囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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いつの日か貴女へ
君が立てるデートコースは


「兄様。一つ聞いてもいいでしょうか?」

 

 

 部屋でコーヒーを飲んでいた時、リンが言った。

 

 

「ん~?」

 

 

 椅子の前足を持ち上げながら、ヒョウは尋ねた。

 

 

「その……明日の件なのですが……」

 

 

 

『もしも暇なら今度どこかに遊びにいくか。二人だけで』

 

 

 

 以前自分が言った言葉を思い出す。

 

 ヒョウは腕を組ながら唸った。

 

 はっきり言って、あのときの自分はどうかしてたなと思う。

 

 正直酔ってた。こんな不得手な分野に自ら足を突っ込むとは。

 

 というか、よくよく考えてみると、女と楽しむために出かけるなんてことは初めてかもしれない。

 

 

「それなんだが、お前、どこか行きたいとことかあったりするか?」

 

 

 振り返って、ヒョウは尋ねた。

 

 ヒョウの気持ちを知ってか知らずか、リンがくすぐったそうに笑った。

 

 

「よかったです」

 

「は?」

 

「兄様のことだから、もう忘れてるんじゃないかと思いました」

 

「お前ね」

 

 

 まあハードル低いのは結構なことなんだけどさ……。

 

 

「ふふ」

 

「で? 結局どこか行きたいとことかあったりしないのか?」

 

「兄様はないのですか?」

 

「俺? 俺は――うーん」

 

「兄様が休みの日に行きたいと思っていた場所に、リンも同行させていただけるだけで構いません」

 

「俺がね――」

 

 

 少し考えた。

 

 実を言うと、問題がもう一つあった。

 

 その日を狙い打つようにして、マルコから頼み事をされたのである。

 

 行けたらなと曖昧な返事を返しておいたが、マルコには借りがある。

 

 できることなら回収してやりたいとは思っていた。

 

 

 この街の地図。

 頭の中から取り出した。

 

 

「――じゃあ買い物かな? 表通りに行けば、何かしろの店には行きつくだろ」

 

「眼鏡を新調されるのですか?」

 

「眼鏡はもういらね」

 

「ふふっ」

 

「何だよ?」

 

「え? あ、いえ、その――組長の指令を無視すると、また怒られてしまうではと、思ったので」

 

「激しい戦いの末にぶっ壊れてしまったからな。しょうがない」

 

「え、そうなのですか?」

 

「アホ。嘘に決まってるだろ。普通に秒殺だったよ」

 

 

 リンが胸に手を当てて、ホッとした顔を見せる。

 

 

「ビックリしてしまいました。兄様と向き合える人が、副長以外にいるのかと思って」

 

「お前ってやつは、人の言うこと何でも信じるよな」

 

「そ、そのようなことはありません。ちゃんと相手と内容を選んでおります」

 

「じゃあ俺はどの基準にいるんだよ」

 

「え?」

 

 

 ちょっと意地悪かなと思いつつも、聞いてみた。

 

 リンが自分に好意を持っていることぐらい、脳みそ溶けていなきゃ誰でもわかる。

 

 しかし年齢差が年齢差だ。

 

 だからこれはそう、ただからかって、遊んでいるだけなのだ。

 

 

「兄様の言葉なら……その、なんでも」

 

「え」

 

 

 真っ赤な顔で口元を隠しながら、リンが言う。

 

 ヒョウは知らず知らずのうちに、間抜けな顔を作っていた。

 

 

「と、とは申しませんが、その、何でもは言い過ぎですが、その、ある程度までならば、信用します」

 

「ふーん」

 

 

 リンは真っ赤な顔で目を伏せながら、視線をあちこちに移動させている。

 

 もうちょっとからかえないものかと考えた。

 

 このリンという女は、からかうと面白いのである。

 

 

「うーん」

 

「兄様?」

 

「ん?」

 

「もしかして、リンのことを騙そうとしておられますか?」

 

 

 リンがジト目でヒョウのことを見つめる。

 

 ヒョウは軽薄に笑って、両手を上向けた。

 

 

「俺がお前を騙そうとするわけないだろ?」

 

「そ、そうでしたか。申し訳ありません。疑ってしまいました」

 

「あーあ。とうとうやっちゃったね、リンちゃん」

 

「も、申し訳ございません」

 

「謝るだけじゃ足りないなー」

 

「えぇ!? ではその、リンはどうしたら許されるのでしょうか?」

 

「そうだなー。あ! 知ってるか? リン。北翼(ほくよく)じゃ、相手を疑った女は、相手にキスしなくちゃならないって風潮があるんだぜ? 参ったな―」

 

 

 無論冗談である。

 

 ヒョウは時折、自分とは真逆の演技をしてみせた。

 

 そうした方が、自分の(ほんしつ)には近づかれないと、思っているからかもしれない。

 

 

「え!! そうなのですか!?」

 

 

 リンが口元を隠して驚いた声を上げる。

 

 ヒョウはガクリと肩を落とした。

 

 

「いや、嘘に決まってるが」

 

「ふふっ。知ってました」

 

「え」

 

「昔兄様に、同じことを言われたことがあります。その時は信じてしまいました」

 

「え、マジ?」

 

「はい」

 

「例によって全く覚えてねえな……」

 

「兄様は覚えることが早い分、忘れるのも早いですから」

 

「そうなんだよねー」

 

 

 いや待てよ。

 

 

 信じてしまいました?

 

 

「え、ってことは、俺前に――え?」

 

「ふふっ。じゃあ――リンは今日はもう寝ちゃいますね。兄様」

 

 

 閉められたカーテンの間から顔だけを出して、リンが言った。

 

 

 その顔は真っ赤であり、楽しそうであり。

 

 

 ヒョウをからかっている可能性も多分にあった。

 

 

 だが、楽しい思い出を語っている、そんな風にも思えた。

 

 

「明日。楽しみにしています。兄様。おやすみなさい」

 

 

 カーテンが完全に閉じて、黒砂炎の明かりが消された。

 

 

 リンが寝るのなら、自分も寝ていい。しかしこれは結構、え~~。

 

 

 ヒョウはしばし、机の前で頭を抱えた。

 

 

 しかし答えが出ることは、ついぞなかった。

 

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