あなたとは終生のライバルでいたかったけれど、それがかなわないのなら 作:大風22号
「セイウンスカイは春に散った。」
順当に、順調に事は進んでいるはずだった。
菊花賞よりも調子がいい、伸びた距離にもよく対応できている。勝利と栄光が近く近く、手を伸ばせば届きそうにさえ思えた。
興奮がセイウンスカイの頭を埋め尽くしていても、けれど冷静であった。ほかの全員を振り落とせたとしてしかし一人、よっぽど手ごわい彼女がまだわからない。先行策で臨んでくることは知っていたし弱点も見えていたが、考えは張りつめて止まない。
第四コーナーを先頭で曲がり切ったところ、セイウンスカイは疑問の答えが気になって仕方がなかった。
彼女は今どこに?
──『スペシャルウィーク並んだ! スペシャルウィーク先頭!!』
解は数えるより早くに現れる。揺れる黒い髪の中に眩くも見えるはっきりとした白線。
絶好調であった。布石を撒いて情報戦で勝って最高の調整で、努力だって積んだ。けれど並ばれている、スペシャルウィークに。
(なら……勝ち目なんて……)
強い諦観が足を重く、横からの大きなプレッシャーが体を委縮させる。打つ手など、この最後の直線で残されたものは一つとなく出来ることは成果を待つのみ。当然な力比べでの結果は見えていた。
けれど、まだ、彼女は止まらない。
まだ、意地があった。
セイウンスカイは食らいついた。例えば付け焼き刃の根性を、にわか仕込みの度胸をいっぱいに振るいあげて足を進めた。定まらない呼吸のリズムと、振れる身体の姿勢とで途絶えそうになる集中が、さらに背後の追うものも思わせ気が気でなくなっていく。けれど流れていく走りを止めることなどは誰にもできない。
(まだ、まだまだ、まだ………………ああもう、敵わない)
視界が狭く意識はもうろうとしているのに、前を行く姿ははっきりと、次第に離されていく距離ははっきりと、敗北を告げる。脳への酸素供給が減って色彩が滲み、景色が黒く塗りつぶされていっても眼に映るのは、星。遠く輝いていて、眩しい、届くことのない流星。
セイウンスカイはそこに手を伸ばして──。
『スペシャルウィーク先頭ゴールイン!!』
第119回目、天皇賞の勝者が誕生した。
*
ゴール板を駆け抜けた者はみな等しく肩を上下させ息を整えようとしている。しかしその中では泣き出しそうに俯いていたり、その場に倒れこみそうなほどふらついていたりと一様でなかった。
「ス~ペちゃん」
けれど存外にも
「セイ、ちゃん!」
「おめでとう。勝ったね……私に」
息が上がって途切れとぎれではあるけれど二人は会話を続けた。
「……うん! セイちゃんも、とっても……ふぅ、素敵だった! また」
強く、セイウンスカイが言葉を切る。
「おめでとう。もう、私を越したね……次は、きっとグラスちゃん……かな。きっと、ふー……うん、手ごわいよ。もう、私なんて、かまってられなくなる」
「…………セイちゃん……?」
セイウンスカイは汗こそ流しているが飄々とものを語る。その表情は疲れているからか瞼が落ち、見惚れているように恍惚としていたがスペシャルウィークはそんなことなど知らぬように困惑していた。
「私は先に戻るからさ、今はこの歓声を、いっぱいに聞いててね」
そう言うと地下バ場へと踵を返す。スペシャルウィークは声を大きく静止の言葉をかけるが、止まらない。セイウンスカイは最後「次にこれを浴びるのは、私だからさ」と告げるとターフからその姿を消した。
スペシャルウィークが振り向くと、映るのは埋め尽くすほどの人、人。そしていっぱいの歓声と拍手が、自分に向けられていることに気が付く。それらが、彼女に名誉を与えていた。
*
あんなに長い距離を走り切ったものだから、すぐに動けるウマ娘はそう居ないだろう。実際、地下バ場を歩いているのは私だけだった。それを知ってから口がゆっくりと動いていく。
「……負けちゃったなぁ」
事実を反芻して、頭に浮かぶ言葉をつぶやく。
「このレースじゃなくて……この勝負じゃなくて」
どれだけ小さな声で言おうが狭きに反射を繰り返して、耳に深く脳に響いて体にしみる。
「
諦め。感情の一つだけれど私にはそうは思えず、それもやはり漠然としない事実だった。
けれどこんなことは、トレーナーに言えない 、仲間に言えない、ライバルに言えない。スぺちゃんに、言えない。だれにも言えたことではないけれど、私は頭の中で強くそう確信している。だから、あふれるものが頭の中では納まりきらないで、そして何より言葉にしたかった。思考の中の可変的であいまいなものを、さらに変わらないこととして決めたかった。
ゆっくりと歩いていると、額の滴が邪魔で鬱陶しくなる。
身体が熱いのは疲れからで、落ち着かない呼吸も吹き出る汗も、すべて走り切った達成感をより確固とするためのもの。他所へ向けられた喝采は次の挑戦のためのバネ。
ずっとそう思っていたけれど、私はあのときどんな感情を抱いただろうか。白星を掴んだ彼女を見て私は──。
よくやった。胸には嬉しさや興奮、賞賛、安心と喝采。
走ることに楽しさを覚えても競うことと真剣に向き合い、挑戦をやめない強く優しいウマ娘。きっとあなたが頂点にふさわしい。そう思った。
──そうしてすぐに理解できた。
私は、もう彼女とライバルであることは、かなわないのだと。
「もう、いっしょには走れないのかなぁ…………」
地下バ場はたしか、寒かっただろうか。覚えていないけれどきっとそうだった。
添削次第次話更新していきます