囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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俺もだ

「え!? 出られないのですか!?」

 

 

 舞台が終わった後、人気のない廊下でリンに打ち明けると、リンは大層驚いた声を上げた。

 

 その言葉を聞いて、ヒョウはガクッと肩を落とした。

 

 

「お前っさー、あんな胡散臭い二人の申し出、普通受けるか? 受けないだろ、常識的に考えて」

 

「はい、でも……」

 

「でもなんだよ?」

 

「いえ、兄様らしくないなと思って」

 

「俺は意外と常識人なのよ? リン。暴れてばかりの野蛮人とは違うのさ」

 

「……はい」

 

 

 リンがシュンとした顔で俯く。

 

 

(相変わらずわけのわからないことで落ち込む奴だなこいつは……)

 

 

 とはいえ、リンが自分を見ていない時は、大体自分がやりすぎている時である。

 だから、少しばかり、考えてみた。

 

 

 

『その者は、其方(そち)がそれに乗る姿を見たいのであろう』

 

 

 そういえば、フェルナンテのガキがそんなこと言ってたな……。

 

 

「お前っさー、あのフェルナンテのガキも言ってたけど、俺が飛燕盤に乗ったからなんだってのよ?」

 

「え!?」

 

 

 リンが両手で口元を隠し、顔を今日一番と思えるほど真っ赤に染め上げた。

 

 

「いえそれはあの、言葉にするほどのことでは、ないと思いますので……」

 

「ほー」

 

「……」

 

 

 リンが例によって、目を伏せる。

 

 

 再三になるが、リンが自分を見ていない時は、大体自分がやりすぎている時である。

 

 しかし、今日だけでこんなにも乱発されると、『もしかしてこいつわざとやってんじゃね?』と疑念を抱きもしてしまう。

 

 

「わかったよ。じゃあ、言えとは言うまい」

 

「……申し訳ありません、兄様」

 

「その代わり、ヒントを少しは出せ」

 

「え」

 

「そうだな。例えば、あれば。ちょっと動きで理由を表現してみろ」

 

「えぇ!?」

 

 

 また、両手で口元を隠すリン。

 

 

「心配すんな、リン。兄様は絶対外さない。せっかくだから俺の力を見せてやるよ。というわけで、ほれ。やってみろ。はい、五―四―三ー二ー」

 

「え!? あのじゃあじゃあ……はい!!」

 

 

 リンは両手を真横に出した。出す時に、軽くジャンプしている。

 

 少しだけ、時が流れる。

 

 

「……何それ」

 

「……わかりません」

 

 

 身を小さくして、リンが言った。シュンとした顔で目を伏せる。

 

 それを見て、思わず吹き出した。

 

 

「――アッハッハ!!」

 

 

 笑いながら出口に向かう。

 

 いつもと違う笑声を発する自分に、少し戸惑う。

 

 楽しくて笑うとは、つまりこういうことなのかもしれない。

 

 小走りして、リンがついてきた。

 

 

「兄様は時々、リンにひどいことをしますね」

 

「お前がちゃんと話さないからだろー?」

 

「そうまでして、その……リンの考えていることが、気になったのですか? 兄様は」

 

「へ?」

 

 

 リンに目を向ける。

 

 リンはそっぽを向きながら、真っ赤な頬を膨らましている。

 

 なるほどと思った。

 

 つまりこれは、リンなりの仕返しといったところか……。

 

 さて、どう答えるか……。

 

 

「あ―気になるね」

 

「え」

 

 

 リンが振り返る。

 

 

「じゃなきゃ、こんな北頭くんだりにまで来てねえよ」

 

 

 本気だからか。

 

 あるいは、リンの仕返しであると、読めているからか。

 

 不思議と照れはなかった。

 

 

「……ずるいです、兄様」

 

「大人はみんなずるいものなんだよ」

 

 

 真っ赤な顔で身を小さくするリンに向かって、ヒョウは笑って言った。

 

 外に出る。

 

 日差しが目に差し込む。

 

 今日も太陽と同化した神、神陽玉は絶好調のようだ。

 

 そんな時。

 

 目の前から一人の男が現れ目を向けた。

 

 

 銀糸の長い髪に魔族特有の端正な顔立ち。瞳の色は紫紺の九位。ミーティア家の守衛隊長。シュバリエ=レギンだった。

 

 

 シュバリエはこちらに気づくと、眉を持ち上げ、そして笑った。

 

 スタスタとこっちに歩いてくる。

 

 ヒョウは軽く片手で、リンの動きを制した。

 

 魔力を練り上げる。

 

 

「おやおや。このようなところで出会うとは、この街も意外と狭いものですね」

 

「全くだな。お前はこんなところで何をしている」

 

「仕事ですよ。しかしここだけの話、それもふけようかと思っています。私は暑い場所が好きではないもので」

 

「今日は楽しい祭りだと思ったが、裏で何か動いているのか。あのフェルナンテのガキは、お前の差し金か?」

 

 

 見鬼(けんき)を用いながら、尋ねた。

 

 このクラスに相手の心を魔術、見鬼(けんき)はまず通用しない。

 それでも使わない手はないのだった。

 

 初手見鬼は魔術師の基本である。

 

 

「フェルナンテのガキ? ミーティア様のことですかな?」

 

「ミーティア? 猫娘もここにきてるのか?」

 

 

 シュバリエは笑って、親指で背中を指さした。

 

 先には人垣ができている。

 

 

 パシャパシャパシャパシャ。

 

 

 更に響くのは、念写機のフラッシュ音。

 黄色い声も、いくつも飛び交っていた。

 

 

「キャー、ミシェイルさーん!! こっち向いてー!!」

 

「ミーティアちゃーん!! かわいいー!! ポーズ撮ってくださーい、ポーズ!!」

 

「イエーイ!!」

 

「うはっ!! さいこー!!」

 

「今年の大会も優勝してくださーい!! 応援していまーす!!」

 

 

 どうやらミーティアも例の大会に出るようだ。

 というか優勝候補らしい。

 

 

「とまあこういうわけなんですよ」

 

「猫娘もあの大会に出るってことか」

 

「彼女だけではありません。ミーティア様の義兄であられる、ミシェイル様も出ます。そして、ジョニーとロナウドもね。どうやら人手不足のようでね。あの二人では、荷が『軽すぎる』と思うのですが、まあたまには部下にも休暇を与えないといけませんから。狩りにしてもそうなのですが、弱者を一方的に狩るというのは、いつの時代も楽しいものですから」

 

「同じチームとしてか?」

 

「当然です。我々は雇われですから。雇われの我々が、お二人より前に出ることはありません」

 

「危険が起こっても下がりそうだな、お前は」

 

「おやおや、煽りは私の専売特許だと思っていたのですが、奪われてしまったようですね。これは困りました。ははは」

 

「ああ。優先順位が高い方を優先する。そういう男に見えるからな、お前は」

 

「……」

 

 

 シュバリエが表情を消して、ヒョウを見つめた。

 

 リンもまた表情を消している。

 

 リンはいつでも動けるように踵を持ち上げていた。

 

 この中で笑っているのは、ヒョウだけになった。

 

 そして。

 

 

「ふっ。まあいいでしょう。私はこの辺で。それでは」

 

 

 シュバリエがヒョウの隣を通り過ぎていく。

 

 リンの隣は避けたように見えた。

 

 賢明である。

 

 リンの隣には、いつも自分の尻尾が横たわっているから。

 

 踏んだものは、容赦しない。

 

 

「あの方は……」

 

 

 目を伏せながら、リンが言った。

 

 自分の(さが)が引き寄せるのか、さっきから裏の手合いとよく出会う。

 

 リンとしては、あまり喜ばしいことじゃだろう。

 せっかくの二人だけの、休暇だ。

 その気持ちは、わからんでもなかった。

 

 できれば今日一日ぐらいは、リンに、普通の子供らしい生活を与えてやりたい。

 ヒョウは思っていた。

 

 だからというわけじゃないが、気張っていた心をできるだけ静め、人垣に目を向けた。

 

 

「こうしてみると、会場に行ったところで、念写機は借りられないかもな」

 

「え?」

 

 

 リンが振り返る。

 

 呆れつつも、ヒョウは笑った。

 

 

「あのなぁ。本来の目的を忘れるなよ、リン。念写気が欲しいんだろ、お前は。あの空気の中、この格好で念写機借りに行くとか嫌だぜ、俺は」

 

「あ……」

 

 

 リンがポカンと口を開く。

 

 そして――

 

 

「ふふ……あはは」

 

 

 リンもまた、お腹を抱えて笑った。

 

 

「なんだよ」

 

「いえ……その何でもありません。ただその……」

 

「その?」

 

 

 問い詰めるようにして、尋ねた。

 

 リンは両手で口元を隠しながら、言った。

 

 

「いえその……忘れちゃっていました」

 

「お前な―」

 

「楽しくて」

 

「え」

 

 

 リンが赤い顔をしながら、視線をあちこちにやっている。

 

 何と言っていいかわからなくなったヒョウは、リンの頭に置くような手刀をお見舞いした。

 

 

「アホ。そういうのはな、目を伏せて言うもんじゃねえの」

 

「はい……」

 

「顔見て言ってりゃ、俺から一本取れてたぞ」

 

「え……」

 

 

 リンが顔を向けてくる。

 

 ヒョウは、どうしてそんなことを言ったのだろうと、激しく後悔した。

 

 

「ってか、お前、念写機どうでもいいならなおのこと大会なんてどうでもいいじゃねえか」

 

「いえ、そのようなことありません。是非一度見てみたいです。それに念写機もどうでもよくないです。必ず手に入れましょう」

 

「……忘れてたくせによー」

 

「楽しかったら、忘れちゃっていただけです」

 

 

 くすぐったそうに笑って、リンが言う。

 

 今度は目を伏せて言わなかった。

 

 厄介な助言をしてしまったと、ヒョウは目を上向けて、頬をかく。

 

 自分の顔色はわからない。

 

 

「見に行ってもいいけど、俺は出ねえぞ」

 

「構いません」

 

「ふーん」

 

 

 そんなスッパリ切り捨てられると、それはそれでモヤモヤした気分になる。

 

 まあどっちにしろ出ないんだけど。

 

 

(普段ならともかく、今の状況でリンから目を離すのは危険にすぎるからな……)

 

 

 今この祭りには、手練れが集まりすぎてる。

 そういう時は、大体何かが起きるのだった。

 

 

「兄様がそう判断なされたのであれば、きっとそれが正しい答えなのだろうと思っていますから」

 

「なるほどね」

 

「ですが、兄様のことですから、何だかんだ、出ておられるような、そんな気がしています」

 

 

 リンの言葉に、ヒョウは笑った。

 

 これは、先の発言に矛盾するものではあるが、自分自身、予感しているものがあった。

 

 

「俺もだ」

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