囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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謎の二人組現る

 カフェ『スジャータ』

 

 

 ズズズと、ヒョウがコーヒーを口に入れる。

 

 リンはいかにも甘ったるそうなカプチーノを口に含んだ。

 

 

「あ、おいしいです、これ」

 

「そうか。そりゃよかった」

 

 

 余談だが、リンは北頭(ほくとう)にくるまでコーヒーというものを知らなかった。

 

 なので一度飲ませてみたことがあるのだが、リンにしては珍しく、中々に不評であった。最終的に牛乳を混ぜればいける、という結論には達したが。

 

 だからまあ、このカプチーノもヒョウが選んだ。リンが喜ぶハードルは基本的にかなり低いが、正直ちょっとホッとしている。

 

 

「それよかリン。お前、何か欲しいものとかないのか?」

 

「あると言えばあるのですが――」

 

「そうか。じゃあ今日はそれ買いに行くか」

 

「ですがよろしいのでしょうか。あたしに付き合わせてしまって――」

 

「べつにいいさ。で、何がほしいんだよ」

 

「えとあの……念写機を……」

 

「念写機?」

 

「はい」

 

「ふーん」

 

 

 ヒョウはあごを一度擦って、カップを手に取った。

 

 

「お前まさか、俺の今のこの姿を、その念写機で撮ろうって腹じゃねえだろうな?」

 

「え?」

 

 

 リンが口元を両手で隠して言った。

 

 これだけでヒョウは、自分の予想が正しかったと確信した。

 

 

「じゃあ、却下だな」

 

「いえ、あの……」

 

「まあ、他に理由があるってんなら、聞いてやるが?」

 

「あの、そういうことではなく――」

 

「そういうことではなく?」

 

「兄様と……その、初めての、お出かけなので」

 

「……」

 

 

 前にも行っただろ? とは言うまい。

 

 前回は二人きりではなかったわけだし。

 

 

「だったら、この耳は外して撮る。それでいいな?」

 

 

 尋ねた。

 

 しかしリンは目を伏せて、視線を外している。

 

 リンが自分を見ていない時は、大体自分がやりすぎている時。

 

 と、ヒョウは今までずっと、思ってきたわけなのだが――

 

 

「お前っさー」

 

 

 尋ねた。

 

 

「はい」

 

 

 リンが顔を上げて、無垢な目で見上げてくる。

 

 そんな目で見られると、ヒョウも弱い。

 

 ヒョウは、カップで口元を隠しながら、目を上向けた。

 

 

「じゃあ、同一条件な」

 

「え」

 

「お前も一緒に映るか、お前の分も撮る。それで対等ってもんだろ?」

 

 

 お前も一緒に辱めを味わえ。

 

 そういうつもりで言った。

 

 だから、リンが顔を赤くするのは、ヒョウにとっては予想通りだった。

 

 しかし何だろう?

 

 何か違わないだろうか?

 

 答えが出る前に、リンはくすぐったそうに笑った。

 

 

「はい!」

 

 

 やれやれ。

 

 なんて、照れ隠しで呆れながら、ヒョウはまたカプチーノを口に入れる。

 

 しかし念写機か……。

 

 そんな高等なもの、この辺に売っているものかね?

 

 

 ◇◇◇

 

 

「念写機かい?」

 

 

 店を出る前に、店主に向かって問いかけた。

 

 店主もまた、熊の仮装をしている。

 

 

「うーん。そんな上等なもの、この辺りに売っていたかしらねー」

 

 

 やっぱりな。

 

 

「だ、そうだ。しょうがない。念写機はあきらめて、別のことしようぜ」

 

 

 リンに言った。

 

 リンはシュンとした顔で、目を伏せている。

 

 

 ったく、こいつはもー。

 

 

 思いながら、ヒョウは頭をかいた。

 

 

「あ、そうだ。念写機じゃないけれど、こういうのがあるわよ」

 

 

 言って、店主が一枚の紙を出してきた。

 

 手に取って、目を通す。

 

 内容は――

 

 

『本日AM九時より、飛燕盤《ひえんばん》による、魔術師街一周レース開催。※本戦はPM一時から。優勝者には、百万ルート」

 

 

 ヒョウは片眉を持ち上げた。

 

 

 この大会があることを、ヒョウは事前に知っていた。

 

 実はこの日、マルコから、自分の代わりにこの大会に出てくれないかと頼まれていたのである。

 

 まあ当然のものとして、リンとの用事を優先したが、一応こっちの依頼も回収できないものかと考えていた。

 

 これにかこつけて、出てしまう、というのも手だ。まああくまでそれは、自分抜きで予選に通っていれば、の話だが。

 一応仮に出れても本戦からとは言っている。しかし問題が一つある。

 

 

「確かに魅力的な大会ではある。が――全然念写機関係ねえじゃねえか。どこにもそんな文言入ってねえぞ」

 

「バッカねえ。ちょっとは頭使ってみなさいよ」

 

「あーたもしかして、その大会に念写機持ってくるやつが大勢いるだろうから、そいつらに借りろ、とか言うつもりじゃねえだろうな」

 

「あらまあ。よくわかったわね」

 

「頭を使わせてもらったもんでな」

 

 

 頭を指さして、ヒョウが言った。

 

 

「兄様。飛燕盤というのは、何なのですか?」

 

「飛燕盤ってのは、まあ端的に言っちまえば、オモチャの乗り物だな。円盤の上に足乗っけてそれで空中を走る」

 

「え!! そんなことができるんですか!? 危なくはないのですか!?」

 

「とはいえ、飛べる高さが三十センチ弱だったかな、確か」

 

「え?」

 

「だからオモチャつったろ? 物を飛ばすこと自体は簡単だが、安定性を持たすのは難しい。何よりこいつは、利便さではなく、他者を楽しませることを目的に作られている。再三になるが、オモチャなんだよ」

 

「ですが、素晴らしい乗り物だと思います」

 

「お前にかかれば何でも素晴らしいからな」

 

東尾(とうび)の冬にそれを使う。そういった活かし方はできないものでしょうか?」

 

「それなら駆動四輪使った方がいいさ。まあ東尾の決死組は使うなら走るし、北頭じゃ諸々の事情で廃止されているがな。しがらみなく使ってるのは西と翼ぐらいか」

 

「そうですか……」

 

 

 リンがシュンとした顔をする。

 

 リンの表向きの任務は、語学研修と実地調査。

 

 実地調査の役割とはちと違うが、こいつなりに、北頭から得られるものがないか、探っているつもりなのかもしれない。

 

 

「兄様はこういうものに、乗られたことがおありなのですか?」

 

「まあ遊びで乗ったことはあるな。北翼はこういうのがよく流れてくるからな。基本ジャンク品だけど」

 

「……」

 

「なんだよ」

 

「あ、いえ、何も……」

 

「うちに飛燕盤があったら、貸したげるんだけどねー」

 

「いや、いらねえよ。念写機借りるだけならな」

 

「あんたも鈍いねー」

 

「え!? 俺が!?」

 

「いや、そんなに驚かなくても」

 

「初めて言われたもんでな。巷じゃ鋭いって評判なんだがね」

 

「その者は、其方(そち)がそれに乗っている姿を見たいのであろう」

 

 

 客席の方から、話に割ってくる者が現れた。

 

 近づいてくる足音をたどって、目を向ける。

 

 一人は黒耳黒尾黒衣の獣人(フェルナンテ)の少女。

 もう一人は獣耳つきのシルクハットを被った、無表情の女。

 

 

「それに」

 

 

 二人が足を止める。

 

 フェルナンテのガキが口を開いた。

 

 

「どうやらお前は、その大会に何か思い入れがあるようだしのう」

 

 

 瞳の色を深くしながら、フェルナンテのガキが笑う。

 相手の感情を見抜く魔術。

 見鬼(けんき)である。

 フェルナンテの少女と、シルクハットの女の二人。

 どちらも発動していた。

 

 

(こいつら……)

 

 

 ヒョウは、笑ってこそいるものの、ヒョウにしては非常に珍しく、冷や汗を流して二人を見据えた。

 

 

(強いな、かなり。確実に堅気じゃねえな。何者だ)

 

 

 そんなヒョウの感情を見抜いたように、フェルナンテの少女は、口端を持ち上げた。

 


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