酒呑童子   作:珈琲フロート

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第7話 奇襲

16章 夜討ち朝駆け

 

本丸奇襲作戦

 

伊吹組は、里に戻っていた手負いの者たちが復帰した。さらに新参者(しんざんもの)60体が加わった。

皆、大いに意気込んだ。

「まずは、戦いに慣れてもらいましょう」

華扇からの提案に従い、新参者は数日間に渡り敵と小競り合いを繰り返した。

そして、頃合いをみて敵の本丸に奇襲攻撃を仕掛けることになった。

勿論、紫の隙間を使って敵陣の内部に入り込むのだ。

 

人の軍勢は二の丸の亀石を攻撃すると見せかけて、敵の注意を引き付ける。

その間に鬼たちは敵の本丸に奇襲攻撃を仕掛ける作戦だ。

勿論、これで本丸が陥落する見込みはない。

この攻撃により敵に警戒感を喚起して、本丸への軍勢の配備数が増えれば、その分亀石が手薄になる。

その時に亀石を攻め落とすのだ。

「敵を混乱させたら、直ぐに引き上げるのよ」

紫と華扇は鬼たちに作戦を説明した。

 

「建物内で巨大化しては駄目よ」

紫は萃香に忠告した。

「なぜ? 巨大化して敵の建物を壊せば良いのでは」

「敵は萃香の巨大化対策を建物に施しているわ」

「建物の柱や梁、その他いたる所に巨大な刃物が仕掛けてあるのよ」

「何とそんなこととは梅雨知らず」

「巨大化したら体中に傷を負い、身動き出来なくなったところを敵に滅多刺しにされるわ」

 

「敵方は総戦力で上回っているのに、何故平地で味方の軍を迎え撃たなかったのか分かる?」

「巨大化した私に踏み潰されないようにするためかな」

「そうよ」

「険しい山頂の城が戦場ならば、足場が悪くて萃香は十分に巨大化出来ないでしょ」

「大きくなり過ぎると、足を踏み外して谷底へ落ちてしまうわ」

「なるほど。そうか」

「敵は伊吹組の鬼の能力を調べて対策を立てているのよ」

「能力を使う時には慎重にね」

 

 

敗戦の場合の対策

 

新参の鬼たちを前に、萃香や華扇たち幹部は今後の方針を説明していた。

「もしも、私たち幹部が全滅した場合には、敗戦を認めて撤退すること」

「弔い合戦はしないこと。もしも合戦したら、あなたたちも全滅するからね」

「後日、我らが敗戦の責任を問われる事態となった場合は逃散すべし」

「御上(おかみ)は鬼の数を減らしたいのだ」

「負け戦の責任を押し付けて捕らえられる」

「皆、殺される」

「単独または数体で、散り散りになって山中に逃げるのだ」

 

「シッ、誰かいるぞ」

「うっ」

「捕らえた」

「小太郎ではないか」

「今の話を聞かれたぞ」

「殺せ」

「私はいつも、陰ながら萃香様のお側に控えているではありませんか」

「内緒話をするなら、私を追い払ってからにしてください」

「問答無用だ」

「お前のことなど忘れていた」

 

「その昔、鎖を付けることを条件に我らが助命されたとき、その約定には」

「鬼が逃散した場合、理由に関わらず死罪と定められている」

「今の話を聞いたとは、運が悪かったな」

「いえ、あなた方が不用心なだけでウッ」

小太郎の首を、勇儀が親指と人差し指で掴んだ。

人の首をへし折るのに、彼女は指二本で足りる。 

「かわいそうだが、生かしておけぬ。恨むなよ」

「待て」

萃香は急いで彼女を止めた。

 

その時、紫が現れた。

「皆も知っての通り、小太郎は公儀隠密。殺せば鬼たちが反逆したと見なされるわよ」

「隠密。なにそれ甘いの」

萃香が尋ねた。

「紫様、アカモート様とつるんで未来へ行くようになられてから、時代錯誤な用語を使われることが多ございます」

「ポンコツと思われますので、お気を付けください」

紫の手下が諫言した。

「いけない。そうね、気を付けよう」

「お前もね」

「えっ、私もですか」

「ポンコツとか、何時の時代の言葉よ」

「あっ、確か昭和かと。すみません」

 

「小太郎、今聞いたことを他言しないと、ここで誓え」

と萃香は言った。 

小太郎は直ぐに誓いを立てた。

「そうは言っても密偵だ。信じられるかい」

勇儀はそっぽを向いた。

「私は御上の間者ですが、実は鬼の血を受け継いでおります」

「我が家系は世代を重ねて人に戻りましたが、私は紛れもなく大江山鬼一族の者です」

「なに。それは本当か」

「間者を人選するとき、萃香様を後見するご親戚のお力が働きました。皆様と同じ鬼の血を引く私が間者として送り込まれたのです」

「それ故、間者だと露見しているにも関わらず、他の者と交代しないのです」

「私は皆様の味方です」

 

「信用できると思うわ」

紫が口を出した。

「それに以前、彼は上役の組頭に萃香と一緒になれないか聞いていたそうよ」

「婿入りしてもよいと言っていたとか」

「紫様、何で今その話をされますか」

秘密をばらされて小太郎はうろたえた。

「何で知ってるの」

「知り合いから聞いたのよ」

「その方はうっかり口を滑らして、職務上の秘密を漏らしてしまったの」

「あっ、いけない」

「口止めされていたわね」

「私が話してしまったことは、内緒にするのよ」

紫の手下は首を横に振りながら答えた。

「あのお方は全てお見通しです」

 

「お前、役得とばかりに頭領のことを、いやらしい目で見ていたのだな」

「間者のくせに、その様な下心を持っていたのか」

「お頭、気を付けてください」

皆がガヤガヤと騒ぎだした。

「お前、萃香は人の年齢に直せば八歳の幼女だぞ」

と勇儀は言った。

「この、炉利魂(注:当て字)」

紫は楽しそうに小太郎を罵った。

「紫様、用語にお気を付けくださいませ」

紫の手下が注意した。

「あっ」

 

「私は幼女ではないぞ」

萃香が不満げに言った。

「萃香様は私の両親が生まれる前から居られるお方」

「お前の母親は何歳だ」

「四十歳です」

「お前は自分の母親よりも、遥かに高齢の老女と結婚したいのか。このド変態」

勇儀は小太郎を罵った。

「そんな、どう見ても若いでしょ」

「私は老女じゃない—(棒)」

 

「とにかく萃香と夫婦(めおと)になど成れないぞ」

「まだ、お子様のままなのだから」

「そんな」

「萃香が相方の男を欲しくなるのは50~70年後だろうな」

「それまで待て」

「そんな。私が年老いて死んでしまいます」

「頑張って、年を取らないことだな」

「無理です」

「とにかくアレが未だなのだから、仕方がない」

「もしや、初O がまだないのですか。80年も生きているのに」

「小太郎。人前で、はずかしい奴だな」

萃香は小太郎に小言を言った。

「申し訳ございません」

「人とは寿命が違うから仕方ないのさ」

「まあ、八歳と言っても目安だ。人とは色々と違う」

「人は八歳では自立出来ないが、人間の八歳に相当する年齢の鬼は、実際には長く生きているので自立している」

「まあ何だな。道ならぬ恋だと思って、あきらめろ」

勇儀は意地の悪い表情で笑った。

 

紫が口を出した。

「あなたたち大江山の鬼は世代が進むと寿命が半分程になってしまうけれど、成長期は4分の3程度かしら」

「乳幼児の期間は人の倍位で、各世代とも大差ないけどね」

「先代の酒呑童子は200年程生きたわ。でも、人の十五~十八歳位だったわね」

「萃香が200年生きれば人の二十歳位になるわよ」

 

「萃香は今のままだと思う。少なくとも外見は」

「成長期なのにこの10年、身長が伸びていない」

と勇儀が言った。

「確かに、萃香の身長は母上様と同じ位ですね」

と華扇が付け加えた。

「うるさーい」

萃香が叫んだ。

 

「話を戻すわ。内緒話を小太郎に聞かれた件だけど」

「彼が秘密を守ると誓ったのだから、ここは一応、小太郎を信用しましょうね」

紫が結論付けた。

『紫様が味方で良かった』

と華扇は思った。

と同時に自分を含めて、鬼たちには警戒心が無いことにあきれた。

不用心に気付いたのは、鬼の中では華扇ただ一人だけだった。

 

怖い鬼たちが集まって密談しているのだ。

当然のことながら、部屋の天井裏や床下・廊下などに密偵たちが潜み、話を盗聴していた。

鬼たちはそのことに気付いていなかった。

 

夜討

 

紫の隙間を使って伊吹組の鬼たちが、敵の本丸に夜襲をかけた。

 

萃香は巨大な鬼と向き合っていた。相手の手には青龍刀の様な大剣が握られていた。

「む、多々羅山の首領か」

「その角、お前が酒呑童子だな」

「如何にも」

「はっはっはっはっ、まだ子供ではないか」

「なめるな」

二人は刃を交えた。

 

「童子よ、お前が大人になる前に対戦出来て良かったぞ」

「なんだと」

「大人になったお前と戦えば、わしは負けただろうからな」

「だが、今なら勝てる」

「確かに素早いが、力と技はまだまだだな」

敵の首領は不敵な笑みを浮かべた。

「それ」

「何の」

ガキーン、カン、カン、キィーン

金属音が響く。

萃香にとって形勢は不利だった。

彼女には刀傷が次第に増えた。

 

しかし萃香は、不利な状況を跳ねのける素質と素早さを備えていた。

「うぐ」

彼女の突きが決まった。

すると、敵の首領は物陰に隠れた。

萃香は敵を追いかけようとしたが、紫が現れて深追いを止めた。

「引き上げるのよ」

建物に火を掛けたので、煙が充満し始めていた。

 

その後、夜討は何度も行われた。

萃香と敵の首領との一騎打ちも何度か繰り返された。

「巨大化しないのか」

と敵の首領は誘ってきたが、萃香はそれを無視した。

 

するとある日、

「今夜は亀石が手薄よ」

と紫が知らせてきた。

その夜、敵の二の丸(亀石)は陥落した。

その頃、紫のもとに手下が報告に来た。

「亀石の蔵にあった宝物と魔道具の類は全て運び出しました」

 

朝駆け

 

早朝、萃香は眠りから覚めた。

なにやら周りが騒々しい。

「各々方(おのおのがた)、敵の朝駆けでござる」

誰かが叫んでいる。

そうだ、ここは破砕した亀石。昨夜、攻め落とした敵の二の丸。

萃香は起き上がると直ぐに刀を手に、物音のする方へ走った。

「敵はどこか」

彼女は大きな声で叫んだ。

華扇が駆け寄って来た。

「敵の首領がいます」

勇儀たち四天王は夜戦で手傷を負い、後方の三の丸へ退いている。

ここにいる味方の鬼たちは新参の者が多い。私が皆を守らなければ。

萃香はそう思い奮い立った。

彼女は奮戦して敵の鬼5体を切り倒した。そして、ついに敵の首領と対峙した。

 

戦の采配は華扇に任せて、萃香は敵の首領と戦っていた。

一昨日の夜に続く、何度目かの一騎打ちだ。

敵の首領は額に汗をかき、息が荒かった。

その剣技と力は萃香を上回るが、素早さでは萃香に遠く及ばない。

「流石に若者だな。この短期間に随分と腕を上げたな」

敵の首領は、自分が萃香に稽古を付けてやっている様な気がしてきた。

「お主と星熊童子(勇儀)の二人さえいなければ、俺たちの楽勝だったものを」

敵の首領は悔しそうに呟いた。

 

萃香は敵の首領に何箇所かの刀傷を負わせて、有利に戦いを進めた。

しかし会心の一撃を与えると、またしても敵はその場から逃げた。

そして、物陰から再び姿を見せると、既に敵は回復しているのだ。

傷跡もない。これまでの一騎打ちと全く同じだ。

『何という治癒の速さ。体力の回復力も凄まじい』

萃香は対戦する都度、敵の回復力の高さにあきれていた。

 

敵が何度も回復を繰り返すうちに、萃香の手傷が次第に増えていく。

彼女は体力を消耗して、速度が落ち動きは鈍くなった。

敵の首領は不敵な笑みを浮かべた。

そのとき萃香は何かを念じた。

すると彼女の体が細かく分解するように散って姿を消した。

「む、何処へ消えた」

敵の首領が呟いた直後、その胸に刃が突き刺さった。

「ぐう」

霧が集まり、萃香が姿を現す。

これは萃香の能力の一つ”密と疎を操る程度の能力”だ。

刀は首領の心臓を貫いていた。

『決まった』

萃香はそう思った。

しかし、彼女目がけて首領の大剣が振り下ろされた。

カキィン。

大剣を誰かが受け止めて、萃香を救った。

「小太郎」

「萃香様」

小太郎が飛び込んできて、萃香を救ったのだ。

二人は顔を見合わせた。

しかし、第二撃が小太郎を襲う。

ガキィン。

今度は小太郎の刀が折れて、彼は倒れた。

「小太郎」

敵の首領は、またしても物陰に隠れようとした。

 

そのとき紫が現れて、小太郎を隙間に収めながら萃香に言った。

「首領の腰の巾着袋を取るのよ」

「小太郎の命を救うには、それしかないわ。急いで」

小太郎は致命傷を負っていた。

 

萃香は敵の首領が身に付けていた巾着袋を取った。

その直後、勇儀が隙間から姿を現した。傷をおして救援に来てくれたのだ。

「あとは私に任せて、小太郎の所へ行け」

敵の首領は逃げた。

萃香は紫の隙間を使って、三の丸に運ばれた小太郎の元に行った。

巾着袋の中には升が入っていた。

「それに酒を注いで、小太郎に飲ませるのよ」

小太郎の傷が、みるみる治っていく。

「おお、これは凄い」

「その升は鬼の傷を直ぐに治す魔道具よ」

「でも、人間には強すぎる薬だから、小太郎が助かるかどうか分からないわ」

紫は呟いた。

「それと敵の首領のことだけど、彼は心臓が二つあるのよ」

 

華扇は勇儀と入れ替わりに、負傷者と共に三の丸に戻っていた。

彼女は魔道具の升に酒を注いで、周囲の負傷者に飲ませて回った。

その効果は素晴らしかった。鬼たちは直ぐに起き上がった。

しかし、小太郎は発熱して小刻みに体を震わせ、苦しそうに唸り声を上げていた。

 

萃香は小太郎の容態が気になったが、再び亀石に戻った。

既に敵の首領は逃げ去り、手下たちが逃げ帰るところだった。

彼女はこれを追撃したが、深追いせずに引き返すことにした。

味方は戦いの後始末を始めた。

萃香は守りを固めるように、部下へ幾つか指示を出した。

「よし、それでは小太郎の見舞いに参ろう」

 

「その必要はございません」

膝をついた武者が、低い声で呟くように言った。

「つい今しがた、小太郎殿は…息を…」

一瞬、萃香の体を戦慄が走った。

「はっ、息を引き取ったのか」

そのとき、戸板の上に寝かされた小太郎が、部屋の中に運び込まれて来た。

 

「いえ、息を吹き返されました」

「本人がどうしてもと強く望むので、ここに運び入れました」

「萃香様、もう大丈夫です。紫様から頂いた解熱剤が効きました」

小太郎は上体を起き上がらせ、無理に笑顔を作って言った。

「ご心配をかけてはと思い、紫様にお願いして隙間を使い戻って参りました」

「良かった。無事だったか」

小太郎は無理してでも、萃香に会いたかった。

萃香も小太郎の無事を知って安心した。

彼女は小太郎の存在の大きさを知った。

 

 

童子

 

兵たちが柵を築きながら話をしていた。

「味方の鬼には、童子と呼ばれる者が何人もいるが」

「酒吞童子・茨木童子と四天王たちの6体だな」

「童子とは何歳くらいまでを言うのかな」

「組頭に聞いてみよう」

「お頭、ご存じですか」

「童子と言っても童(わらべ)という意味だけではない」

「貴人の身の回りを世話する、童形のままの召使も童子と呼ばれる」

「また、お寺に預けられ、仏典を学ぶ傍ら雑役に従事する少年も童子だ」

「彼らは20歳まで童子と呼ばれる」

「その後は中童子・大童子などと呼ぶ」

「そうですか」

「仏典では金剛童子や善財童子など沢山出て来るぞ」

 

 

魔法の”長持ち”

 

亀石を確保した味方は、陣地の構築と敵本丸攻撃の準備をしていた。

その間の数日は短いながら、鬼たちにとって安息日になった。

 

「萃香、前にも聞いたことがあるが」

「お前の衣装はどう見ても異国の物だが、どうやって手に入れている」

「実は、母が残した不思議な”長持ち”(古民具)があるのだ」

「その中に季節ごとの衣類を仕舞っておくと、翌年にはその大半が新品と入れ替わるのだ」

「勇儀に取られるといけないので、今までは内緒にしていた」

「誰が盗むか。服の大きさが私に合わない」

「それに、そんな幼女風の服、恥ずかしくて着れないだろ」

「よ、幼女」

「まあまあ」と華扇がとりなした。

 

「萃香、何を言っているの」

「毎年季節の変わり目に私が手下の者に命じて、洋服の入れ替えをさせているのよ」

「え、知らなかった。紫、何時からやってくれていたの」

「前々からよ。あなたの父上とは知り合いだったし」

「このことは、あなたの母上も承知していたのよ」

 

「道理で、二人の服装が似通っている訳だ」

勇儀は合点がいったとばかりに、手をたたいた。

「紫様のご趣味でしたか」

「良いご趣味で…」

と華扇も頷いた。

「私も先日紫様から洋服を沢山頂きました。嬉しい」

「星熊勇儀さんは洋服など要らないと言うけど、着れば似合うわよ」

と紫が言った。

「私は要らない。和服の方が良い」

 

「紫様は可愛らしい服を選んで、萃香に着せていたのですね」

「母親代わりですね」と華扇は微笑みながら言った。

萃香は紫にお礼を言った。

「お母(義母)さん。ありがとう」

「お姉(義姉)様と言いってね」

 

 

 

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