囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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見下ろす者

 留置場に連れ込まれたペイリは、最低限の治療を終えた後、事情聴取を受けていた。手はもちろん緊縛されている。

 近代魔術の最高峰、魔力誘導を防ぐためである。

 

 

 薄汚い机を挟んだ先に、品性の欠片も感じられない男がまっすぐこっちを見据えていた。自己主張だけが激しい見鬼(けんき)で、自分のことを見据えてくる。

 

 一流の魔術師は見鬼(けんき)の発動を悟らせない。

 

 この程度の見鬼(けんき)で『嘘は通用しないぞ』と言わぬばかりのこの面を見せるのは、中々に笑えた。

 

 

「巨躯で熊のような男に殴り倒された? 他の奴らと証言が違うようだが?」

 

「あーだったら僕は幻影を見ていたのかもしれませんね。先天性魔術師には死幻(しげん)がありますから」

 

 

 そばにいたもう一人の警務官のサラサラとメモを書く。

 

 ペイリは嘘をついていた。

 

 何故か?

 

 警務隊よりも、あの少女。

 

 いや、正確には『あいつら』の方が危険だからだ。

 

 

(少女が虚空から持ち出した得物は、東尾(とうび)の決死組が用いる刀と呼ばれるものだ。シャドウを見たからじゃない。あいつは確実に、狼だ)

 

 

 そして狼は一匹では行動しない。

 群れて行動し、狡猾に相手を死に至らしめるから、東の狼と呼ばれているのだ。

 余計なことを口走れば、潜伏している他の狼に殺されかねない。

 

 

 今更死などと思ってはいるが、公僕(こいつら)のために死ぬのだけはゴメンだった。

 

 

「まあ、いいだろう。じゃあ次の質問だ」

 

 

 男が十数枚の写真を出してくる。

 その中に、見知った顔が二人いた。

 

 

 ジョニー=ホワイト。

 ロナウド=ブラウニー。

 

 

 あの夜、自分に協力を持ちかけた二人である。

 

 

「何でもいい。こいつらについて知っていることがあれば、話してくれ」

 

「警部さん」

 

「牢屋というのは、随分と居心地がいいらしいですね」

 

「三色昼寝付き冷房完備か? 誰から聞いたか知らんが試してみるか? 地獄を見るぞ」

 

「テッジ=ラングレイ」

 

「……」

 

「知ってますか? 僕の最愛の人を殺した男です」

 

 

 サラサラと後ろでメモを書く音が聞こえた。

 

 

「この男は現与党である、聖エネラージ党の政治家でした。あなた方も知っているでしょう。今その男はどうしているんですか?」

 

「そりゃ、獄に繋がれてるだろう。裁判は終わったからな」

 

「違いますね。獄という名を借りた、お上専用の個室に、詰め込まれているのでしょう?」

 

「……」

 

「テッジ=ラングレイの裁判は実に迅速だった。控訴もしなかった。何故だと思います? ぬるいと言われる留置場よりも、獄の方が更にぬるいと知っていたからです。だから迅速に行われたのだ」

 

「違う。あれは――」

 

「刑期も七年と恐ろしく短かった。初犯かつ計画的ではないという、意味のわからぬ理由でだ。恐らく模範囚ということで、執行猶予込みで五年以内に奴は出てくる。議員には二度となれずとも、そのツテで奴はまたどこぞで女をひっかけ、遊び歩くだろう。奴はそれなりに情報を持っている。どこかの議員秘書で雇うというのが落としどころか」

 

「……」

 

「お前らに話すことなど一つもない。焼かれてしまえ。そう、その情報を引き出したがっている議員に伝えろ」

 

 

 何もかもを見抜くような見鬼(けんき)で、ペイリは言った。

 

 

  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 アイザックは、虎戦傭兵団団長から提出された結果報告書を眺めていた。警務隊からの捜査報告書と並べてみても、差異はなかった。

 

 

(ふっ。中々食えぬ男のようだな)

 

 

 アイザックは、虎戦傭兵団団長に、ネイファとマルコを潰せと命じた。

 

 お上に逆らうとどうなるのか、知らしめる意味もあったが、一番の理由は、政敵である外務省幹部、ミモザ=ソーンが、突然、虎戦傭兵団という北翼の傭兵を雇い始めたからである。

 ミモザは北翼の人間を毛嫌いしていたはずなのだ。

 外務省は北頭の位置的に、西派と北翼派に二分されていた。ミモザは西派の先鋒だった。

 

 

(彼が直々に潰していれば、和睦か戦争の二択に持っていけたのだがね)

 

 

 アイザックは仕事柄、警務隊と少なからず繋がりがある。

 捕らえた男らに、虎戦傭兵団の顔写真を見せてみたが、誰一人として口を割ったものはいなかった。

 

 実行する前に、相応の脅しをかけていた。そういうことであろう。

 

 

(まあ……いいか)

 

 

 近いうちに蒼院選があった。

 

 ハッキリ言って、どの政党が勝っても同じである。

 

 アイザックは二十五の時、身を切る改革として、選挙立候補金を現状の百万から六百万に段階的に引き上げる法案を、政治家に提案した。

 

 もちろん身を切るとは表向き。その法案の真の意味は、民主主義でありながら、貴族政治を復活させるためにある。

 

 

 この国で政治家になれる人間は、ポンと六百万を出せる人間だけだ。

 政治家とは民が選んだ代表だが、出馬できる人間が金持ちだけなら、円卓を囲むのは全てが上級国民。必然それは、貴族政治と同じである。

 それでいて『選んだ君たちが悪い』という言葉で押し通せる。

 金持ちは必ず自分の特になることしかしない。

 そのドライな思考が、彼らを金持ちへと引き上げたのだから。

 時に下々のことを思う金持ちもいるだろう。

 だがこの国は民主主義だった。

 故に、最後には数の力で勝つのである。

 

 

 この国の政治家は、金だけを見つめている。

 だから、どの政党が勝っても同じだ。

 

 

 決して揺れない社会。

 美しく、整然とされた社会。

 他国からも我々の民政は評価されていた。

 美しい国、北頭アイスビニッツ。

 国内の人間も、他国の人間も、胸を張って『叫ぶ』その言葉が、自分たちの民政の正しさを教えてくれる。

 

 

 官僚である自分は、蒼紅選を気にする必要がない。

 だが重要なのは、蒼紅選を終えた後。つまり。

 

 

 国民に、全幅の信頼を、民主主義として、何をしても許されるという権利を、頂戴した後に始まる、ということだ。

 そのためには、この蒼院選は落とせない。

 そして、この選挙が終わるまで、自分は降りれない。

 

 

 ガタンと、アイザックが引き出しを開いた。

 入っていたのは、紙の束。

 表題は――

 

 

 神意鹵獲計画。発案――

 

 

 アイザック=バルカン。

 

 

(和睦にせよ戦争にせよ、蒼院選の前にミモザとの関係に決着はつけておきたかったのだが、まあいい。まだ時間はあるのだ。何せこの計画は、ファルコ=ルドルフ君『達』に帰ってきてもらわねば、始められないのだからね)

 

 

 パラパラとめくり、内容を精査する。

 ふと、テーブルの上に置かれた、明日の朝刊に目をやった。

 

 

『エレノア魔術大会出場のため、一時帰郷していたファルコ=ルドルフ、優勝のベルトを引っ提げて帰国。五月上旬にも復学決定か。伴ってフィリア=ルク=マキュベリ様の復学も決定。対応に追われる王室管理室と、ヴァルハラ学園内部』

 

 

 アイザックがチラリとカレンダーを見つめる。

 

 カレンダーには、今月の他に、来月の日付が小さく掲載されている。

 

 並んだ三十一日の中に、一つ、赤い印で丸が打たれている。

 

 日付は――

 

 

 五月三日。

 

 

「くくく。秒読みか」

 

 

 ガララと窓を開き、アイザックが一人酒を飲む。

 否。

 一人で飲んでいると、思いこんでいた。

 

 

 新月布を纏い、天井から下ろす女性が一人。

 東尾の魔雪を口に含まぬよう、口元は黒包帯で縛っている。

 同じく頭も縛った黒衣から、銀色の髪の毛が幾本か零れている。

 

 

 東尾が誇る、外交兼外攻最恐部隊。

 他国からの異名は、東の狼。 

 十狼刀決死組三番隊の古株の一人。

 

 

 エイリーク=雪蘭であった。

 

 

 頭上から、アイザックがパラパラとめくる計画書を見据え、目を細め、そして――

 

 

 風が吹く。

 アイザックは、何となく頭上を見上げた。

 

 

 その時雪蘭は、アイザックの視界からも、この部屋からも、姿を消していた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「むー……」

 

 

 リンは次の休みに着ていく服を考え中だった。

 その顔は、以前のような浮ついた態度ではなく、真剣そのもの。

 さながら次の戦場に持っていく得物を選ぶ、傭兵のような顔つきだ。

 

 

 姿見の前で、服を身体に当てていく。

 壁に張ったカレンダーには、赤で印を打っている。

 その日付は――

 

 

 四月二十二日。

 

 

 <世界に一つだけの華を貴方へ 了>

 

 

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