サンデーサイレンスとメジロマックイーン   作:ザッカリフ

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本作品に登場するサンデーサイレンスとイージーゴアは各媒体にウマ娘と実装されておらず、作者が好き勝手に書いた妄想です。しかも前提が色々と書かれていないので内容は多角的にありえないです。
本作品の前提は次話にて語られます。


サンデーサイレンスがメジロマックイーンに付き添ってもらって過去のライバルとの仲を深めに行くお話

 季節は夏。

 日本のそれとは異なり、米国(ステイツ)の夏は湿度は然程でもないが気温は上回る。

 朝方に吹いていた涼しい風はなりを潜め、強烈な日差しが肌を焼く絶賛炎天下。

 もし誰かにどちらがマシかと問われれば、くだらねえ質問をするなと殴りつけたい気分だ。改造修道服が容赦なく陽光を吸収する苛立ちだけではなく、今から向かう先への憂鬱も発散したいのもコミで。

 

 とは言え、ケネディ川を片手に眺めながらの行軍もこれで終わる。

 目的地についに到着した。してしまった。

 それと同時に、隣のエメラルドグリーンのショートワンピースを着た芦毛のウマ娘が口を開いた。

 

「立派なお屋敷ですのね」

米国(ステイツ)きっての名門屋敷、名高いクレイボーン・マンションだからな」

 

 もっとも、直接ここを訪れるのは私も初めてだが。

 私が住んでいた修道院はすぐ隣だが、そこを管理している院長の境遇上、ここを訪れる必要も理由もないものだったから。

 しかし、隣の芦毛のウマ娘―――メジロマックイーンの言う通り、なんとも豪奢で嫌味な屋敷だ。

 都会の駅にも匹敵する広い門前。それを飾る、門柱と言うにもおこがましい天然岩で作られた記念碑じみた表札。これらに比べれば日本の屋敷などアパートにも等しいだろう。あの女にピッタリの屋敷と言うべきか、こんな屋敷で育ったからああなるのか。

 

「確か、パールさんが過去ここに住んでいたと聞いていますわ」

「パール? ……確か、シーキングザパールだったか?」

「ええ。そう聞き及んでいますわ」

 

 なんとも意外な縁があったものだ。

 シーキングザパールとは一言二言程度の会話の記憶しかないが、あの女とは違って陽気かつ寛容な、懐の深い性格だったが。

 

「ま、いいさ。行こうぜ」

「そうですわね」

 

 正門付近のインターホンに声をかける。

 

「どちらさまでしょう」

「隣に住んでたサンデーサイレンスってモンだ。アポ無しで悪いんだが、イージーゴアお嬢様はいらっしゃいますかね?」

「サンデー……」

「知らねーか? それとも忘れたか? わからねーなら上のモンに話し通してくれるか?」

「……ッ、少々お待ちください」

 

 プツッ、と回線が切れる音がする。

 さて、留守だった場合はどうするか。買ってきた菓子折りだけ渡しておけばいいか。

 

「サンデーサイレンスさん」

「どうしたよマックちゃん」

「貴方、アポイントもなしにここに来たんですの……?」

「あ? そうだが……ま、いいだろ? 確かに詫びを入れには来たけどよ、そこまでかしこまってやろうと思っちゃいねーし」

「過去のわだかまりを払拭できる絶好の機会ですのよ? 菓子折りまで買ってきたというのに……」

「いいんだって。お互い勝負する関係だったんだし、オレだけが一方的に悪いってわけじゃねーんだから」

「ですけれど……」

 

 マックイーンが言いよどむと同時にインターホンにノイズが乗った。

 どうやら話が進むようだ。

 

「イージーゴアお嬢様がお会いになるそうです」

「そうかい」

 

 正門の檻が自動で開いていく。流石は金持ち、つくづく嫌味な屋敷だ。

 

「承知しているとは思いますが、くれぐれも―――」

「わかってるって。詫びに来たのは事実なんだから」

 

 心配そうなマックイーンに話半分に返す。

 ここに来た以上、喧嘩を売る気も買う気もない。

 マックイーンに返した通り、謝罪に来たのは事実ではあるが、本来の目的は私個人のわだかまりを払拭しに来たようなものだ。

 あの女のことだ、どういう風の吹き回し、程度で済ます気はないだろう。だが、マックイーンのおかげでここに来れた以上、挑発に乗る気はない。それはマックイーンの優しさに泥を塗るにも等しい行為だ。

 今回の謝罪が私のためであることは間違いないが、ある意味ではマックイーンへの感謝の現れと言ってもいい。そうである以上、イージーゴアからの返答は正直あまり期待はしていない。

 

 正門が開ききったと同時に、玄関に向かって歩を進める。

 しかしこの屋敷は無駄に広い。正門から玄関までいったい何百メートルあるのか。

 

 

 

***

 

 

 

「一体どういう風の吹き回しなのかしら?」

 

 ロビーに通されたかと思えば、そこにはあの日のままのウマ娘が立っていた。

 記憶どおりの長身、長い手足には今なお新鮮な弾力が宿っている。引退して指導役に就いたと聞いてはいたが、その身体は微塵も衰えていないようだ。頭からは綺羅びやかなオレンジブラウンの滝が流れ、顔には大きいアクアマリンに見紛うほどの眼。当時と変わらない、いかにも米国(ステイツ)のウマ娘と言わんばかりの健康体。

 

 イージーゴア。

 過去最大の強敵。当時の2大巨頭の片割れ。私の三冠を阻んだ仇敵。

 そして、私の脚を嘲笑った女。

 世代のライバルと称されていたウマ娘が目の前にいた。

 

 しかし、客間にも通されずここで応対されるとは思っていなかった。持ってきた菓子折りは玄関で預けてしまったし、これじゃお茶請けとして食べられるなんてことはなさそうだ。せっかくマックイーンおすすめの高い菓子だったというのに、勿体ない。今隣りにいるマックイーンも心のなかでは残念がっているのではないだろうか。

 だが、アポ無しで来た以上文句も言えない。まして訪問客が私ともなれば、イージーゴアとしては適切な対応なのだろう。

 そして、先の予感を本当に言われるとは思わなかった。しかも初手で。この調子ではこれからの反応はほぼ期待できないだろう。

 

「ああ、実はな―――」

「ですが、その前に」

 

 話を遮るイージーゴア。

 せっかくの謝罪の出鼻をくじかれるが、極力表面には出さない。

 

「そちらの芦毛の方は? 修道院……ではないのでしょうね、日本で出来た友人かしら?」

 

 いかん、紹介を忘れていた。

 と言うか、修道院での友人って線を真っ先に否定するか普通……実際いないが。

 

「ああ、こっちはメジロマックイーン。日本のトレセン学園で出来たオレのダチだ」

「突然の訪問失礼いたしますわ。ご紹介に預かりました、メジロマックイーンと申します。トレセン学園にてサンデーサイレンスさんと友誼を結んでおります。本日はお日柄もよく……」

 

(お見合いとやらじゃねーんだからよ)

 

 そこまで丁寧に返す必要もないだろうに。

 

「あら……。丁寧に痛み入ります。私はイージーゴア。ここクレイボーンにて、今は指導役に就いています」

 

 露骨に態度が違うイージーゴア。いや……所謂お嬢様仕草というものだろうか?

 マックイーンもメジロ家の令嬢だし、その手の人種特有のものだろうか。

 

「さて、お二人は一体どのようなご要件で当家に? わざわざ菓子折りまで持参して。まさか雇われに来たわけでもないのでしょう?」

「んなわけあるかよ。実はな、その……」

「なにかしら」

「昔は……あー、そんなにオレたちは仲良くなかっただろ?」

「ええ、ライバルでしたからね? そして今もね?」

「それで、レース以外でもそれなりに喧嘩しただろ?」

「ええ、ガルフストリームパークの件は懐かしいです。そのせいかは知りませんが、その後、疝痛も発症しましたしね?」

「ライバルって言っても、あの時のオレはちょっと度が過ぎてたって思うわけよ」

「ええ……。え?」

 

 突然目を見開くイージーゴア。

 謝罪もしてないと言うのにその反応はなんだというのか。

 

「だからよ、悪かったな。当時のオレは余裕がなかった。八つ当たりもあったんだわ、あん時は」

 

 頭を下げた。

 

 やっと吐き出せた。

 当時の私は反骨心だけで生きていた。

 世の中の不条理を憎んで生きていた。

 そこに名門出で金持ちのお嬢様が現れたとなれば、そこにはライバルに抱く必要以上の感情を、憎悪を。正直に言えば妬みを覚えた。

 だが、そんな感情すらも燃料にして私は強くなっていった。それで終わる話ならよかったが、燃え上がった火の粉を周囲に撒き散らしていいわけではない、そこに正当性などあるはずがない。イージーゴアにしてもいい迷惑だっただろう。だが、当時の自分はそれを抑えることが出来なかったのだ。

 

 ひょっとしたら。

 ありえないことではあるが。

 過去をやり直せるのならば。

 

 イージーゴアとは、友人になれたのかもしれなかったのだ。

 今、隣りにいるマックイーンと同じように。

 もっとも、それは叶わないだろう。お互いにそう思っている。

 我ながらなんとも身勝手な謝罪だ。

 今更過去の言動に謝罪をしている。しかも相手の反応など期待せず。ただ、自分のわだかまりを解きたいがために。

 

「――――――」

 

 頭を上げてイージーゴアの顔を見る。

 目の前には先程よりも見開かれたイージーゴアの目。それはほぼ真円を描いており、本来中心に位置するアクアマリンは瞼の裏に隠れようとしている。

 と言うよりも、隠れた。

 

「my god...」

 

 完全に白目をむいたイージーゴア。

 キモッ、と思うと同時に、グラリと長身が揺れたと思ったら斜め後方に傾き、大理石でできた床へと強かに頭をぶつけた。ゴォン、と鈍い音がロビーに鳴り響く。

 

「なんで!?」

「ちょっと!?」

 

 駆け寄る私とマックイーン。

 栗毛の髪の方へと足を運ぶと、そこには白目をむいて泡を吹くイージーゴア。体全体は微妙に痙攣しており、それはまるで瀕死の昆虫を思わせた。

 

「ハア……っ!? え!? 待てっ、なんでだ!?」

「いけません! 泡を吹いていますわ! ど、どなたかいらっしゃいませんか!?」

「オ、オイッ! なんだそりゃ! どういうリアクションなんだそれはよ!」

「揺すらないでくださいまし! 頭を打っていますのよ!?」

「ウマ娘がたかだか頭ぶつけたくれーで……! ど、どうするよこれ!?」

「息はしています……! 回復体位を―――あ! こちらですわこちら!」

 

 遠くに手を振るマックイーン。

 手の先には、玄関で菓子折りを渡した給仕らしき人物が、血相を変えてこちらに向かってきている。

 と、こちらに来てイージーゴアを見るやいなや悲鳴を上げ、引き返してしまった。何しに来たんだアイツは。

 

「とりあえず、待とうぜ……。もうオレらにやれることなんてねーだろうし」

「そうですわね……。ああ、何故こんなことに……!」

「一体何だってんだ? いきなりひっくり返りやがってコイツはよぉ」

「……」

「マックちゃん?」

 

 こちらをジト目で見るマックイーン。

 言外にお前のせいだろという視線を感じるが、臆さず返す。

 

「オレの詫びのせいだなんて言わねーよな?」

「貴方の謝罪がショックだったのでしょうね」

「オイ!?」

 

 そんなわけがあるか。

 確かにショックは受けるだろう。流石にそれは私にも自覚はある。

 だが、いくらなんでも謝罪を聞いて泡を吹いて倒れるなどありえるわけがない。いくらイージーゴアからすれば不倶戴天の敵かも知れない相手からの謝罪とは言え、失神するほどのギャップがあったわけがあるはずがない。

 

「流石にそれはねーだろ!? あ、今は夏だからさ―――」

「あ、こちらですわこちら!」

「言い訳くらい聞いてくれねーかなマックちゃん!?」

 

 弁解を遮るマックイーン。

 と、手を振っている方向を見ると数人が担架を抱えてドタドタと騒がしくやってきた。

 oh...と、いかにも沈痛な表情を見せるスタッフらしき人物達。中にはこちらを睨みつけるスタッフまでいる始末。冗談ではない、今回に限ればある意味こちらも被害者のようなものだ。

 だが、こちらの不満には意も介さず、スタッフ達は慌てながらもテキパキとイージーゴアを担架に乗せ、ロビーから出ていってしまった。

 

「こりゃダメそうだな、帰ろうぜマックちゃん」

「何を言ってるんですの! 帰るにしても説明と謝罪をしてからです!」

 

 もう無理だろうこれは。

 やはり慣れないことなどすべきではなかったのだ。

 それに、謝罪と言っても先程済ませているし、目的は既に果たしたのだ。私の謝罪をどう受け取るかなど、あの女が覚醒したら勝手に解釈するだろう。何か思うことがあれば連絡してくるのかもしれないし、もし恨み言を聞かされるにも、何もわざわざ対面せずとも電話口で聞けばいい。そもそも過去の因縁については、あの女も言いたい放題やりたい放題でトントンのはずなのだ。借りはないはずだろう。

 

「さあ! スタッフの皆様に説明しに行きますわよ!」

「いやだから、もう無理だって―――マックちゃん! 無理だってマジで!」

 

 こちらの制止を聞かずにスタッフの後を追うマックイーン。

 こうなった時のマックイーンは手に負えない。見た目とは裏腹にかなりの頑固者だ。いくら言っても無駄だろうし、仕方なく後を追うことにした。

 

 

 

***

 

 

 

「なあ、もうあっち行って菓子食っちまおうぜ」

「っ……! ダメに決まっているでしょう!」

 

 一瞬、心が揺れたように見えたが、どうやら自制心が勝ったらしい。

 菓子でもダメとなるとこれはテコでも動かないだろう。マックイーンが責任を感じることでもないのに。もちろん私も。

 

 スタッフへの弁解は時間を要した。特にマックイーンが。

 あれこれ丁寧に言葉を選び謝罪と説明を行ってくれたマックイーンには感謝しかない。流石は私の見込んだ友人だ。

 その私は不貞腐れることもなく機械的に「スミマセン」と要所要所で謝罪をした。マックイーンにドロを塗る訳にもいかないし。本来、私……いや、私達に責任どころか負い目の一つもないはずなのだが、マックイーンは件の失神の説明と、今回謝罪するために訪問したこと、一席を設けて改めて仕切り直したい。ひいてはそれまでの看病を引き受けるとまで話を進めてくれた。

 

「はー……」

「……」

 

 そろそろ隣の部屋においてあるポットのお茶も冷める頃合いだろう。

 だから先に食べてしまってもいいだろうと意味も含めて提案したのだが……。

 ま、茶の一つや二つ、淹れなおしてもらえばいいか。なにせ寝室と自室が分かれてるような屋敷だ、たかだか茶ぐらい問題ないだろう。別に冷めていても私に味の違いなど分からないし、むしろ夏場にホットはうっとうしいから丁度いい。

 

「サンデーサイレンスさん」

「ん?」

「あまり刺激をなさらずに。優しく、ゆっくりとですわよ?」

「また詫び入れたら引っくり返るって? だから詫びのせいじゃねーって。夏だからだろ。熱中症だよ、熱中症」

「この屋敷の空調は完璧ですわよ」

「……」

 

 水分不足だったかもしれないじゃん……

 それにこれで三度めだぞ。いくらなんでもそこまでいじめなくたっていいだろ。

 

「ん……」

「お?」

「あら」

 

 どうやら意識が戻ったらしい。

 

「大丈夫ですか? 指は何本に見えます?」

「三……。ここは……私の寝室? 貴方は……ああ、メジロマックイーン、さん?」

「そうですわ。心配しましたのよ? いきなり失神するものですから……。頭を打っていたようですが、大丈夫ですか?」

「ええ、頭の方は何も……。ただ、ひどい悪夢を見せられたような……」

「何が悪夢だテメー」

 

 軽くイージーゴアの頭を叩く。

 人の謝罪を悪夢とは。

 ロビーでの印象通り、やっぱりこの女は昔から何も変わっていない。こんな女など看病せず、さっさと帰ってしまえばよかったのだ。それこそ今からでも。

 しかし、せっかくマックイーンが設けてくれた一席だ。帰るにしても目的を果たしてからか。

 

「いきなりお前が引っくり返るからいらねー面倒が起きたんだよ。とりあえずさっきの続きといきてーから隣の部屋いくぞ」

「サンデーサイレンスさん! さっき私は……!」

「わ、わかったって……。そう怒んないでってマックちゃん……。ほら、イージーゴア」

「―――」

 

 ぼうっ、とベッドの上で呆けているイージーゴア。

 と、こちらをじっと見つめた後に形容しがたい表情でベッドから立ち上がった。

 

(何だその顔)

 

 口に出さないのはマックイーンの為である。

 しかし、なんとも奇妙な表情をしている。予想では怒るか笑うかのどちらかだろうなと思っていたが、そのどちらでもない。むしろ恐怖を感じているような……この女のこんな表情は初めて見る。と、大股でこちらに近づいてきた。

 

「しかし、いい部屋じゃねーのホント。寝室と自室が分かれてるなんて始めて見た―――」

 

 わ、と言い切ろうとしたその瞬間、左斜め下から高速の物体が飛来してきた。

 

「うお危ねーーー!!」

 

 咄嗟にスウェーして躱す。

 何事かと思い正面を見れば、イージーゴアが右拳を斜め上に振り上げていた。

 何だこの女! いきなり顎先にフック気味のアッパーカットを放ってきやがった!

 

「何しやが―――」

「何者です! 名乗りなさい!」

 

 怒りの抗議はそれ以上の誰何によってかき消された。

 何を言っているんだコイツは。何を考えているんだコイツは。

 介抱してやったのに何故いきなり殴りかかられなければならないのか。見知った顔であるというのに何故誰何などされなければならないのか。

 

「あ、あの!? サンデーサイレンスさんですわよ!? 貴方のライバル―――」

「サンデーサイレンスが謝罪などするわけ無いでしょうッ!!」

 

 マックイーンの仲裁をかき消す、イージーゴアの怒りの断定。

 っていうか断定かよ。この女の中での私はどういう扱いなんだ。

 どうやら私は謝罪をするようなウマ娘ではなく、この女の中ではそんなことをする私は偽物であるという説が濃厚らしい。

 

「オイ、落ち着け。オレは本物だ。ロビーでも言ったようにお前に詫びをだな」

「……どうやら本物のようね。その不格好なX脚はまさしくサンデーサイレンス……。叩かれた感触がある以上、幽霊というわけでもなさそうね……」

「テメー蹴っ殺すぞ!!」

 

 なんだコイツ調子に乗りやがって!

 ってか誰がX脚だ! 実際そうだが、よくも私が一番気にしていることを……! 殴りかかられた上にそこまで言われなきゃならない筋合いはない! この女タダじゃおかねえ!

 

「本物……いえ、取り憑かれている? 悪魔の仕業ね……。そう……、空港で別れた時もどこか空元気だったようにも……。やっぱり心が弱っていたのね。そこにつけ込むだなんて……! 許せない!!」

「なに言ってんだお前!? つーか『許せない』はこっちのセリフだ! マックの手前である以上、大人しくしてやってたってのにつけ上がりやがって!」

「♪Onward, Christian soldiers! Marching as to war, With the cross of Jesus Going on before...」

「なに379番なんか歌ってんだテメー!」

 

 救世軍お得意の軍歌チックな賛美歌(ナンバー)じゃねえか。

 最近じゃ歌詞がアレだからって避けられがちなもんを、わざわざこんな時に歌いやがって。何と戦うつもりなんだこの女。

 

「ごめんね、サンデーサイレンス……、手荒くなるでしょうけど、私が救ってあげる。さあ、私のライバルを返してもらうわよ! あの激闘の青春、お前なんかに汚させてたまるか!」

 

 言うやいなや軽快なステップを踏みつつ間合いを詰めてくるイージーゴア。

 半狂乱な言葉とは裏腹に完全無欠のクルセイドは、間合いに入ったと同時に異常な速度のジャブを小刻みに放ってきた。

 

「痛ってぇ!」

 

 ガードはした。だと言うのにこのジャブの重さはどうだ。

 上背がある上に体格も良いものだから、リードジャブ如きがとんでもない威力と化している。しかも相手はヒロイックをキメにキメた無敵のクルセイドだ。リードジャブですらこれだ、もしもストレートなど喰らえば例えガード越しでも昏倒するだろう。

 

「クソがッ……!」

 

 たまらずタックルからクリンチに入り、即座にポジションチェンジから突き飛ばす。と、離れ際に凄絶とも言える左フックが鼻をかすめる。背筋がゾッとするのが嫌でもわかった。こんなのどうすればいいんだ。流石にマジモンの喧嘩をするハメになるとは思ってもなかった。

 

「落ち着いてくださいまし!」

 

 私のポジションチェンジからのバックステップと入れ替わるかのように、イージーゴアの眼前に立ちはだかるマックイーン。

 ヤバい、今のイージーゴアは正体不明だ。何がきっかけで矛先が変わるかもわからない。

 

「バカ、危ねえって! いいから誰か呼んでこいマック! ここはオレがなんとか食い止める!」

「イージーゴアさん? こちらはサンデーサイレンス、本物ですわ。偽物でもありませんし、とり憑かれてもいませんわ。今日はお二方の過去のわだかまりを解こうと、こうして参上させていただいた次第でして……」

「……そう、やっぱり。最初からおかしいと思っていたのよ。あのサンデーサイレンスに友人など……、まして日本で! 貴方……、いえ、お前がサンデーサイレンスを拐かしたのね? どこの高等悪魔召喚士か知らないけれど、術者を倒せば悪魔は消え去るはず!」

「ほら! 明らかにやべーじゃん! コイツはもうダメなんだって! 誰か呼んできてくれって!」

 

 私が言い終わると同時にマックイーンにステップインするイージーゴア。

 最悪の予想が脳裏をよぎった瞬間、マックイーンは懐に潜ってロータックルでカウンターを取り、イージーゴアからテイクダウンを奪った。

 

「beautiful...」

 

 なんとも芸術的だった。

 マックイーンも、その技術も。

 思わず声を漏らしてしまったが、抑えろという方が無理だろう。

 そんな私が目の前のアートに浸っている間に、マックイーンはイージーゴアのバックをたやすく取り、チョークスリーパーであっという間にイージーゴアの意識を刈り取っていた。

 

「……」

「……」

 

 静寂に包まれる寝室。

 マックイーンの眼前には本日二度目の白目を剥いたイージーゴア。

 やってしまった。いや、やらかしてしまった。しかし、これは正当防衛であって―――

 

「とりあえずベッドに寝かそうぜ」

「そういたしましょう」

 

 私達はそれ以上考えるのをやめた。

 このベッドの上で白目をむいている女が、目覚めた時にまともになっている可能性に全てをベットした。

 

 

 

***

 

 

 

「おっせーなぁ……」

 

 私は現在、イージーゴアの隣の部屋で待機している。

 マックイーン曰く、目覚めた時に貴方がいてはまた錯乱してしまうかもしれない、とのことだ。

 絞め落とした本人が何を言っているのか。ターゲットも変更されてたし、マックイーンのほうがよっぽどマズイだろうと進言もしたが、貴方では彼女を絞め落とす(おちつかせる)ことは出来ないと言い直された。流石はマックイーンだ……痺れるほどに良いウマ娘。言い直された時はあまりの勇猛さに脚元が震えたほどだ。

 結局、あれから人も呼んでいない。

 理由は言わずもがなだ。失神させた次は絞め落としただなんて言おうものなら裁判沙汰だ。米国(ステイツ)トップの名門に起訴されようものなら、経緯はどうあれ敗北は目に見えている。

 

 幸い、今のところ寝室から打撃音は聞こえてこない。

 マックイーンの説明がうまくいっていると思いたいが……と、ノブが動いた。

 

「長かったじゃん?」

「ええ、話に花が咲いてしまって」

「そうかい」

 

 重厚なローズウッド材が傾いた先にはマックイーンとイージーゴア。

 二人の表情を見るに話し合いは無事に終わったようだ。何を話し合っていたのかは知らないが、無事に話がまとまったのならば問題ない。後はイージーゴアからの小言を聞いて、内容によっては茶と菓子を平らげてこの屋敷から出るだけだ。

 

「サンデーサイレンス」

「おう」

 

 イージーゴアの呼びかけに椅子から立ち上がる。

 さて、いったい何を言われるのか。できれば手短に済ませてほしいものだが。

 構えていると、イージーゴアはこちらにゆっくりと歩み寄り、両腕を開いて、私に覆いかぶさるように抱きしめてきた。

 

「は? オイ……!」

「貴方の謝罪を受け入れます」

「あ? ああ……」

「そして私からも。ごめんなさい。私は貴方を知らなかった」

「……おう」

 

 信じられない。

 この女が、許容?

 しかも、私の耳がおかしくなっていなければ、この女、今、私に謝罪を……?

 何故? 一体何が……

 

「オ、オイ……! もういいだろ? 離せって……」

「ええ、ごめんなさい」

「……それはさっき聞いたからいいんだよ」

 

 ゆっくり私から離れる長身。

 正面には何があったのか微笑を湛えるイージーゴアの顔。

 これは、まさか、マックイーンの説明によるものなのか。だとしてもここまで態度が急変するなんて……

 ……まさかとは思うが、イージーゴアが覚醒するたびに締め上げたりしてたのか?

 

(いや、待て。確かコイツ今『知らなかった』って)

 

「なあ、マックちゃん」

「なんですの?」

「まさか、言った?」

「ふふふ」

「オイ、ちょっと待て! お前、アレは誰にも言わないって……!」

 

 言ったのか?

 あの時、あの夜、マックイーンの胸の中で過去を吐露したことを。涙したことを。

 いくらなんでもそれは裏切りだろう……!

 

「言ってませんわよ」

「え?」

「あの時のことは、なにも」

「お? おお……」

 

 本当か?

 だとしてもこの女の変わりよう、これは流石におかしすぎる。

 マックイーンが言ってないと言うのならば信じる他ないが、だとしても何か、こう、別のことを言われたのでは……?

 

「あの時とは?」

「それは内緒ですわ。聞きたいのならば御本人に」

「オイ! ホントに言ってないんだろうな!?」

「言ってませんわよ」

「教えてもらえないかしら、サンデーサイレンス?」

「うるせーよ!」

 

 微笑を絶やさずにこちらに聞いてくるイージーゴア。

 何なんだコイツの薄気味悪い声のトーンは。テンションも非常に鬱陶しいし。一体この女に何を言ったっていうんだマックイーン……!

 

「さあ、お互いのわだかまりも解けました。続きはお茶を飲みながらにいたしませんこと?」

「そうね、お茶も淹れなおして仕切り直しましょうか」

「え? いや、いいって。なんかお前らおかしいし……」

 

 特にイージーゴアが。

 おかしいと言うよりもぶっちゃけキモい。流石に口に出すとマックイーンの努力を裏切ることになるし、当然言わないが。だとしてもこの女のテンションが気持ち悪すぎて、菓子はおろか液体すら胃に受付けなさそうだ。そんな状態でティーパーティーとやらに挑めというのかマックイーン。救いはないのか神……いや、あのバカがウマ娘を救うわけねえか。だとしたらこの茶番はあのバカの差し金か。どこまで人を舐めれば気が済むんだあの野郎は!

 

 しかし現実は非情であった。

 私の葛藤は通勤時の景色のようにまるで頓着されず、二人はせっせとティーパーティーの準備を始めている。

 

(マジでやんのか……?)

 

 もう終わりでいいんじゃないか……?

 

 

 

***

 

 

 

「これがベストバウトよ」

「荒々しいですわね……。これは降着モノなのではなくて?」

「この程度は米国(ステイツ)じゃ日常茶飯事よ?」

「日本でしたら完全にアウトですわね……」

 

 私をほったらかしにして過去のレースと菓子をつまみに茶を飲む二人。

 正直、あのテンションのままこちらに絡まれるよりは余程いいが、居心地の悪さはレコードものだ。

 しかもよりによって私とイージーゴアとのレースばかり見ている始末。何故謝罪からこんな展開になるのか、日本のライスフィールドばりの不良バ場だってこんな展開にならないぞ。

 

「今サンデーサイレンスさんが何か言っているように見えましたけれど」

「あー……これはスラングだったわね。汚い言葉だったわ」

「どういった内容を?」

「んー……『誰だ今ぶつかったクソウマ娘』かしら? オブラートに包んでね」

「パドックでの逆十字架に重ねた中指立てポーズもそうでしたけれど、本当にこの方は傾いてますわね」

「本当にねえ。修道院育ちなんて信じられないわ」

 

 パドックでのポーズはいいだろ別に……。

 あの神を気取ったサディストには勿体ないくらいだ。

 

 やはり慣れないことはするものじゃなかった。

 わだかまりは払拭できたと思うが、新たな面倒を背負ってしまった気がする。

 これならば今まで通りで……。

 

(いや)

 

 そうでも、ないか。

 マックイーンとの出会いもそうだった。

 最初は一方的に私が噛みついて、険悪になって。

 そしてあの夜、私は開放されたんだ。

 それから、一緒にベースボール観戦に行った時も、今ほどではなかったけど、それに近いようなむず痒い何かがあった。

 なら、今感じているこれも、いつかは変わっていくのかもしれない。それこそ、マックイーンを親友と思えるようになったみたいに、いつか。

 

(だったら、これでいいんだよな)

 

 またマックイーンに世話になってしまった。

 いつか改めて礼を言わないといけない。そして、いつかイージーゴアにも同じように言えるようになる日が来るのかもしれない。

 だったらこのティーパーティーも、今は居心地が悪いが我慢しなければならないか。

 だが……。

 

「凄いですわねこの最終直線! お互い額をぶつけ合って!」

「この時も凄かったのよ。お互い言いたい放題言っていて……ねえ、サンデーサイレンス?」

「うるせーよ!」

 

 もうちょっとだけでいいから手加減してほしい。

 友人作りはメイクデビューしたばかりなんだ。

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