囚われの少女を救ってから惚れられている。しかし相手は十一歳だ   作:松岡夜空

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スタート十秒前

 飛燕盤に乗った選手が走る度、水しぶきが舞う。

 

 

 水の気化熱により、頬を撫でる風は冷たいが、周囲の熱気は冷めていない。

 

 

 空からは、時折響く飛竜の鳴き声とともに、実況の声が響き渡り、同じく飛竜にまたがった撮影者が、念写動機片手に選手を映し、それをロータウン中空のミストスクリーンに立体映像として映し出していた。

 

 

 公式なのか非公式なのか賭けまで行われているようで、試合結果とともに、チケットが舞い、歓声と叫喚が響いていた。

 

 

「あ!!」

 

 

 隣でリンが声を上げるので、ミドルストリート――ヴァルハラ市街とアイスビニッツ本都シュペルヘイムを繋ぐ山腹の道――の手摺りにもたれかかっていたヒョウは、目を向けた。

 

 

 リンは棒付き双眼鏡を目に当てて、山腹の下にある会場を見ている。

 

 

 

「見てください兄様!!」

 

「だから見てるよ。何だよ」

 

「いえその、リンのことじゃなくて。あそこにいるの、ネイファさんとマルコさんです。それにミーティアさんも」

 

「ん?」

 

 

 リンが指差した先、出場者控え広場に目を向ける。

 

 

 確かに、ネイファと腕を吊ったマルコがいた。その他、失敗面のお団体三名。クシム、ソボオ、ルーズもいる。

 

 

 相対するは、黒髪にタキシードを着た男。多分あれが、ミーティアの義兄のミシェイルであろう。

 

 そして例のストーカー事件の時の猫娘、ミーティア。飛燕盤のコースはヴァルハラ市街を囲む、堀の上、つまりは水の上で行われる。転倒すると水浸しになるのは必定なので、水着の上に布を巻いた、男にとっては中々に眼福な格好をしている。

 

 そして、ミーティアの護衛である、ジョニーとロナウド。

 

 

 パンフレットによると、この大会は四対四のチーム戦らしいので、ネイファは怪我人三人連れて、ミシェイル、ミーティア、ジョニー、ロナウドという、そうそうたる面子と戦わなければならない、ということになる。

 

 

「ネイファさんとマルコさんも、出られるみたいですね」

 

「ああ、まず負け確だがな」

 

 

(順当にやればの話だが……)

 

 

 ヒョウが目を細める。

 

 

 ヒョウはネイファを助けようと思っていた。

 

 

 都合よく、この大会は(エレメント)に囲まれている。操作は容易い。無論反則だが、自分の呪を誰にも見切られずに発動させる自信がヒョウにはあった。

 

 

(まあこの手の場外乱闘にリンはうるさいから、口には出さないが)

 

 

 あの場にいるということは、ネイファら四人は予選を通った、ということになる。つまり、ヒョウの言った、予選を通ったなら出てもいいという条件を満たしている。

 

 しかし現在色々と不穏である。あのフェルナンテのガキと、シルクハットを被った無表情女は未だ現れていないのだ。

 

 

(まあ外から出てりゃ約束も果たしたことになんでしょ。要は勝てばいいってことなんだからな)

 

 

「大丈夫ですよ、兄様」

 

「ん?」

 

 

 リンに目を向ける。

 

 リンはネイファ、マルコのことを、ジッと見つめていた。

 

 

「何がよ」

 

 

 ヒョウが尋ねた。

 

 

「ネイファさんは勝ちます」

 

「……」

 

「マルコさんが言ってました。本気になったネイファさんは最強だって。だからきっと、勝ちます」

 

「ふーん」

 

 

 目を上向ける。

 

 何だろうな。

 

 変な感じだ。

 

 そうかとただ言えばいいだけなのに、無性に否定したくなる自分がいた。

 

 自分もあの二人はそんなに嫌いではないはずなのだが。

 

 やっぱり根が天邪鬼だからなのかもしれない。

 

 

「そこまで言うならリン」

 

 

 リンが振り返る。

 

 目を合わせながら、ヒョウは笑った。

 

 

「賭けるか? 俺と」

 

「え?」

 

「あいつらが勝つという絶対の確信があるのなら、何を賭けても文句ないだろ?」

 

「えぇ!? ですがリンは、何も賭ける物を持っていないので……」

 

「いやーあるある。考えたらきっとある」

 

「そうでしょうか? というより、あたしが持っているもので、兄様が欲しいものがあるのなら、そのまま差し上げても構いませんが」

 

「それじゃつまんねえだろ? そうだな――あ!!」

 

 

 ヒョウがパチンと指を鳴らす。

 

 

「ふふ。見つかりましたか? 兄様」

 

「ああ。お前が負けたら、今日一日猫語で話すってのはどうよ」

 

「えぇ!? それは……」

 

「無論、俺が負けたら今日一日タヌキの言葉で話してやるよ」

 

 

 頭のタヌキ耳を触って、ヒョウは言った。

 

 リンが目を上向ける。多分色々想像しているのだろう。

 

 そして、お腹を抱えて、笑った。

 

 

「じゃあ、負けられません」

 

 

 拳を握ってリンが言った。

 

 それを見て、ヒョウは笑った。

 

 

 利が薄い上に高いリスクを伴う賭けだが、ヒョウはこの賭博に絶対の自信を持っていた。

 

 というのも、このゲームはチーム戦。勝敗は、制限時間三十分以内に『四人の走った距離の合計』で決めるというもの。ただし、三十分以内にコースを二周半できたものが自チームから『二名出た場合』その時点で即そのチームの勝利となる。

 

 まとめると、このゲームで勝つには最低二人の強者が必要ってことだ。無論四人強ければなおよいが。

 

 

 ネイファとミーティアではチーム力に差がありすぎる。例え一対一であったとしても、ネイファがあの中で勝てるのは、ミーティアぐらいのものだろう。あのミシェイルという男も、見た感じ中々にできる。

 

 

(もらったな、この勝負。今からリンの猫語が楽しみだぜ)

 

 

 負けはどの角度から見てもありえない。

 

 ヒョウは心の中でニヤリと笑った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 新市街と旧市街を隔てる河、モールスリバー。

 

 

 それぞれのチームが交互に並び、ネイファは端。これは任意ではなくクジで決められている。両隣には、前回自分に一杯食らわせた男が二人。

 

 

「よう。俺のこと覚えてるか? まさかまた会うことになるとは思わなかったぜ」

 

 

「ああ。覚えてるよ。あんたみたいに顔面偏差値低いと逆に覚えやすいからね。親に感謝しなよゴリラオヤジ」

 

 

 声を低くしてネイファが言った。

 

 

「あんだとてめえ!! 母ちゃんは関係ねえだろ母ちゃんは!! 俺はこう見えて親孝行で有名なんだ――」

 

 

「黙れジョニー。素人の言葉だぞ」

 

 

 眼鏡の男が言った。

 

 

 ジョニーが舌打ちする。

 

 

(ということは、このもう一人の男がロナウドってやつか。対戦表に名前書いてあったし。面も名前も覚えたぞ、こいつら……)

 

 

 ネイファが密かに心の中で怒りを燃やす。何せこっちは、まだ肩に軽い火傷を負ってるぐらいなのである。

 

 

「さあ始まりました、本戦第四回戦!! 対するは、前回優勝選手、ピーチャ=バルカンを破ったミーティア、ミシェイルペア。前回大会に出場していたトラバス=ロート、グリード=グッドマン選手は不慮の事故により欠場しており、代わりに初出場の二人組。ジョニー=ホワイト、ロナウド=ブラウニーさんが出ております。

 対するは、こちらも本戦初出場。『二人の』王族も通うヴァルハラ魔術師学園出身、元火のAクラス最優秀魔術師、ネイファ=ラングレイ選手。その兄である、マルコ=ラングレイ選手。他二名!!」

 

「「おいこらぁ!! 舐めとんか実況!!」

 

「やめな、ソボォ、ルーズ」

 

「姉さん」

 

 

 目を細めていたネイファが笑って目を向ける。

 

 

「四人、いや、足怪我して見てるだけになったけど、クシムも入れて、五人で一チーム。最後には必ず教えてやんよ。格の違いってやつを」

 

「「姉さん……」」

 

 

 二人が言った。

 

 その一連のやり取りを見て、笑っているのがジョニーとロナウドだった。

 

 ネイファは何も言わず、正面に目を向けた。

 

 

「全員準備はいいですか!? スタート十秒前」

 

 

「八」

 

 

「七」

 

 

「六」

 

 

「……………………GO!!」

 

 

 スターターの声と錬獣した竜の遠吠え。そして観客の声を引き金にして――

 

 

 八人が一斉に飛び出した。

 

 

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