俺でも、添え物ぐらいするのさ。仮にも関わった人間なんだからよ。リンゴか花か酒なのか」
顔を伏せた。
ズレた言葉だと思ったからだ。
これだけのことが起きて、果物や花で、どうにかできるはずがないのである。
「まあさすがにこの時間だ。どこも閉まってるかな。俺は後で適当に見繕うが、こういう時、女ってのは便利なものだ。
ただ笑うってだけで、華になるんだからよ」
目を開いた。
重石を乗せられたように下がっていた頭が、持ち上がる。
ヒョウは、こんなこと何ほどの不幸かと言わんばかりに、笑っている。
「怪我した男にとっちゃ最高の見舞い品だ。それぐらいしてやれ。声も出りゃ最高だが、まあ、さっきのあれが鳴きの一回か?」
リンが目を開く。
リンは気づいていなかったのだろう。
自分の声が、一瞬とはいえ、戻ったこと。
「まあお前程度にそこまでは期待せん。この程度の輩に無様にやられるようじゃ、話になんねえ。反論もどうせできないだろ?」
呆然と、ヒョウを見据えた。
そして思わず、笑った。
不謹慎とは、わかっているけれど。
そんな自分を見て、ヒョウは照れくさそうに顔を上向けた。
「リン。そいつの住所は覚えてるな。背負って送ってやれ。俺はこいつ連れて先に行っている。お前はトロいからな」
言うや、ヒョウが消えた。
唖然としてしまうほどに速い、神速の飛脚法だった。
そんな自分の横にリンが並ぶ。
刀身が光ると同時に、納刀していた。
鎖が音を立てて、落ちた。
『ありがとう』
言おうと思って、言えなかった。
本当に出るのかと、ビビっていたこともある。
だがそれ以上に、自分を止めたのは――
「バカだ……あたし」
柄に額をもたれかけ、震える声で、リンがつぶやく。
泣いているであろうことは、わからないことにした。
慰めることと、同情は違うと思う。
そして自分には、後者しかできないと思ったから。
ほんの少しの時間を置いて、リンが頭をふった。
袖で目元を拭い、倒れているペイリを両手で担ぐ。
「行きましょう、ネイファさん。ネイファさんのことは、あたしが背負います。後こちらの方も担いでいかないといけないので、ちょっとどうにかして、乗せてくれたら嬉しいです。後はこっちで落とさないように、どうにかバランスとるので」
いやいや無理だろと思う。
三人乗りで、数メートルを超える飛脚法とか怖すぎる。
というか、家越え程度の飛脚法なら、病み上がりの自分でもできるし。
天然なのかなと思う。
まあ子供だしなとも思う。
いや違うか?
優しくて強い。
強さと優しが同居している。
それがこの子だ。
今どきこんなの見せられたら、自分みたいな人間は、灰になって消えちゃいそうだ。
自虐するように、笑った。
そして。
パチン!!
両頬を叩いた。
顔を上げる。
声。
本当に出るのか。
不安だった。
いや、出るはずだ。
不安を握り殺すように、喉を押さえた。
一瞬、母に祈ろうと思った。
でもやめた。
虫のいい話だと思ったから。
罪は罪。
自分の不始末は自分でぬぐう。
それが――
ネイファ=ラングレイという、女だったはずだ。
「う……うん。――っ。ありがとう」
半年ぶりの、自分の意思で出した、自分の声。
耳にして戸惑う。
顔を上げると、リンが、我がことのように嬉しそうに、笑っている。
「ネイファさん、声が!!」
バカだなって思う。
自分の何を知っているんだかと。
知ってる?
自分みたいな人間はさ――
「そうだね」
周りでそうやってはしゃがれちゃうと、斜に構えちゃってさ。
「まあ思ってたより、簡単だった。さすがあたしだ」
素直に喜べないじゃんよ。
「……つか、そんな何人も同時に運ぶなんて無理だから。後はあたしが残るよ。何もかもあたしから始まったことなんだから」
「そんな、いけません!!」
「「「そうですよ、姉さん」」」
入口から聞こえた三つの声を聞いて、目を向ける。
雁首揃えていたのは、クシム、ソボオ、そして、ルーズ。
マルコと自分に残った、最後の友人だった。
「後は俺たちが見ましょう。警務隊にも俺らから説明しますよ。だから行ってください」
「まあ何が行われたのかは、正直ちっともわからなかったですけどね」
「ここ探し当てるのマジで大変だったんすよ? 族関係の奴に連絡入れまくったり、そこら辺の奴、締め上げまくったりして、やっと見つけたんすから」
笑った。
そして、歩いた。
「クシム、ソボオ、ルーズ」
「あ、姉さん!! 声が!!」
「悪い。頼んでいいかな? 必ず借りはどっかで返すから。あたしは――渡さなくちゃいけないものがあるんだ。そしてそれを、一瞬でも、遅らせたくない」
「「「はい!!」」」
背中から、三人の声が聞こえた。
唇が震える。
声は出る。
まだ二本の足で歩くことはできる。
それでも、一度外れた道だった。
本来戻れないはずだ。
大丈夫だとか。
そんなことないよとか。
いつだって逃げていいんだよとか。
どんな御託並べたって、結局戻れない。
それがこの世界の、ルールだから。
そう思ってた。
それなのに、まだ帰れる場所が、あるというのか。
またやり直しても、許されるというのか。
頭を押さえる。
泣き顔を決して誰にも、見られないように。
やっぱり自分は、弱いらしい。
「ありがとう」
震える声で、それだけ言うのが、精一杯だった。
それでも以前とは違う。
感謝の言葉ぐらいは、言えるようになった。
十分な進歩だ。
そう思うよね?
お母さん。