1章 笛吹き童子
とある山の中腹、林の中に木々が途絶えて少しだけ開けた場所があった。
空地の中央には大きな岩が鎮座している。
傍には、まだ若い木が天に向けて細い枝を伸ばしていた。
夕闇迫る頃、その岩の上に腰を下ろして横笛を吹く人物がいた。
山中の澄んだ空気を切り裂いて、優しい音色が響く。
高く低く、時には速く、時にはゆっくりと調べは続いた。
最近、この辺りでは毎日のように聞こえる笛の音だ。
そのとき岩から少し離れた木陰に潜み、笛の音色を聞いている者たちがいた。
夕日が若い娘と中年の女の横顔を照らしている。
娘は貴族と思われる立派な身なりをしていたが、女の方は侍女と分かる服装だ。
侍女は心配そうな表情で娘を見つめていた。
時々「おひぃ様、帰りましょう」と懇願するように小声で呟いた。しかし娘に動じる気配はなく、笛の音に聞きほれていた。
やがて日が落ちて、笛の音が止んだ。
侍女は娘の袖を引っ張っていたが、不意に「ひっ」と息を漏らした。
そして土下座したままにじり寄る格好で後ろに下がった。その顔は恐怖に引きつっていた。
「そなた、名は何と申す」
夕闇迫る頃、娘に歩み寄って名を尋ねる者がいた。
それは先ほどまで笛を奏でていた者だ。
娘は上気した表情で、しばらく呆けていたが、やがて立ち上がると答えた。
「大納言xxxの女(むすめ)、xxと申します」
二人は手の届く距離で向かい合って立っていた。
だが、娘の身長は男の半分もなかった。
今宵は満月。
二人は月明かりに照らされて、闇の中に浮かんで見えた。
男は堀の深い端正な顔立ちをしている。
金髪碧眼で、やや赤みを帯びた肌の色が見て取れた。
毛深く、がっしりとした体格だ。
その体重は里の成人の男数人分もあろうかと目される巨漢だった。
「年は幾つか」
「間もなく十三歳になります」
勿論、数え年だ。若いが、この時代ではそろそろお年頃になる。
「私も名乗らねばならぬが、私の名はそなたたちには馴染みが無い。それに長くて一度では覚えてもらえないだろう」
「あの、酒呑童子(しゅてんどうじ)様とお見受けいたします」
「手下が私のことをそのように呼んでいる」
「里の者たちにも、その名が広まったようだ」
「やはりそうでしたか」
「ならば聞いているのだな、私のことを」
「はい」
「このことも知っておるな」
と言って、男は頭巾を外した。
「はい。存じております」
男の頭に角状のものが、月明かりに白く浮かび上がって見えた。
「怖くはないか」
「怖い…、でも構いません」
「はて」
「酒呑童子様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「その名で呼んで構わない」
「はい。酒呑童子様」
「以前からそなたが来ていることには気付いていた。このところ毎日来ているようだな」
「はい。今日で八日目になります」
「私の笛の音が気に入ったか」
「はい。先日通りがかりにお聞きして、虜になりました」
「そうか、笛の音に魅せられたか」
「はい。笛の音だけではなく………あなた様にも……….」
娘はもじもじしながら言った。
「……..お慕い申し上げております」
そういうと娘は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。
「私の齢(よわい)は人の十四歳に相当すると言っておこう」
「あなた様は童子でもあり大人でもあると聞き及んでおります」
「その通り。人の年に置き換えれば十四歳程だが、里の長老たちの誰よりも長く生きている」
童子は腰に付けた特大の瓢箪(ひょうたん)を手に取った。その栓を開けると、中のものをごくごくと飲んだ。
あたりに酒の匂いが漂った。
娘は侍女に何やら合図した。
すると侍女は廿楽(つづら)から重箱の包みを取り出た。
童子の前に並べられた重箱の中には、酒の肴が詰まっていた。
それらはどれも、この辺りでは入手困難な珍味の品々であった。
了
2章 金色の髪の少女
朝日の照らす山中に透明感のある笛の音が響いた。ゆっくりとした少し物悲しい調べが流れていた。
若者が笛の音を辿って険しい山道を登って来る。そして今、林の中の木々が途絶えて、ぽっかりと開けた場所に着いた。
そこでは、大きな岩石の上に少女が腰掛けて横笛を吹いていた。
年の頃は10歳ぐらいか、扇状の被り物が彼女の頭を覆っている。
朝日を浴びて少女の長い髪が金色に輝いた。
「小太郎か」
童顔の少女に似合わない落ち着いた口調だ。
「はい」
小太郎と呼ばれた若者は17~18歳ほどに見えた。勿論、元服している。
髪型や身なりは大人のものだ。
「お楽しみのところ申し訳ございませんが、至急お屋敷へお戻りください」
「どうした」
「身分の高いお方の一行が参られます」
「そのようなお方が何故このような所へ来られるのだ」
「朝廷の密使とのことです」
「はあ。罪人同然で飼い殺しのこの身。朝廷の使が来るなど、わが身には余りにかけ離れた話ではないか」
少女の両腕には鉄製の輪がはめられていた。そして腕輪には分銅付きの鎖が付いていた。
腕を挙げて鎖を強調して見せた。
「寝耳に水だ。何故使いが来るのか解せぬ」
彼女には思い当たる所がなかった。
「私も詳しいことは何も分かりません」
「使者との会見など面倒くさい」
「お会いにならない訳にはまいりません」
「そうだ。つい忘れてしまうが、そなたは元々御上(おかみ)の手の者。私を監視するのが役目」
「だが、そなたにはいつも世話になっている。そなたの顔を立て、ここは言うことを聞こう」
「ありがとうございます。ご使者のお話を伺えば、疑念もすぐに氷解致しましょう」
「そのようだな」
「使節を迎える準備もございますれば、お早く戻られませ」
「分かった」
小太郎は少女に付き従い山を下りた。
先を進む少女は身長こそ小太郎より低かったが、その堂々とした態度は人の上に立つ者としての風格があった。小太郎の目には少女がまぶしく映っていた。日陰で見ると、彼女の髪の色は薄い茶髪だった。
了
3章 勅命
ご使者(密使)を上座に少女は下座に、二人は向かい合って座った。
少女の座る位置は部屋の中央だ。
部屋の片側には使節の従者たちが並ぶ。その向かい側には、この里の名主たちが並んでいた。
少女の後ろの少し離れた末席に、細見体型ながら大柄高身長の若い女と巨漢の女が座っている。
二人とも頭巾をかぶっていた。
そして、部屋の外廊下には小太郎が柱を背にして座っていた。
戸は開け放たれている。彼には室内の話は全て聞こえる。
使節一行の一人が使者(密使)紹介した。
それは50歳代半ばを過ぎた人物で、この時代では既に老人だ。
いかにも高貴そうな感じがする黄色の頭巾を被っていた。
朝廷で高い役職に赴く身分の高い貴族様とのことだが、田舎に住む者たちには話を聞いても正直な所よく分からなかった。
もう一人の者が今回の使節のお役目について長々と説明を続けた。
途中で少女が何か言おうとすると、小太郎は首を振り目配せをしてこれを制止した。
やがて老人が口を開いた。
「勅命である」
長方形に畳んだ文書をかざしながら言った。
老人は文書を開いて、それを声高らかに読んだ。
「…良民を苦しめる悪党…これを征伐せんと欲し度々兵を送るも…此度、伊吹山一族郎党を以って討伐を…の任を命ずるものなり…ついては…」
読み終わると書面を少女に向けてかざした。
話を聞いた小太郎は狼狽し体が震えていた。何か言おうとして「あわわ」と口を押さえた。彼の身分ではこの場での発言は許されていないのだ。
彼らにとって勅命は驚くべき内容だった。
少女が何か言おうとすると密使はそれを制した。
そして手で合図して人払いした。
一同は退席して、部屋には密使と少女の二人だけが残された。
部屋の戸を閉めて、小太郎も下がった。
すると老人は少女の近くに寄って来た。
そして、いきなり平伏して言った。
「お初にお目にかかります。大叔母様」
「……えっ、今何と」
少女はあっけにとられた。
「なんと、未だに若くお美しいままとは」
彼女の亡父は外来の者でこの国に縁者はいない。
『母の親族の者か』
今は亡き母方の親族の支援を得て、彼女は細々と生計を維持していた。
山に棲む獣を狩ったり、山菜や木の実を採ったりしているが、彼女には定まった農産物の収入などは皆無だった。
『親族の者を邪険には出来ない』と思った。
老人は巻物を解くと、そこに書いてある家系図を示しながら説明を始めた。
「大変な時期もございましたでしょうに、よくぞご無事で…」
「立派になられましたな…大叔母様」
「は?」
「しかし童顔ですな。お顔は8~9歳程にしか見えません」
感極まった老人は突然、少女に抱き着いた。
「大叔母様、可愛い!」
彼女は思わず叫んだ。
「ひえっ、検非違使(けびいし)さん(お巡りさん)」
了
4章 密談
話は少し巻き戻って、使者の老人が少女の家を訪ねる前の某日某所でのこと。
「またしても失敗したか。多々羅山の賊はそんなに強いか」
「はい。討伐隊一千人の大半が討ち死。残る者たちも全て手負いとなりました」
「援軍が間に合わなければ全滅していたことでしょう」
「半数だけでも救出できて良かった」
「早急に新手の討伐隊を向かわせます」
「まて、尋常な相手ではない。このままでは、いたずらに兵を失うだけだ」
「妙案がある。例の陰陽師(おんみょうじ)を呼べ」
「かの吾人は例の童(わらべ)たちの誅殺を目論む者。つまりは其の子らを使われますか」
「まだ幼き者が多く、荷が重いかと。彼らが不憫(ふびん)でございます」
「童(わらべ)と言っても、齢(よわい)は既に…」
「そうでありますが、子供は子供かと」
「私は賛成です。人の力では鬼を退治できません。最早だまし討ちも通じません」
「鬼の血を引くかの者たちならば、賊の鬼に対抗できましよう」
「うーむ、彼らには縁(ゆかり)の者を使者として遣わそう」
(参集)
「今が好機、これだけの好条件を出されることは二度とありません」
「今はまだ皆様の親戚の方々は朝廷や貴族に一定の影響力を持っています」
「しかし、これ以上年月が経てば、親戚は代替わりを重ねて次第に疎遠となり、あなた方の支援者はいなくなるでしょう」
「確かに。支援者を失ったために困窮して盗賊となり、討たれた者や囚われの身となりし者が既に居ります」
「鬼討伐軍を旗揚げされるのならば、囚われし者たちも開放されますぞ」
「しかし相手は強敵。勝利を収めることが出来ても、味方の犠牲は計り知れない」
「今回の機を逃せば、いずれお仲間は夜盗となり果て、各々(おのおの)討伐される事態を迎えましょう」
「大変酷なお役目ですが、成功した暁には朝廷より恩賞として荘園が下賜されます」
「さすれば皆様の未来が開けます
」
少女は頷きながら言った。
「我らにとって正念場となろう」
老人から詳しい話を聞いた少女は、役目を引き受けることを決意した。
「しかし、私を頭領と認めない者たちもいる。どうしたものか」
「事情は小太郎から伺っております。ついては一計がございます」
老人はヒソヒソと内緒話をした。
「分かりました。必ずや私が一党を従えてみせましょう」
再び皆が部屋に呼び集められた。
使者の供の者たちや名主たちが居並ぶ中、老人は改めて勅命の概要を読み上げた。
そして少女に問うた。
「ご返答はいかに」
「謹んでお受けいたします」
少女は答えた。
直ぐに宴席の準備が進められた。
「酒と肴を持参致しました。米・味噌もお納め致します」
中庭を見ると、数人の人夫たちが荷馬車から大量の荷物を下ろして蔵に運び入れていた。
「ありがたく頂戴いたします」
そのとき小太郎が部屋に入って来た。
「今夜の夜半から丑三つ時までに、人目を避けて一族の方々が参集されます」
「ご苦労であった」
「到着されたご一党の対応は私が手配いたします」
「つきましては、明日の昼過ぎから試合を始められます」
「儂はお役目により試合を見届ねばならぬ故、ここに3、4日泊めてもらいたいのだが」
「どうぞ」
「ゆっくりしていってね!!!」
了