インフィニット・ストラトス―In the Blue Sky― 作:ケリュケイオンの蛇
戦闘人形編はバーチャロン側の設定に慣れ親しんでいただく意味合いが強いです。
ただしまるごと世界観はISなのでそう難しい話でもないと思います。軽い時間の合間にでも、さくっと読んでいただけたら幸いです。
意識を深く落としていく。深淵の闇を歩くように、手探りで自分の一番奥を探るように。
カイゼルは今、第4世代IS『テムジン747』に対して自らのデータを登録する初期化、及び最適化の手順を踏んでいた。胸部に搭載されたISコアが、生体認証によってカイゼルの情報をデータ化、自らの知識として蓄えていく。
自分の内側を覗かれる感覚。鮮明にISとつながっていく感覚が、カイゼルは気に入っていた。
―
意識に直接語りかけてくるように、電子音声の無機質な声が響き渡る。その声に応えるかのように、カイゼルは目を開けた。
視界には半透明のウィンドウ。そこには、『enter』の文字が並んでいる。リリン製らしく英語フォーマットのようだ。支障をきたすほど英語に無知というわけでもないので、そのままウィンドウに触れた。
その瞬間、光が機体を包む。情報の奔流が、カイゼルの意識へと流れこんだ。
手錠は当然、外されていた。先ほどは監視の意も兼ねて、とのことだったようだ。リリン側からの音声認識で簡単に外れたあたり、服従意思を確認するための形式的な意味合いが強いように思われた。
右腕を軽く振る。するとそれまでまとっていた光が粒子となって弾け飛び、色鮮やかな装甲の機体がその姿を現した。
カイゼル専用のIS、『テムジン747J』。現在のISでは珍しく全身装甲に身を包むその姿は、機械の鎧でありながらもヒロイックな雰囲気を醸し出していた。
第一次移行を終えたのを確認し、カイゼルは通信回線を開く。
「
ISに搭載されている広範囲索敵機能―通称『ハイパー・センサー』―を応用した遠距離通信だ。既存の通信機器であれば、それがどんな規格であれIS側から回線を繋げることが可能だという。
そうしてカイゼルがつなげた相手は、ヘルメットをかぶったまま口元に手を当てた。微笑している、ということらしいが、ヘルメット越しではなんの魅力も感じない。
『ふふっ、了解です。見事使いこなしてみせなさい』
「……分かっている」
短い言葉を交わしたあと、通信を切る。それ以上の私語は意味のないものだからだ。カイゼルにとって、任務外の話はこの時において余り必要のない情報だった。
これから向かう目標地点は、現在地から10km先だ。歩兵にとっては遠い距離だが、ISにおいては関係ない。高出力スラスターにより、戦闘機以上の高機動性を持つISにとっては、合って無いようなものだった。
瞳を閉じ、集中する。意識を研ぎ澄ませ、一切の感情を切り離す。心と身体は別。あたかも、コントローラーを握ってキャラクターを動かすゲームのように、ただ自分という人形を操る。
「――Get Ready」
いつもの言葉を口に乗せ、覚悟を決める。ハイパーセンサーによって知覚された目標を見据えたカイゼルの表情に、迷いはなかった。
たとえそれが、生まれ育った場所であろうとも。
標的となった研究施設は、突然の襲撃に大混乱の様相を呈していた。
研究員たちが走り回り、自らの身を守るために必死になって逃げ惑う。次々に襲う揺れにともない、天井部から細かい資材が時折降り注いでいた。
大事そうに自らの研究データを抱えている者、手に何も持たない者、必死に他の研究員を避難させようとするものなど様々な逃走模様が見られたが、その中に実験に使われていた少年少女たちの姿はない。
その様子を見て、ノエルは笑った。結局、研究員たちにとってノエルたちデザイナーズベイビーは実験動物でしかなく、救出するべき命に数えられていないのだ。
両脇にいた研究員も、今やもういない。彼らはとうの昔に、ノエルを見捨てて逃げてしまっていた。
最初は状況確認しつつ対処を考えていたが、誰もがノエルを煩わしく無視した。そんなことを経験すれば、誰だってやる気をなくすだろう。
「命令があるまで待機、か」
笑わせてくれる、とノエルは鼻を鳴らす。命令もなにも、この様では下されるわけもない。
待機していれば間違いなく死ぬ。しかし命令違反をして助かったところで、命の保証があるわけでもない。
今この研究施設がどのような状況になっているのかは不明だが、この周囲の慌てぶりから推測するに施設自体が長く持つことはないだろう。
よくて廃棄か、最悪崩落による消滅の可能性も有り得た。
「無力だな、私は」
アレほど実験において優秀な数値を出したにもかかわらず、ISがなければただの女だ。今にも崩落しそうな天井に、不安を抱えて震えるただの人間。
ノエルはゆっくりと壁にもたれかかり、目の前の光景を見つめた。
視界の先に、もはや研究員の姿は見えない。この場からはとりあえず避難したということだろう。
結局、誰もノエルを連れて行くものはいなかった。それだけで、裏切られたような悲哀がノエルの胸を締め付ける。
自然と胸を押さえて俯いた。こんな時、涙を流すことさえできない。ノエルたちデザインベイビーは、一般的な教養など一切教えられていないのだ。
「あいつは、どうしてるかな」
そんな時に思い浮かぶのは、以前に対戦したノエルと同じ実験体の少年。
X‐00と呼ばれていた少年は、どこかに売り払われたという。ノエルが聞いたときは、大変残念に思っていたものだ。
ただ、今となっては売られたことに安堵すら覚えている。X‐00には、こんな惨めな終わり方はして欲しくない。不思議とそう思ったノエルは、それが恋心だということに気づいていなかった。
「できればもう一度、会いたかった」
振り仰いだノエルの視界が、天井部に亀裂が入っていく様子を捉える。それを見て、ここもすぐ崩落することを感じ取った。
亀裂が徐々に大きくなり、激しい振動とともに天井部が崩落する。その瓦礫が、ノエルの周囲へと降り注いだ。
瓦礫による粉塵が周囲に舞い上がる。幸運か運命か、ノエルは奇跡にも似た確率で瓦礫の下敷きから逃れていた。
粉塵が止み、ノエルの視界に光が差す。
ゆっくりと顔を上げたノエルは、その視線の先を見て目を見開いた。
「何故、お前がここにいるんだ」
搾り出すような声で、ノエルが言葉を紡ぐ。ノエルの先には、鮮やかな色のISを纏う少年の姿があった。
青や黄色、赤など、色とりどりな装甲を持つそのISは見たことがないものの、ソレを纏う少年の姿は、つい先ほどノエルが会いたいと願っていた人物そのものだった。
「X‐00…!」
「ノエル・シュヴァルティン…?」
強く、少年の名を呼ぶ。その時ようやく少年はノエルの方に気づいたような声を出した。
X‐00ことカイゼルは、相も変わらず感情を見せない表情を浮かべていた。
研究施設へと奇襲をかけたカイゼルは、ハイパーセンサーによる索敵を頼りに建造物を破壊して回っていた。当然、生体反応も見逃さずに消して回る。生体反応を示す光が消えるたび、カイゼルの胸の奥底で鈍い痛みが走っていた。
だが、その痛みを無視してカイゼルは駆ける。背部のスタビライザーが光を伴い、カイゼルの身体を押し上げた。
一瞬の加速。即座に固定砲台を踏みつけ、破壊。続いて飛翔し、次の狙いを定める。
その直後、ハイパーセンサーが熱源を感知。瞬時に情報を解析し、正体を探った。
――熱源照合…完了。機体名、ラファール・リヴァイヴ。
護衛用のISだろうか。黒髪の少女が狙いを定めているのを視覚で再度確認し、即座に左へとブースト。
「武器転送、スライプナー」
右手に意識を集中させ、武装を実体化させる。
手に持ったのは、第4世代武装『スライプナーMk.6/mz』。全領域対応型多目的複合武装の異名が付けられているこの武装は、それ一本であらゆる武器の役割を果たす。
そのスライプナーをライフルモードに選択し、走りながら連射した。カイゼルの放った二発の高圧縮ビーム弾が真っ直ぐ相手のISへと向かっていき、直撃する。
派手に吹き飛ぶ少女。ソレを追うように、カイゼルもまた疾駆した。戦場は既に荒れ果てており、研究施設も半壊している。
ほとんど抵抗力を失っているとはいえ、完全なる抹消を任務とするカイゼルにとっては未だに油断できない状況だ。
視界による情報も然ることながら、カイゼルはハイパーセンサーを展開。施設のうちで、最も電子機器の密集した一角を探ると、そちらへと向きを変えた。
「モード変更……攻撃モーション選択、ラジカル・ザッパー」
カイゼルの声にスライプナーが反応、その形状を変更していく。スライプナーが横に開かれ、真っ二つに割れる。先ほどのライフルモードと比べ、展開したことで両手で支えるほどの巨大な火砲へと変形した。
ラジカル・ザッパー、砲撃モードとなったスライプナーの攻撃名称だ。先ほどよりも高出力のビームが展開したスライプナーの中心で収束していき、巨大な光の奔流となって放たれた。
放たれたビームが建造物を飲み込み、あるいは貫いて、消滅させていく。その衝撃で、カイゼルの乗っていた建造物も崩落を起こしていた。
即座に跳躍して崩落から逃れると、その場に再び着地する。
メイン区画を消滅させたことで、後はだいぶ楽になったと言えよう。瓦礫も残さないようにするため、再びスライプナーを構えるカイゼル。
「X‐00…!」
そんな中自らのコードネームが聞こえて、カイゼルは思わずそちらへと目を向けた。
「ノエル・シュヴァルティン…?」
つい最近、この施設で最後に相手にした人物の登場に、カイゼルは内心で戸惑いを見せる。表面上には出ていないだろうが、なるべくなら見たくない相手だった。
「どういうことだ! 何故お前がここに」
「事情は後で話す」
苛立たしげにノエルが言葉を放つが、カイゼルは即座にそれを中断させる。ノエルを抱き寄せると、その場を跳躍。二人がその場を離れた直後、そこに無数のミサイルが降り注いだ。
「ッ!?」
その光景に、ノエルが息を飲んだ。無理もない。生まれ育った施設が完全な廃墟と化している上、カイゼル自身が施設の人間に狙われているのだ。
聡明なノエルだ、その状況でそれまでの経緯をすぐに理解したことだろう。つまりは、カイゼルが施設の敵に回ったということに。
「……さっきのISか」
ミサイルが撃たれた先を見て、カイゼルが淡々と呟く。その視線の先には、先ほどスライプナーのライフルモードで撃たれた少女がミサイルを構えているのが見えた。
ノエルを降ろし、距離を取らせる。ノエル自身にも戦闘技能はあるものの、IS相手に生身で勝てる道理はない。
おとなしく下がったノエルをIS側の情報だけで感じ取ると、敵意を見せた少女に意識を向ける。
冷ややかな目でスライプナーを構えたカイゼルは、視界で起こった異常に動きを止めた。
「ウ…ア……」
少女が苦しげに呻く中、ラファール・リヴァイヴに変化が起きた。滲むように胸部が漆黒の影に染まっていく。同時に、装甲の隙間から、赤い光が溢れ出した。
瘴気のように侵食する影は、怪物のようにラファール・リヴァイヴを飲み込んでいく。
頭を抱えて少女が黒髪を振り乱した。苦しげな声に呼応するように闇は広がっていき、遂には四肢を含めた全てを黒く染め上げる。
まるで、第一次移行の光を反転させたような光景。その現象を見て、カイゼルの表情が険しさを増した。
その変化を、カイゼルは知識で把握していた。
ISが搭乗者の意識管轄から離れ、制御不能となる暴走現象。
「シャドウ化現象…」
その現象の名をカイゼルがつぶやくと同時に。
《ア゛ア゛アアアァァァァッ!》
漆黒に染まった魔人が、咆哮した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
カイゼルたちがいた施設に関しては名がありません。《名も無き施設》それでもいいと思いますが、便宜上でも名前が欲しいところです。もし読者の方で何かいい呼び名が浮かんだ方、提供していただけるとありがたいです。
ノエルさんはISらしくちょろいです。とはいえ、その恋心が成就するかどうかはわかりません。カイゼル相手では厳しそうですが(笑)
それでは、次回でまた会えるよう頑張ります