15章 増援
招待
「赤本とやら、出てこい」
「赤本、出てこい」
外で大鬼が叫んでいた。
「あの亀石は我が一族の宝。よくも壊してくれたな」
「出てきて俺と勝負しろ」
大鬼は何度も叫んだ。
兵の誰かがそれに答えた。
「赤本様は居りませぬ~。既に故郷(くに)にお帰りになられました~」
「何、故郷はどこか」
「大陸の西の果ての島と聞き及びます~」
別の者が付け加えた。
「ですが、そちらに行かれましても、会えるのは五百年後とのことです~」
「何、五百年、そんなに待てるか」
翻弄されて、大鬼は怒り心頭に発した。
「一騎打ちは出来ませぬぞ~」
「お帰りくだされ~」
「く~、怒ってる。怒ってる」
空間の裂け目から、扇で口元を隠した八雲紫が現れた。
「あれが敵の大将よ」
「やはり、そうですか。強そうですね」
華扇が答えた。
「華扇さん。魔女アカモートがあなたに会いたいそうよ」
「食事の招待よ。私と一緒に行きましょう」
「え、私には無理です」
華扇はその場に座り込んだ。
「お恐れながら、赤本さまに来ていただけませんか」
「五百年も未来に行くと、私の寿命が尽きてしまいますので」
華扇はひれ伏した。
「何を言っているの、大丈夫よ」
「八雲紫様のように長大な寿命をお持ちの方とは違い、私たち鬼の第三世代は五百~六百年の寿命しかありません」
「頭領、代わりに行ってやったらどうだい。お前ならば後千年以上生きられるだろ」
勇儀が口を出した。
「だめよ。呼ばれているのは華扇さんなの」
と言って紫が制した。
「さあ、行くわよ」
「そんな…酷い。だれか~」
しかし隙間が迫って来て、華扇を飲み込んだ。
「あ~れ~」
次の瞬間、再び隙間が開いて紫と華扇が姿を現した。
「あー、死ぬかと思った」
華扇は土下座する形でその場に崩れた。
「丁度ぴったりね。これ以上寄せると、出かける前に戻りそうだから…」
「あっ、ちょっと待ってね」
紫は一瞬、隙間の中に姿を消したが、その直後に再び戻って来た。
「これ、アカモートが華扇さんに渡し忘れた物よ」
土下座している華扇の代わりに、萃香がそれを受け取った。
「なにこれ」
「ふふふ。玉手箱よ」
紫はいたずらっぽい目をして言った。
「なにそれ、おいしいの」
「アッ、開けてはだめです」
「横取りしないから」
萃香は箱の口を華扇の顔に向けると、それを開けた。
「ほら、ポン」
すると中から白い煙が出て…こなかった。
箱の中には色々な装飾品が入っていた。
「おっ、これは華扇の小さな角なら隠せるな」
「飾り付きの角隠しだ。華扇、良かったな」
華扇は伏せたまま両手で顔を押さえていた。
「うっうっ、シクシク…シクシク…」
「あれ、どうした。何で泣いている」
紫が銅鏡を萃香に手渡した。
「華扇、これを見ろ」
「キャー…あっ、何ともない」
「紫、どうなっている」
萃香が尋ねた。
「魔女と華扇さんが暫く会談した後、三人で食事したの。それだけよ」
三人の会食でのこと。
「美味しい。私の寿命と引き換えの食事…」
華扇は出された料理を夢中になって食べていた。
自棄になっていた。
「紫、交通標識ぐらいは取っても大目に見るけど」
「汽車や電車を丸ごと盗むのは、如何なものかと…」
魔女アカモートは紫に苦言を呈した。
「あら、あれは使っていない車両よ」
「それは記念品として展示していたの」
「美味しい…シクシク…シクシク。最後の食事…」
「あら涙が出るほど、おいしいの。華扇さん、良かったわね」
「またオリエント急行で旅をしたいな。華扇さんもどう、一緒に行かない」
「招待するわ」
「アカモートお願いね」
「はい、いつでもどうぞ。私は忙しいから、ご一緒できないけど…」
「だめよ、あなたも来て」
紫はアカモートが最近購入した大きな魔道具の装置を指さして言った。
「あら、随分と高価な魔道具を買ったのね」
「前回、私が支払った金額の大半がこれで消えたのでしょ」
「その通りよ」
「これを動かすとなると魔法材料の消費量が半端ないわね」
「よく、魔法使いはトカゲの尻尾とコウモリの羽を窯に入れて…とか言うけど」
魔女アカモートは話を受けて答えた。
「そんな安い材料で済めば苦労しません」
「実際には、魔法研究のために高価な品々が必要です。莫大な費用が掛かる」
魔女アカモートは、ため息交じりに答えた。
「未来視が出来ても、普通の移動手段しかないあなたは、お金を儲ける機会が少ないわ。未来や過去に移動できないし」
「初めて私が召喚されたとき、あなたは魔法研究のために財産を使い果たして、酷い貧乏暮らしをしていたわ」
「研究に没頭しているので、お金を稼ぐ暇がないのよ」
「紫、あなたのお陰で助かっているわ」
紫は満足そうに頷いた。
「私は隙間を使って交易すれば稼げるけど、未来の方が商品も豊富で高価、大きく稼げる機会が多いわね」
「オランダのチューリップの球根では、笑いが止まらなかったわ」
「今度はインドの香料を大量に仕入れて、西洋で売りましょう」
「怪しまれないように、帆船を用意するわ」
「儲けはあなたと折半よ」
「分かりました。列車の旅にお供します」
会話は続いた。
華扇が質問した。
「何故私は年寄にならなかったのですか」
「時はこの世界を支配しているものと心得ておりましたが」
紫は答えた。
「時間など存在しないのよ。時は人間の概念であって、実在しないの」
重ねて華扇が疑問を呈した。
「遥か未来に行けば人は老衰死してしまい、生まれる前の過去に行けば人は跡形もなくなるのでは…」
「確かに、この世が時間に支配されていれば、そのようになるわね」
「でもね、ふふふ。万物は流転しているということよ」
「それを人間は時間の流れとして認識しているのよ」
「未来の異国の言葉では、エントロピーは常に増大する、とも言うわ」
「私たちの体は物質で構成されているの。そして、物質の根源はエネルギーよ」
「エネルギーは不滅。でも、エントロピー(混沌,カオス)は増減するの」
「やはり難しい話になるのですね」
華扇はため息をついた。
「同じ環境条件下ではエントロピーの増加は同様なので、時間の流れは同じに感じる」
「でもこの流れは、万物それぞれ個別に進行していくものなの」
「難しい話は駄目~」
萃香が叫んだ。
「分ったわ」
「浦島子(浦島太郎)の昔話でも、彼が故郷に帰って来たとき若者のままだったわ」
「そうでした」
「年老いて亡くなっていたのは彼と同時代の人々よ」
「玉手箱の部分は余分だわね」
采配
隙間から出てきた紫の手下たちが、その場に荷物を積み上げた。
「これ、魔女アカモートから華扇さんへお詫びの品々よ」
「はっ、私宛ですか」
「どういうことかな」
「彼女は華扇さんの手柄を横取りして御免と言っていたのよ」
紫は萃香の質問に答えた。
「いえ、赤本様の采配はお見事でした。大変勉強になりました」
と華扇が感想を述べた。
「赤本じゃなくて、アカモートだけど…」
「実はあの時、負けそうになっていたのよ…」
紫は詳しく話し始めた。
昨日、亀石の前に敵が新たに築いた防塁を巡る攻防戦でのこと。
魔女アカモートは未来視をした。
それによると、
味方の軍勢は華扇の采配に従い善戦していた。
そして夕刻に敵を追い払い防塁を占拠した。
魔女アカモートは紫と華扇に説明した。
「味方が勝利したけれども、両軍とも兵力を逐次投入していたので戦いが長引いた」
「消耗戦になり、両軍ともに大きな損害が出た」
「大兵力で一気に防塁を占拠して、決着を付けるべきだったと思った」
「それで私が指揮を取り戦ったけれど、何故か途中で形勢が逆転してしまった」
「どうして」紫は尋ねた。
「後から検証してみたら、色々と問題が…」
「投石器を使ったので、敵はこちらの指揮官が代わったことに直ぐに気付いた」
「それで、亀石の櫓や城壁の兵を全て亀石内に収容したの」
「敵は逐次増援を出さなかったので、前線の防塁は直ぐに陥落したけれども」
「敵は亀石内の全軍で取り返しに出てきた」
「本丸へ援軍の依頼もしていた」
「その後の展開は皆が見た通り」
「…と言うことで、一時負けそうになっていたの」
「アカモートは初めて戦の指揮を取ったのよ」
「やはり、餅屋は餅屋ということかしら」
「素人が出て行って未来の改変を試みることは、火遊びだったとアカモートは反省していたわ」
「なるほど」萃香が相槌を打つた。
「戦況は常に変化しますので、勝つためには一見して得られる情報だけでは不十分なのでしょう」
「こちらの敗因を知り、作戦を修正すると相手も相応の対策を取ります」
「臨機応変な采配をしなければなりません。戦の指揮は経験がないと無理です」
華扇が答えた。
「でも勝ちましたので、流石です」
と付け加えた。
血の酒
「この樽は酒か」
萃香は、紫の手下が積み上げた品々を見て、その中から目聡く酒樽を見つけた。
「そう酒よ。華扇さん、開けても良いかしら」
たちまち皆が集まり、酒盛りとなり…そうだったが、
「赤い酒だ」
「血の酒か」
一瞬で皆静まり返った。
「葡萄酒よ」紫が訂正した。
「この国には野葡萄しかないけれど、西方の国々では葡萄を栽培して酒を造るのよ」
「そうか、ブドウの酒か」
会場が一瞬で和んだ。
「あら、例の伝承のことかしら」
紫は何かに気付いた様子だ。
「先代の酒呑童子は、朝廷の密命を受けた源頼光(みなもとのよりみつ)たちを血の酒と人肉でもてなしたという伝承のことね」
「酷い言われようだわ」
「萃香の父上は元々人間。美男の巨漢で怪力の持ち主。あまたの女たちに求愛されたわ」
「四天王をはじめとした鬼たちも、その強さに魅了される女たちは少なくなかったはず」
「先代の酒呑童子は人のことを良く知っていた。鬼の頭領になってからも、人との共存を模索していたわ」
「そんな彼が、源頼光たちに血の酒と人肉を出すとは思えないわね」
「人肉はさて置き、血の酒ではなく葡萄酒を出したのよ」
「血の酒ではなくて、葡萄酒だったのか」
萃香が嬉しそうに言った。
他の鬼たちも、
「血の酒の作り方など俺たち鬼には伝えられていない」
「そうだ、血の酒が実在するとか聞いたことがない」
萃香は盃の葡萄酒を飲み干した。
「おいしい」
「萃香、泣いているの。父上たちの疑いが晴れて良かったわね」
「今度、この酒を沢山持って来て皆に振舞ってあげるね」
「そうだ、葡萄酒を朝廷に献上するとよいわ」
「誤解が解けるでしょう」
「そうだな」
萃香が手をたたいた。
「この酒は海路か陸路のシルクロードを通り運ばれて来るので、本来は途方もない金額になるのよ」
「でも私は隙間を使うから、献上品の運賃は負けてあげる。原価分のお代だけ頂くわ」
「いかほどですか」
華扇が心配そうに尋ねた。
「そうね。朝廷に献上するのは特上品限定よね。原価でも高いわよ」
「あら、今は払えそうにないわね」
「献上品の話は、萃香が荘園領主になってからにしましょう」
すると萃香は拳を握り、決意した表情で言った。
「そうだ。この戦に勝たなければ」
「オー」
皆がそれに応えた。
鬼の里
紫と華扇が相談していた。
「戦力が全く足りていないのでは」
「そうです」
「戦力比はどのくらいなの」
「当初、実際の兵力は敵側は鬼200体と魔物300体、味方側鬼100体と軍勢5000人でしたが」
「換算した戦力比では敵330に対して味方150です」
「なにそれ、攻城戦では攻撃側は守備側の3倍以上の兵力、つまり戦力が必要だと言われているのに」
「人の損害は補充兵で穴埋めしています。鬼は素早い回復力でなんとか数を揃えて戦いを続けてきました」
「三の丸攻略で味方の鬼が壊滅したときには、梅雨入りで救われました」
「この分では次の戦いでまた壊滅して、味方は継戦能力を失うわね」
「その直後に反撃されたら味方は全滅です」
「亀石の外壁は破壊されたけれど、まだ敵が駐留しているわよ」
「攻め落とすのは簡単になりましたが、近接戦闘(白兵戦)で相当の損害を被るでしょう..」
「また戦力が底をつくわね」
「里へ帰した者を除けば、鬼の生き残りは38体です」
「現在の換算戦力比は敵200、味方は90未満になります」
「味方は劣勢なのに善戦しているように見えますが、いつも敵は半数程しか戦に出てきません」
「味方は鬼の数が全く足りないわ。里の様子を見に行きましょう」
「そうですね。里に返した12体の鬼たちも、失った手足が新たに生えて回復しているはずです」
「壊れた亀石の占領は後日にします」
「今日は投石器と弓の攻撃だけにしてください」
「間違っても接近戦をしないように」
「今日の攻撃では、槍や刀・棍棒は使用禁止です」
華扇は萃香たちにきつく言った。
「うむ」
頷く萃香を華扇は不安げに見つめた。
「では行ってきます」
紫と華扇は隙間の中に消えた。
昼過ぎに華扇たちは戻って来た。
「見通しが立ちそうなので、今度は頭領も来てください」
「おう」
萃香は紫に連れられて隙間の中に消えた。
「頭領。皆、準備が出来ております」
萃香の前に里の鬼全員が整列していた。
出陣の準備が整っているようだ。
「まて、お前たちは私よりも若い。参戦させられない」
「何を言っているのですか」
「確かに私たちは頭領よりも少し遅く生まれた第三、第四世代ですが」
「紫様の話では、鬼の世代別寿命と成長状態から、第二世代の頭領が一族の中で一番幼い、いや若いとのこと」
「人間の年齢に直すと、我らは十三歳~十八歳。頭領は八歳」
「よって頭領よりも我らが年上なので参戦します」
「オー」
皆が声を揃えた。
萃香は驚いて華扇を見たが、彼女は諭すような目で頷いた。
紫は口元を扇で隠して、満足げに微笑んだ。
「私たちは先輩の皆様が出陣した後も、鍛錬を続けてきました」
「腕が鳴る」
「やるぞ」
里に残されていた鬼たち、皆が口々に叫んだ。
「俺たちの傷も治った。」
「この通り手足も復元した。鍛錬を始めている」
「頭領、俺たちは何時でも戻れるぜ」
手負いとなり里へ帰還していた鬼たちも、戦場へ復帰する意欲を示した。
里にいる帰還組12体と残留組の60体の鬼を、増援部隊として出陣させることが決まった。
了