囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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核心

 ヒョウは反射的に見鬼(けんき)を用いた。

 

 

 フェルナンテのガキは、見目だけで測るならリンと同い年かそれ以下だろう。

 しかし、このガキを含めた、この二人の魔術師の腕は、自分より上。

 

 

(まあ勝負がそれで決するわけでもないけどな)

 

 

 順境でも逆境でも笑う男、ヒョウが口元を持ち上げる。

 フェルナンテのガキも同じくであった。

 

 

「キャス。すぐに飛燕盤の手配を。会場に行けばこの者たちがそれを手に入れることができるように、速やかに動け」

 

「わかりました」

 

 

 女がポケットから手帳型伝書を取り出し、開いて、指を鳴らす。

 すると、伝書からインクが蛇のように飛び出し、それがまた手帳へと戻る。

 音でインクを操り、それで伝書に文字を描き、部下に指示を送ったのだろう。

 

 

 女がパタンと伝書を閉じた。

 その間、その冷たい蒼い目が、ヒョウから離れたことはなかった。

 

 

 ヒョウはいつものように、軽薄な顔で両手を持ち上げた。

 

 

「どういうつもりだ? ここまでされる義理はないはずだが?」

 

「ここのコーヒーはうまいか?」

 

「あ?」

 

「あたしは埋もれたものを発掘するのが好きでね。ここのカフェは中々に美味いコーヒーを飲ませる。あたしのお気に入りだ。ここで出会ったのも(えにし)。そう思っただけのこと」

 

「ほー」

 

 

 店主を見る。

 

 店主はキョトンとした表情を見せた後、自信満々に胸を叩いた。

 

 

「だったら念写機も手配しておいてくれるとありがたいんだがな」

 

「キャス。念写機の準備もしておけ。だが手癖の悪い男『らしい』からな。盗まれないよう、相応の対応はしておけ」

 

「わかりました」

 

 

 カランカラン。

 

 

 ヒョウとリン。

 二人でカフェを出る。

 

 

「悪いな、リン」

 

「え?」

 

「なんか、まーた妙なものに巻きこまれた感じだ」

 

(えにし)とおっしゃっていましたね……」

 

「まあ(えにし)っゃ(えにし)かもしれないけどな。狙ってこれができたら相当だ」

 

「いえ。(えにし)とは、東尾(とうび)の言葉です」

 

「!!」

 

 

 目を開く。

 

 口元に指をあてて一考した。

 

 

『手癖の悪い男『らしい』からな』

 

 

 この発言から見て、フェルナンテの子供は自分のことを知っているわけじゃない。聞いているのだ。誰かから。

 そして東尾の(えにし)という言葉。ただリンは東尾(とうび)の話をしていたし、絶対とは言い切れないか。

 

 

「まあいいか」

 

「よいのですか?」

 

「どうしようもないからな。何よりこの格好でシリアスは、似合わないだろ?」

 

 

 頭についたタヌキ耳を引っ張って、ヒョウは言った。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 『もう終わりにしよう、お姉ちゃん』 

 

 

 金髪の女剣士が言った。天井には、暗闇を圧するほどの紫龍がとぐろを巻いている。床に綴った陣により、客席はガタガタと揺れていた。

 

 

 ここがどこかというと、劇場である。レース大会までまだ時間があったし、ヒョウは例の二人組について、厳密に言えば、レース大会に出るか否かについて、ゆっくりと考えたかった。

 

 

(出てもいいが、目的がわからなすぎるのが何ともなー)

 

 

 例えば、レース大会から戻った時、リンがいないなんて展開は、容易に想像できる。また、飛燕盤は足を拘束するため、どうしたって追撃は一歩遅れる。足を殺すために出させようとしている、とも考えられた。

 

 

 有火(あるか)雪蘭(せつらん)。どちらかがいれば確実に出るのだが、いない人間を勘定に入れても仕方がない。まあ仮にいたとしても、どうせ止められていただろうってのもあるが。

 

 

 チラリとリンに目を向ける。

 

 

 ここには、関係者全員に腹パン食らってもいいような理由で入ったのだが、リンはわりと楽しんでくれているようだ。顔見たらわかる。

 

 

 ヒョウは軽く微笑んで、同じく劇に目を向けた。

 

 

 劇の題材は、火鳥十二英星譚。つまり世界崩壊前の話である。今はそのクライマックスであるらしい。

 

 

『ルビィ様。ここでお別れです』

 

 

『待て。火月(かつき)……』

 

 

 熱演している役者には大変申し訳ないのだが、ヒョウは一ミリも感動しなかった。何せ経緯を知らないのだから。まあ見ていなかったからなのだが。

 

 

 ヒョウの拙い歴史の知識だけで語るなら、ルビィは今の近代魔術の祖と呼ばれる、虹玉暦最強の魔術師。

 

 

 火月(かつき)は四大神の一柱、火鳥の腹心で、十二英星の旗印のような女。いうなら女神だ。

 

 

 確かこの二人? は恋仲であったが、最後は莫大に膨れ上がった死念を抑えるため、火月(かつき)が自らの存在を――あれ?

 

 

 ヒョウは劇を見て、いや、正確に言えば、両手を結び、宙に浮かぶ少女、火月(かつき)を見て、目を見開いた。

 

 

 少女の長い紅の髪が、左右に広がっている。

 

 

 リンを見た。やはり、食い入るように劇を見ている。

 

 

 リンの髪は、栗色だ。しかし一度、リンの髪が紅に見えたことがある。

 

 

 ヴァルハラ学園登校初日の、帰り道の話だ。夕焼けに混ざって、紅く染まった髪を揺らしながら、振り返るリンの姿が一瞬、頭にフラッシュバックした。

 

 

 そして。

 

 

『何だよヒョウ。お前は本当に歴史に疎いな。この女は――』

 

 

 唇に手を当てる。

 

 

 舞台が暗転していた。

 

 

 まさか――

 

 

(似てるのか? いや、だとすれば、俺が忘れていても、博識の組長が知らないのはおかしい。いや待てよ?

 この歪なチーム編成。語学研修とかいう、リンを同行させるための取って付けた理由。組長にしてはおかしいおかしいとは思っていたが、まさかあの組長(クソボケ)、俺を使うための目的……)

 

 

 パチパチパチパチパチパチ……。

 

 

 しばらくして、拍手が上がった。

 

 

 ヒョウが心の罵声とは裏腹に、口端を持ち上げる。

 

 

 そして。

 

 

「ふん。なるほどね」

 

 

 いつもの言葉を、ヒョウは小さく口にするのだった。

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