インフィニット・ストラトス―In the Blue Sky― 作:ケリュケイオンの蛇
本編中ではまだ触れていませんが、カイゼルやノエルの出身施設はサボテン様の『Suplage』を採用することとなりました。サボテン様、素敵な名前をありがとうございます。
最近原点回帰の意味を込めてISの小説を再読し始めました。永らく読んでなかったこともあり、色々と展開等で考えさせられます。特に転入時期。果たしてどのあたりにするかで主人公の立ち位置、人間関係も変わってきてしまいます。なかなかの悩みどころですね。
さて、こんな話をするからには次回から学園編、ということになります。
戦闘人形編は一旦の終幕となりますので、最後まで楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ。
一面に広がる死の世界。其処にはそう言えるほどの無機質な景色が広がっていた。
荒れ果てた大地は褐色の肌を晒し、周囲には瓦礫が散在している。草木は一本もなく、生命の息吹を感じない。ただ、静寂のみがその場を包み込んでいる。
その静けさの中、カイゼルはただその場に佇んでいた。死んだ世界において、命あるその姿はかえって異質な印象を与えている。
「何故だ、カイゼル」
そんな彼を、呼ぶ声が響いた。その場を満たしていた静寂を吹き飛ばしたその声は、凛とした女性の声だ。
その声にカイゼルが振り向くと、ノエルの姿が視界に入る。その表情は、以前にあった時の印象とは違う。長く伸ばした金髪が風に揺れる中、ノエルはカイゼルへと近づいた。
「何故あの少女を殺した!?」
ノエルがカイゼルに掴みかかり、激情のままに言葉を吐く。ISの装甲に包まれたカイゼルにとっては、避ける必要もない無意味な行動だ。
冷たい装甲に触れたノエルの手は、掴むこともできずに滑り落ちていく。前に移動した重心を支えることもできず、ノエルはそのままカイゼルの胸にその身を預けることとなった。
カイゼルは身じろぎもせず、その身体を支える。その口が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ソレが彼女の願いだった…」
カイゼルから紡がれた言葉は、淡々としていた。感情を感じさせない声音に、ノエルがカイゼルの顔を見上げる。
「……もうあの子は死んでいたんだ」
カイゼルは、いつものように無表情だった。だが、以前ノエルが見た人形のようなものではない。
己のうちにある感情を、懸命に見せないように作り上げた仮面のように、どこか違和感を抱かせる顔だ。その表情の差を、ノエルは見逃さなかった。
「だとしても! お前が命を奪うことはなかったはずだ」
カイゼルの言葉に、ノエルは苛立ちを露わに言葉を放つ。カイゼルは理解しがたいという様子だ。
確かに、ノエル自身でも何故これほど苛立っているのかは分からない。カイゼルが同胞を殺したことに対する怒りなのか、施設を裏切ったことに対する失望から来るのか。確かに、そういったことも苛立ちの原因かもしれない。
だが、ノエルが今この激情をカイゼルにぶつけているのは、別の要因が影響していた。
「…全て俺の責任だ。あの子を助けられなかった。ならば最後に願いを聞くことで、清算するしかないだろう」
「そのために、お前はどうなっても良いというのか!?」
カイゼルは全て、一人で抱え込もうとしていた。少女の死も、施設への裏切りも、自分の気持ちに嘘をついて、心が壊れていくのを無視してまで、自分に架せられた任務を果たそうとしている。
戦闘人形として過ごした時間が長すぎて、人としての自らを余りにも軽視しているのだ。
その心情を、ノエルが把握しているわけではない。ただ、カイゼルが人知れず傷ついていくことを、ノエルは感じ取っていた。
だから、憤っていたのだ。カイゼルが助けを求めないことに。
そして、ノエルは自身がカイゼルの支えになれないことが、どうしようもなく辛かった。
「…私はただお前と対戦しただけだ。お前からすればただの他人だろう」
ノエルが静かに口を動かす。そのことに、カイゼルは何も言わなかった。
ノエルの言葉など、聞いているかもわからない。ただそれでも、ノエルは口を動かさずにはいられなかった。
「それでも私は、お前のことが壊れていくのを見たくないんだ」
ノエルの声が、震えていく。涙を流すことはしない。ただ、声が震えているだけだ。
それでもハイパーセンサーによる生体情報から、カイゼルはノエルが泣いているということを知覚する。
「俺はお前たちの敵だ…何故俺のことを心配する?」
ノエルの言葉に、少なからずカイゼルは戸惑いを覚えていた。同胞を殺し、施設を裏切ったカイゼルは、糾弾されるべきであって、情けをかけられるような存在ではない。
そう思っていたのに、ノエルはカイゼルのことを心配した。
それがどうしてなのか、カイゼルにはわからない。だがノエルの言葉は、少しだけ暖かいと思った。
「お前は私を助けてくれた。それだけで私にとっては十分だ」
ノエルは、カイゼルの問いに答えるべく声を出す。その声は、どこか穏やかな口調だ。
「それに――私が倒す前に、壊れてもらっては困る」
そう付け足して、ノエルはカイゼルから離れる。その言葉がどう言う意味かすぐにはわからなかったカイゼルも、それが以前の対戦のことだと思い至るとため息をついた。
カイゼルの心は壊れかけたままだ。ただ、ノエルの言葉に幾分気持ちは楽になる。
「覚えておく」
そう答えたカイゼルの表情は、少しだけ柔らかいものとなっていた。
施設の破壊から数日。あの後、カイゼルはノエルを伴ってリリンの拠点である『フレッシュ・リフォー』へと帰還していた。
フレッシュ・リフォーは南極に位置するリリンの工廠プラントであり、周辺一帯は私有地として外部からの侵入者を拒んでいる。強力なジャミングと何重にも仕掛けられたプロテクトのおかげで、世界においてその全容を知る者はごく一部のみだった。
ノエルの保護を許可したリリンは、カイゼルから任務の事後報告を受けた後に、ノエルを連れ立ってどこかへと姿を消している。
その際割り当てられた部屋で、任務があるまで現状待機というのがリリンからの命令だった。
そのため、カイゼルはベッドにその身を預けている。無為に時間を過ごすことには施設で散々行ってきたことだ。そのことに苦痛は感じない。
ただ、思考するとどうしてもシャドウ戦のことが思い起こされた。あの時、どうすれば少女を助けることができたのか。そればかりを考えて、胸の奥が鈍く痛む。
研究員の命を奪ったこともそうだが、カイゼルにとって作戦上必要であるならば殺戮という手段をとることに疑問は抱かない。他者の命を奪うことに何も感じないわけではないが、だからといって躊躇すれば自分の身が危うくなるからだ。
ただしそれは任務上の行動であり、その時点で殺戮という選択を取らずとも任務達成が可能である場合、命を奪う行為はしたくないというのがカイゼルの本音だった。特に、シャドウ化現象がなければあの少女の命を奪うことなく無力化することも可能だっただろう。〝もしも〟の話とはいえ殺さずに済んだ可能性がなかったわけではない。そのことが、少女の死をカイゼルが引きずっている原因だった。
帰還してから知ったことだが、シャドウに飲まれた少女の名は『サヤ・ナナセ』というらしい。知る必要もない情報だったが、リリンから聞かされた経緯がある。特にリリンが意図を持って教えたとは思えないものの、知ってしまった以上忘れることもできない。ただ、何故施設にいたのかまでリリンは教えてはくれなかった。
あの時、サヤは死を選んだ。その願いを叶えたことは間違いだと思ってはいない。
だがしかし、カイゼルは彼女を二度殺したのだ。精神汚染による心の死と、スライプナーによる肉体的な死。前者に関してはシャドウ化現象が直接的な要因だが、汚染数値が低いうちに無力化できれば助かったかもしれない。そもそも、シャドウ化を促したのも結局カイゼルの攻撃によるものだ。
「全て今更だ…」
そう呟き、カイゼルは思考を切り替える。後悔したところで、奪った命が戻ってくるわけでもない。
何もかも、カイゼルは奪ったのだ。施設も、そこに居た研究員も、サヤの命も、優劣などない。全て、カイゼルが手にかけたことに変わりはない。
そのことは、カイゼル自身の罪だ。一生背負って生きていくことでしか、その罪は精算できない。
「…俺は、この痛みを忘れない」
目を閉じたまま、言葉を紡ぐ。感情を殺すことで、何も考えない戦闘人形に戻ることは簡単だ。
だがそれは、自らの行動を否定し、奪った命を冒涜する無意味な行為だ。
人としての名を与えてくれたリリンにも申し訳がない。だからカイゼルは、言葉に出して贖罪を誓った。
その時、壁面に埋め込まれた通信装置が着信を知らせる音を鳴り響かせる。突然の通信に驚くこともなく、ベッドから身を起こしたカイゼルは回線を開くために立ち上がった。
《お久しぶりですね、カイゼル》
回線を開くと、通信装置に備え付けられた小モニターにリリンの顔が映る。特徴的なヘルメットで素顔を隠しているのは相変わらずだが、その姿を見るのも久しぶりだった。
リリンからの通信に、カイゼルは目を伏せて礼をする。軍人ではないためか、簡素なその態度にもリリンは特に言及することはなかった。
《その様子を見る限りは、休養できたようですね》
「気を遣わせてすまない…」
リリンの言葉に、カイゼルは謝罪する。おそらくリリンから見ても、自分の状態は酷かったのだろう。数日間にも渡って休養をもらったおかげで、感情を整理することもできた。
リリンに謝罪をすると、相手は口元に手を当てて笑う。その態度を見て、それほどリリンが気にしていないことをカイゼルは感じ取った。
《人形に戻っていないようで安心致しました。その感情を忘れないように》
「……分かっている」
リリンからの忠告を、カイゼルは素直に受け取る。多少なりとも心配はしたのだろう。リリンの表情はわからなくとも、その声音は幾分ほっとしたような響きを含ませていた。
「…それで、用件は?」
リリンが通信してきたのは、何もカイゼルの心理状況をチェックすることだけではないだろう。何か別の要件があるはずだと、カイゼルは訪ねた。
カイゼルからの言葉にリリンが少しばかり不機嫌そうな声を出す。
《……カイゼルには女性に対する接し方を教える必要がありますね》
どうやらリリンの気分を害してしまったようだ。もう少し、私的な会話を続けるべきだったかと思い至り、カイゼルは自省する。
施設で暮らしていた期間が長かったのもあり、対人関係に関してカイゼルは淡白な傾向にある。とはいえ、一般的な人間関係などリリンが初めてだったこともあり、現在の対応もいささか仕方ないと思えた。
「……」
《ハァ…まぁいいでしょう。用件が他にあったことは事実ですし》
カイゼルが難しい表情で沈黙したのを見てか、リリンが嘆息する。どうやら見逃してくれたようだと、カイゼルは内心安堵した。
ただ、リリンが帰ってくれば女性用の振る舞い方も教えられることになるかもしれない。そう考えると、少しだけカイゼルは疲労感を覚える。
そんなカイゼルの心情を気にすることもなく、リリンはその身を正すように身動ぎをした。
《カイゼル・エンドレート。貴方を、IS学園に編入することが決まりました》
リリンは少しばかり声を厳かにすると、カイゼルに対して言葉を紡ぐ。
リリンから放たれた言葉に、カイゼルは少しばかり戸惑いをみせた。
IS学園のことはカイゼルも知識で把握している。日本という島国に存在する、ISを専門的に扱い、運用するための技能や知識を教練している場所だ。ISを初めて開発し、その操縦者も日本出身ということでアラスカ条約により日本へと設置された経緯がある。
国家権力の及ばない点において、IS操縦が未熟な操縦者を保護する役割もあるらしい。確かに、現在のカイゼルの立場で言えば在籍することに問題はない。
ただ、ISを扱えるのは基本女性のみ。つまりIS学園は事実上女子高状態なのだ。そんなところに男が入るというのは、悪目立ちするのではないだろうか。
《既にISの操縦資格を持つ男性が在籍しています。カイゼルが懸念を抱くことはありません》
カイゼルの考えを見透かしたかのように、リリンが口を開く。どうやらIS学園への編入は決定事項だ。
抵抗するだけ無意味だと判断したカイゼルは、諦めたように息を吐く。それを見たリリンが、クスリと笑い声をこぼした。
《今回の編入はその男性の護衛も兼ねてます。任務として考えればさほど苦にもならないでしょう》
「……了解した。編入時期は?」
リリンの言葉に、カイゼルは頷いてみせる。早々に先を促したカイゼルに気を悪くすることもなく、リリンは言葉を続けた。
《一週間後ですね。詳細は情報端末に送っておきます》
そう言い残すと、リリンが画面から消える。通信回線を切ったようだ。一方的な対応といえばそうだが、カイゼルに対して信頼を寄せている証とも言える。
過度な期待のような気もするが、リリンに対して文句があるわけでもない。IS学園に編入することになれば、対人関係も学ぶことができる。そう考え、否定的な思考を排除した。
「……IS学園、か」
そう呟いたカイゼルは再びベッドへと身を委ねる。その胸で、青いペンダントが薄く輝きを放っていた。カイゼルの専用機、『テムジン747J』の待機形態だ。
未だ世界に認知されていない、第4世代IS。力としてはおそらく最高クラスと言える。だが、その性能を満足に引き出していたとは、到底思えない。
問題は、力を使うカイゼル自身。己の力量不足であることを自覚し、カイゼルは覚悟を決めた。IS学園で、自らを鍛え上げる。もう二度と、後悔しないために。
胸の内で密かに決意すると、カイゼルは目を閉じた。
カイゼル・エンドレートという存在は、今後世界にとって重要なファクターへと変わっていくこととなる。その運命を自覚し得ないまま、カイゼルは深くその意識を落としていった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
この話では前回の話でカイゼルが抱いた迷いを覚悟に変える話となっております。リリンに名前をもらったことで、一人の人間として成長していく第一歩を心がけたつもりですが、読者の皆様にはうまく伝わったでしょうか?
それでは、また次回お会いできることを願って。