囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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この景色が見たくて俺は

 目が覚める。

 

 

 見上げた先にあったのは、見慣れた天井だった。

 

 

 自分は一体どこで何をしていたんだっけと考えて、答えをつかむように、手を持ち上げた。

 

 

 包帯を巻かれた腕。片方の腕は曲げられて、固定されていた。

 

 

 全てを思い出して、身体を持ち上げ、痛みにもがいた。

 

 

 足元には、かけられた布団。上着は着替えさせられていた。

 

 

 ああ、自分は負けて、家まで連れて帰らされたんだと、すぐにわかった。

 

 

 振り返る。

 

 

 そこには、椅子に座って足を組み、コクリコクリと船をこぐネイファがいた。

 

 

 ハッと、ネイファが目を覚ます。

 

 

 見ていたマルコと目があった。

 

 

 マルコは声をかけようと思って言葉に詰まる。

 

 

 ネイファから見たマルコは、大馬鹿者だ。

 

 

 よせばいいのに自分が助けるんだと息巻いて、返り討ちにあった大馬鹿者。

 

 

 自分の看病のために、ペイリとの時間まで潰してしまった。

 

 

 せめて、ネイファの声が戻っているならば――

 

 

 ツンツン。

 

 

 指でつつかれる。

 

 

 目をやった。

 

 

 ネイファは、足元の皮袋からリンゴを取り出して、笑っていた。

 

 

 むいてくれるということなのだろう。

 

 

 顔と仕草でわかった。

 

 

『声で』わかったわけじゃない。

 

 

 そして起きてからこっち、ネイファの声は聞いていない。

 

 

 それはつまり、そういうことだ。

 

 

 マルコは全てを察して、首を縦に振った。

 

 

 カーテン越しに光が差す。

 

 

 リンゴの皮をむく音が、ただ静かに響いた。

 

 

 ペイリは悪だが優秀な男だ。

 

 

 そのペイリが考えた方法でも、ネイファの声は戻らなかった。

 

 

 つまりもう、どうしようもない、ということだ。

 

 

 悔しいなあ。

 

 

 悔しい。

 

 

 諦念が、心の中を蝕んでいく。

 

 

 出されたお皿。

 

 

 リンゴが乗っていた。

 

 

 ネイファがまた、小首を傾げて笑う。

 

 

 刺さっていたつまようじを取って、口に入れる。

 

 

 痛い。

 

 

 傷口に染みた。

 

 

 だからだろう。

 

 

 涙が零れた。

 

 

「あ、ゴメン!! そういやあんた、口切れてんだっけ! いや、あの人がリンゴもあった方がいいとか言うからさ……」

 

 

「いや、そんな――え?」

 

 

 あれ?

 

 

 思わずネイファを見た。

 

 

 ネイファは、やってしまったと言わぬばかりの顔で、口を押さえ、瞳を横向けている。

 

 

 何でだよ? 何で隠すんだよ?

 

 

 聞こうとしても、口が震えて声が出ない。

 

 

 潤んだ視界で、ネイファを見る。

 

 

 ネイファはあちこちに目をやって、マルコに渡していたお皿をかっぱらった。そしてそれをバクバクと口に入れる。

 

 

「あーおいし。やっぱり可愛い子がむくと、ただのリンゴも変わるもんねー。美味しいじゃん、これ」

 

 

「やっぱり!! おま……声!!」

 

 

 口が震えて、満足に話せなかった。

 

 

 どうしてネイファの声が戻ったのかはわからない。

 

 

 マルコが意識を失ったことで、声を取り戻してくれたのかもしれないし、違うかもしれない。

 

 

 しかしそんなことはどうでもいい。

 

 

 どっちにしても、ネイファの声は戻ったのだ。

 

 

「泣きすぎ。そして何より暴れすぎ。たかだか声のためにさ」

 

「たかだかって!! 俺がどれだけ心配して!!」

 

「あたしはもっと心配したよ。死んじゃうんじゃないかって、本気で思った」

 

「……」

 

 

 確かに――そうだ。

 

 

 自分にとってネイファの声とは、命をかけてでも取り戻したいものだった。

 

 

 しかし、ネイファにとってはどうだろう。

 

 

 残った一人の肉親を失ってまで、取り戻したいものだっただろうか?

 

 

 ネイファは優しい子だ。そう言ったのは、誰あろう自分ではないのか?

 

 

「――ゴメ」

 

「でもさ!!」

 

 

 マルコの謝罪を封じるように、ネイファが言った。

 

 

「多分お互いにさ、言いたいこと一杯あると思うんだけどさ、今はそれは封印しようよ。ある人が言ってたんだ。寝起きにしけた面は見せない方がいいってさ」

 

 

 ある人?

 

 誰だと思った。

 

 そしてネイファの顔を見て、すぐにわかった。

 

 ネイファは多分――その男のことが、気になっているであろうと。

 

 

 ヒョウかなと思う。

 あいつはやめとけと思う。

 だが助けられたなら――仕方ないのかもしれないな、とも思う。

 

 

「多分お互いに、言いたいこと一杯あると思う」

 

 

 ネイファが言うので、顔を上げた。

 

 

「でもこんな時に言うべきことは、お互い一個一個しかないとも思う」

 

「……」

 

「だからまずはあたしから」

 

 

 ネイファが一度、胸を上下させて、深呼吸。

 

 まっすぐマルコを見て、小首を傾げた。

 

 頭を踏みつけられたせいかな。

 

 視界に華が、広がった気がした。

 

 世界に一つだけの華が、視界一杯に。

 

 

 ずっとこれが、見たかったんだ。

 ずっとずっと。

 

 

「――あたしのために頑張ってくれてありがとう。マル兄」

 

 

 額を押さえた。

 

 涙が零れる。

 

 涙しか零れない。

 

 自分が言うべき一個とは何だろうと考えた。

 

 だけど、考える前に、言葉がポロリと、零れ出ていた。

 

 

「よかった……本当に……」

 

 

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