サンデーサイレンスとメジロマックイーン   作:ザッカリフ

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『サンデーサイレンスがメジロマックイーンに付き添ってもらって過去のライバルとの仲を深めに行くお話』の続きとなります。
本作品に登場するサンデーサイレンスは各媒体にウマ娘と実装されておらず、作者が好き勝手に書いた妄想です。ウマ娘以外のオリキャラも出ます。しかも時系列も史実引用もかなりメチャクチャなので内容は多角的にありえないです。


サンデーサイレンスの夏休み帰省

 無人のウィンチェスター・ロードを二人で歩き続ける。

 眼前にはただ広大な平野。

 上に目をやればそこには人工物など何も存在しない満天の星空。

 昔はこんな風景など退屈と閉塞の象徴程度にしか思えなかったが、いざ帰ってきて眺めてみると懐かしさを覚える。

 あのゴチャゴチャと騒がしい日本では見ることの出来ない米国(ステイツ)の原風景だ。

 

「ほら、見えてきただろ?」

「ええ、ようやく、やっと」

 

 私の案内にマックイーンがうんざりした声で返す。

 どうやらマックイーンはウィンチェスター・ロードの帰途がお気に召さなかったらしい。

 

「確か、貴方は近所と言いましたわよね?」

「近所だろ?」

「うふふ、本場のアメリカン・ジョークは中々キレがありますのね」

「いや、米国(ステイツ)じゃこの程度は近所なんだって」

 

 距離にすればせいぜい6マイルと少し程度だ。

 確かに徒歩では少々時間はかかるものの、ウマ娘である私達からすればそう大した距離ではない。

 クレイボーン・マンションでの豪勢な夕食後の運動としては丁度いいレベルだろう。

 

 そう、結局イージーゴアへの謝罪は歓談に繋がり、歓談は夕食にまで行き着いた。

 初対面なら話題などそう無いはずだろうに、二人は錬金術師のごとく無から有を生み出しまくった。……いや、私が触媒だったか。

 16時を回った際には露骨に顔に出してやったものだが、二人は微塵も意に介さず、それどころか私を無理やり話題に巻き込み、結局は夕食にまでなだれ込むことになったのだ。

 

 歓談は止まるどころか更に加速。

 二人のお嬢様仕草を肴に、舌を刺激する複雑な味覚に困惑しながら、水飴のような時間の流れに身を任せてみれば時刻は21時を回っていた。

 流石に修道院への帰宅をマックイーンに促すと、イージーゴアは車を出すとの申し出をしてきたが、それを断った結果が今である。

 

「いやー、今日に限って車が捕まらねーからよぉ」

「まさかヒッチハイクで帰る気とは思ってもいませんでしたわ……」

「タクシー捕まえるよりかは万倍確実だと思ったんだけどな」

「何故イージーゴアさんの申し出を受けなかったのです?」

「あー……」

 

 私としてもイージーゴアの申し出はありがたかった。

 別に好き好んで歩く趣味はない。イージーゴアが車を出すのならば渡りに船ではあった。

 だが、私とマックイーンはいいが、あの男はいい顔をしないだろう。

 あの男をこちらから呼び出すにも、いらない勘ぐりをするはずだ。

 別に気遣ってやるつもりではないが……、余計な心証を与える必要もない。

 

「ま、色々あんだよ。現役時代は一応ライバルだったからな」

「……そうですか」

 

 もっとも、あの男にはライバル以上の何か……、確執というものがあるのだろう。

 詳しいことは聞かなかったが、それらしい雰囲気を察せないほど無頓着ではないつもりだ。

 私とあの男は共犯者、互いに詮索など必要ない。ただ、向いている方向が同じであれば問題はなかったのだ。

 

 私の右手には『Arthur Abbott』と書かれた封筒が握られている。

 あの男に渡すようにとイージーゴアから渡されたものだ。

 内容は知らないが、おおかた和睦の手紙だろう。ある意味では戦利品とも言えるものだ。

 もっとも、あの男の解釈次第ではこの戦利品は宣戦布告にもなるだろう。

 どちらにせよ、帰宅後にする話の邪魔にならなければいいのだが……。

 

 思考を止めると同時に、ウィンチェスター・ロードを左折し、柵で仕切られた敷地内に入る。

 日本に発ってからそこまで時間は経っていないというのに、ひどく懐かしい感覚だ。

 隣を歩くマックイーンに向き直り、改めて歓迎する。

 

「さて、ようこそローリング・ストーン修道院へ」

「はい。お邪魔いたしますわ」

「なんもねーとこだけどな。この時間じゃアイツ以外は寝てっから静かに頼むぜ」

 

 勝手知ったる敷地を進み、玄関へたどり着く。

 

 

 

***

 

 

 

「よう」

「まさか君とは思わなかったよ……」

「ちっと遅くなったな」

「連絡くらいしてくれてもよかっただろう? てっきり今日はもう来ないものかと……」

 

 ノックして、少し経ってから開いた扉の先から知った顔がまろび出てきた。

 誰とは言うまい、この修道院の管理人である男―――アーサー・ハボット院長だ。

 

「さて、そちらの芦毛の方は?」

「夜分遅くに申し訳ありません。私、トレセン学園にてサンデーサイレンスさんと友誼を結んでおります、メジロマックイーンと申します。こうして―――」

「これはご丁寧に。初めまして。私はアーサー・ハボット。この修道院の管理をしているものです」

 

 マックイーンの挨拶を食い気味に遮り、自己紹介を始める院長。

 何が『初めまして』だわざとらしい。どちらが先に連絡を取ったかは知らないが、面識はなくても知った仲だろうに。

 おおかた、マックイーンと連絡を取り合った仲ということを私に知られたくないのだろう。

 

「まさかサンデーサイレンスが友人を連れてきてくれるとは。今夜はなんとも喜ばしく―――」

「わざとらしい芝居はやめろや」

「芝居? 一体どうしたんだいサンデーサイレンス?」

 

 眉もひそめずによくやるものだ。

 現役時代はそこまで気にもとめてなかったが、今の反応を見るにこの男はとんだ二枚舌だ。おおよそ聖職者が執るべき言動ではない。

 

「初対面じゃねーだろ? もう知ってっからやめろ」

「……サンデーサイレンス、私は」

「別にキレちゃいねーよ。謗る気もねえし、それについてあーだこーだ言う気もねえ」

 

 ほら、と。イージーゴアから預かった封筒を渡す。

 

「これは?」

「イージーゴアからだ」

「イージーゴアから? では、君はクレイボーン・マンションに行ったのかい?」

「その話は後でしてやるよ。いつまでもこんなトコにいさせんな、マックにシャワーでも浴びさせてやってくれ」

 

 話を打ち切り、マックイーンの背中を軽く押してやる。

 こちらを軽く振り向いたマックイーンを見てから、私は修道院の裏へと歩を進める。

 

「サンデーサイレンスさん、どちらへ?」

「ちっと野暮用。少ししたら戻るよ……。おい、案内頼んだぞ」

 

 マックイーンへの返事ついでに院長に声をかけ、私は修道院の裏―――墓地の方へと改めて歩を進めた。

 

 

 

***

 

 

 

 眼前には数多の墓碑が鎮座していた。

 その奥に生え茂る鬱蒼とした森林は、墓碑を包むというよりは支えているような印象を受ける。

 悲哀と清浄を備えた、いつ見ても変わらない幽玄の景色がこの墓地にはあった。

 

 記憶と一致した景色からおおよそ32歩。アイツらの眠る墓碑へと到着する。

 

「よう」

 

 ここに生者など居ないことは承知の上だが、いつも言葉に出してしまう。

 だが、わかっていても止めることは出来なかった。

 私が告白できる場所はここだけだったから。

 あの日以来、神に祈ることをやめた私には、勝報と告解の場はここしかなかったから。

 私にとってこの場は戦友への鎮魂の場でもあり、反逆者の告白の場でもあったのだから。

 

 そう、コイツらとは親友でもなく友人でもない、戦友という言葉がしっくり来る間柄だった。

 バカにしたりバカにされたり……、常に友好であったわけではないが、それでも私達は繋がっていたのだ。

 いつか見返してやろうと、この境遇から這い上がってやろうと。

 アメリカン・ドリームをこの手に掴もうと誓いあった戦友たちだった。

 

 もっとも、それは叶わなかった。

 コイツらも、私も。

 

 ああ、そう言えば―――

 

「前に来た時は……、ダセえツラ見せちまったな」

 

 私の夢が明確に敗れた日。

 指導役として誰からも求められなかった現実を突きつけられた日。

 降りしきる雨の中、私はここで立ちすくむことしか出来なかった。

 冷たい雨も、騒がしい音も、ぬかるむ土もまったく認識できなかった。私の心はそれ以上に冷たく、騒がしく、ぬかるんでいたから。

 何をしにここに来たのか、何をすべきであるのか、何を話せばいいのか。何もかもがわからないまま、私は―――

 

 ――――――『すまねえ』

 

 ただ、一言だけ。

 そう零すことしか出来なかった。

 ただ、雨が降っていてよかったと思った。誰にも私の顔を見られなくて。コイツらしか見ていなくて。

 思えば、この時に泣いてしまっていたら、私は何もかもが終わっていたのだろう。

 何もかもが冷たいこの墓地で、全てに強張った私は、雨に砕けて崩れさっていたのだろう。

 

「だけどよ……、大丈夫だ。まだやれるぜ、オレは」

 

 私は温かさを知ったのだ。

 それだけだが、それだけで私は戦えるのだ。

 何時でも、何処でも、誰とでも。―――例え、一度敗れた相手であろうとも。

 この温かささえあれば、私の熱は蘇る。米国(ステイツ)全てを敵に回した反逆の炎をまた灯せる。

 ジャパニーズ・ドリームをこの手に掴むための力が湧き出てくるのだ。

 

「じゃあな。また来る」

 

 今はまだ雌伏の時だ。

 トニビアンカとブライアンズタイムは強敵。

 いつかは追い越せるはずだが、事はそう容易ではない。

 だが、その時が来れば―――それは薔薇のレイ以上のものになるだろう。

 

 

 

***

 

 

 

「お酒とジャムですか?」

「おう、ウチの特産でな……、グッズとしても卸してるぞ」

 

 棚を漁りながら、シャワー上がりのマックイーンにそう返す。

 墓参りから戻ってみれば、院長が話をしたいから自室に来てほしいとのことだった。

 恐らくはあの封筒の中身に関係のある話だろう。話は私側にもあるのだが、機先を制されては仕方がない。私の話は院長の話を聞き終えた後にでもすればいい。

 もっとも、お互いに積もる話になりそうだ。そういう時は酒があったほうがいいだろう。何よりマックイーンにウチの特産を味わって欲しいのもあった。

 酒瓶とトニックを回収し、それをマックイーンに持たせて製造所エリアを後にする。

 

「その……勝手に持っていって大丈夫なんですの? 売り物なのでしょう?」

「いーんだよ、これはオレのグッズでもあるんだから。言うなりゃオレは版権元だぞ? ホラ」

 

 両手は燭台とグラス等を載せた盆で塞がっているため、顎でマックイーンが持つ酒瓶を示してやる。

 それには米国(ステイツ)ナイズにデフォルメされた私の横顔がプリントされている。中身はにんじんベースのリキュールだ。

 マックイーンは酒瓶を目の高さに上げ、しげしげとラベルを眺めている。米国(ステイツ)でのウマ娘グッズが珍しいのだろう。私も日本に来てウマ娘グッズに文化の違いを感じたものであるし、それと同じことだろう。

 

 燭台と盆を両手に暗い通路を歩き、院長の部屋の前に到着する。

 足でドアをノックをして入室すると、マックイーンが渋い顔をした。

 

「おい、来たぞ」

「ええ。来てくれて―――なんですか、サンデーサイレンス。その酒瓶は」

「あ? 話っつったらコレだろ」

「まったく……」

 

 院長に返し、部屋に目をやると、ここもまた見慣れた景色だった。

 全体的に質素な家具で揃えられた中に、何故かちょこんと置かれているコンポーネントステレオ。

 ここまでなら普通の部屋であるのだが、己が聖職者であると言い訳じみた肖像がチラホラと見える。

 それは記憶のままの院長の自室だった。

 

 そんな景色と二人揃った渋面を無視し、テーブルに盆と酒を置き、燭台を棚の上に置く。

 何はともあれセッティングだ。

 ミキシンググラスなどは使わない。マックイーンの分の氷の入ったグラスに、直接リキュールとトニックを目分量で注ぐ。

 院長の分のグラスを手にしてヤツの顔を見てやると、コクリ、と頷いたので同じようにリキュールとトニックを注いだ。

 

「随分と手慣れていませんこと?」

「ん? まあ……ホラ、試飲ってヤツだよ。マズい酒なんて売れねーだろ?」

「君がすることではないのだけどね……」

「うるせーよ」

 

 別に常飲していたわけではない。あくまで純粋に味が気になるから確認しただけにすぎない。ましてや自分の顔がプリントされたグッズだ、プリントされた本人が確認しなくて一体誰が確認するというのか。

 そもそも酒なんて誰だって飲んでいるだろうに。ゼニヤッタのヤツなんかは食前食後にビールを飲んでるなどと公言して憚らなかったはずだ。

 

 マドラーでマックイーンと院長の分のグラスをかき混ぜ、二人の目の前に滑らせる。

 マックイーンが怪訝な顔でこちらを見るのを横目に、盆の上に載っているビニール袋からミントを取り出した。すると、何故かマックイーンの目が険しくなった。

 

「サンデーサイレンスさん? それは?」

「ミントだけど」

「貴方はまた……」

「あのな、そのリキュール結構甘いからな? だったら入れるだろフツー」

 

 どうにもマックイーンはミントの良さをわかっていない。

 別に私は無闇矢鱈にドラフティな口内にしたくてミントを摂っているわけではない。

 甘味というものにはミントという引き締め役が必要不可欠なのだ。

 文化の違いとは思わない。そういうマックイーンとて、あのクッソ甘い餡蜜とやらにクッソ苦いグリーンティーを合わせているのだから。味に違いはあれどやっていることは同じだろう。

 だと言うのに、以前一緒に出撃したアイス屋で、私がミントクリスタルを溶かしたエキスをアイスクリームに垂らしたのを見て、マックイーンは怪訝な顔をするのだから意味がわからない。

 

 まあいい。完成品を見せればその顔も変わるだろう。

 まずはリキュールとトニックのみをマドラーで8回転。

 その後に千切ったミントを水面に垂らして押しつぶしながら8回転。

 その後さらに千切ったミントで水面を覆って完成だ。

 

「どうよマックちゃん? これがSunday Silence Special(S.S.S)だ」

「南禅寺の蓮池か何かで?」

「ナンゼンジ?」

「ほら、ライスさんと一緒に行った京都の……」

「あ~~~、思い出した! あそこの蓮池な! そうだな、じゃあこのSunday Silence Special(S.S.S)もワビサビってワケだ?」

 

 なんだ、マックイーンもわかってるじゃないか。

 しかもこれがワビサビとなれば、言わばこのレシピの素晴らしさはワールドワイドの視点で保証されたも同然だろう。

 

「どうだ? なんなら、マックちゃんのもやって―――」

「私はこのままで結構ですわ」

 

 にべもない。だが、それもいい。

 ちょっとウルっと来てしまったが、これはミントが目に染みたのだとそう思いたい。

 

 さて、色々あったがセッティングは終わった。

 乾杯とは言わない。何に乾杯すればいいのかわからないから。

 それでもグラスくらいは鳴らしておくかと右手を伸ばそうとしたら、院長が席を立ち、コンポーネントステレオの方へと歩を進めた。どうやら酒のつまみが一品増えるらしい。

 

 

 

***

 

 

 

 流れる曲がどの年代のものかはわからない。

 院長の私物である以上、この男の趣味なのだろうが、どうにも音源からして相当前のものであることは明らかだ。

 別に嫌いというわけではないのだが、どうにも古臭さが目立つ。

 そんな年代物のツマミと雑談で夜は更けていった。

 

「ほー、チャーリーのオッサンも元気だな」

「ええ。今も辣腕を振るっていますよ」

「だったらあん時テンプルにぶち込んどきゃよかったわ」

「君はね……」

 

 世間話は順調といえば順調だったが、さっさと本題に入りたいのが本音だった。

 別に院長との世間話が嫌というわけではない。マックイーンが退屈にならないか心配だったからだ。

 もうそろそろいいだろう。

 院長もこんなことを話すために呼んだわけでもないのだろうし、あちらが口火を切らないならばこちらからいくとするか。

 

「で? オメーはどうなんだよ。なんか話してえことがあるみてーだけどよ」

「……そうだね。君に話す事ではないのかもしれないけど」

「あ?」

「私のことを―――クレイボーンとの関係をね」

 

(ようやく本題か)

 

 とは言え、コイツとクレイボーンの関係はある程度予想できる。

 そもそも、一介の修道院院長がチャーリーのオッサン……もとい、チャーリー・ウィッティンガムという全米リーディングトレーナーとコネなど持てるはずがないのだ、お互いの人生の方向性が明らかに異なるのだから。

 例えこの男が孤児を集めるハコを持っていたとしても、こんな土地以外に何もない貧乏修道院に一体どんなトレーナーが就いてくれるというのか。ましてやそこに全米リーディングトレーナーがたまたま就くなど、ジャンキーの寝言よりも現実的ではない。

 どこかでチャーリーのオッサンと明確なコネを持てる立場にいたことがあったと考えたほうが自然だろう。

 

 そして、この男はクレイボーンと露骨に接触を取ろうとしなかった。

 いくらクレイボーンに同世代のライバルであるイージーゴアがいるとは言え、近所であるなら仲の良し悪しはどうあれ交流があってもいいはずなのだ。

 それがまったく無いのはあまりにも不自然すぎる。

 別にこの男が腰抜けだから避けていたというわけでもないだろう。そうでなければチャーリーのオッサンと共にマスコミ共と闘いもしないだろうし、あまつさえテレビに抗議出演などするわけがない。

 しかもこちら側からだけでなく、クレイボーン側からも接触してこないのはどう考えてもおかしいのだ。

 

 それらを鑑みるに、この男は過去にウマ娘のトレーナー業に携わっていた―――しかもクレイボーンと因縁があると考えるのが妥当である。

 大方、クレイボーンをクビになったトレーナーと言ったところだろう。

 もっとも、私の現役時代にこんな事は考えたことはなかったし、考える必要もなかったことではある。

 ただ、なんとなく……この男はクレイボーンに何かしらの確執があるのだろうな程度にしか考えなかった。

 

「君達は、私の名前を知っているかな」

「もう酒が回ったのか? アーサー・ハボット院長殿はよ」

「そうだね。そう名乗っているからね」

「……偽名、ということでしょうか?」

 

 私の疑問をマックイーンが言葉にする。

 その言葉に、院長は酒を一口飲んでゆっくりと口を開いた。

 

「私の本当の名前は、アーサー・ハンコックと言うんだ」

「ハンコック……あぁ!? ハンコックだと!?」

「どうしたんですの? その……、ハンコックという性になにかあるのですか?」

 

 あるというものではない。

 別にこの男の名字がハンコックでもハボットでもどっちでもいい。

 だが、クレイボーンとの関係という前提ならば話は別だ。

 

「ああ……、クレイボーンの出資者だ」

「えっ、という事は……、院長様はクレイボーンの……?」

「元、だけどね。私は勘当された身だよ」

 

 院長の告白は私の予想を遥かに超えていた。

 まさかこの男が元ハンコック一族の人間だとは……。薄々感じていた確執はこういうことだったのか。

 確かにそれならチャーリーのオッサンとのコネも作れるし、クレイボーンとお互いに接触を取ろうともしないワケだ。

 しかし―――

 

「勘当ってのはどういうことだ? 一体何やったんだよテメーは?」

「うん。これにはまだ続きがあってね。私はローリング・ストーン修道院院長であり、ハンコック家の者でもあり―――」

「おう」

「ミュージシャンでもあり、詩人でもあり、哲学者でもあり、プレイボーイでもあり、パーリーピーポーでもあり―――」

「何者なんだよテメーは」

 

 何を言い出し始めてんだコイツは。

 理由を訊いたはずなのだが、何故か懺悔を聞かされてる気がするのだが。

 

「要するに、放蕩息子だったというわけさ」

「ビックリするくらいどうしようもねーなお前……」

「それが原因で勘当されたのですか?」

「恐らくはね。他にも要因はあったのだろうけど、素行の悪さが原因だと思うよ」

 

 どうやらこの男は不良息子も同然だったらしい。

 それが紆余曲折を経て、今のポジションに収まったということらしいが……。

 

「それでよく修道院の院長になれたな?」

「堕ちに堕ちた私だけれども、だからこそわかるモノもあるのさ。だから私は行動に移したんだ」

「贖罪がしたかったのか? それとも返り咲きたかったのか?」

「今までの堕落を戒めるために全力を尽くしたとしか言えないね。そうしてここに修道院が建ったんだよ。幸い、手切れ金としてこの土地だけは貰っていたからね」

 

 知られざる過去と言うべきか、知る必要のない過去と言うべきか。

 何はともあれ、この男の過去は現役を引退して今ようやく詳らかにされたのだった。

 

「どうして今まで話さなかったんだ?」

「余計な情報だったからね……。別に私の罪を告白するのに後ろめたかったわけじゃないんだ。ただ、年頃の子には雑音だろう?」

「……当時のオレなら、そうでもなかったがな。心情的に、オメーにとっちゃクレイボーンは敵だったんだろ?」

「君は君らしくあるべきだよ。私の下らない事情などに関わってはいけない」

 

 クチの上手い男だ。

 そうは言ったところで内心じゃ私が勝って気分が良かっただろうに。

 とは言え、私もこの男に内心を語ったことなど無かったか。

 私の告解の場はこの院長の自室でも懺悔室でもなく、修道院裏の墓地しかなかったのだから。

 

 

 

***

 

 

 

 と、聞き覚えのある旋律が流れ始めた。

 それを認識したと同時に流れる女性ヴォーカルのカントリー。

 

「おい」

「いけないかな?」

「あの……? サンデーサイレンスさん、この曲は?」

「あー……、これはな……」

 

 何とも説明しづらいものだ。

 ある意味では私の曲と言ってもいいのだろうが……。

 

「なんつーのかな、平たく言えばFan Artだ」

「ファンアート? という事は、アグネスデジタルさんが描いている同人作品のようなものですの?」

「……まあ、多分そんな感じのもんだ」

 

 マックイーンの納得にどこか引っかかる部分もあったが、一応そういうことにしておく。

 そう、これは私のファンが書いた曲、その名も『Sunday Silence』。

 これがいつ発表されたのかは私は知らない。

 ただ、これがファンの中で浸透したと私が認識したとほぼ同時に、著作権をすべて譲渡するとの添え状とともに、原版と銘打たれたデータがこの修道院に届けられたのだ。

 

 正直なことを言えば、これまで私はファンを意識したことなどなかった。

 ファンなどマスコミの格好の餌のようなものであり、これが原因で対立が起こってもいた。

 片や持たざる者の私、片や恵まれたイージーゴア。これを階級社会の縮図としてマスコミとファンは勝手に盛り上がっていたのだ。

 

 イージーゴアが何を思っていたのかはわからない。ただ、私としては堪ったものではなかった。

 遠征先でもそれでマスコミにしつこく突かれた日には、取材と称して舐めたクチを利きやがるヤツに脚が滑りかねなかった。

 そんな人種の片棒を担いでいるのがファンという存在なのだ。

 いくら私のグッズを購入したり修道院に寄付をしたりして私に還元するとは言えども、面倒な存在だと思っていた。

 

 だが、この曲が届いて考えも変わった。

 面倒だと思っていたファンにも、こういうヤツがいるのかと。できれば逢ってみたいものだと思ったものだ。

 当時は反骨心のみで生きていた私だが―――この時だけは、少しだけ心が安らいだ。

 

「これは貴方に救いを求める曲ですわね。曲も、それを書いた人も素晴らしいと思いますわ」

「そ、そうか……? マックちゃんがそう言うなら、まあ……」

「ありがとう、マックイーンさん。そう言っていただけると私も嬉しいよ」

「プレイリストに入れただけのクセに何言ってやがんだ? DJ.Arthurクンはよぉ」

 

 趣味を肯定されてイキイキとしだした院長に釘を刺す。

 なんで流れたプレイリストが褒められた程度でこんなに上機嫌になってるんだこの男は。

 

「なに。作者冥利に尽きるというものだよ」

「は?」

 

 今なんて言ったんだコイツ?

 作者冥利と言ったのかコイツ?

 作者冥利……? 作者……? ということは―――

 

「これ作ったのオメーだったのか!?」

「そうだね。ヴォーカルは違うけれども」

「何が『そうだね』だコラァ!」

 

 長年の謎が特に理由なく暴露された。

 逢ってみたいと思っていたファンは身近どころか身内に存在していた。

 なんなら寝起きで顔を洗った直後に毎朝遭遇していたのだ。

 

「なんで言わねえんだよテメー!! ……いや、これマッチポンプなんじゃねえのか!? この件は『完成度の高いFan Art』ってニュースにもなっただろうが!!」

「企画発端はファン同士の交流でね。ヴォーカルは既にいたから、作詞作曲はミュージシャンであり詩人でもある私が推薦されて―――」

「オメーはおもっクソ身内だろうが!!」

「ファンでもあるよ、会員番号は1番と言ってもいいかな。それに、形態はどうあれ、キャラクターソングが身内から発表されるのはどこの陣営も同じだろう? かく言う私達もそうなのだからね」

「それは……ッ! 確かにそうだが! ……あ? いや、待て……」

 

 確かにキャラクターソングは陣営で用意する。勝負服と同じようなものだ。

 これは恐らくどこの国も共通のはずだ。マックイーンの『はじまりのSignal』もそうだと聞いている。

 もちろん外注や様々な手段は取られるものの、基本的に所属している陣営が用意するものだ。それはいい。

 

 問題は私の過去にある。

 当時、私のキャラクターソングを作るにあたって音源担当が捕まらなかったのだ。

 日程か、資金か、それとも評判か……、いずれにしても用意されたのは私が書いた歌詞だけだった。

 これはいよいよとなったらアカペラで歌うしかないと覚悟していた私だったが、そんな危機感とは裏腹にあっさり音源が上がってきたのだ。この貧乏修道院に、特に理由を説明されることもなく。そして眼の前にいるこの男は元ミュージシャンだ。

 

 それはつまり―――いや、まさか―――

 考えても仕方ない……。いや、考えてしまった以上尋ねるしかない。

 私は覚悟して、酒で舌を湿らせる院長に顔を向けた。

 

「オメーよぉ……、オレのキャラソン出来るまでによく外出してたよな?」

「していたね」

「音源が上がったら、何故かオメーの外出も止んだよな?」

「止んだね」

「まさかとは思うが、オレのキャラソンの音源は―――」

「―――それも私だよ」

 

 テーブルを蹴り上げようと右脚に力を入れた瞬間、マックイーンの左手が私の右腿を抑えた。

 腕力なのか、技術なのか。それは定かではなかったが、私はそれだけで動きを封じられた。脚だけではない。体全体がピンで刺された昆虫標本のように動かないのだ。

 とは言え、口は動くので動かない体の代わりにこちらを総動員することにした。

 

 

 

***

 

 

 

「だから!! なんでテメーは言わねえんだよ!!」

「落ち着いてくださいまし、サンデーサイレンスさん」

「落ち着いてられっか!! コイツは―――!!」

「話を聞く限りでは、サンデーサイレンスさんに損はなかったはずですわ」

「いや……! た、確かに、そうだが!」

「ならば、何故そうも激昂するのです?」

「……」

 

 何故と言われると……、何故なのか。

 確かに私に損はない。迷惑も被っていない。むしろこの男は手助けを……、裏方としては問題ない仕事ぶりのはずだ。

 なのに何故、こうまで腹立たしいのか―――

 

「院長様」

「なにかな、メジロマックイーンさん」

「私は、お話を聞く限りでしかあなた方の事情はわかりません。ですが、院長様はサンデーサイレンスさんをずっと影から見守っていたと思いますわ」

「……そうだね」

「そう、影からずっと―――」

「ああ、その通りだ……。その通りなんだよ……。私は影から支えることしか出来なかったんだ……。本当に伝えるべき事は、私の素性や曲なんかじゃないんだ……」

 

 マックイーンの言葉に何故かうなだれる院長。

 何故こうなるのか。私にはこの会話の意味がわからなかった。

 

「私はわかっていたんだ……、彼女が苦しんでいることも……、心を閉ざしていたことも……。だけど私は影から助けるだけで、彼女の心を気遣うだけで……、彼女の心に食い込む茨を取り除こうとはしなかったんだ……。例え、どのような傷を負ってでも救おうとする勇気も、血を流す彼女の心を癒やす覚悟も持てなかったんだ……」

「――――――」

 

 この男は……、何を……。

 

「私は何も言えなかったんだ……。院長であるのに……、この祈りの家の父であるのに……。血を流しながら戦うのは彼女だけで……、私は後ろで見ているだけで……、彼女の横に立つことも出来なかった……。あろうことか、彼女が過酷な巡礼に挑む殉教者にも見えてしまって……、その傷だらけの姿に憧れすらしてしまって……」

 

 言葉がない。

 まさか、この男がこんな事を考えていたとは。黙って裏方に徹していたのに、こんな理由があったとは。

 そんなことを思っていたのなら、最初から言えば私も聞いてもやったのに―――

 

(―――『聞いてもやったのに』? バカかオレは)

 

 そんな事を言える資格は私にないのだ。

 だって、私もこの男に何も言っていないのだから。

 私の告解の場は修道院裏の墓地だけ。修道院にも、この男にも、私は背を向けていたのだから。

 

 私が苛立つ理由もこれでようやくわかった。

 

 私は、本当はコイツを共犯者として求めていたわけではなかったんだ。

 私は、本当はコイツを理解者として求めていたんだ。

 だから、理解のすれ違いはおろか、何の理解も介在しない黙秘という行動を告白したこの男の言葉が気に入らなかったんだ。

 

 近くにいるのに何も知らない私。何も知ろうとしなかった私。

 近くにいるのに横に並べない男。横に並ぼうとしなかった男。

 同じ屋根の下にいたというのに、結局は言葉に出せなかった私達―――

 その全てが明らかになった結果が今なのだ。

 

 真に吐き出したかったことは全て吐き出したのだろう。

 うなだれて、罪に怯えるように震える院長の姿。

 私はそれを止めさせたかった。憐憫や嫌悪といった感情から来るものではない。

 だって、この男の姿は在りし日の私でもあるのだから。

 

 

(―――だったら、オレのすべきことは)

 

 

 マックイーンの左腕を軽く叩く。

 こちらに視線を移すマックイーンを正面から見据えると、マックイーンは私への束縛をあっさりと解いた。

 もう今更ではある―――いや、今からでも遅くはないはずだ。

 これを結末としたくはない。

 私は椅子から立ち、うなだれている院長の前に進んだ。

 

「おい」

「……すまない。すまなかった、サンデーサイレンス……」

「いいんだよ」

 

 うなだれる院長の頭を抱いてやる。

 私よりも随分背の高い男だが、椅子に座っていたのでちょうどいい塩梅だ。

 院長の体が強張るのを感じた。

 これが正しいのか私にはわからない。だけど、私はこうしてマックイーンに救われた。

 

 

 そう。

 今、私は―――あの夜に見せてくれたマックイーンと同じ道を歩んでいる。

 

 

「今までありがとよ。そして、悪かったな。お前に何も言えねえでよ」

「……ッ!」

 

 

 院長の体が震え、嗚咽が聞こえ始めた。

 震える男の両腕が私の裾を掴む。

 それはまるで何かに縋りつき、救いを求めているようにも見えた。

 

「君は……っ。君はっ、私の誇りだ……ッ!」

「そうかい」

 

 涙に震える院長の声。

 それに私は力を込めて応えてやった。

 

 

 

***

 

 

 

「もう帰ってしまうのかい?」

「これでも無理して休みをとったんだよ。これ以上はプランに支障が出る」

「だったらせめて車を……」

「タクシー取ったからいいっての。オメーも忙しい身なんだろうが」

 

 院長のすすめにうんざりしながら返す。

 タクシーが来るのもそろそろだ。あまり時間は残っていない。

 マックイーンが土産のにんじんジャムとリキュールを荷物に詰め終えるのも大体同じ頃合いだろう。

 

「そうか……。やはり、仕事は忙しいのかな」

「まーな。だがまぁ、軌道に乗りつつあるってところだ。オメーも聞いたことあんだろ? トニビアンカとブライアンズタイム。あれが今のオレの敵だ」

「強敵だね」

「色々手探りだが掴みつつある。下すのもそう時間はかからねーよ」

 

 あの二人には未だ差をつけられてはいるのは事実だ。

 しかし、今言ったことは自惚れではないつもりだ。

 私への指名は順調に増えつつある。初動はやや遅れたが巻き返せる範囲内だろう。

 

「では、最後に君に一つ」

「あ? まだ隠し事でもあんのかテメー」

「もうないさ。でも、伝えられなかったことはあるんだ」

「同じこったろうがよ……」

 

 そう言うと、院長は首にかけられたクルスを外しポケットに仕舞ってしまった。

 

「おい」

「肩書を抜きにして、君に伝えたい」

 

 そう言う院長の目は真剣そのものだった。

 修道院院長がクルスを外す。それは退院した私にも重みが伝わる行為だ。

 そして、院長は私の両肩に手を置き、視線をまっすぐに私を見据え口を開いた。

 

「自由にやりなさい、現役の時と同じくね」

「……オイオイ、あんだけオレのパフォーマンスにツラ歪めてたオメーが言うことか?」

 

 クルスを逆十字に握り中指を立て、クルスを握りながら首を掻っ切るサイン。それに一番難色を示していたのはこの男だ。

 当然と言えば当然だ、修道院院長という立場である以上、私のパフォーマンスはこの男からすれば冒涜にも程がある。

 しかも当時修道院に入院していた者がやるとなれば、その意味は計り知れなかっただろうに。

 だからこそ私はそうしていたのもあるのだが。

 

 だが、院長の返答は予想を超えるものだった。

 

「構わない。なぜなら君はサンデーサイレンスだからだ」

「……」

「驕り高ぶりなさい。君にはその資格があるんだよ」

「……ハッ」

 

 あまりにもあけすけな言葉につい笑いが漏れてしまった。

 修道院院長の言う言葉か、それが。

 ああ、だからクルスをわざわざ外しやがったのか。

 だとしたら二枚舌なんかで済む話じゃない。コイツはとんだ破戒僧だ。

 

「もっと早くに聞きたかったぜ」

「すまないね。だが、今でも遅くはなかったと思う」

 

 この男の言う通り、今となっては遅すぎる言葉だが、今だからこそ絶好の言葉だった。

 本当に―――この上なく気分がいい。

 この修道院にいてここまで痛快な気分になったのはこれが初めてだ。

 

 私がほくそ笑んでいると、院長はいそいそとポケットからクルスを取り出し首にかけ始めた。

 果たしてコイツの崇める主とやらは、ウール一枚の壁を見抜くことが出来るのだろうか。

 

「サンデーサイレンスさーん! タクシーがきましたわよー!」

 

 と、マックイーンの声が耳に届く。

 私は荷物を持ち上げ、院長に踵を返して玄関を通る。

 背後からはチャリ、とクルスを握った音が鳴る。

 

「君の栄光(行く先)負け犬()遠吠え(ご加護)があらんことを」

 

 言いやがる。

 クルスをかけた途端にこの男は澄ました院長様の顔に戻りやがった。

 本当は私の走りに憧れた面倒くさいファンのくせに。

 

 だが、今の私には理解(わか)る。伝わ(わか)るのだ。

 お前がそう言うのならば、私は―――

 

「ああ、()ってくるぜ」

 

 これが答えに相応しいはずだ。

 

 

 柵で仕切られた大雑把なあぜ道を進む。

 思えば、ここから戦場に向かう際はいつも独りだった。

 隣には院長やチャーリーのオッサンもいたが、意識すらしていなかった。

 所詮は共犯者であると、内心では商売相手のようなものと断じていた。

 

 だが、今は違う。

 

 今の私ならば―――いや、私達ならば。

 何を相手にしたところで敗けるはずがない。

 神も、運命も、私の進む道を阻むことなど出来はしない。

 

 エメラルドグリーンのショートワンピースを着た親友の元へと駆ける。

 デコボコの大地を踏みしめるその感触は、在りし日の最終コーナーよりも手応えに満ちていた。

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