19章 その後の萃香
荘園
「さて、恩賞となる荘園の件だが、先ず大江山を中心としたこの範囲の土地を与える」
「山の麓には温泉宿があり、街では工芸品を産する」
使者は図面を指示して言った。
「更に隣接する東側又は西側の領域のうち何れか一方を加えるものとする」
使者は図面を広げた。
「石高は西側が多い。荘園の中央を流れる川からは魚も豊富に取れる」
「東側は湧き水が豊富だ。また、酒蔵があり…」
鬼たちは一斉に声を上げた。
「東側が良い」
「東の荘園を頂きたい」
「頭領」
「うむ」
萃香はただ頷くだけだった。
「狙いは酒か。承知した」
使者は笑った。
恩賞の荘園が内定した。
謁見
翌年、萃香たち鬼の幹部は朝廷に呼ばれて、内裏 (御所)に 参内(参上)した。
萃香と華扇、四天王。それに小頭の生き残りたちだ。
御所の控室で待つ間に、見覚えのある者たちがやって来た。
昨年、多々羅山で萃香たちを支援した軍勢の幹部たちだ。
「おお、これは懐かしい」
萃香は思わず手を上げた。
「その節は大変お世話になりました」
彼らは鬼たちに頭を下げてお礼を申し述べた。
実は朝廷内での位は、萃香たちよりも彼らの方が遥かに上位なのだ。
また会見時刻も萃香たちより先だった。
しかし彼らはそのまま帰ることなく、萃香たち一行が帰るときに見送りをした。
萃香たちは御殿の中庭に案内された。
彼らは白い玉砂利が敷き詰められた庭に並んで座った。
以前、朝廷の使者として萃香の所へやって来た老人たちも同席している。
「これで私も肩の荷が降りました」
「私の役目も終わりました。もう思い残すことがありません」
「そのようなこと。安心し過ぎてうっかり死なないでください」
「ははは、何のまだまだ」
萃香を大叔母様と呼んだ、あの老人だ。
とても嬉しそうにしていた。
暫く待たされた後、係りの者の合図で鬼たちは平伏した。
暫くすると建物内の外廊下に貴族風の身なりをした役人が現れた。
「面(おもて)を上げよ」
建物正面の部屋には高貴な方々が居られるのだろう。
しかし、すだれのようなものが掛けられていて、中の様子は分からない。
すだれが開けられることはなかった。
役人は多々羅山の賊討伐戦における萃香たち伊吹組の活躍を上奏した。
すると別の役人が、萃香たちに恩賞を与える旨の宣告をした。
やがて役人の合図で、萃香たちは正面に一礼して退席した。
「よかった、よかった」
と言いながら一同門へ向かって歩いていると
「大姉、大姉」
と呼びながら走り寄る人物がいた。
後ろを振り返ると、衣冠束風の衣装を着た貴公子が立っていた。
よく見ると15~16歳ほどの少年だ。
「これは、これは」
「あ~、出てきてはいけませぬ」
一緒にいた役人たちはその場にひれ伏した。
昨年、新たな天皇(後O条天皇)が即位された。
その皇太子がこの位の年齢だと知られている。
少年は萃香に手紙を渡すと
「これからもよろしくね」
と言って、笑顔を向けた。
荘園領主
伊吹組の鬼たちは、荘園領主となった萃香に配下として雇われる形で俸禄を得た。
一族郎党に定まった収入が保証されているので、彼らの暮らしは安定した。
そして人の嫁をもらう男鬼や、人の男を亭主に迎える女鬼もいた。
皆、静かに平凡な暮らしを続けた。
華扇は最初、新田開発に取り組んでいたが、そのうち仙人になる修行をすると言い出した。
勇儀は戦と聞くと目を輝かせたが、普段は
「暇だね。つまらん」を繰り返していた。
彼女は喧嘩と毎夜の酒宴だけを楽しみに暮らしていた。
萃香は彼女のために、毎年神嘗祭(かんなめさい)の時期には相撲大会を開いて景品を出した。
ただし、勇儀にはその能力は使わないことを条件に参加を認めた。
その後、伊吹組一党には兵役が課せられたが、毎年4~5体の鬼を都に送り出すだけで済んだ。
しかし、この時期は奥州などで反乱が頻発していたため、朝廷は五年から十数年に一度は奥州に出兵していた。
そして標的となる地域に鬼がいる場合には、伊吹組一党にも奥州征伐の遠征軍に加わるように勅命が下された。
だが、奥州各地の鬼の集団は何れもその規模は小さく、伊吹組が苦戦することはなかった。
既に各地の鬼たちの間には、伊吹組の武勇が知れ渡っていた。
伊吹組は相手に降伏を促して、戦わずに平定することが多かった。
その後の萃香
多々羅山の鬼を降し朝廷の御所に伺ってから、48年の歳月が流れた。
萃香たちは上皇の院に召された。
彼女たちは、朝廷に対するこれまでの貢献を評価されて褒美を賜った。
すだれ越しの会見が終わった後、萃香は別室に通された。
暫く待つと、一人の老人が部屋に入って来た。
一見して高い身分と思われる身なりだ。
年齢は60歳代半ばに見えた。
「大姉、懐かしい」
と言って、その老人は萃香の両肩に手を置いた。
「大姉配下の者(鬼)を院の警備に加えた。とても心強い」
「いつも力を貸してくれてありがとう」
「いえ。これからもずっと、お力になります」
萃香は老人を優しく抱き返した。
…(少女準備中)
… … … … …
この時点で、萃香にはまだ千年以上の寿命が残されています。
今後も彼女は多くの逸話を残しますが、それは別の物語とさせて頂きます。また機会がありましたら彼女の話をいたしましょう。
ただし今回は、皆さまが忘れている小太郎に関する話だけ、最後に付け加えさせていただきます。
… … … … …
20章 萃香と共に
小太郎
萃香が荘園領主になると間もなく、小太郎は自分のお頭(かしら)に呼び出された。
その人物は朝廷が抱える密偵の支配頭で、小太郎はその配下なのだ。
「ご苦労であった」
「今後も励めよ」
小太郎はお頭から縁談を勧められた。
そして新しい名を与えられた。
小太郎は新之助と名前を変え、嫁取した。
そして沢山の子供たちに囲まれて、幸せな家庭を築いた。
しかし萃香は『小太郎』と呼ぶことが口癖になっていた。
彼を新しい名前で呼ぶようになるのは、かなり後のことだ。
そして数十年の歳月が過ぎて、高齢となった新之助(小太郎)は萃香の監視役をお役御免になった。
彼はまた新しい名前を貰った。だが、萃香がその名前で彼を呼ぶことはなかった。
彼は、その後も側用人(そばようにん)として萃香に仕えた。
萃香は彼のことを爺と呼んだ。
更に数年が経ち、彼は病の床についた。
既に多々羅山の戦いから50年が経過していた。
「ごれは、ご領主様」
「うむ。爺(小太郎)の見舞いに参った」
門を潜る彼女を、縁側で目にした家の者たちは、その場に平伏した。
そして直ちに玄関前に出て領主を迎えた。
「お越しいただきまして、ありがとう存じます」
「おっ、瓜女(うりめ)と女論ではないか」
「久しいな」
「お久しぶりでございます」
二人は新之助の長女と次女だが、既に中年になっている。
他家に嫁入りしているが、父の見舞いのために実家に帰って来ていた。
「爺、具合はどうかな」
「萃香様…。ご足労お掛け致します…」
「体の具合は大丈夫でございます」
「顔色が悪い。薬は飲んでいるか」
「はい…」
「爺は公儀をお役御免となった後も、私の側近として働いてくれた」
「とても長い間、私の世話をしてくれた」
「お礼を申す」
「お礼など、もったいなきこと。私は萃香様にお仕え出来ましたことが最高の喜びで…ございました」
「思えば、…15歳で元服して以来、萃香様に…お仕えして…」
「年を取り…お役に立てなくなり…残念です」
「爺は十分役に立ってくれたよ」
「萃香様は今もお若いまま」
「私の寿命がもっと長ければ…もっと…お役に立ちた…」
「そういえば昔、小太郎が私を嫁に欲しいと言った話を、紫から聞いた事があったね」
「それは私が婿入り…」
「…その気持ちは…今も変わりませぬ…」
「先立った女房には申し訳ない…ことですが、…本心です」
「分った」
「かなわぬ望みなれど…、千年後に生まれ変わって…」
「萃香様と…再び…相まみえ…」
「…ぐーぐー…」
「小太郎、ゆっくり休みなさい」
その時、薬師が部屋に入って来た。
そして、萃香の耳元でささやいた。
「あと2~3日の命かと..」
そう言うと、萃香に一礼した。
「爺が危篤になった時には直ぐに私を呼ぶように」
萃香は家の者たちに念押ししてから帰った。
そして、その時が来た。
「爺…爺…」
話しかけたが、既に反応がなかった。
暫くしてから、萃香は彼の耳元で何かささやいた。
「小太郎 xxx 小太郎 xxx 」
すると彼が僅かに頷いたように見えた。
「頭領、墓参りかい」
勇儀が萃香に言った。
「うむ」
「萃香にとって爺はとても大切な者だったな。余人に代えがたし…か」
萃香は爺の葬式を出した。墓も建てた。
それから数か月が経過している。
月命日の今日、萃香は彼の墓に花を供えたのだ。
「それにしても、爺の家の者たちはオロオロするばかりで、何もしなかったな」
「萃香に任せきりだ」
「うむ」
「ところで、その背中の赤子は何だい」
「萃香の子か。いつ産んだ」
「そんな訳あるか」
「はっはっはっ、無いな。どこで拾った」
「うむ」
「子育ての練習かい」
「暇つぶしには良いな。…冗談だ」
「赤子の名は何と申す」
「…」
「男の子かな」
「育てて爺の代わりにするのかい」
「違う」
萃香
それから十数年の歳月が流れた。
萃香たちは朝廷に呼ばれて、再び御所に伺っていた。
これまでの戦役での活躍が認められ、褒美を賜ったのだ。
「他に何か願い事はないか。遠慮せずに申せ」
「はっ。私と、ある者との婚姻をご承認いただきますよう、お願い申し上げます」
「む。もしや、後ろに控えし若者が婚姻の相手方か」
「はっ。仰せの通りでございます」
貴族の高官は手招きしながら言った。
「その方ここに参れ。二人並べ」
「ははっ」
「面(おもて)をあげよ」
「中々凛々しい若者ではないか。名は何と申す」
「小太郎と申します」
「年は幾つだ」
「はっ。当年とって八十八 ウグ…」
萃香が若者の胸に肘鉄を食らわした。
「お主、馬鹿か」
「アッ、これはしたり…」
萃香が取り繕うように笑顔で言った。
「私が十五歳、この者は十八歳でございます」
高官は独り言を呟いた。
「む、婿が十八歳で嫁は十五歳か。うわっ、これはたまらんな…」
「おっと、ケホン、ケホン」
「鬼嫁を貰ってはその尻に敷かれるのは必至。って、本物の鬼が嫁だ!」
「コホン、冗談。本人たちが良ければ、それでよいのだ」
「可愛い嫁が鬼嫁に変化(へんげ)する事例は後を絶たない」
「しかし初めから覚悟があれば、添い遂げられるであろう」
「古(いにしえ)の約定により、鬼の婚姻は御上の認可を要するが」
「本職の権限により、本件婚姻の願出を承認する」
高官は高らかに宣言した。
「二人とも仲がいいな」
「追って私からも二人に祝儀を出そう」
「ありがとうございます」
帰り道、萃香たちは二人並んで、玉砂利を踏みながら門の方へ向かって歩いていた。
「浮気は許さないからね」
「滅相もございません」
「優しくしてくりゃれ」
「それは私のせりふです」
小太郎は胸をさすりながら言った。
「私に飽きない?」
「飽きません」
「二回目なのに本当に」
「私は二回目の人生ですが」
「一回目はあなた様の側用人にすぎませんでした」
「あなたの夫になるのは今回が初めてですから」
「萃香様こそ、非力な私を見限らないでください」
「何の、私がお主を鍛え直したから、前回とは比べ物にならない」
「今は私の夫として申し分なき立派な若武者となられた」
「あなた様よりも華扇様や勇儀様のしごきの方が厳しくて大変でした」
「うむ、皆私が甘いと言って」
「自分たちが『小太郎を死なない程度にしごいて、鍛えてあげる』と言って聞かなかったのよ」
「酷い」
「華扇様は主に学問、勇儀様は武技と力技」
「力技は人には無理。ただの嫌がらせだよ」
「悪い奴に絡まれたね」
「鬼族頭領の夫君になりたければ、人といえどもこの位の技量を身に付けろと言われました」
「大変だったね」
「それにしても、例の薬が効いて良かったわ」
「忌野際(いまわのきわ)に貴重なお薬をいただきました」
「紫は鬼の寿命を延ばす薬だと言ってたけれど、やはり若返る薬だったのね」
「100年に一度、私たち鬼もこの薬を飲みましょうか」
「紫は、強過ぎる薬なので人に与えてはいけないとも言っていたわ」
小太郎(爺)に薬を飲ませた時のこと。
萃香は一粒の薬を半分に割った。
そして、小さい方の欠片を彼に与えた。
「私も鬼の血を引く者、人ながら鬼の末裔でございます」
「そうだったね」
「お陰様で若返りました」
「そのうえ、この度私の長年の望みが叶うことになりました」
「この御恩は、これから日々の暮らしの中にて、恩返しさせていただきます」
「良かっね。良かったわ」
頷きながら萃香は小太郎の腕を抱きしめた。
ふたり
とある山の中腹、林の中に木々が途絶えて少しだけ開けた場所があった。
空地の中央には大きな岩が鎮座している。
岩の後ろには桜の大木があり、岩の上に日陰を作り出していた。
穏やかな陽気の日の昼下がり、一組の男女が岩の上で横笛を吹いている。
笛の音はゆっくりと高く低く静かな山中に響いた。
「久しぶりに笛を吹いたけれど、少し下手になってしまったわ」
「これまでは忙しくて、楽器を嗜む暇もありませんでした。でも今後はゆっくり出来そうです」
「ゆっくり萃香です」
「…」
「小太郎」
「はっ」
「...しまった。いつもの習慣が出てしまう」
「私の新しい名前を呼ぶつもりはないようですね」
「婿殿」
「あ~った」(あなた)
「お前様」
「主(ぬし)様」
「何とか左衛門殿」
「え~と、今度の名前は何左衛門だったかな」
「二人だけのときは前と同じく、小太郎と呼んでいても良いかしら」
「構いません」
「ちなみに、今の私は新右衛門(しんえもん)ですけど」
「伊吹新右衛門殿」
「ありがとうございます」
「これから毎日、ここで笛の練習をしますか」
「そうしましょう」
二人は岩の上に並んで腰かけた。
そして、お互い顔を見合わせると、再び笛を吹き始めた。
二人仲良く寄り添って。
完