最強のジムリーダーは誰か。
そう尋ねても明確な答えは返ってこないだろう。人によって答えは様々だ。
たとえばカントー地方。
少し前までは最強と名高いトキワジムリーダーが存在していたが、最近は長くジムを空けており、その座は空席。そのため本人も強力な念使いであるナツメや燃える炎の男・カツラなど様々な答えがあがる。
たとえばジョウト地方。
長くリーダーを務めるヤナギをはじめ、強力なドラゴン使いであるイブキなど、やはり候補は多い。
では、最強のジムトレーナーは誰か。
そう疑問を呈すれば、人々の答えは概ね一致する。
ジムリーダーの下、多くの挑戦者の力を試すべく各ジムに配属されるトレーナーの中でも一線を画す者。
かつてカントー、ジョウト地方全土をわずか二年という短い期間で旅し、15個のジムバッジを獲得し、初出場のポケモンリーグでベスト8入りを果たしたという実力者がいる。
瞬く間に同年代のトレーナーたちを蹴散らし、頭角を現したという『炎の申し子』。
そのトレーナーの名は――――
◇◆◇◆
『フエンタウンジムには魔物が住む』。
そんな噂を一度だけ耳にしたことがあった。
旅の途中で人伝いに聞いたそのたとえを、当時はただ馬鹿らしいと軽く聞き流したのをエリートトレーナー・ショウは覚えている。
そもそもジムリーダーはきちんと対策をたてていけば手も足も出ない敵、というわけではないのだ。
なにせポケモンジムは基本的に一つのタイプを極めた専門家であり、使用するポケモンのタイプもそれに準ずる。ジムトレーナーも同様だ。基本的な戦略もすでに多くのメディアが取材したことでおおよそ判明しているため事前の研究も難しくない。
ジムトレーナーに至ってはリーダーよりも腕が劣るためにトップの対策さえしておけば撃破は容易であろう。
そう活き込んで、ジムに挑んだ、というのに。
「右だ! 受け止めろ、ハブネーク!」
幾重も軌道を変えて迫りくる渾身の蹴り。
見切る事は困難な攻撃を、ショウは限界まで攻撃を呼び込む事で敵の狙いを察し、ポケモンに指示を飛ばす。
主の声に応じ、ハブネークは自慢の尻尾を引き寄せるとその尻尾に敵のポケモン、サワムラーの脚部が衝突した。
その威力はすさまじく、技の衝撃波がフィールドを伝う。
自由自在に伸びる足から繰り出される一撃。直撃してしまえば一撃で戦闘不能に陥ってしまいかねないその大技だが、受け止めてしまえばこちらのもの――
「それで受け止めたつもりかな?」
反撃に転じようとしたショウの思考を嘲笑うような声が耳を打つ。
直後、受け止めたはずのサワムラーの足は、その先からさらに伸長し、軌道を変えてハブネークを上空から襲いかかった。
「上!?」
「“ブレイズキック”」
指示を出す暇さえ与える事無く、サワムラーの炎を纏った足がハブネークを地面に叩きつける。
ハブネークの口から酸素が漏れ出し、そして微動だにする事無く戦闘不能に陥るのだった。
「……強すぎる」
たった一度の攻撃でポケモン倒し続けるという異常な光景に、『これが本当にジムトレーナーか』とショウは目の前の現実を疑った。
手持ちポケモンの中にほのおタイプのポケモンはほとんどいない。にも関わらず、下手なほのおポケモンよりもよっぽど威力が高いほのお技を繰り出す練度の高さ。
「あんた、何なんだよ! 一体何者だ!」
耐え切れず、目の前に相手に感情を撃ち放つ。
エリートトレーナーと世間で称された自分が情けないと思う発言だが、そうせざるを得ないほど耐え難いバトルだった。
挑戦者のポケモンはこれで全滅。
もはや敵に対抗できる術はなく、挑戦を退けるという役割を果たした彼はサワムラーをモンスターボールへと戻すと、背を翻して相手の問いに答えた。
「俺はアスカ。最強・フエンジムの、ジムトレーナーだ」
◇◆◇◆
「よくぞここまで来たな挑戦者! わたしはここ、フエンジムのリーダーを任されたアスナだ! ……なんか硬いな。難しい」
ホウエン地方、フエンタウンに位置するアスナ宅。
ジムリーダーを祖父に持つ彼女は自室の鏡を前に、前口上の練習を行っていた。
まだまだポケモントレーナーとしてすら駆け出しの身、目指すジムリーダーとは程遠い存在ではあるものの、まずは形から入るべし。やる気を上げるためにも将来像を確固たるものにしておこうと未来の自分を想像しながらポーズまで決めていく。
「ジムリーダーの人たちって舐められないように最初が肝心って言うけど。でもそうするとありきたりな挨拶になっちゃいそうだしなー。皆どうやって考えてるんだろ?」
「だったらこの前教えてもらったフウロの台詞とか参考にしてみたらどうだ? あれならジムの構造とかの特徴もでてオリジナリティーが高かっただろ」
「あっなるほど。確かにあれとかフウロちゃんの良さが出てたもんね」
独り言を拾った的確なアドバイスであった。
以前みた年代が近しい、若いジムリーダーの姿は確かに参考になる。
早速試してみようと、アスナはフエンジムの特徴を思い返しながら、フウロの台詞に当てはめていく。
「――――フエンジム自慢の温泉はどうだった? 天然の温泉の湯加減、気持ち良かったでしょう? それじゃあ、次は私と、もっと気持ちいいことをしましょう!」
ピコン。
ポーズを決めたアスナが言い終えるのと時を同じくして、部屋の入口に立つ少年の端末が録画を終えた事を知らせる音を立てる。
「ウワアアアアアア、あ、アスカアアアアアア!!??」
硬直する事、時間にして数秒。
鏡越しに特徴的なオレンジ色のツンツン頭――幼馴染であるアスカの姿を目にしたことでアスナがようやく事態を飲み込み、恥ずかしさのあまり頬を赤らめ、叫ぶのだった。
「うわー、本当にやっちゃったよ。この女」
「ち、違! というか、いつから!?」
「さっきだよ。ノックもしたろ。まさか幼なじみがこんなビッチだったとは知らなかった。温泉より気持ちいい事って一体何を始める気なんだよ。やめてくれよ、ジムの評判が落ちるだろ」
「違うもん!だって私はまだ処zyo……あああああああ!」
「止めてくれ、ジュカ」
暴れて感情を発散しようとするアスナをジュカインが取り押さえる。主の指示を受けたジュカインはあっさりとアスナを傷つけないように羽交い締めにし、彼女を無力化するのだった。
フエンタウンジム、ジムトレーナーの一人、アスカ。元四天王であるジムリーダーからも信頼を置かれている彼はアスナの幼馴染である。