9章 兵の役割
「ありがたい、鹿肉にありつけるとは」
「川魚の塩焼きも美味い」
陣営内では、鬼たちが肉や魚に食らい付いていた。
「食料の調達隊や飯炊き係りに感謝しろよ」
「肉や魚が取れない日のおかずは漬物だけだからな」
「おう、飯さえあれば大丈夫だ」
「塩握りで十分」
「俺は味噌の方がいい」
「酒が欲しい…」
「先ずは自前の酒を飲め、て、もうないのか」
「酒の配給は明日からだ。少量だが」
「勝利の美酒が飲みたい。今配るように頼んでみる」
夕食が済むと早速、最高幹部の三人は軍議を始めた。
「今日の戦(いくさ)を見て、どう思うか」
伊吹が訪ねた。
「一年間修行した意味が分かったよ」
「毎日、重りの付いた巨大な振り子を棍棒で弾き返していたが、今日それが役に立ったね」
勇儀が答えた。
「敵の鬼の力は、予想を遥かに超えていました」
華扇は渋い顔で言った。
「一対一で敵の鬼を倒せる者は、我が組には十数体しかいないね」
勇儀が付け加えた。
華扇は対応策を語り始めた。
「魔物は兵に任せるとしても、敵の鬼は我らが対応しなくてはなりません」
「敵の鬼のうち、強者(つわもの)との対戦はなるべく避けて逃げるように」
「普通の強さの敵に対しては、四天王と小頭は一対一で、他の者たちは二人掛かり、三人掛かりで臨むように」
「敵の方が多いのに、どうすればいいんだい?」
「こちらが二人掛かりされそうだが」
「そこは臨機応変に。原則的な戦い方としては、複数で敵に当たらなければ勝てません」
「ウ~」
「支援兵との連携と柵や堀などの工作物・地形を上手く活用して、局所的に数的優位を確保しましょう」
「駄目ぽい」
「華扇は支援の軍勢との連携をどう評価しているんだい」
「弓兵の効果は限定的です。魔物は弓矢3~4本で倒れますが、敵の鬼は十数本当てても倒れません」
「今日は計略により勝てましたが、今後は厳しい戦いになります」
と華扇が静かに言った。
「まともに戦っては勝ち目がないかい」
と勇儀。
「敵も毎回こちらの計略に乗ってくれるとは限らないか」
萃香が頷きながら言った。
その時、係りの兵が陣幕に入って来て、華扇に木簡(もっかん)を渡した。
「本日の戦果。討ち取りし敵の鬼32体、手負い22体、討ち取りし魔物76体、手負い70体ほど」
「味方の損害、伊吹組の討ち死に10体・手負い20体」
「支援兵の討ち死に147人、手負いは330人です」
「痛いな」
「落とし穴に21体嵌ったから、それ以外で倒したのは11体だけか」
「明日、戦えるのは伊吹組70体、支援兵2千人です」
「あれ、四千五百ではないかい」
「今日後方にいた二千五百の兵は戦闘要員として使えません」
「我らが戦っている間に鹿狩りや魚・山菜を採っていたのは誰だ」
「そうか、陣地の柵を築いた兵たちもいたね。早朝にやっと完成して戦に間に合った」
「落とし穴の穴掘り役が、実は一番のお手柄だった件」
「他にも伝令や物見で走り回った者たち、食料などの物資を山越えで輸送している者たちがいます」
「それぞれの役目で体力を使い果たしているのか」
「役割分担があるので、彼らを戦わせるのは無理なのだね」
「役割は交代できます。ですが、前線には戦闘力の高い者を配置したいです」
「敵も明日戦える兵力は鬼150体、魔物150体程です」
「今日の敗戦を受けて、敵は本気で掛かって来るでしょう」
「厳しい」
「敵の首領が出て来るかどうかは分かりませんが」
「敵の十二人衆は必ず出て来るでしょう。十二鬼衆ですね」
「十二神将にあやかっているのかい。生意気だね」
「我らも四天王がいるのでお相子だ」
「対策は」と萃香は尋ねた。
「ここは、四天王の出番だね」
と勇儀が目を輝かせて言った。
「小頭の半数を加えましょう」
「あと、強き者を4名選抜します」
「四半(4.5)世代か」
華扇は頷いた。
「その者たちに位を与えよう」
「では、伍長に任命しますか」
「良いんじゃないかい」
勇儀が直ぐに承認した。
「十二神将の上役が四天王ですから、私たちの四天王は負けられませんよ」
華扇の言葉に二人は頷いた。
「作戦を練り直しましょう」
華扇はヒソヒソと作戦を話し始めた。
了
10章 世代
萃香が軍議を終えて自身の仮宿舎へ帰る途中、小太郎が質問してきた。
「四半世代とは何のことでしょうか」
「鬼と人との間に生まれた子の世代のことだ」
「初代の鬼と人の間にできた子が第二世代」
「そして世代は進んで、第四世代の鬼と人の間にできた子が第五世代」
「しかし、第四世代の鬼夫婦の子は四半世代(4.5世代)と呼んでいる」
「我らは世代により強さが異なる」
「人と交配を続けた場合、生まれる子は次第に人に近づいていく」
「世代が進むにつれて鬼の力を失うのだ」
「第六世代は概ね人に戻ってしまう。世代が上位なほど強い」
「私や茨木、それに四天王は第三世代だ。他の者たちは四~五世代なのだ」
「世代が進んだ者の方が年上とは如何に」
小太郎が訪ねた。
「寿命が違うのだ」
「お主も知っての通り、大江山で私の父が討たれたとき、鬼は赤子に至るまで全て殺された」
「ただし、妻問婚により母親の家で育てられていた幼い鬼の子たちは例外として助命された」
「それは第三世代~第五世代の鬼の子たち」
「後に大江山に集められて、鎖を付けることを条件に生存を許された」
「それが私たちだ」
萃香はしみじみと語った。
「それから数十年、その時の第五世代は既に亡くなっている。今いる第五世代は後に生まれた者たちなのだ」
「伊吹様は第二世代ではないのですか」
「違う」
「伝え聞いた話では、須佐之男命(スサノオノミコト)に退治された八岐大蛇(ヤマタノオロチ)が実は落ち延びていて」
「後に人の娘との間にできた子が、先代の酒呑童子様とのことですが…」
「私が聞いた話とは少し違う。では詳しく話そう。付いて参れ」
鬼の誕生
「この話は私が母から聞いたものだ。母は夫である私の父から聞いた」
「その昔、この国から遥かに遠い西方の北国に祖父の故郷があった」
「部族の長(おさ)であった曾祖父が亡くなり、祖父は若くしてその後を継ぎ族長となった」
「あるとき数人の賊が侵入してきたとの報告を受けて、祖父は急ぎ居合わせた手下を引き連れて偵察に出た」
「その機に叔父が謀反を起こして部族を乗っ取った」
「若者だった祖父たちは追われて東へ逃げた。始めは馬に乗り、次に船で、そして氷の大地を徒歩で進んだ」
「悪天候やそれぞれの土地を縄張りとする他部族の攻撃をしのぎながら、安住の地を探し求めて旅をした」
「だが食料は尽き、皆は凍てつく大地に倒れて遂に死を待つのみとなった」
「そのとき、巨大な蛇が現れて、彼らを救った」
「鉄よりも固い鱗で覆われた、それは生き物ではなかった」
「金物の大蛇の中には何者かが潜んでいた」
「そして配下の岩の巨人に命じて、祖父たちを巣へ運ばせた」
「その何者かは、現地の者たちからは土地神として祭られていた」
「なので、その者を土地神と呼ぼう」
「その土地神が祖父たちを救った理由は単純だった」
「彼らが8人いたことだ。彼らを見て昔の仲間を思い出したのだ。昔の仲間たちと同じ人数だったから」
「昔、その土地神は仲間たちとともに我国のある地方を支配していた」
「ちなみに彼らは八岐大蛇(やまたのおろち)の名で伝承されているが、蛇神ではない」
「頭部が龍なので龍神とされている」
「ある時彼らは生贄の娘を巡り、天より降りた神に挑まれて敗れた」
「計略により仲間は全て打倒された。だが、その土地神は手負いとなったが滅しきれず、宝剣を差し出すことにより助命された」
「後に土地神は我国を去り、西方の北国に棲むようになった」
「そして、祖父たちを拾った」
「しかし彼らは凍傷や切り傷を負い、餓死状態で救命は困難だった」
「仕方なく、土地神は術を掛けて彼らを鬼として蘇生させた」
「そして、彼らを自身の配下とした」
「鬼たちには良い暮らしが与えられた。近くの集落から女たちを得て、子を設けた」
「彼らは土地神に忠義を尽くした」
「月日は流れて鬼の子たちは世代を重ねていった」
「初代の鬼たちは長命であった。長大な寿命を持つ土地神に永く仕えた」
「しかし、鬼の子たちは世代を重ねる毎に短命になっていった。いや、人の寿命に近づいたのだ」
「鬼の子たちの寿命は親の半分或いは四分の一もなかった」
「子や孫・曾孫たちは初代よりも先に寿命が尽きた。そして概ね六代目で人に戻った」
「あるとき土地神は年老いた初代の鬼たちを集めて命じた」
「今一度、子を作れ」と。
「新たに鬼を作るのには神通力だか魔術だかの、材料が足らなかったそうだ」
「そして新第二世代として生まれたのが、先代の酒呑童子たちなのだ」
「やがて月日は流れ、初代の鬼たちは全て寿命を全うした」
「その後、土地神は自身が滅する日が近いことを皆に告げると、住民たちを土地から立ち退かせた」
「最後に土地神は鬼たちに、東の島国、つまりこの国へ旅するように命じた」
「昔の仲間7体の墓参りを彼らに託したのだ」
「そして土地神は金物の大蛇から出て、亀の甲型の大きな器に隠れた」
「旅立った酒呑童子たちはやがて、後方から来る衝撃音を聞いた」
「そして地平線の彼方にキノコ型の雲が立ち昇るのを見た」
「鬼たちは、かの土地神が滅したことを悟った」
「鬼たちが我国に着いてからのことは、そちたちの知る通りだ」
萃香が語り終わると。小太郎は黙って静かに平伏した。
そして礼を言った。
「お話ししていただきまして、ありがとうございました」
了