11章 神隠し
萃香たちの眼前の空間が、突然割れた。
「放しなさい」
「ウオー」
空間の裂け目から着飾った女が現れた。
それは見慣れぬ異国風の服装だった。
女の金髪と紫色の服が印象的だ。
何やら誰かと争っている様子だ。
「痛い目見るわよ」
「ガー」
空間の裂け目が移動して、女と争っている大鬼が姿を現した。
二人が奪い合っているのは、人の子供だ。
「子供が苦しがっているでしょ、放しなさい」
「ギィー」
その鬼は体格や身なりから、一目で多々羅山の鬼だと分かった。
片手で子供を抱え、もう一方の手で女の服を掴んでいる。
直ぐに伊吹組の鬼たち5~6人掛かりで、その鬼を抑えつけた。
「ふー。私としたことが、しくじったわ」
「お前は誰だ」
萃香が訪ねた。
「人の名を訪ねる時は…なんちゃって」
「私は八雲紫(やぐもゆかり)よ。人間の年齢で言えば十七歳ね。あなたは伊吹萃香(いぶきすいか)よね。知っているわ」
「確かに私は伊吹萃香だ。なぜ知っている」
「ふふふ」
「まあ良い。何をしていた」
「鬼にさらわれた子供を貰ってきたのよ」
「助けたのか」
「いえ、私が貰ったの」
「多々羅山には女子供が沢山捕らえられているから、時々私が横取りしているの」
「人さらいか」
「神隠しと言ってね」
「お主は神なのか」
「ふふふ」
「その子をどうするのだ」
「何もしない。育ててあげるのよ。私の箱庭というか、結界の中で暮らしてもらうのよ」
そう言うと彼女は空間に裂け目を開けた。
その中から手下の者が現れて、子供を受け取ると一礼して姿を消した。
空間の裂け目はすぐに消えた。
『八雲紫、この者は何をしているのだ』と萃香は思った。
ただ、特殊な能力の持ち主であることに間違いはなかった。
『思いのほか効果的な能力』だと鬼たちは思った。
『戦力の枯渇した今の自分たちでは、とても敵対できる相手ではない』と華扇は悟った。
しかし、萃香は敢えて詰問した。
「小さな子供を親から引き離して、かわいそうだとは思わないのか」
「人間は寿命が短いから、大人や老人だと直ぐに死んでしまうの。私が寝ている間に居なくなってしまう」
「その点、子供ならば大丈夫」
と言って女は微笑んだ。
休戦
「伊吹組も随分と少なくなったわね」
女は周りを見回しながら言った。
「うむ」
「20体程ですか。壊滅状態ね」
「敵もかなりの痛手を負っているはずです。私は伊吹組副長の茨木華扇と申します」
「そうね。多々羅山の鬼も幹部連中が戦闘不能状態よ。12鬼衆の生き残り6体も手負いで動けないわ」
「そうか」と伊吹は手を打ち鳴らした。
「でもまだ、首領が出てきていないし、手下の鬼もかなりの数を動員できるわ」
「手負いの者も復帰し始めたのね」
鬼たちの後ろの方に座っている手負いの2体を見ながら言った。
「数日中にあと5~6体は復帰します」
「そうしたら、もう一戦できるかい。こちらは四天王が健在だよ」
八雲紫は自身の口を扇で隠した。口は笑っていた。鬼の強がりを冷笑して。
「こんなの軽傷だね。私は伊吹組四天王筆頭の星熊勇儀さ」
「それでも25~26体しか出陣できないし。首領が出てきたら大敗するわよ」
「確かに、私たちは敵の首領の力量を知りません」と華扇が呟いた。
華扇はこの戦に勝てる気がしなかった。
「梅雨明けまで休戦した方が良いわね」
「そうか」萃香は頷いた。
「今日は助かったから、あなたたちに協力してあげる」
「本当か、八雲紫」
「紫で良いわよ」
「ならば私のことも萃香と呼んでくれ」
「私の”隙間”(空間の裂け目)を使えば、何時でも何処でも偵察できる。奇襲攻撃もできるわよ」
「それは凄い」
華扇は思った。現在の不利な戦況を覆すには、この人物?に頼るしかないと。
「是非とも、我らにお味方ください」彼女は懇願した。
「私からも頼みたい」
萃香も華扇同様に頭を下げた。
「条件があるのならば言ってくれ」
「子供を差し出せとかは無理だが」
「そんなことは言わないわよ」
「助力する条件か。何にしようかな」
その時、一人の兵が歩み寄ると座して報告した。
「酒席の用意が整いました」
了
12章 第二世代
戦況
「最初は上手くいったのですが…」
宴席で華扇が愚痴っていた。
「12鬼衆との戦いは、まるで鬼ごっこの様だった」と萃香が感想を述べた。
「鬼だけにな」と勇儀が続けた。
「緒戦で12鬼衆をはぐらかして疲れさせ、撃破したまでは華扇の作戦通りだつた」
「見事であった。アッパレ、アッパレ」と扇子を挙げて萃香が茶化した。
「でも当方も皆疲れ果ててしまい、その後は痛手を負いました」
「少し間を開けて、休養すれば良かったのでは」と紫が口を挟んだ。
伊吹たちは半月ほど前に、敵が拠点とする山の頂を攻めた。
尾根伝いと東西の上り路の三方向から攻め登った。
敵は12鬼衆が勢揃いで出てくると、
「伊吹萃香と四天王とやら、出てこい」と挑発してきた。
これに対応したのは伊吹組の中でも守備力に優れた者たちだった。
戦いの頃合いを見計らって、別の上り路に伊吹萃香と四天王たちが現れて暴れた。
敵の12鬼衆がそちらに向かうと、既に伊吹組の四天王たちは姿を消していた。
追いかけても、一般の鬼や人の兵たちが逃げていくのを見るだけであった。
この様な戦いを数日間繰り返して、敵の12鬼衆が分散して疲れたところを、茨城組主力で奇襲したのだ。
そして見事12鬼衆の半数を打ち取り、残りの大半も手負いとした。大勝利であった。
しかし敵は主力を失ったとは言え、一般の鬼自体が強力で数も多い。
やがて伊吹組の鬼たちも疲労がたまり、その後の戦いでは、じり貧になってしまった。
無理をして、ようやく敵の拠点の一つを攻め落としたものの、味方の損害は甚大だった。勝利と引き換えに継戦能力を失った。
その時すでに梅雨入りしていた。
「味方は、討ち死にした鬼が少ないのが幸いよね」
「はい。初日の戦いで10体も失いましたので、以後は手負いになったら直ぐに他の者と交代するようにしました」
「梅雨明けまで休戦すれば、戦力を回復できるでしょ」と言う紫に一同は頷いた。
「戦闘不能となった鬼12体は故郷の大江山へ送り返しました。残り38体は治療中です」
「現在、兵士たちの補充と入れ替えを進めています」と華扇が状況を説明した。
武器
「ところで萃香、武器は何を使うの」
「これさ」
萃香は両手の拳を握って身構えた。
「素手なの!敵の首領は強いし、巨大な武器をもっているわ。流石に素手では相手にならない」
「なら、これでどうか」
「両逆手短剣ね」
「これならば拳も短剣も使える」
「やはり無理ね」
「ちょっと待って」
紫は隙間に姿を消したが、直ぐに戻って来た。
「取り敢えず、この刀を使って」
「ふむ、これは良い刀だ」
「名刀と言われているものよ」
「でも、もっと萃香に適した武器があるわ」
「それが手に入るまでの間、その刀を使っていてね」
「分かった」
世代(新情報)
宴会は進み皆が色々な話で盛り上がっていた。
「あら、萃香は第二世代よ」と紫は言った。
「何と」
「何で知っている」
「あなたの父上、先代の酒呑童子は第一世代と聞いているわ」
「誰から聞いた」
「あなたの父上、本人からよ」
「父と会ったことがあるのか」
「八岐大蛇ね。8体の蛇型機械獣に搭乗した蛇型生命体がその正体だわ」
「移動基地を持っていて、蛇型機械獣の尾を基地に接続して弾薬を補給しながら戦うのよ」
「それで八岐大蛇と呼ばれていたのよね」
「生き残りの蛇型生命体は須佐之男命に一度は許されて落ち延びたのだけれども、その後また彼に攻められたのよ」
「その時は返り討ちにしたけれども、蛇型生命体は身の危険を感じて倭国を去ったの」
「その後の話は皆が知っての通り、あなた方の祖先を拾って鬼として復活させたわ」
「そして土地神となった蛇型生命体は最後に、鬼たちに命じて新たな第二世代を作らせた」
「だから、先代の茨木童子や四天王は第二世代。その子の華扇や今の四天王は第三世代ね」
「でも土地神は鬼形獣の遺伝子をまだ僅かに所持していたのよ。最後に残った一人分の材料を萃香、あなたの父上に使ったわ」
「先代の酒呑童子は族長の子孫で、土地神によって新たな第一世代の鬼にされたのよ」
「だから萃香は第二世代なの」
「成程。だから私は萃香に勝てないのか」と勇儀は頷いた。
「幼くて体が小さいのに、強いわけですね」と華扇が頷いた。
「私が幼いか。え」
「その話を聞いた時、紫様は何歳だったのですか」と華扇が尋ねた。
「十七歳よ」
「何。父が討たれたのは70年以上前のことだ。更にその前に話を聞いたのだろう」
「それでも17歳だと言うのか」
『今と同じ年齢とは。しかも年が若すぎる。年齢詐称もいい加減にしろ』と萃香は思った。
「だから、人間の年齢で言えばと…」
「それだと私も十三歳か…」
「いいえ、あなたは第二世代だから、まだ八歳よ。人間の年齢に直せばね」
「何」
皆、その話を聞いて驚いた。
「そんなガキだったのか」誰かが呟いた。
「あー」萃香が両手で頭を抱えて叫んだ。
「ちなみに、敵の鬼はベテルギウス星系の鬼形獣の遺伝子で作られたの」
「あなたたちはリゲル星系の鬼形獣が元よ」
「は?ぺてる… りげる?」
「ごめんなさい。和名では、平家星と源氏星のことよ」
「あ、いけない。源平合戦もまだだったわ」
「紫、何を言っているのだ」
「酔ってしまったわ」
「本来は敵の方があなたたちよりも遥かに強力なの。でも敵は世代を重ねて力が衰えた。今は拮抗していて良い勝負ね」
「あなたたちの、鬼としての世代を詳しく言うと」
「萃香の父上は人として生まれたけれども、鬼の血脈を継いでいた。後で土地神が彼を第一世代の鬼に変えたの」
「つまり彼は第一世代ブラスよ」
「だから、萃香は第二世代プラスね」
「ぷらす?なにそれ」
「同様に祖先に鬼の男女の組み合わせとか色々あって、華扇さんは第三世代プラス・プラスよ」
「勇儀さんは第三世代プラスね」
「つまりは同世代よりも鬼の血が濃いということですね」
「そう。華扇さんの言う通りよ」
勇儀は頷いた。
「なるほど。それで、同世代の四天王の中で私の力が抜き出ているのか」
紫は得意顔で話を続けた。
了