指導役=サポートカード程度に考えていただければ幸いです。
本作品に登場するサンデーサイレンスとイージーゴアは各媒体にウマ娘と実装されておらず、作者が好き勝手に書いた妄想です。しかも時系列も史実引用もかなりメチャクチャなので内容は多角的にありえないです。
車がすし詰めになっている窮屈な景色に、一つ隙間が出来ていた。
私の発見と同時に、左に座る院長も確認したのだろう。だが、速度は変わらず徐行のまま。そのままトロトロと車を走らせ、空きスペースをやや通り過ぎた後にブレーキ。先ほどの速度よりもゆっくりと、バックでチンタラと駐車する。
停車と同時にドアを開け、車外に出る。院長も続いて車外に出ようとしたので、遮るように声をかけ、車外から運転席に周った。
「ここまででいい」
「そうはいかないよ。私の大切な姉妹の旅路なのだから」
「オレはもう退院しただろうが。とっとと帰ってにんじんジャムでも作ってろ」
「しかしだね……」
「うぜえな。金は送ってやるから安心しろ」
院長を車内へ押し、ドアを閉める。
車後方に向かい、外から軽く叩くとトランクルームが開いた。フライトまで時間はあるが、ここで管を巻く理由もないので、手早く荷物を取り出して運転席まで戻る。
サイドガラスが耳障りな音をして開き切ると、院長が顔を出した。
「どうか元気でね。何かあれば、いつでも戻ってきていいんだよ。私は待っているから」
「そうかい」
「君の行く先に、神のご加護が―――」
車内に腕を突っ込み院長の胸ぐらをつかみ上げる。
「蹴っ殺されてえか」
「グッ……! しかしっ、君はまたクルスをかけてくれたじゃないか! ならば君は信仰を―――」
「あの野郎への信仰なんざ誰がするか!」
「では、何故……」
カソックから手を離す。
胸元を押さえる院長に向けて、口を開く。
思えばこの男に理由を話すのはこれが初めてだったか。
「烙印だよ」
踵を返して空港に歩を進める。
踏みしめるアスファルトはそこかしこが干ばつのようにひび割れており、その上を転がるスーツケースはガタガタと耳障りな音を立てて不愉快極まりない。
まるでさっきの私とあの男みたいだと思ったが、それ以上は考えないようにした。
こんな別れなんて望んでいなかった。
そんな思考に囚われたくなかったからだ。
音が鳴り止んだのを不思議に思い顔をあげると、いつの間にか入り口にたどり着いていた。
前方右には『Blue Grass Airport』の文字が刻まれた石碑。
知ってるよ、と思いつつも中に進む。
空港内は入り組んでいたが、幸い案内のおかげで迷うことはなかった。
空港スタッフが私に質問してくるのが鬱陶しかったが、エスコートはスムーズだったので嘘八百を聞かせてやった。
(日本か)
気が重い。
だが、そんなことも言っていられない。
私が稼がなければ、あの男の修道院の維持が難しくなってしまう。
退院した身とは言え、ロクな思い出がない場所とは言え……、私が今日まで生きてこられたのはあそこの屋根があったからだ。
ついぞ良好な関係など持てなかったが、私と似た境遇を持った奴らの最後の家なのだ。
私が求められていないのであれば、誰にも何も伝えられないのならば、せめてあの修道院だけは残したい。
例えあの男以外の全員から後ろ指をさされていても、あの場所だけは―――
「……ん?」
視界に特徴的な頭が映った。
頭頂付近から生えた耳。言わずもがなウマ娘だ。だが、あの長身、あの髪色、どこかで……
嫌な予感がすると同時に、相手も私に気づいたのか大股でこちらに寄ってくる。
予感は的中した。
(最悪だ)
何故、よりにもよってコイツがここに……!
「こんにちは、サンデーサイレンス。ブリーダーズカップ当日に、貴方はこんなところで一体何を?」
「消えろ」
「まさか旅行? そんなはずはないわよね、骨折して引退した私と違って貴方は健康体なんですから。散々私にそれを自慢してくれたものね? そのみっともない脚で」
「同じことを二度も言わせんな」
イージーゴア。
永遠の仇敵。エリート気取りのクソ金持ち。私の三冠にケチを付けやがったウマ娘。
何故コイツがここにいる。
今日のフライトは私の陣営以外は誰も知らないはず。住所が近くとは言え、あの男とこの女の家の関係性を考えるに伝わるわけがないはずだ。
「そう邪険にしないでほしいわね。嫌われ者の貴方でしょう? 誰も見送りに来ないでしょうから、わざわざ私が見送りに来てあげたのよ?」
「暇人が。金持ちは就活にも余裕があって羨ましいね。たかだか一冠しか取れなくても、バックが強けりゃ遊び呆けられるんだからな」
「流石はわざわざ遠い島国を就職先に選んだ二冠ウマ娘。言葉に重みがあるわね? 行き先は日本でしたか。貴方みたいな人を、日本では島流しと言うのでしょう?」
「それを言うなら都落ちだバカが」
「落ちた? 貴方には元々、席などなかったでしょう?」
「ッ……!」
(このクソウマ娘が……! ふざけたことを抜かしやがって!)
コイツだけじゃない、ふざけてやがるのは
どいつもこいつも私の指導役は誰だの、家柄がどうだのと……!
私の指導役が無名の弱小で何が悪い!? 私が修道院育ちの孤児で何が悪い!? ウマ娘なんざ勝ってナンボだろうが!
私は勝ち続けてきたんだ。
反骨心で心を熾して、反逆の炎で技術を鍛えて、運命という神の玩弄にも屈さず最強の座を勝ち取った。
私は
なのに……!
「何も日本なんかに行く必要もないでしょう。私の家で働けばいいのに」
「テメーのとこなんざ誰が行くか!」
「それは貴方の事情? それともあの院長?」
「ッ……」
「まあ、予想はつきますが」
決めた。この場でもう片方の足もへし折ってやる。
そう思った矢先に、イージーゴアが踵を返した。
「どこ行くつもりだ! おいコラァ!」
「決心は固いのでしょうね。詳細はわかりませんが、貴方にとっては重大な事なのでしょう」
「テメー聞いてんのか! コッチ向けっつってんだよ!」
臨戦態勢は整っている。
脚の調子は悪いままだが、先手を取れるなら問題にならない。
この女が振り向いたと同時に、正面を向いた膝にストンピングを入れて鳥の脚みたいにしてやる……!
「恐らくはもう会うこともないでしょう。ですから最後に」
「あぁ!?」
「貴方の言動は目に余りますが、貴方の力は本物でした」
「は……!? なっ……」
「ありがとうございます。私のライバルが貴方でいてくれてよかった。お互いアーリントンチャレンジカップには出られず、決着もつけられなかったけれど、私は貴方のことを決して忘れない。貴方のおかげで私の青春は幸せでした」
「――――――」
「さようなら、サンデーサイレンス。我が生涯最強の宿敵」
「な……、なに……」
なんだ、コイツ。
コイツは、何を言っているんだ。
何が青春、何が宿敵、何が、何が―――
「あ……、お、オイ! 待てオイッ!」
目の前には既に誰もいなかった。
ついさっきまでここにいたはずなのに、散々罵倒されていたはずなのに。
(何が、何が、ふざけやがって……! 何が決着だ、オレが勝ち越しているだろうが! 仮にオレがアーリントンチャレンジカップで負けても3勝2敗! お前如き、オレが、オレが……!)
いくらでも言い返せるはずだった。そう、思った。
なのに、何故―――
「なんでッ……! 言い返せなかったんだよ……ッ!!」
全力でタイルを踏み鳴らすが、何故そんなことをしているのか自分でもわからない。
ただ、何かを強引に怒りに変えて自分を騙しているような、そんな気がした。
欺瞞は嫌いだ、それこそ自己欺瞞は特に。
だけど、そうしないと私のナニカが壊れてしまうような確信があった。
男同士の騒ぐ声が聞こえる。
片方はあの男、もう片方は誰だ。
「いつまでこのようなことをさせるつもりかね!」
「しかし貴方は医者でしょう! 彼女を見捨てるというのですか!?」
ああ―――わかった。
これは夢だ。
しかも随分と古い夢。
確か、何が原因かは忘れたが、とんでもなく腹が痛くなったんだっけ。
となると、騒いでいるもう片方は医者だ。
「もうやれることなどない! これ以上は付き合いかねると言っているんだよ!」
「ウマ娘でさえ耐えかねる痛みなのですよ!? それに彼女はまだ幼い!」
「こんな醜い脚のウマ娘など、どうなっても良いだろう! このまま育って世間に絶望するくらいならば、いっそこの場で死んでしまったほうがよろしい! 私は夕食も食べていないんだ、君は私に食事も取らせないつもりかね!?」
今思い返してもクソみたいなヤブ医者だ。
腹が減ったから帰りたいとはそれでよく医者としてやっていけたものだ。
ま、あの貧乏修道院が呼べる医者なんてのは、所詮その程度なんだろう。
―――ああ、思い出した。確かこのセリフを聞いて、こう思ったんだっけ。
(神よ、これが試練ならば耐えましょう。ですが、悪戯ならば呪います―――)
今ではあのクソヤブに感謝している。
あの痛みがなかったら、最初の一歩も踏み出せなかっただろうから。
---
視界が反転し、意識が浮上する。眼を開ければ見慣れない天井。
カーテンから漏れ出る朝日は、私の最悪の目覚めにも頓着せず、空気を読まずに世界の始まりを押し付けてくる。
日本のトレセン学園に着任してから丁度一週間。
「……」
調子は言うまでもなく最悪。
とは言え、賃金を稼がなくてはならない身としてはそうも言っていられない。
生きず死なずを旨に、今日も出勤しなくては。
朝食はタフネスバーとか言う胡散臭いプロテインバーで済ませ、雑に髪を梳いて玄関へ向かう。
「っと」
肝心の懺悔を忘れていた。
ドレッサーの前に戻り、引き出しを開けて仕舞われたクルスを取り出す。
屈服したように頭を下げ、拘束具じみたクルスを胸に飾る。
私は運命に、神に敗けたのだ。
メイクデビューの前から、私は日常的にクルスを尻ポケットに突っ込んでいた。
レース前のパドックではクルスを逆さに握り、天に中指を突き立てた。
勝てば敗者を嗤いながら握ったクルスをそのままに、親指を下に向けて左から右へと首の前で掻っ切った。
これは私の反逆の証。
見渡す全てが私の敵。それら全てを己の力だけで屈服させ続けた。無論、神が定めた運命でさえも。
私を彩る称賛と妬み。世代の頂点に君臨した反骨の研鑽。
そして、それを誰にも求められなかった滑稽な現実。
私は神に反逆し、運命に敗北した。
かかるクルスは罪の烙印―――
「どうですか?」
「脚の使い方が甘い。ストライドからピッチへの切り替えは極力スムーズにしろ。逆も然りだ」
「はい!」
そうアドバイスを返すと、目の前のウマ娘は根拠不明の快活な返事とともにグラウンドへ戻っていった。
最終コーナーのコツを教え始めて今日で三日目。
日本などという狭い国土とは裏腹に、非常に充実した設備を誇るこのトレセン学園の景色にも多少慣れた。
しかし、業務には慣れる以前の問題だ。
一週間前に着任して、専属の教え子に指導を始めたのが今日で三日目だ。
挨拶回りに四日も費やしていたわけでも、好きで暇を持て余していたわけでもない。端的に言えばトレーナーからの指名がなかったのだ。
もっとも、トレーナーからの指名がなくとも有象無象のスポット補佐に回される以上、仕事がまったく存在しないというわけではなかった。だが、そんな非常勤にも劣る勤務で得られる経験などあってないようなものだ。
(これでもスカウトされた身分だってのによ……)
それでも三日前に仲介があり、ようやく専属コーチと成ることができた。
私の教え子は先ほどアドバイスを伝えたウマ娘ただ一人。
これらを踏まえるに、着任時のゴタゴタがあったとしても、私の指導は人気薄だと言わざるをえない。
いくら日本での実績がまだないとは言え、一応鳴り物入りとして来たにも関わらずこの現状であるのは如何ともし難いものがあった。
視線を遠くに移す。
そこには凱旋門賞を制したトニビアンカと、フロリダダービーを制したブライアンズタイムが、多数のウマ娘に指導を行っていた。
奴らはここトレセン学園に着任した当初から、有象無象のトレーナーから大人気だったという。
私とは違って。
一体、奴らと私に何の違いがあるというのか。
単純な比較が難しいとは言え、現役時代の実績ならば私だって―――いや、私のほうが上のはずだ。
(どこ行っても同じってわけかよ)
いや、指導役になれた分、日本のほうが遥かにマシか。
だが、何事も初動というファクターは非常に重要だ。
ウマ娘など数だけならば掃いて捨てるほど存在する。
その中でメイクデビューを飾れるウマ娘などほんの一握り、そこから重賞を取れるウマ娘は更に減り、G1を制覇できる者ともなれば激減する。
そんな現状を鑑みるに、私の指導役としての未来は絶望的と言う他なかった。
「……クソが」
滾る憤怒を右手で抑える。
握った拳が震え、首にかけたクルスが微かに揺れて音を鳴らす。
――――――『落ちた? 貴方には元々、席などなかったでしょう?』
そうだったな。
これが私の運命なのだ。
いくら生まれ以上の結果を残したところで世間の評価は変わらない。
結局、生まれと環境が全てなのだ。立ち位置は変わらない、変えてはならない。
そうして私はこの流刑地で緩やかに死んでいくのだろう。神の定めた運命の通り。
諦めるしかないのだ。
流れに逆らわず、過去の反骨心は捨て、ただ心安らかに―――
「精が出ますわね、サンデーサイレンスさん」
ムカつく声が聞こえた。
「あ?」
「今日はコーナー抜け出しのトレーニングかしら?」
「消えろ」
目の前には芦毛のウマ娘がいた。
名をメジロマックイーン。
ここトレセン学園に指導役として所属する、メジロ家とかいういかにもエリート然とした金持ち一族。
着任当初の私の案内役でもあったウマ娘だ。
「彼女はどうかしら?」
「テメーにゃ関係ねーよ」
「そうもいきませんわ、私が紹介した娘ですもの」
「おい、こっちゃ忙しいんだよ。こんなところで散歩してるテメーと違ってな」
そう、私の教え子はこの女の仲介によるものだった。
着任してから他の指導役の補佐についていたところを、この女がトレーナーに陳情してこちらに回したらしい。大方トニビアンカかブライアンズタイムの指導からあぶれたヤツだろうに。それで恩を着せたつもりなのかこの女は。
ムカつくのはそれだけじゃない。初対面からすべてが気に入らなかった。
いかにも私と住んでいる世界が違うと言わんばかりの言動。それは
生きず死なず、過去を認め、心安らかに過ごそうと決意したというのに、この女がいるせいで私は今も苛まれている。
そんな私の苛立ちなど知りもしないのだろう。私の態度など蛙の面に小便と言わんばかりに、私の教え子を眺めている。
「たった三日の指導だというのに信じられませんわ。こんなにも結果が出るだなんて」
「お前がここから消えればもっと結果は出るだろうよ」
「もう、またそんな……。ですけれど、流石はサンデーサイレンスさんですわね」
「おい」
やめろ。
「アメリカ二冠ウマ娘、鳴り物入りというのも確かに―――」
「やめろっつってんだよ!! 何を知ったふうなクチ利いてんだテメー!!」
これだ。
これが一番我慢ならない。
初めてあった時もそうだ、この女は顔を合わせるたびに私の過去をどうこうと抜かしやがる。
お前如きにそんな事を言われたくないんだよ! 私は日本でそんな言葉や地位が欲しかったんじゃない!
私は
「あの……」
「あぁ!?」
声がする方向を向くと、私の教え子がいかにも心配そうな顔をして私を見つめていた。
「……なんでもねー。次はコーナーの角度と重心を身体に染み付かせろ。これは反復しねーと覚えられねーからよ……。行け」
「は、はい」
クソが、一人しかいない教え子に当たりかけた……! 査定に響けばここにいられるかも危なくなるというのに……!
それもこれもこのクソ芦毛がいなければ……!
「お邪魔だったかしら」
「その耳は飾りみてーだな? 引きちぎっていいか?」
「……今日は失礼いたしますわ。ですが、忘れないでくださいまし」
「あ?」
「何か困ったことがあれば、いつでも―――」
「とっとと消えろっつってんだよ!」
私の怒声に踵を返すメジロマックイーン。
この女さえいなければ、私は苛つかずに―――何も思い出さずに済むのに。
「何故ですか! 私はみんなの身体を全て残らず集めました! 病院ならみんなを治せるのでしょう!?」
何言ってんだコイツは。
みんなの身体を集めたってワードチョイスは、自分で言ってておかしくないかと―――
(ああ)
そうだ、これは昔の私だ。
昨日の夢は修道院だったが、今日は病室か。
どちらも医者が出て来たのは同じだが、今日の夢は昨日見たものと比べると少し新しい。
確かこれは、私がウマ娘としてメイクデビューを決意した日だ。
それで、私と同じような奴らと一緒に、トレーニング場に移動していた日の出来事だったか。
確か、運転手が心臓発作だかなんかを起こして乗っていたトレーラーが転倒してクラッシュ。
私以外は全員死んじまったんだったか。燃え盛るスクラップの中、よくもまあ私だけ助かったものだ。
もっとも、私も瀕死の重症を負った。結果から言えば完治はしたが、担ぎ込まれた時はもはや歩けず、ましてメイクデビューを目指すなど絶望的だと言い渡されたのだが。
それで、這いつくばってバラバラになっちまった奴らの身体を集めたはいいが、当然どうしようもなかったんだっけ。
「何故、こんなことに……! 神は私達を見捨てたのですか!? みんな、みんな、夢に向かおうとしていた矢先だったのにッ!」
「仕方なかったんだよ、サンデーサイレンス。不幸な事故だったんだ」
「そんな……」
「それに、君は『私達』とは言ったけどね? 君だけは奇跡的にあの事故から生存した。これは神の導きだと思えないかな?」
「でも私は……ッ! 私は、脚を! ウマ娘としては走れないと! レースには出られないと!」
「しかし君だけは生き残った。これもまた、運命なんだよ」
何が運命だいい加減なことを言いやがって。
以前のクソヤブとは違うが、医者ってのはホントにロクでもないやつしかいないな。
……いや、待て。少し思い出してきた。ここから先は―――
「ほら、これは君のではないかな?」
「これ、は……」
「このクルスは君の持ち物だろう? 神が君を守った証だよ。大切にしなさい」
「――――――」
そう医者がのたまうと、私の首にクルスをかけた。何一つ傷のない、まるで新品にも見えるクルスを。
伝えるべきことは全て伝えたのか、医者は病室から退室した。
ポツンと取り残される私。生気の消えた眼球は、首から下げているクルスを見つめたまま。
「な、ぜ……」
何故も何もない。
「何故なのですか! みんな死んでしまったのに! 私の脚はこんなになってしまったのに! 何故!? 何故だ!! なんでお前だけッ!! なんでお前だけが無傷なんだよッ!! 答えろォーーーーッ!!」
うるさい。
そう思うと同時に、先ほど退室した医者が血相を変えて引き換えしてきた。
これだけの大声だ、病室の扉など容易に貫通したのだろう。
私の様子を見た医者は看護師に鎮静剤を用意させている。医者に取り押さえられた私は、看護師から鎮静剤を無理やり射たれ、首が落ちたなと確認できたと同時に視界が変わる。
次に視界に映ったものは電気療法や歩行訓練を行う設備類だった。
となると、ここはリハビリルームか。思い返せば辛気臭い部屋だったな。
失われようとしているものを取り返す部屋だというのに、やる気があるんだかないんだかわからない奴らで溢れていた記憶がある。
「ほら、あのウマ娘」
「あの子が? 先生にリハビリをさせろって怒鳴りちらしてた?」
「そう。先生が現実的じゃないって言っても聞かなくてねー」
「あんなひん曲がった脚でレースだなんて無理でしょ。鏡見たことないのかしら」
「ああ、それは元々なんだって」
「なにそれ! おっかしー!」
なんだこのクソ女ども。
「聞こえてるんだよクソ女ども」
「ヒッ!」
「あ……いえ、そのね? 私たちは……」
「消えろ」
そそくさと消えるクソ女ども。
そうだったな、聞こえてたんだった。思い返せば当時は凄まじくムカついた記憶がある。
陰口を叩いて嘲笑うクソ女共に、やる気のない無気力な奴ら、そしてふざけたことを抜かしやがるあのクソ医者。十字を掲げる医療施設とは思えない腐れた施設だった。
「何が神だ……、何が運命だ……。そんなもの認めない……、お前らなんかに負けてたまるか……、お前らなんかの思い通りになってたまるか……ッ!」
そして、ブツブツと呪いを撒き散らしながらリハビリに戻る昔の私。
言い訳のしようもなくキモいが、当時の私からすれば無理の無いことだった。こうして呪いじみた自己暗示でも吐かないと、精神の安定を保てなかったのだ。
しかし、何故こんな夢を私に見せるんだ。
昔の私がオマエをないがしろにしていたという証拠を突きつけているつもりか。
ただでさえ日中メジロマックイーンとかいう鬱陶しい女の相手で参ってるんだ。流石にこれ以上は勘弁して欲しい。
神よ。オマエはこれ以上、私から何を奪うつもりだ?
---
「……」
寝起きは最悪だ。
あんな夢を見てご機嫌になれたらどうかしている。
しかし、何故こんなふざけた夢が続くのか。
これも私への罰とでも言うのか。神に反逆した報いとでも言うのか。
「あー……、んくっ」
精神安定剤を飲み干す。
こんな夢が続いたら体が保たない。
ただでさえメジロマックイーンとかいう気に入らないエリートと顔を合わせるストレスも抱えているのだ。
私の職務上、あの女を避けるわけにはいかない。着任後の初仕事だ。ここでミスでもしようものなら、緩やかに死ぬどころか
ならばせめて、こんな夢は二度と見ないようにしなければ。
例え原因が明白であったとしても、ここは乗り切るしかないのだ。いつものように、私独りで―――
朝食は摂らない。
今の私にはプロテインバーひとかじりすら重すぎる。
明日は休日だ。今日だけ保てばそれでいい。
(最悪だ)
ケチはつき始めたらキリがない。
それは今までで嫌となるほど実感したことだが、何もこれはないだろう。
「今日は私も参加させていただきますわ。門外漢ですけれども、精一杯勤めさせていただきます」
「だったら帰って寝てろや」
何故、今日に限ってこの女と共に指導を行わなければならないのか。
私とこの女が不仲であることはあの冴えないトレーナーでも感づいているはず。
いや、だからこそか。どちらの差し金かは分からないが、交流を保たせて同僚同士の仲を円滑にしようとでもしているのだろう。そのわざとらしい考えこそがトレーニングの邪魔になるというのに。
絆など必要ない。
否、絆がなければ成り立たないトレーニングと言う前提自体が間違いだ。それがなければ教えを伝えることが出来ないなど、それこそ指導役の存在意義が疑問視されるというもの。所詮は日本というレース後進国のトレーナーなどその程度なのだろう。
「今日もよろしくお願いします!」
「……ああ」
「ええ、共に頑張りましょう」
教え子のウマ娘が空気を読まずに快活な礼をする。
思えばコイツの名前はなんというのだったか。名前は聞いたはずだが、イマイチ聞き慣れないのもあって全く思い出せない。
「今日は併走で三日間の成果を見せてもらう。つっても、たかだか三日程度だからな。どれだけモノに出来たかを見せてもらう」
「距離はどの程度を? やはり2000でしょうか?」
「うるせーよ。……ま、2000だな。オマエの適正距離はマイル寄りの中距離だろ?」
「はい!」
「じゃあそれで。位置につけ。オレが並走する」
「では、私も―――」
「テメーはそこで見てろ。ステイヤーのズブ脚如きが役に立つ場じゃねーんだよ」
「……っ」
私の言葉に目つきを鋭くするメジロマックイーン。
この女は現役後期では2000でなんかの重賞を取ったらしいが、このトレーニングには相応しくない。
何よりトレーニングである以上、第三者からの視点が必要なのだ。それすらわからないのかこの女は。
本当にイラつく。脚質といい印象といい、何から何までイージーゴアと被りやがる。もはやその不快を隠す気力もわかないが、その理由を察する気もこの女にはないのだろう。それが尚の事腹立たしい。
「あの……?」
「あ?」
「2000のスタートはここですが、コーチはどちらへ……」
「いいんだよ、オレは2200でやる」
コイツも何もわかっていない。
今日は教えたコーナリングの成果を見るトレーニングだというのに。
並んではよく見えないし、追い越してしまえばそれこそ無意味になる。
もっとも、最終コーナー以降で私が追い抜くことになるが。
それでも途中までコーナリングを見られれば何も問題はない。
「……その、大丈夫なんですか?」
「そりゃオレに言ってんのか? いいっつってんだろ」
(誰にクチ利いてんだこのポニー)
そう思うと同時に、自嘲を覚える。
私はこんなニュービーにすら心配されるようになったのか。
それも当然か。こんな島国で指導役に縋り付く私には相応しい末路なのだろう。
そんな自嘲からくる笑みを隠さず定位置まで歩く。
「では、位置について―――よーい、スタート!」
ムカつく声に僅かに遅れて駆け出す。
ハンデ代わりに多少出遅れてやったが、遠くに見えるポニーも初速が無い。
出遅れたのか、瞬発力不足か。どちらにせよ、所詮はニュービーか。これでは私の査定は一体どうなることやら。
しばらく走って観察するも、やはり前のポニーのレースはぎこちない。
それも当然、経験の少ないウマ娘ではこれが関の山だろう。
とは言え、コーナリングはニュービーにしては多少はマシか。
三日間という短い期間ではあるものの、私が教えたかいがあって内心気分が良い。
いや、非常に良い。
技術を伝えられるというのは―――それが結果として現れるというのは―――こんなにも気分が良いものなのか。
それが例え、こんな島国のたった一人しかいない教え子のものであったとしても。
(じゃ、ちっとサービスしてやるか)
現役時代に比べれば見る影もないのだろうが、このポニーにはいい勉強になるだろう。
一つ、コーナリングというものを魅せてやろう。
脚の負担を鑑みて、今、私が出せる全力を。
あの女にも魅せつけてやるとしよう―――
少し前で最終コーナーに入りかけたポニーが見えるが、どうでもいい。
最終コーナーの100前で一気に加速。
加速で得られた速度は容易にトップスピードへと到達する。
コーナーに到着しても速度は落とさず、ただ脚捌きだけをスムーズに変容させる。それはまるでグラデーションのように。
見慣れた速度とそれに振り回される景色。
隣に驚愕に染まったポニーの顔がチラリと見えた。
それすらも私には日常茶飯事。
曲線の45度を超えたと同時に、グラデーションを逆行させる。
曲線が直線に変わる。
目の前には誰もいない。
この先頭の景色こそが私の技術の証。
流れる景色が止まる位置に達するまで、そう時間はかからなかった。
「なんと……」
余韻に浸りながら息を整えていると、それを台無しにする声が聞こえた。
この女は本当に空気が読めない。
「凄まじいですわ……。まるで、コーナーで加速しているような……!」
「フウッ……! バカが、テメーらとは出来が違うんだよ出来が……!」
まだ息が整いきらないせいか、頭が揺れる。少し調子に乗りすぎたか。
それを無理に押さえつけ、未だ息を整えているポニーに顔を向けた。
「コーナリングは……まぁ、ニュービーにしては中々だった……。だが、最終コーナーはありゃなんだ? たかが追いつかれた程度でビビって、んじゃ……」
マズイ。
こっちも息が整わない。
せっかくマジになってやったのに、これじゃ威厳が保てない。
身体を反らして大きく深呼吸すると、息は整ったが目の前のポニーが増えた。
「あ……? 何増えてんだお前……?」
私の教え子は一人だったはず。
姉妹か?
いや、ここは日本。となると、これはまさか―――
(
このポニー、ニンジャだったのか!?
だとすれば明らかに将来設計を間違えてるだろコイツ。こんなところでコーナリングのトレーニングなんてやってる場合じゃないだろう。さっさとニンジャの里に戻り、ニンポのトレーニングを積んだほうがコイツは大成するはずだ。
「増え……? 何を言っていますのサンデーサイレンスさん?」
ムカつく声がする方向に振り向く。
そこにはメジロマックイーンが三人いた。
「Aieee……? Ninja……?」
「は? ニンジャ?」
コイツもかよ。
まさか日本のウマ娘はニンジャだらけだったとは。
もしやこの女が私にニュービーを紹介した時点で全ては始まっていたのか。
頭が重い。視界が揺れる。
私はこれを知っている。これはニンポだ。修道院に置かれてあったMANGAで見た。
確か、『
ウカツ、まさか私の同僚と教え子にニンジャがいたとは。
視界が反転する。
身体に力が入らない。
体全身に衝撃を感じる。私は倒れたのか?
バカな、私はここで終わるのか。
本気を出したと思ったらまさかニンジャに暗殺されるなんて。こんな展開、夢にも思わなかった。
「サンデーサイレンスさん!?」
「コーチ!?」
二人が何か騒いでいる。
おおかた勝利の雄叫びだろう―――クソッタレが。
今日の夢は―――いや、どこだここは。
薄暗い上に、目の前には石造りの壁。病院でないことは確かだが……。
いや、このすり減った壁には見覚えがある。
ここは修道院だ。私が暮らしていた修道院、その礼拝堂近くの交差廊だ。
何故、私はこんなところに立ち尽くしているんだ。
と、礼拝堂の方から男―――いや、男たちの声が聞こえてきた。
もう一人はあの男だ。あと一人は誰だ。
「サンデーサイレンスは優秀です! それは貴方もご存知のはずだ!」
「それは認めます。ですが、やはり彼女に指導が出来るとは思えない」
これ、は―――
「何を仰る……! 彼女の技術は超一級、理論を一から組み上げたのもまた彼女です!」
「そこが問題なのです。彼女の技術には歴史がない。いくら彼女が研鑽を重ねたとしても、それが伝授可能だという証拠がない」
何故、またこれを見せる。
私はお前を認めたはずだ。それでもまだ不満だと言うのか―――
「そんなはずはありません! 彼女のトレーニングを真似て見るだけでも―――」
「星のめぐり合わせが悪かったのですよ……。真似ると言われましてもね、それはあの不格好な脚もですか? それとも貴方の修道院で洗礼を受けろとでも?」
「なっ……」
「セールスはもう結構だ。失礼しますよ」
やめろ。
これは嫌だ。これだけは嫌だ。
「おお……! 主よ、何故なのです……! 貴方様は彼女の努力を誰よりも見てきたはずではないですか……! だというのに、どうして彼女になおも試練を与え続けなさるのです……!」
やめろ。
これ以上見せるな。これ以上思い出させるな。
「恵まれぬ出自……生まれながらの脚の形……。それにもへこたれず、彼女は数多の試練に打ち克ってきたではありませんか……。彼女は自身のためだけではなく、この祈りの家のためにも、この家で暮らす子どもたちのためにも、必死に努力を重ねてきたではありませんか……」
やめろ。
そんな奴に赦免を求めるな。
「これが彼女に課せられた運命だというのですか!? これではあまりにも救われない! どうか彼女に救済を! 相応しい評価を! どうか……どうか……」
やめろ!
私は認めていない! 神は誰も救わない! 運命なんて存在しない!
それだけを証明するために私は走ってきたんだ!
お前がそれを認めるな! お前だけはそれを認めるな! 頼む、認めないで―――
「主よ……」
男の頬を伝う一筋の涙。
それが誰に向けてのものなのかは私にはわからない。
ただ一つ確かなことは。
私は、認めざるを得なくなってしまったということだ。
これは日本へ発つほんの数週間前のできごと。
幼い時のようにクルスをまた首にかけるようになったきっかけ。
---
「ここ、は……」
眼前には寝起きの度に目に映る見慣れぬ天井。
そうだ、ここは私の自室だ。
何故こんなところに私はいるんだ。私は確かあのポニーに指導をしていたはず……
「……目を覚ましましたのね」
「なんで、お前が……」
声がする方向に目をやると、そこにはメジロマックイーンが立っていた。
そうだ、思い出した。
コイツを含め、あのグラウンドにはニンジャがいたのだ。私はニンポによる奇襲を受けて倒れたんだ。
と、なると……
「……トドメを刺しに来やがったのか。念入りなこった」
「トドメ……? 貴方、何も覚えていませんの? 貴方はグラウンドで倒れましたのよ?」
どうやら違うらしい。
と、メジロマックイーンは包み菓子のようなものを見せつけてきた。
「医師の見立てでは貧血。いけないとは思いましたけれど、冷蔵庫を見させてもらいました。中身はスポーツドリンクのみ、戸棚にはこのプロテインバーだけ。こんな食生活を送っていれば先の昏倒は必然です」
「……」
人の自室に勝手に入った上に家探しまで。いったいコイツはなんなんだ。
いや、それよりもニンジャがいなくて本当に良かった……
相手がウマ娘ならどうとでもなるが、流石にニンジャともなれば勝ち目は薄かった。
白昼堂々、真正面から。しかも、こちらの想定を軽々と超える暗殺を仕掛けてくるような相手では流石に分が悪い。
「で? 礼でも待ってんのか? あいにくオレは頼んだ覚えはねえ。余計な世話―――」
「貴方は、何を抱え込んでいるんですの?」
「あ?」
私の疑問に意味不明なことを返すメジロマックイーン。
『抱え込んでいる』だと? あえて言うなら今お前が持ってきた面倒を抱え込みかねないところだ。
今になって人を察することを覚えたのか、それなら最初から黙っていればいいものを―――
「うなされている最中に、貴方は何度も『認めない』と―――」
「ッ!」
(こいつ……!)
「私では力不足かもしれません。ですが、ひょっとしたら何か―――」
「黙れ! 何も知らねえくせにゴチャゴチャと……! テメー如きが知ったふうなクチを利くなっつってんだよ!」
「サンデーサイレンス。最終戦績は14戦9勝、連対率100%、アメリカ二冠ウマ娘。エクリプス賞年度代表―――」
「……わざわざ調べやがったのか。だからなんだ―――」
昨日と同じ返答を返したが、メジロマックイーンは引き下がらなかった。
それどころか私の戦績を調べてくるとは。どうやら予習復習が随分と得意らしい。
勤勉すぎて反吐が出る―――
「ローリング・ストーン修道院育ち。脚へのコンプレックスがあり、メイクデビュー前に不慮の事故により同期と死に別れ―――」
「なっ―――」
何故それを。
私の戦績を知っているのはわかる。
数行程度の記録とは言え、私の戦績は
だが、それ以外は知られていないはずだ。それこそ、私の陣営側の人物でもない限り。
「院長様から教えていただきました」
「……そうか、アイツはオレを売りやがったのか」
予想は的中した。
そう、こんなことはあの男以外に知っているはずがない。
あの事故の生き残りは私だけだ。仮に病院関係者が漏らしたのならば、現役時代にマスコミからそれで突つかれているはず。
それを、この女なんかに知られるとは。
耳鳴りが止まらない。
まさか私が売られるとは。
こうも簡単に口を割るとは。
アイツは私に近い境遇の身だと思っていた。
互いに全てを話しあえる仲ではなかったとしても、ただ語り合うくらいならできる仲だと思っていた。
口には出さなかったが、あの屋根の下で育ててもらった恩返しとして、ウマ娘として結果を出し続けた側面も私のレースにはあった。
恩師とも、ましてや父とも思ってはいなかったが―――互いの古傷には触れず、共犯者として、同じ旗のもとに戦う同志だと思っていた。
なのに―――
「そんなことはありません! あの方は貴方をとても心配して――」
メジロマックイーンが声を荒げる。
そのトーンには、非難と憐憫の色が込められていた。
それには、我慢がならなかった。
「黙れッ!! そうだよ、その通りだよ……! アイツからそこまで聞いたなら、オレがこんな島国に来た理由も知ってんだろ!!」
「……」
「そうだ! オレは
言葉は止まらない。
苛立ちからくる衝動は今か今かと心のなかで頭をもたげていたのだ。
それは先の衝撃で決壊した。
コイツに言うことではない、誰に言うべきことでもない。
それは弱みだ。
それは恥だ。
だが、今の私には堪えきれなかった。
「お前にわかるか!? すべての努力を無用だと断じられたこの憤りが! 年度代表にまで昇り詰めたのに、たった数行の記録しか残らないオレの無念が! もう思い出させるな! オレは敗けたんだ! 世論に、
気づけばメジロマックイーンの胸ぐらをつかみあげていた。
もう、どうでもいい。
これが運命だったのだろう。
こうして無様を晒して全てが終わる。
結局は
神も粋な真似をするものだ。そうまでして私に思い知らせたいらしい。
ならば終わりは派手に飾ってやろう。
目の前の芦毛を半殺しにでもすれば全てオシマイ。
私でもわかる、シンプルな答えだ
こんな温室育ちに私が喧嘩で後れを取るはずがない。
先手は私だ。
掴んだ胸ぐらは理由としてくれてやった。
いつでも来い。
だが、目の前の女が取った行動は、私の予想しないものだった。
「貴方は必要とされています」
「な……」
包まれる私の右手。
語り聞かせるような、私には聞き覚えの無いトーン。
「ふざけるな!! オレを哀れんで―――」
「貴方の気高い努力も、孤高の研鑽も、信仰にまでなったその反骨心も」
なんだ、コイツは。
この声は嫌だ。
この掌は嫌だ。
何かわからないが、それをやめろ。
「黙れッ……!」
「よく独りで戦い抜きました。辛かったでしょう、苦しかったでしょう」
思い出した。
これは空港で抱いたそれだ。
私のナニカを壊すものだ。
嫌だ、やめろ。
私は認めたんだ。
もうそれで許してくれ。
これ以上、私から奪わないでくれ。
「よいのです。もう、意地を張らなくとも。弱音を吐いても」
「やめ、ろ……」
私の右手に置かれていた手はいつの間にか離れた。
残る手は私の背中へと。
そして私は両腕で包まれ、胸元へ抱き寄せられた。
「はい。これでもう誰にも見られません」
目頭が熱くなりかけている。
ダメだ、泣けない。
泣くわけにはいかない。
だってアイツは泣いてしまったんだ。
だから、泣けない。
これで私まで泣いてしまったら―――
「よく頑張りましたサンデーサイレンス。貴方は立派なウマ娘ですわ」
それは決定的な最期。
そのマックイーンの言葉に、私の溢れかけていたものはとうとう決壊した。
乾いた頬を伝う、一筋の涙。
いつだって私はそれを封じてきた。
それを破ってしまえば、私は破滅してしまうから。
私の前提がなくなってしまうから。
「わたし、は―――」
私のナニカが崩れていくのがわかる。
零れ落ちる涙の一滴毎に、私のナニカが剥がれ落ちていくのがわかる。
「好きで、こんな、脚になったんじゃ、ない……」
誰にも零せなかった私の
嘲笑われた時も。
苦しかった時も。
夢が破れた時も。
零してしまえば私は破滅するのだと。
そう思い続けてきた。
「誰も助けてくれなかった……!! だから……! 私はっ、独りで……っ!!」
だけど、今の私は自由だった。
私の心は全てから開放されていた。
私の声に背中をさすって応えてくれるマックイーン。
今日、私は生涯初めて涙を零した。
このテーブルにこんな傷があったとは知らなかった。
ロクに使っていなかったのもあるが、今まで意識すらしていなかったのだろう。いや、意識することすら出来なかったというのが正しいのか。
思えば、自室は本当に寝るだけの部屋だった。
いつも昏い気分で過ごしていたのを思い出す。
フラッシュバックを無理やり押し込め、ただ生きていくだけの色褪せた生活。
そんな心境では小さな機微に意識を回すことなど出来るはずもなかった。
テーブルの擦り傷を隠すように、リゾットの空き容器を置く。
これで都合三食分。ロクに稼働していなかった胃袋にはオーバーワークだが、目の前のウマ娘に遅れを取り戻すべくと、半ば無理やり食べさせられた。
朝っぱらからのそれはある種の拷問にも思えた。ふざけるなと。ほとんど病み上がりのウマ娘に何をするのかと。
だけど、こうして顔を向き合わせて食事を摂るだけのことが、どうしてこんなに心が安らぐのか。
しかし……
「よくそんなに甘いの食えんなお前」
「これはウマ娘の平均的な食事量ですわ」
「んなわけあるか」
食べながらも決してプラスチックのカトラリーを止めずに動かし続けるマックイーン。
目の前の芦毛のウマ娘が平らげたスイーツは、二桁台に突入してからは数えるのをやめた。
食い散らかした証明であるプラスチックの残骸は、ビニール袋を満腹にしておきながら尚も増える一方だ。
目の前のウマ娘は、昨夜のそれと本当に同一人物なのだろうか。
なんかこう……、今まで抱いていたイメージと全然違うような……。
私の心境が変わったのは自覚している。
だが、それにしたってちょっとこれはないんじゃないのか。
「どうしましたの?」
「いや……、あー……」
「?」
そうだ、昨夜のことだ。
私の過去を何故知っているのかはもうどうでもいい。
ただ、昨夜、コイツの胸の中で泣いてしまったことは―――
「昨日の夜は、その……悪かったな」
「いいえ。これからは頼ってくださいます?」
「……ッ! お前っ、あれだ! 昨日のは……だっ、誰にも言うなよ!」
「ええ。私達だけの秘密ですわね」
「~~~ッ!」
何だコイツは!
上手く言えないが……、何だコイツは!
あえて言うなら、私は負い目を感じているのだろう。
それは弱み、恥のはずだ。
だが、何故かそれを嫌とは思えない。むしろくすぐったいような、今までにない妙な感触がある。
「そうですわ。サンデーサイレンスさん、今日の夕方はお時間ありますこと?」
「あ? そりゃあるが……」
「せっかくの休日ですもの。一緒に遊びに行きませんこと?」
「遊びに……?」
スイーツを貪り尽くしたマックイーンの急な提案。
どこか、距離感がおかしい。
つい最近まで私たちは険悪と言っても差し支えない仲だったはずだが。
いや、昨夜の件は……。色々あったが、なんだ、あれで今までは帳消しになったとでもいうのか?
だから、休日にいきなり遊びに行く?
一体何を考えているんだコイツは?
「お嫌かしら?」
こちらを伺うような視線を向けるな。
答えづらい。
「いや……、別に……」
答えた後に問題に気づいた。
時刻は半ば昼に到達しようとしている。
では、夕方まで何をしていればいいのか。
遊びに行く。ならば、何か用意するものはあるのだろうか。
慣れないことのせいか、何をすればいいのかよくわからない……。
---
「おい、マックイーン」
「なんですの?」
「なんですのって……! テメーここがどういう場所かわかってんのか!?」
歩き始めて数十分。
夕方とは言えまだ陽は落ちきっておらず、眼前にはオレンジの夕暮れ。
それを上塗りするかのような、ドギツイ彩色でピカピカ光るネオンの看板。
パッと見ただけでも頭の悪い文言の書かれた立て看板と、明らかにここにたどり着くまでの景色とミスマッチな妙ちきりんな建造物。
平たく言うならば、ここはホテル街の入り口である。
「ええ、目的地はこちらですわ」
「こちらですわ!?」
「正確にはまだ歩きますけれど」
もう少し歩いたら最深部に到達しちまうだろ。
その最深部に私達は一体何をしに行くというのか。
まさかとは思うが、この女、私の躰が目当てでこんなところまで連れて来たのか!?
冗談ではない。そりゃあ修道院では『できてんじゃあないか?』ってのがチラホラと散見されたが、私は至ってノーマルだ。
さては、昨晩の言葉はこの為のものだったのか!?
だとしたら裏切りもいいところだ。ふざけるなよ、私がただ黙って喰い物にされるような安いウマ娘だと思っているのか!
「どうしましたの? ……やっぱり、少し急だったかしら? でしたら今日は―――」
途端に尻すぼみになるマックイーンの言葉。
どこか申し訳なく、しおらしげにコチラを伺っているが、そんなもので私が騙されると思っているのかこの芦毛は。
しかも少しどころではない。バンジージャンプを通り越して飛び降り自殺レベルで急すぎる。
いや、『急』などと、場合によっては向かう選択肢に含まれるのがさも当たり前のように言っているのが悪質極まりない。このやり口は初犯ではないだろう、明らかに手慣れている。
(誰が行くか! 昨夜は夢だ、悪夢だったんだ! こんな芦毛を信じようとした私がバカだった……!)
コチラから願い下げに決まっている。
むしろ願い下げじゃなかったら食い尽くされてしまう。それこそ今朝のスイーツのように。
だけど。
もしも。
また、あの優しさに包まれてしまったら。
また、あの声でささやかれてしまったら。
私は―――
私は―――どうなるの?
「いや……」
私は―――どうなりたいの?
「いく」
私は―――
「かっとばせーーー!! ユ・タ・カーーーッ!!」
「何故にwhy」
場所はベースボールドームの観客席。
会場を彩るBGMは騒音としか思えない熱狂with怒号。
それに加担する隣の芦毛のウマ娘は、信じられないがメジロマックイーン本人だ。
普段のエリート然とした楽器のような優雅な声は、まるでハーレーでも吹かした時のような力強い虎の如き咆哮へと変貌を遂げている。
言葉がない。
いや、あった。
だが、先のそれは意識して出した言葉ではなく、半ば悲鳴に近い呟きだった。
「まあ……! 何故そんなボール球にフルスイングを!? 今のは私でも見え透いたフェイントだとわかりましてよ!? この絶望的な状況を理解しているのかしらユタカ!? 貴方に明日を担うエースとしての自覚はあって!?」
「
これは意識して出した。
無論、私の心を守るためにだ。
つい先程まではホテル街の入り口で、生涯でもトップにランクインする葛藤からの決意をしたというのに、今やその葛藤の原因であった令嬢の豹変をまざまざと見せつけられているのだ。加えて言うなら昨夜の件もある。
そう。私の心は、さながら家が吹き飛ぶかのような暴風雨に巻き込まれたようなものなのだ。しかもこの短時間で。そんな状況で何かを我慢するだとか、何かを考えるだとかを行う心のスタミナは残っていなかった。
それにしても、一体何がコイツをここまで変えてしまったのか。
まさか一回部屋に戻った際に替え玉に変わったとでも言うのだろうか。
「今、
ギロリ、とコチラに目を剥くマックイーン。
なんてプレッシャーだ……! メンチの切り合いじゃ
見ればマックイーンの表情筋が全力で仕事をしているせいか、眉間のシワが寄りすぎて黒く見える。インドの怒りの女神かコイツは。
「は!? いやっ、まさか、んなわけねーだろ!? ま、日本のウマ娘にネイティブの発音は難しいか……! 今のはSeriouslyって―――」
咄嗟につくアメリカン・ブラフ。
かなりの急造仕立てだが、少ない発音の日本育ちには効果的なはずだ。
「うふふ。日本のウマ娘だと思ってバカにしているんですの? それくらいは聞き取れますのよ、こう見えてリスニングには自信がありますから」
「お、おぉ……、流石はアレだ、令嬢だな? やっぱいいとこ育ちの教育は痛たたたたたた!」
秒でバレた。
それどころか万力じみたアイアンクローが私の顔面に襲いかかってきた。
「まったく! 品がないにも程がありますわよサンデーサイレンスさん!?」
「ぐああぁぁ……! ちょっ……、待て! 痛っ……!」
軋む私の顔面。
骨に甚大なダメージを受けているせいか、私の内部から聞きたくない異音が嫌でも聞こえてくる。
こんな身体のくせしてどういう力してやがんだコイツ。
と、そんな私の苦痛を笑うように、カキーンという快音がドームに鳴り響いた。
指の隙間から覗けるマックイーンが我に返ったかのように球場へと視線を移す。
いや、そっち見る暇があったらまずこの手を外せよオイ……!
「きゃあーーー! ユタカーーー! 信じていましたわユタカーーー!」
「おい……! 手ェ離せ……! 殺す気かテメー……!」
「あら失礼」
私に興味を失ったかのようにあっさりと指を離すマックイーン。
視線は変わらず球場へと向いたまま。
当のマックイーンはさっきの蛮行などどこ吹く風だが、私の顔面にはそうそう抜けないであろうダメージが色濃く残っている。
「まあ! こちらまで来るのではなくて!?」
「あ……? ああ、つってもオレらより大分上じゃねーか……」
先の快音はどうやらホームランのそれだったらしい。
あんなご機嫌な音が鳴り響いたのだ、そりゃこっちに飛んできても不思議はないだろう。
私としてはどこに飛ぼうが興味はない。と言うよりも、マックイーンにコチラのダメージの興味を持ってもらいたい。
と言うか、実行犯だという自覚はコイツにあるのだろうか。
「捕りましょう!」
「あ?」
「私が土台になりますわ! サンデーサイレンスさんは私を補助台に跳んでボールを捕ってくださいまし!」
「あぁ!? 何言ってんだオマエ!? できるわけねーだろそんな―――オイ! 担いでんじゃねーよ!」
マックイーンの行動は迅速だった。
突飛な提案を抜かしたかと思えば、コチラの許諾を取る前に私の足を掴み、靴を自身の肩に乗せる。
いきなり宙に浮かされたと思ったら、不安定な土台に乗せられる私。
あまりの行動力にツッコミが追いつかない。
この女は一体どうしてしまったんだ。令嬢の姿か……? これが……?
「さあ! いきますわよーーー!」
「マジかコイツ!? ちょっと待てちょっと待て! 仮に跳んでも、こんな狭めー観客席に着地なんて出来るわきゃね―だろ!」
「私が抱きとめますわ! はい、3.2.1……」
「うおおおお!? マジでやる気かテメー! ああ、クソが……ッ!」
私を肩に載せたマックイーンがしゃがむ。
このまま跳んで私のジャンプの補助になるつもりらしい。
あまりに野蛮なコンボに未だ心が追いつかないが、もうこの女は止められない。
どうやらこの女にとって、ベースボールとはブレーキを事前に入念かつ丹念に破壊して、アクセルを破壊せんと言わんばかりにベタ踏みするというある種の麻薬に等しいものらしい。
そんなジャンキー相手にゼロ距離で挑むには私はあまりにも非力すぎた。
グン、と私の脚元が持ち上がる。
その加速をロスなく私のジャンプに繋ぎ、高高度の跳躍へと昇華する。
それの成果である跳躍距離はわからないが、恐らくは観客先の最上部列付近にまで到達しているだろう。
幸いにもホームランボールはすぐ目の前。それを阻むように両手を重ねて難なくボールをキャッチする。素手で掴むには衝撃が少々刺激的ではあったが、今私が置かれている現状に比べれば無視しても差し支えないものだった。
と、自由落下が始まる。
着地をしようと下を向くが、上手く身体を動かせない。受け身のタイミングも判断しかね、これはマズイと思いはしたが、マックイーンが抱きとめると言った言葉を信じてみることにした。
少しの時間経過の後、45度に傾いた身体は見事に抱きとめられ、落下の衝撃はマックイーンの両腕でほぼ完全に相殺された。どういう腕力してるんだコイツは……。
目の前にはマックイーンの心配そうな顔。
それに空中で捕ったボールを見せてやると、花が開くような笑顔に変わり、私の腕ごと持ち上げ喝采をあげた。
「捕りましたわ~~~! キャーーー! ユタカのホームランボールですわ~~~!」
「ああ……。とりあえずよ、降ろせや……」
「貴方のおかげですわサンデーサイレンスさん! 本当にありがとうございます!」
「あーそうかい……」
心底、愉快な様子を見せるマックイーン。
対して私は疲弊が凄まじい。
それは先の合体技じみたハイジャンプだけの話ではない、昨夜から今に至るまでの全てに私は翻弄されっぱなしだ。
初めて感じた優しさ、甘味を頬張る顔、ホテル街での葛藤、猛虎と化した令嬢、そして合体ハイジャンプ。
にわかには信じがたいが、この全てのイベントはマックイーン提供のものなのである。一体誰がこの暴風雨じみた騒動のイベンターが、同一人物によるものだと信じるのだろうか。付き合わされている私も今以って甚だ疑問である。
だが。
その全てがとても楽しかった。
その全てが飽きることがなかった。
疲弊したのは確かだが。
もっとコイツといられるならば。
もっと、もっと、楽しみが続くのではないだろうか。
色褪せた私の生活に、彩りが生まれるのではないだろうか。
そう、本当にコイツは―――
「……おもしれー女」
「はい?」
もっとコイツの反応が見たい。もっとコイツで反応をしたい。
こんな考えを他人から抱かされるなど、
当時の私からすれば、それは汚染じみた侵食にも思えただろう。
だが、今は。
それは、ひび割れた荒野を潤す慈雨のように思えた。
「おはようございます。サンデーサイレンスさん」
「おう」
マックイーンの挨拶にぞんざいに返す。
最初は口うるさく訂正を求められたが、今や放任されるようになった。
それはさじを投げられたというマイナスではなく、許容に近いプラスによるものだと思っている。
あれから、私達の距離感は急速に縮まった。
平たく言えば、私達は友人となった。
こうして自覚するには多少時間がかかったものだ。
何せ、私には友人と言えるウマ娘など誰一人としていなかったから。
だが、こうして自覚するのもどこか面映い。
どうにも何かくすぐったい様な気分は今も抜けきらない。
「さあ、明日のためにも今日はしっかりと英気を養いましょう!」
「ただスイーツバイキングに行くだけじゃねーか」
「あら、スイーツバイキングを侮っているのかしら?」
「別に舐めちゃいねーよ、ダイエットもな」
「うっ……!」
あいも変わらず甘味に目がないマックイーン。
あんだけ食えば太るだなんて解りきってるだろうに、コイツは全く懲りる様子がない。
いつもは令嬢然としているくせに、特定のモノにはタガが外れるさまはいつ見ても面白い。流石にベースボール観戦だけはどうかと思いはするが。
「いいじゃありませんの……。明日もまた忙しくなるのですし! ですから実質ノーカロリーですわ!」
「そうだな」
この調子じゃ体重計の目盛りを見て青ざめる顔がまた拝めそうだ。
今度こそ動画にして収めておかなくては……。もちろんバレずに。
「ですが、最近忙しくなりましたわね」
「だな。おかげでオレへの評価はうなぎ登りよ」
そう、日本に来て変わったことはマックイーンと友人になれた事だけではない。
なんと私の指導の成果が認められたのだ。
私が初めて担当したウマ娘が重賞を取ったことを皮切りに、私への指名が爆発的に増加した。
今や、あのトニビアンカやブライアンズタイムにももう少しで並ぶ勢いだ。この調子なら、あの二人を追い越す日もそう遠くはないだろう。
私はついに認められた。
技術が。実績が。
いつか短期帰省して報告しに行ってやってもいいだろう。
私に空港で『元々席がなかった』などとほざきやがった、あのイージーゴアに、私の成功を。
何が私のライバルだ。お前如きが―――
――――――『さようなら、サンデーサイレンス。我が生涯最強の宿敵』
(ああ―――)
そうだ。
そう言えばそうだった。
あの時、怒りでごまかしたあの感情。
あれは、マックイーンから感じられたそれに近しいものだったんだ。
今ならわかる。
ひょっとしたら。
ありえないかもしれないが。
本当は、現役時代にもそれを感じられる時があったのかもしれない。
私は己しか見ず、全てに目を背けていただけだったのかもしれない。
「あー……」
だとしたら、私は―――
「どうしましたの?」
「マックちゃんさぁ、今年の夏に時間取れねーか?」
「え? 出来なくはないと思いますが……ですが、合宿もありますし、取れても一週間程度ですわよ?」
「十分十分、ちっとオレの帰省に付き合ってくれよ」
「あら! いいですわね、アメリカ!」
「おう、案内は任せとけや」
決着をつけるべきなんだろう。
別に、私だけが悪いとは思わない。
ただ、このわだかまりのようなものは、できればさっさと払拭したい。
払拭ついでだ、あの男とも色々話をつけておかないとな。
そうだ、あの男といえば……。
「っと、そういや忘れてたわ」
「もう……、いい加減バチが当たりますわよ?」
「いーんだよ、神なんかにゃこれでも勿体ねーわ」
尻ポケットに手を差し入れる。
そこから、あの日以来、首からかけるのをやめたクルスを取り出す。
(思い通りにいかなくて残念だったな?)
それを逆さにして握り、中指を立ててクルスに添え、地から天へと突き上げる。
(見ていろ、オレはマックイーンと共に)
手首を返し、立てた中指を握る。手は天から首の左に。
(絶対にあのポニー共を……)
そして親指を地に向けて、右へと勢いよく掻っ切った。
(オレ以上―――三冠ウマ娘にまで押し上げてみせる…………ッ!)
「本当にこの方は修道院育ちなのかしら……」
「バカ言えよ。オレぁアメリカ生まれ修道院育ち、神々しい奴らだいたい怨敵」
「韻を踏むのをやめてくださいます? 傾くにも程があるでしょう……」
好きに言えばいい。
マックイーンは既に共犯者だ。知らぬは本人ばかりなりと言うヤツだ。
さあ、休息日に刻む
私は戦い続ける。
この神の定めた運命とやらと。
そして、スイーツバイキングという名の甘味地獄とも。
私の名前はサンデーサイレンス。
ジャパニーズ・ドリームを勝ち取る予定の