酒呑童子   作:珈琲フロート

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第8話 総力戦

17章 総力戦

 

本丸の戦い

 

萃香が敵の首領から奪った魔道具の治癒効果は抜群だった。

この升のお陰で、味方の負傷者は直ぐに全快した。

鬼だけではなく、飲ませる酒の量を調節すれば人も助けることが出来た。

 

「本日、我が軍は全戦力を投入して敵の本拠を攻めます」

「数日中に攻め落としましょう」

「敵も全力で防衛するでしょう」

「敵味方両軍ともに総力戦です」

華扇は全軍勢の前で演説し、兵士の士気を鼓舞した。

 

敵味方ともに戦闘可能な鬼の数は、同じ位になった。

敵の魔物は逃散して、ほとんど残っていない。

『現時点で、味方の継戦能力は敵を上回った』と華扇は確信した。

 

『1日では決着がつかないかもしれない』

『でも…今度こそ』

数日間の消耗戦が予想された。

しかし今は伊吹組に、傷と体力が全回復する魔道具”升”がある。

華扇はここで初めて勝利を獲得する自信を得た。

 

大将戦

 

その日の昼下がり、萃香と敵の首領が対峙していた。

「薙刀(なぎなた)ではなく槍を使うか」

この時代では槍よりも薙刀が用いられることが多かった。

時代を下ると男性は槍を用いることが一般的になる。

「その短槍は、中々の名品とみた」

「号(愛称)はあるか」

「この槍は赤蜻蛉切(あかとんぼきり)なり」

 

以前使っていた刀は刃こぼれが酷くなっていた。

すると、紫が立派な槍を萃香に手渡した。

「敵の首領に勝ったら、この槍はあなたのものよ」

槍の穂先は長く、太くて少し短めの柄は鉄製の筒に入っていた。

 

元々槍などの長柄の武器の欠点は、敵に穂先を切り落とされてしまうことだ。

それで、柄には固い木を用いるようになり、刀で切り落すことが難しくなる。

この槍は固い木を用いた柄を金属製の筒に入れて、更に強化していた。

とても使いやすい槍だと萃香は思った。

ちなみに、この槍を普通の人間が持つと重いと思うはずだ。

しかし、力の強い萃香には軽く感じられた。

 

紫の話では、この槍は某名工の作で、蒼蜻蛉切(あおとんぼきり)と対になっている。

しかし、異様に長くて重い蒼蜻蛉切の使い手は見つかっていないそうだ。

なお今に伝わる有名な蜻蛉切は、これよりも後の時代に制作されたものだ。

 

萃香と敵の首領との戦いが始まった。

敵の首領は分身の術を使った。

萃香もそれに応じる。

「むう。やはり分身もできるのだな」

5組の萃香と敵の首領の戦いが繰り広げられた。

萃香組が優勢に戦いを続けた。

「決着がつかない。これでは体力の消耗が増えるだけだ」

苦しくなったのか、敵の首領はずる賢く萃香に話しかけてきた。

「無駄なことはやめないか」

「うむ」

 

そのとき攻撃側の陣太鼓が鳴り響いた。

それは撤退の合図。今日の戦いの終わりを知らせるものだった。

予定された時間帯よりもかなり早い。

敵の首領は内心、助かったと思った。

「続きは明日だな」

「うむ」

 

全軍の戦況はどうだったのか。

「今日の戦いは我が軍が優勢でしたが、途中から各部隊が異なる目標を攻撃し始めたので、戦力が分散してしまいました」

「作戦を立て直して、攻撃目標を絞ります」

華扇は軍の幹部たちに告げた。

 

萃香には全軍の戦闘指揮権が与えられているのだが、敵の強者に対応できるのは萃香と勇儀などの四天王しかいない。

そのため、実際の采配は華扇に任していた。

華扇は伊吹組唯一の知恵者で軍師の才能がある。

頭領が前線で戦い、副長が全体の指揮を取るこの体制は、この戦に適合していた。

 

その日の夜。

萃香は『明日は、敵の首領との戦いに決着がつくだろう』

と思いながら就寝した。

 

 

 

珍しく萃香は早朝に目覚めた。

久しぶりに母の夢を見たのだ。

 

それは萃香たちが、都から大江山の麓に移される時のことだ。

萃香が生まれ育ったのは、平安京にある貴族の館。

母の実家だった。

当時の貴族は妻問婚をしている者が多い。

古(いにしえ)の婚姻形態を続けていたのだ。

子供は妻の家で育てられる。

このことが萃香たちの命を救った。

 

祖父母たちは娘婿のことを、どの様に思っていたのだろう。

鬼を良く思っていなかったはず。

だが鬼の力を恐れて、表立って娘の婚姻に反対できなかったのだろう。

だが、萃香には祖父母たちに可愛がられて育った記憶がある。

 

大江山の鬼が討伐されてから、十数年後のこと。

ある日、役人が兵士を伴い萃香の住む館を訪れた。

その頃の萃香は、5歳程の幼児に見えた。

そんな幼い萃香を役人たちは拘束した。

 

重りと鉄鎖が付いた腕輪が萃香の両手にはめられた。

それを見た母親は、役人と萃香の間に割って入ると、

「この子を殺さないで」と懇願した。

母は振り向いて萃香を抱くと、背中越しに役人たちに言った。

「この子を殺すのならば、私も一緒に殺しなさい」

役人たちは「殺しません」と言って母親をなだめた。

「この子は何も悪いことをしていません」

「鉄の重りと鎖を付けるとは、むごい。この子が可哀想」

 

役人は萃香の母親を説得するため、静かに話始めた。

「ご承知のとおり大江山の鬼は乱暴狼藉を働き人々を苦しめました。彼らを憎む者は多ございます」

「罪なき幼子(おさなご)といえども、やはり鬼は全て殺すべしとする意見が強いのです」

「鬼子が成長したのちに、報復されることを人々は恐れています」

 

「この度、都で暮らす鬼子たちの処置が決まりました」

「鬼は力が強いので、乱暴狼藉や逃亡を防止するため、常に体に重りを付けておくことになりました」

「勝手に取り外した場合は死罪です」

「また鬼子は全員、都から大江山の麓に移すことになりました」

「さぞかし、周囲の住民からは厳しい目を向けられることでしょう」

「この約定により、貴族の血を引く鬼子たちは助命されます」

「これは鬼子の助命に奔走された方々の成果なのです」

「過日の大江山鬼退治では、乳飲み子に至るまで鬼は全て殺されました」

「それを思えば、今回の決定は好条件。どうか、こらえてください」

 

すると萃香は母に言った。

「母上様、これ少しも重くないよ」

「この飾り、気に入ったよ」

 

「あなたは力持ちだから…」

そう言うと母は泣いた。

「萃香には、父親譲りの強い力と優しい心がありますね」

そう言って、母は涙を拭いた。

「父上様も優しい人でしたよ」

と言って微笑んだ。

 

何時も母が語る父の人物像は、世間の風評とは全くかけ離れていた。

 

萃香の見た夢は、遠い日の思い出。

仮に夢の中だとしても、萃香は母に会えて嬉しかった。

顔も覚えていない父への思いと共に。

 

 

決着

 

「お主は巨大化すると身長が6倍になり、2丈(約6メートル)を越えると聞いている」

「是非一度見てみたい」

「その手には乗らぬ」

「身長が6倍ではなく5倍だ。平地での戦いならば、見せてやる」

「それはこちらが断る…計算できるのか」

 

闘いは萃香が圧倒していた。

『我の刀よりも酒呑童子の槍の方が長い』

敵の首領は苦戦していた。

「うぐ」

萃香の突きが決まる。

すると首領は姿を消した。

「む、どこへ消えた」

首領は矮小化して萃香の後ろに回り込んだ。

そのとき走る速度は通常時の数倍に増加していた。

 

しかし、そこに紫の隙間が開く。

敵の首領は隙間に落ちた。

「元の大きさに戻って暴れる前に、体を捕縛するわ」

「ふふふ、今なら捕まえられる」

 

「おっ、紫。やったな」

「首領が矮小化するのを待っていたのよ」

「通常だと捕縛が間に合わないから」

紫は敵の首領を捕らえた。

 

敵の首領

 

「負けた」

「降参するのか」

「うむ。先日の亀石での戦いで、治癒回復の升を取られたとき、既に勝負は決まっていた」

 

紫が首領に尋ねた。

「あの升の効力を味方にも内緒にしていたみたいね。何故」

「配下の鬼にも、あの魔道具を使っていれば戦に負けなかったのに」

首領は体力回復の魔道具”升”を味方にも秘匿していた。

 

「俺らは盗賊団だ。お宝は仲間からも盗む者が多い」

首領は盗まれることを危惧していた。

「盗んだ者は見つけて処断しなければならない」

「逃亡しても見つけ出して殺す」

「仲間になった者を殺したくなかったのだ」

 

「それで味方にも隠していたのね」

「うむ。だが、深手を負った者に用いたことは何度かある」

「本人に気付ないように使ったが」

 

「命だけは助けてくれ」

「それは多分無理だろう」

「我らは、お主を御上(おかみ)に引き渡すのみ」

「御上(朝廷)はお主たちを許すまい」

萃香は冷たく言い放った。

 

「紫、助けてくれ。隠してある財宝を全て差し出すから」

首領は紫に助命を嘆願した。

「本当かしら」

「本当だ」

「信用できないわね」

「調べさせてもらうわ」

 

            了

 

18章 勝ち戦

 

さとり

 

紫の手下が来客にあいさつしていた。

「さとり様、よろしくお願いいたします」

「やはり紫様は顔を出されませんか」

「申し訳ございません。紫様は多忙のため都合がつきませんでした」

『紫様はいつも何かしら企んでいるので、秘密保持のため”さとり様”には会いたくても会えないのでしょう』

「なるほど。分かりました」

彼女は紫の手下の心を読んで納得した。

「報酬の良い仕事なので、不満はありません」

彼女は笑顔で頷いた。

 

彼女の名は古明地さとり。

他人の心を読み取る”さとり妖怪”だ。

 

彼女は直ちに首領を尋問した。

程なく彼が隠し持つ全ての宝は、その在りかが判明した。

直ちに紫の手下が宝を捜索するため、隠し場所に向かった。

間もなく紫は、敵の首領が隠し持つ宝を全て手に入れた。

 

紫が萃香の前に現われた。

「敵の首領を助命することにしたわ」

「まて、我らにはその様な権限がない」

「御上(おかみ)の命令により敵は殺すか、あるいは捕らえて役人に引き渡すのだ」

「御上には首領を殺したが、死体は灰になり跡形も無く消え失せたと報告すれば良いのよ」

「大丈夫なのか。後で事が露見しないか」

「大丈夫、ばれないわよ」

紫は敵の首領の処分について説明を始めた。

 

四季映姫

 

少し前のこと

「お久しぶり。紫さん」

「四季様、ご足労お掛け致します」

「いえ、今回の話は私にとっても願ったりかなったりですよ」

「この度、地獄で鬼の役職に欠員が出てしまい、適切な鬼材(人材)を探していたところです」

「閻魔十王様の方々から、このことを頼まれておりました」

「その様なお話があると聞いたものですから、一鬼ご紹介しようかと」

「流石、紫さん。地獄耳ですね」

「どこから情報を得たのかしら」

「この鬼のことは、浄玻璃(じょうはり)の鏡で調べてみました。中々の逸材です」

「では早速、面接しましょう」

彼女は多々羅山の鬼の首領に対して、面接試験を始めた。

 

彼女の名は四季映姫。

死者を裁く地獄の閻魔だ。

役職名はヤマザナドゥ(意味:閻魔・楽園)という。

なお、閻魔十王の一人が有名な閻魔大王なのだ。

 

「合格よ。採用決定です」

彼女は首領を地獄の鬼として採用した。

「最初は幹部見習いですが、三か月間の使用期間終了後は職長に任用されます」

「そして実力が認められれば、直近の昇格時期に百鬼長に昇格します」

四季映姫は詳しい説明を続けた。

「三百鬼、五百鬼を配下にする役職は…」

 

「次に注意事項です…」

「地獄で働く間は一時的に現世での記憶がなくなります…」

注意事項の説明は長々と続いた。

 

「それから、あなたのこれまでの行いですが…」

遂に説教が始まった。

いつ終わるのか…。

こうして敵の首領は、配下の鬼と共に地獄に移ることが決まった。

 

ここに多々羅山での戦いは終了した。

伊吹組をはじめとする討伐軍は勝どきを上げた。

 

鬼の宝

 

「はい。首領から取ったお宝…いえ、戦利品の分け前よ」

紫は敵の首領から獲得した宝の一部を、関係者に分配していた。

紫の手下が隙間から品物を運び出して、萃香の前に並べていく。

萃香の取り分として、鬼の寿命を延ばす秘薬と打ち出の小槌ほか魔道具の類。それに魔法効果のある武器・防具の類。その他諸々の品々が積み上げられた。その中には萃香が見たこともない外国の樽酒も含まれていた。

紫は他の鬼たちの分け前だと言って、布や銭の入った大きな箱もくれた。

 

「打ち出の小槌か、これは素晴らしい」

「むやみに使わない事ね」

「あとで代償を払うことになるから」

 

「それよりも、これ。太古の神が遺した秘薬」

「これが一番の戦利品よ」

「薬の入った瓶(かめ)三つしかないの。萃香に一瓶あげる」

 

「寿命を延ばす?ふ~ん」

「あなたも大人になれば、この薬の価値が分かるわ」

「紫ぐらいの年配になれば、分かって来るのか」

「失礼ね。私も若いわよ」

 

「首領の話では、秘薬一粒で鬼の寿命を百年間も延ばせるそうよ」

「あと5~6百年経つと、今いる伊吹組の鬼たちは皆寿命が尽きてしまう」

「これから生まれて来る第四世代以降の鬼もいるだろうけど」

「皆、萃香よりも短命よ」

「あなたは独りぼっちになってしまう」

「でも、華扇さんや四天王だけでも薬で寿命を延ばせば、あなたはボッチにならずに済むのよ」

「薬は貴重品だから全員に与えることは出来ないけれど」

 

「そう、華扇さん以下5体の鬼の寿命を、萃香と同じになるまで伸ばすには、この薬何粒必要かな」

「寿命を一人600年延長するものとする」

萃香は両手の指で何やら数を数えだした。

「えーと」

 

「さて次は萃香の寿命が尽きる頃のこと」

「萃香以下6体の鬼の寿命を1200年延ばすためには、薬は全部で何粒必要かな」

「えーと」

 

「ふふ…、もういいわよ。瓶の中には薬が沢山入っているから大丈夫よ」

紫は薬の入った入れ物を瓶と言ったが、それは萃香が見たこともない金属製の器だった。

「あっ、それは乾燥剤だから食べないでね」

 

 

密かな凱旋

 

数日後、多々羅山の賊を討伐した軍勢は、都に凱旋するため意気揚々と帰路についた。

途中で伊吹組の鬼たちは軍勢と別れて、大江山の里に向かった。

皆、無事に帰還できることを喜んだ。

鬼たちは出迎えのない寂しい凱旋となるが、そのことを気にする者はいなかった。

 

だが実際には里の村人たちが、彼らの帰りを笑顔で出迎えてくれた。

そのことは彼らとって、とても嬉しい光景だった。

華扇は特に感動していた。

 

『鬼たちが戦に駆り出された』

村人たちは、噂には聞いていた。

しかし、戦の相手方が誰なのかも勝敗の行方も知らなかった。

ただ、伊吹たちが無事に戻って来たことを祝福してくれたのだ。

 

伊吹たちは直ちに戦勝の祝杯を挙げたことは言うまでもない。

 

 

萃香の成長

 

小太郎は廊下の角を飛び出てきた萃香と衝突した。

彼は跳ね飛ばされた。

「大丈夫か、小太郎」

「痛っ。大したことはありません」

「珍しくそんなに急いで、どうされましたか」

「始まったのだ」

「えっ、何が」

「何でもない…」

「もしや」

「詮索するな」

「おめでとうございます」

「ばか」

「これで嫁に。いえ、婿を貰えます」

「ふん。まだ相手は決まってない」

 

 

大江山 麓の温泉宿

 

紫と鬼の女幹部たちが、温泉の湯に浸かっていた。

露天風呂だ。

 

 

「あー、いい湯だ」

「長いことこの地に住んでいるのに、この温泉に浸かるのは初めてだよ」

と勇儀がぼやいた。

「そうか。私は2年程前から時々来ている」

「深夜限定だが」

萃香が応じた。

「丑三つ時かい」

「うむ」

「酔いつぶれて寝起きした後に入浴している」

 

萃香は思い出していた。

「萃香様、こんな夜中に何処へ出かけられますか」

「うむ。温泉に浸かりに行く。付いて来るな」

「はは~」

 

小太郎は中々の男前で実は剣の腕も立つ。

長身やせ型だが、見かけによらず怪力の持ち主だった。

しかし、所詮は人間。

鬼の萃香の目には、彼はか弱そうに映っていた。

 

露天の岩風呂の傍で萃香は服を脱ぎ始めた。

が、辺りの様子をうかがうと、凛とした一声を発した。

「小太郎」

「はっ、ここに」

「っ、しまった…」

小太郎の背後にある岩の上に霧が発生した。

それは直ぐに萃香の姿に凝結した。

彼女は片手を振った。

何かの薬をまいたのか、術を施したのか。

「暫く寝ておれ」

小太郎はその場に崩れて昏睡した。

「覗きに来た訳ではなかろうが、困ったやつ」

彼はいつも『萃香様が心配で…』と言いながら、どこにでも付いてきてしまうのだ。

だが萃香は、そんな小太郎が可愛かった。

 

「萃香、何を一人でニヤニヤしている」

勇儀だ。

 

「何でもない」

萃香は慌ててごまかした。

 

 

華扇は昔の事を思い出して語り始めた。

「私たち鬼がこの地に移されてから早五十年経ちました」

「初めの頃は再び戻って来た鬼に村人たちは、やはり憎悪の目を向けましたね」

「里の人たちと私たちが仲良くなれたのは、十年程前からですし」

「温泉宿は客が来るので、鬼が拒まれるのも仕方ないですね」

 

「丁度この宿は建屋修繕のため休業中だ。それで戦勝祝いとして我らにも湯を使わせてくれた」

「今回は例外だ」

 

「例外でも、宿の主が私たちの入浴を許したことは大きな前進です」

 

「里の人たちと打ち解けるのは大変だったわね」

紫が口を挟んだ。

 

「最初のころは、私たちが嵐で壊れた用水路を直していると」

「子供たちに石を投げられたものです」

「無償の善意で村の復旧工事をやっているのに…」

「皆、ここが我慢のしどころだと言いながら、耐えました」

華扇は涙目で語った。

 

「それな。この前、五十代の男が『子供の頃に、石をぶつけてすまんかった』と謝って来たよ」

と萃香が酒を飲みながら言った。

 

「今は村人たちと私たちは和解して親しくなりました」

「開墾、治水、道づくり、村人共有の構築物の建設など」

「私たちは長年、奉仕活動を通じて地域に貢献してきましたが、その甲斐がありました」

 

「これからは萃香がこの辺り一帯の荘園領主になるから」

「鬼たちも温泉に浸かれるようになるかい」

勇儀の問いに、萃香は頷いた。

「里の者が共用で使っている温泉場の一部や」

「二件ある宿のうち一軒だけでも鬼に開放させたい」

 

 

紫の助言

 

「あなたたち、立派よ」

話を聞いていた紫は言った。

「さあ、あなたたち鬼と人間との確実な共存まで、あと一歩よ」

「先代の酒呑童子には出来なかったことを、萃香たちには実現して欲しいわ」

「そのためには、頭領の萃香が鬼たちを統制するだけでは駄目」

「全員の協力が必要よ」

 

紫は先代の鬼たちの話を始めた。

「萃香の母様は湯治でこの温泉に宿泊していたときに、先代と知り合い結婚したのよね」

 

「そのように聞いている」

「母は婆様の湯治に、付き添って来たのだ」

 

 

「先代の首領は妻問婚を始めた」

「すると幹部たちも、それに倣って都の貴族の姫たちと妻問婚を始めたわ」

「最初は何とか平和裏に事が進んでいたの」

「でも、このことを下っ端の鬼たちがうらやましがり、貴族の子女をさらい始めたのよ」

 

「一族の頭領は、罪を犯した者を処断しなければならない」

「でも、仲間思いの心優しい先代の酒呑童子は断固たる措置を取れなかったの」

「子供を除けば、頭領が一番の若年者。手下と言っても昔から仲が良い先輩たちだったから」

 

「次第に鬼たちの統制が取れなくなったのですね」

と華扇が言った。

「父は頭領としては失格だったのか…」

「そんなことはないわ」

 

「頭領ひとりの責任に帰しては駄目よ」

「先代は人間との共存を模索していたわ」

「でも人と鬼ともに、相互理解と協力が不足していたのよ」

「ついには大江山の鬼一族は朝廷側に討伐されたわ」

「結果的に上手くいかなかった」

 

 

「あなたたちは鬼と言っても、半分以上人間の血が混じっているわ」

「元々人間を鬼にしたのだし、世代を重ねているから」

「鬼の血の方が薄いのよ」

 

「今は人間側が寛容な態度を示している」

「共存するためには良い機会だわ」

「人と鬼が平和に暮らしいくためには、更なる理解と協力が必要ね」

 

 

数日後、紫は鬼全員を集めて演説した。

人と鬼との共存を図るために、皆で一致団結協力して萃香を助けるように力説した。

 

萃香は鬼たちを導く紫に、深い感謝の念を抱いた。

 

 

           了

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