あなたとは終生のライバルでいたかったけれど、それがかなわないのなら   作:大風22号

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Summer heat star

Summer heat star.

 

 

 

 晴天が広がり暑さを覚える夏合宿のさなか。練習場にて行われるスペシャルウィークの模擬レースを大勢のウマ娘がギャラリー席から見下ろしていた。

 スペシャルウィークを含めて七人で行われた左回りの芝二千四百。それなりの面子がそろった出走表に、自身の練習をやめてまで観戦に来るウマ娘やトレーナーは多く、セイウンスカイもその一員であった。

 ゲートが開くと面々が走りだしていく。もつれながらもスペシャルウィークは逃げウマのその後ろ、もしくは一番手に並ぶ勢いで続いていた。ローペースなタイムの中、スペシャルウィークは掛かり気味であり離れからセイウンスカイの耳に動揺も届いたが、それから少し中盤に差しかかるころにどよめきは皆へと伝染する。

 スペシャルウィークが先頭へ立った。

 先ほどまでは逃げウマを抜かないことで精いっぱいなほどにペースが荒れていたが、それでもバ群と足並みはそろっていたのだ。

 しかし、抑えの効かないハイペースでスペシャルウィークは先導を越えて目安、流れを見失う。

 暴走、と呼ぶのが正しいであろうそのウマ娘は最終コーナー手前でさらに加速を試みるが、体力は残っていなかった。

 流星が沈み堕ちてゆく。無謀のまま逃げとなってしまって無残にも。きらめきなどは欠片も残さず。

 

(……あれは。あんな走りは、スぺちゃんじゃない。スぺちゃんはあんな走りしない。だれを……だれを、追ってたの?)

 

 模擬レースを終えたウマ娘たちが観客席に寄りそれぞれトレーナーの許へ行く。ギャラリーも散りぢりに移動をはじめ、セイウンスカイもまた緩慢に。スペシャルウィークのみが、たったひとりそこを動かず手を膝にあて呼吸を整えていた。少しして顔を上げたスペシャルウィークがどこか嬉しそうにあたりを一瞥しそして歩き始めるのを、しかしセイウンスカイは横目で見た。

 

(もっと、悔しそうにしなよ……レース直後のあの表情を、いっつもみたいに)

「……追ってな、スぺちゃん。“差し”を教えるよ」

 

 セイウンスカイはつぶやくと、スペシャルウィークに背を向けた。

 

 *

 

「忘れてたな……」

「何を?」

 

 夏合宿の二週目。私が北海道から戻ってきてから数日後のこと、砂浜で思い出したことがあった。

 私がもう一度おかあちゃんを訪ねたのには二つの理由があって、一つはスぺちゃんについて。もう一つは。

 

「トレーナー、差しを教えてよ」

「逃げじゃ勝てない? スペシャルに」

「うん。まあ、それもあるけど」

(私にはそんなことよりよっぽど大事なことがあるんだよねー)

 

 “差し”について。

 結構に話したから分かる。いまおかあちゃんはどこにも所属していないけれど、トレーナーの腕としては申し分ないほどに優秀だった。スぺちゃんのあの末脚の基盤をおかあちゃんが作ったんだ。

 そんな実績を持っている人から少しでも知見を分けてもらえればよかったけれど、まあ実際だからと言って大きく変わるわけじゃないや。

 

「目標は天皇賞……じゃあ、ハードル高いけど……」

 

──そんなこんなで、私は狭いゲートに何とか耐えてみんなと並んでいる。

 ティアラ路線の二冠バと菊花賞バ、他にも豪華なメンバーの中で、やることは腕試し。正直舐めてるのかって言われても無理ないと思う。

 札幌記念。夏の真っ只中に行われるスーパーG2。天候は快晴とは言わずとも確かに見える空の青はまるで私を見守っているようだった。

 

(……そろそろだ)

 

 音を立てゲートが開くといっせいに駆け出す。出遅れもなし足の具合も悪くない。横を走るウマ娘が加速して、けれど私が前を譲ると驚いた表情を一瞬でも見してくれるからこういうのはやめられないんだ。

 控える。逃げウマが多い今回のレースで縦長になることは知っていた。後方に構えて前を追う。

 

(こんな気持ちだったのか、知らなかった)

 

 前に誰かがいることが安心できる。この作戦に自信があるから、誰かのペースに身を任せられることがこんなにも私を落ち着かせる。

 距離は空いているけれど、いつもの代わりに強風の矢面に立つウマ娘のおかげで走りやすい。

 第三コーナーまで来たところでギアを上げて進んでいく。

 今までの“逃げ”で追いつかれたときの肉体勝負じゃ結果は言わずもがな、おかげさまで並ぶことが心底イヤだった。

 けれど捲って並んで、抜く。それだけでこんなに。こんなに気分がいい。

 

(最後までの体力十分。見てなスぺちゃん。“差し”だ差し! スぺちゃんが得意な!)

 

 先頭へ躍り出る。過程がなんであろうと私は、ある地点で一番にいるんだ!

 

 体力も相当に消費してこれ以上のスピードはいくらなんでも不可能。けど止まることもかなわないから全力で。

 

(差しって……こんなにきついのー!? さすがだよスぺちゃん。さすがなんだよ、スぺちゃんは!)

 

 スぺちゃんの差しと私の差しがまったくもっての別物なのは分かっていた。スパートの場所もパワーもスピードも全部が違う。

 手本になっていままでを思い出させたかったから、当然最初はスぺちゃんに似た展開にしようとしてたのに、いざ練習を始めて精々できるのはここが限界だった。

 

 後ろから猛烈に上がってくるウマ娘を肌で感じて、呼応されるように体がうずく。

 雑巾絞った最後の一滴、瓶の底に残った最後の一滴の燃料を燃やして走れるのは、勝たなきゃいけない相手がいるからだ。

 

「こぉーいっ!」

 

『さあ、王道の二冠か、ティアラの二冠か!!』

 

 縮まる距離が見えるように感覚は研ぎ澄まされ気分は高揚していく。

 

『一騎打ちだ! どっち、どっちだ!』

 

 もう少しの距離。根性を、度胸を振る上げる。

 私は遂に。

 

『セイウンスカイか、セイウンスカイ! やっぱり強かったセイウンスカイ横綱相撲!』

 

 見事、差しでもって勝利を挙げた。これなら私だって。

 私だって。

 

(…………「私だって」……? なにさ……?)

 

『主役の座は譲れません、セイウンスカイ!』

 

 風がびゅうと吹いたけれど一瞬のことだったからにそれが追い風か向かい風か、判断かなわない。

 私は、けれど間違いなくたしかに揺れた。

 

 *

 

 翌日のことだ。太陽は燦燦と照らし肌を焼き、空一面の快晴を映した見渡すかぎりの海は光を乱反射させて押しては引いてゆく。セミは団欒を成して鳴き、さざ波とともに揺れ響いていた。

 入道雲や飛行機雲でもあれば夏の情景としてはまるで絵に描いたようになるであろうが、暑さをともないめったに変わることのない現象はむしろ鬱陶しさばかりが粘りをもって全身にからみつく。

 

 ジャージ姿でセイウンスカイは、トレーニングをしているほかのウマ娘を遠目で眺めながら止まることなくうろついていた。

 スペシャルウィークが今日は休みであり、これを最後にしばらくはハードスケジュールだと聞いたからである。

 おそらくは宝塚記念の雪辱の為、躍起になっているのだろうとセイウンスカイにとって推察はたやすかった。

 

(いない……)

 

 せっかくの休日なのだから近くの町にでも出かけたのかもしれないし、トレーニングをしているウマ娘の多いこのビーチにいないのはむしろ普通のことである。

 セイウンスカイはそう思っていたのだが、しかし最初のアテとしてどうしてか来ずにはいられなかった。

 

 結果としてそれは正解であり、また失敗でもあった。

 

 セイウンスカイは人の見えない遠く、砂浜の端側で大きな岩が点々と置かれているところに、スペシャルウィークの後ろ姿をはっきりと確認した。

 見ると、走ることなくゆっくりと歩いてそちらへと進み始める。砂の沈む音はわずかで、吹く風にかき消されて誰の耳にも届くことはない。

 スペシャルウィークはただ、ぼうっと海の方を眺めているだけだったが、しばらくすると腰を下ろした。セイウンスカイは別段気付かれないようにしていたわけではないが、先方は全く振り返る様子がない。

 風はどこか涼しいようにも思えて、スペシャルウィークの髪がそれに揺れるところを意識して見る頃に、セイウンスカイはスペシャルウィークのたった三歩後ろのところについていた。

 

「ここにいるのは覚えてくれてたって思っていい?」

「えっ?」

 

「去年のことをさ」と、振り向いて見上げるスペシャルウィークにセイウンスカイは言う。ここは、クラシックロードを走る最中の夏合宿で二人が海釣りをした場所に他ならなかった。

 

「でもさ、竹竿持ってなきゃ始まんないよね」

「セイちゃん……どうしたの? トレーニングは?」

「サボり」

 

 セイウンスカイはスペシャルウィークの横へ座りこんで同じように海面へと視線を投げる。

 

「スぺちゃん、昨日のレース見てくれた?」

「うん。もちろん」

 

 スペシャルウィークは微笑むようにして目を閉じて話し始めた。

 

「すごかったよ。セイちゃんが逃げないの、ほんとう久しぶりだったもん」

「でしょ? それでさスぺちゃん。最近調子悪いじゃん?」

「えへへ……うん」

「…………スぺちゃん、いっつも、だれを追ってるの」

 

 セイウンスカイが語気は強めずともはっきりというと、スペシャルウィークは黙って空を見上げる。今は星が見えずとも、見渡す限り全くの青雲なのだから今夜はおそらく満点の星空となるだろう。

 セイウンスカイはスペシャルウィークの敗因、スランプの根本に関する一つとして心当たりがあった。

 

 スペシャルウィークは、セイウンスカイを追っている。

 

「スぺちゃん」

 

 荒磯を打つ波や人の話す喧騒の音あれど、しばらくあった静寂をセイウンスカイが取り除き顔を見る。セイウンスカイの表情は真剣な話をしているのだといやでも知れて、スペシャルウィークはおののくように体を後ろへ逃がそうと重心を崩した。

「………………ちがう」と口からこぼれたとしても一際大きな波のぶつかりとセミのうるさい声に呑み込まれて消える。スペシャルウィークが慄然とした表れをこうも見しているのに、セイウンスカイは構わなかった。

 

「スぺちゃんが追うべき背中はもう、私じゃない」

 

 どごん、と鉄砲でも打ったように波は荒々しく立ち上がる。

 

「ちがうっ!!」

 

 それでも遮られないほどの大声をスペシャルウィークは放った。セイウンスカイは気圧され口を唖然と開いてスペシャルウィークを見上げる。

 スペシャルウィークがいままで叫んだことと言えば、レースの最中にそうと聞こえたことがあったくらいで、かつ怒鳴ったところもまるっきりであるから驚いたセイウンスカイは身をとっさに引いてしまった。

 

「ちがうよ……」と、か細くもう一度言うと俯いて表情を手で覆う。

 

「セイちゃんは……セイちゃんは同期だもん、一緒に何度だって走ったもん」

 

 スペシャルウィークは震える声で嗚咽に耐えて続ける。体もぶるりと揺らし耳は伏せられていた。

 

「きれいで、まるでお星さまみたいな走り、忘れられない。今までのレース本当にすごかった。これからだって。だって、セイちゃんは私の」

 

 セイウンスカイの内側で衝撃が走り、体を動かせと叫ぶ。脳が信号を瞬く間に発して口を身体を足を突き動かした。

 

「まって」

(待った。いやだ。それをスぺちゃんの口からきいたらだめだ。みとめたらだめだ。だって違うんだ)

 

 スペシャルウィークは止まらなかった。

 

「セイちゃんは私のライバルなんだからっ!」

 

 立ち上がったセイウンスカイにスペシャルウィークはなかばにらみつけるように紛糾して見せた。瞳や頬は赤く眉を寄せけれど口元は力なく。

 

 セイウンスカイは立ち尽くしているばかりであった。

 

「あ……あぁ…………ちがくて……怒りたいんじゃ、あ……ごめん、セイちゃん……!」

「…………にげるなら謝らないでよ」

 

 追うことも出来ずに。

 

 ライバルとはある一種の共同体。お互いがお互いを踏み台とし、さらに高みへ登る。だというのなら、片方でも堕ちてしまえばどうか。足を引っ張って両者とめどなく落ちぶれていく。

 セイウンスカイは少なくともそう考えていた。だからこそ、“ライバル”として競うことを辞めて“友だち”あるいはそれに近しいものとして存在していたかった。

 

 しかし思わぬ形で、セイウンスカイは己の本心をまざまざと見せつけられることとなり、それは理性といくらでも相克する。

 セイウンスカイの頭の中では、散々に出てくる「しない」ための言い訳をことごとく潰されるというのが何度も繰り返されていた。

 

(私はきっぱりここから去れる。でもあのとき、ターフから去った同期にショックを受けてるスぺちゃんにひどく嫉妬したのはなんで)

 

(私なんかがスぺちゃんの横に立っていていいわけない、立てるわけない。でも、二冠バって誰さ)

 

(私はスぺちゃんに勝ちたいだなんて思わない。じゃあ、なんでトレーニングしてるの。なんのために差しを覚えたの)

 

(私はずるばっかしでスぺちゃんと勝負したことなんてない。じゃあ、一番挑んで負けたのは。一番あがいて勝ったのは)

 

 いままで努力でもって成してきたすべてが、ライバルである(する)ための本能の無理を通そうと立ち上がったのだ。

 

「ああだめだ。そんなの思ってもスぺちゃんにとってなんの役にも立たないのに。邪魔なだけなのに、面倒なだけなのに」

 

 理性が害だと判断したライバルという関係性を、気付かずとも本能はずうっと抱えて離さなかった。いつからかはわからずとも、これからも確かに手放せないで背負いっぱなしなんだろう。だというのなら。

 

「私はどうしようもなく、スぺちゃんのライバルなんだなあ……」

 

 遠く離れて砂粒ほどの大きさにまでなったスペシャルウィークの背中を離すことなく見つめて、けれど滲んでいった。

 

「……うれしいなぁ…………なんでかなあ。もうちょっとでもろくな体になってくれれば、なににだって変えてやるのに」

 

 もう否定することのできないライバルという関係性を、セイウンスカイはいっぱいに喜びそして憎んだ。並ぶことのできない身体が恨めしくてならなかった。

 一寸先がまったくの闇でも、無理と誰もが思うほど可能性が無くても、全くの釣果が望めない釣りをするしかないのだ。

 だからこそ、セイウンスカイの意思はさらに固くなった。

 

(ライバルなんでしょ…………ライバルにはさ、私以外に負けてほしくないんだ。じゃあそうだ。やっぱり、キミをたたき起こしてやる!)

 

 




添削次第次話更新します
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