サンデーサイレンスとメジロマックイーン   作:ザッカリフ

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サンデーサイレンスが現役を引退し、日本に向かった先で起こるお話です。
指導役=サポートカード程度に考えていただければ幸いです。
本作品に登場するサンデーサイレンスとヘイローは各媒体にウマ娘と実装されておらず、作者が好き勝手に書いた妄想です。しかも時系列も史実引用もかなりメチャクチャなので内容は多角的にありえないです。


サンデーサイレンスのヘイロー昔語り

「遊ぼうぜぇ、サンデー」

「オメーどんだけ生涯ゲーム好きなんだよ」

 

 ノックに対する入室許可を聞かずに、ボードゲーム片手に生き生きと入室してくるウマ娘に返した。

 ノックをするのはいいが、そのノックへの返答前に入室をキメてくるのは、根本的にマナーを履き違えていると思うのだが。

 この礼儀知らずの名はディクタストライカ。

 私の同僚であり……、友人の関係でもある。

 

「サッカーやれねぇならこれしかねぇだろ」

 

 マナー違反には頓着せず、ズカズカと上がり込んでくるディクタ。

 もはや自分の部屋感覚でスリッパを履き、私と共にリビングへ入室する。

 ちなみに、このウマ娘は必殺技の弾丸シュート(Bullet Shoot)が毎回サッカーネットを貫通するために、委員会からサッカーゴールの使用を先週より禁止されている。

 

「マックイーンはどうした?」

「マックちゃんならまだファイリングでもしてんじゃねーの。もう少ししたら来るだろ」

「お前も処理しろよ。なんだよこの紙束と封筒の山は」

「これは郵便物だよ」

「どっちにしても処理しろよな」

 

 テーブルに山積みにされた郵便物へのディクタの苦言。

 面倒だから放置していたのは否定しないが、だからといって届いた郵便物を一々チェックするなんてアホのすることだろう。真に重要な事があるのなら電話がかかってくるだろうし、一定量が溜まってからまとめてチェックするほうがよほど効率的だ。何より―――、

 

「うるせーな。今からやんだよ、オメーも一緒にな」

 

 一人で処理するよりも二人、二人で処理するよりも三人だ。その方が効率的だろう。

 

「は? もう飲んだのかお前?」

「シラフだよボケ。この中には宝が隠されてんだ、手伝えオラ」

「何が宝だ。一人で細々と片付けてろ」

「いいのか? この中にはピザのクーポン券が混じってんだぜ? それがなけりゃオレは晩飯奢れなくなっちまうなぁー」

「お前っ……! 珍しく奢るなんて言ったかと思えばそういうつもりだったのかよ!」

 

 当たり前だ。

 確かに奢るとは言ったが、ただで奢るとは言っていない。報酬は労働があってこそだ。

 ちなみに、ピザのクーポン券はこの郵便物の山には入っていない。万が一にも見つかればその時点でファイリングが終了してしまう可能性があるからだ。私が座るザブトンの下に潜めておき、ギリギリになってから混入させるのだ。

 ディクタは嫌な顔を隠さなかったが、空腹と倦怠を天秤にかけて空腹が勝ったのか、諦めた様子でテーブルの前に腰を下ろして郵便物の山に手を伸ばした。

 

「ったくよ……。なんでオレがこんなコトしなきゃならねぇんだよ……」

「いいじゃねーかタダで晩飯食えんだからよ」

「この時点でタダじゃねぇんだよ。ふざけるなよマジで……」

「口動かすヒマがあったらさっさと手を―――お?」

 

 二人でファイリングをしていると、ドアからコンコンとノック音が響いた。

 この時間帯の来客となるとマックイーンだろうか、と思うと同時に『サンデーサイレンスさん』との声がドアの向こうから聞こえた。急いで床から立ち上がり玄関へと向かう。

 

「おう、おかえり」

「ここは私の部屋ではありませんが?」

「つれねえなぁ、今夜は泊まってけよ。さ、宝探しといこうぜ」

「泊まりませんが。え、宝探し……?」

 

 マックイーンの手を取りリビングへ招くと、ディクタが郵便物の山からウンザリした顔をこちらに向けた。なんて反抗的な労働者なのか。その労働者がマックイーンに向けて口を開いた。

 

「マックイーンよー、ちょっとコイツに言ってやれよ」

「これは一体……。ああ、そういうことですか……」

「なんか知らねーけど伝わってくれて嬉しいぜマックちゃん」

 

 一人より二人、二人より三人。これで晩飯も早く食えるというものだ。

 私の想いが伝わったのか、マックイーンはため息をつきながらもテーブルに向かい、腰を下ろして郵便物の山に手を伸ばした。

 

「残業が終わったかと思えばまた残業というのは、結構クるものがありますわね……」

「二人してなんだってんだよ、ゴールドラッシュもいいとこじゃねーか。ちっとファイリングするだけでタダメシなんだぜ?」

「就業後にやるんじゃテンションは蟹工船もいいところなんだよ」

「何だオメー、弾丸シュート(Bullet Shoot)の次はワケわかんねー必殺技引っ提げてきたな」

「貴女のことですから蟹光線(Crab Beam)等と勘違いしているのでしょうけど、そういう意味ではありませんわよ」

 

 じゃあ一体どういう意味だ。蟹交戦(Fight Crab)か。

 そういやシャカールのヤツがそんなゲームを購入して遊んでたな。

 私の疑問とは裏腹に、二人はテキパキと郵便物を選別していた。

 これはまずい、クーポン券を混入させるタイミングがバレたら面倒な展開になるのは間違いない。私もせいぜい手を動かさなくては。

 

 

---

 

 

「よし、これで終わりだな……!」

「おう、ご苦労。じゃあこれに載ってるピザだけ頼んでいいぞ」

「『ご苦労』じゃねぇよお前……。―――うわ、なんだよこのラインナップ。シケてるな……」

 

 愚痴るディクタにピザのクーポンを渡す。

 私の奢りなんだから文句を言うなと言いたいところだが、記載されているラインナップは正直ショボい。具体的に言うと肉が乗っているピザが圧倒的に少ないのだ。サイドメニューも頼むべきか、それとも奮発してラインナップ外のピザも一枚追加してやるか。

 

「サンデーサイレンスさん」

「ん? どうしたよマックちゃん」

 

 マックイーンが神妙な顔で封筒を差し出してきた。

 封筒はディクタ担当だったはずだが―――と、宛名を見るとなんと私の居た修道院だった。

 

(妙だな、アイツには何かあったら電話をかけるように言っといたが―――ん!?)

 

 よく宛名を見ると、差出人は『Halo』と記載されていた。

 

「なんでアイツが……!? いや、一体オレになんの―――ゲェッ!?」

「どうしましたの……?」

 

 封筒の中身を見てしまい、つい声を漏らした私を心配そうに伺うマックイーン。

 この眼をされると私は弱い。過去の件もあり、コイツには無用な心配や気配りをさせたくないのだ。

 別に手紙の中身を見せたくないわけではないのだが……、見せる必要はないというか……。それでも教えてやるべきなのか。

 

「おい、とりあえず3人分ってことで15枚頼んどいたぞ。で、なんなんだよ今の声は」

 

 隣の部屋からピザを電話で注文し終えたディクタが現れた。そうだ、コイツもいるんだった……。

 まあ、いいか。コイツも腹を割って話した仲ではあるし、タイミング的にコイツだけ外すのも流石に無いだろう。

 しかし、奢るのは承知の上だったとは言え、ピザ15枚か……。クーポンで割り引かれるとは言え、中々の出費だ。

 私は色々と観念して二人に封筒の中身を見せることにした。内容を長々と説明する必要もない、見せれば一目でわかるものだ。

 

「まあ!」

「おぉ……」

 

 そこには『私達、結婚しました』と書かれた写真が一枚入っていた。

 写真に写っている男女は腹立たしいくらいの笑顔であり、あらん限りの幸せが凝縮されたかのような一枚だった。

 だからこそ―――、

 

「キッショいわマジで」

「サンデーサイレンスさん?」

「おいおい……お前なぁ」

「いや、マジでキッショいわこれ」

 

 私の素直な感想に渋面を返す二人。だが、二人はこの女を知らないからそう言えるのだ。

 もっとも、私もこの女がこんな顔を……、ましてや結婚したなどと今以て信じられない事件だ。NASAが宇宙飛行士に豚を抜擢したと発表する方がまだ現実味がある。

 この女は、私が現役時代に米国(ステイツ)のトレセンで世話になった……。いや、世話になったとは一概に言いにくい仲なのだが、それはともかくトレセンきってのヤバい女だったのだ。

 

「なんだ? ……なにか恨みでもあるのか?」

「恨みがあるってわけじゃねーよ。この写真じゃこんな風に笑ってっけど、ヤバかったんだよコイツは」

「とてもそうは見えませんけれども。ほら、二人共とても幸せそうに笑って―――」

「オレがコイツを初めて見た時、コイツはトイレの洗面器に知らねートレーナーの顔を突っ込んでたぞ」

「じゃあお前の友達ってことか?」

「今の説明でどうオレのダチに結びつくんだテメー!」

 

 ディクタの疑問に怒りを込めて返す。

 確かに私の現役時代は素行が良かったとは言えないが、流石にこの女ほどではない。

 外れた者同士が全て繋がると思ったら大間違いであるし、そもそも私がトレセンにいた当時は私以外は全て敵だったのだ。

 

「あー……、そうだな。続きはピザでも食いながら話してやるよ。ディクタ、生涯ゲームはまた今度でいいか?」

「そりゃいいが。……いいのか?」

「いいんだよ。別に大した事でもねーし」

 

 まあ、たまにはこんな日もいいだろう。お互いに色々と身の上話を聞いた仲でもある。それに、今の心境で当時を思い出すのも、そう悪いことでもないだろう。

 ディクタの用意した生涯ゲームを三人でせっせと片付けながら、私はどこから話そうかと頭の中で台本を書き始めた。

 

 

 

***

 

 

 

「オイ、そいつ連れてとっとと出ていけ」

「……ん?」

 

 私は、見知らぬトレーナーの頭を片手で掴み、水を溜めた洗面器にその頭を沈ませているウマ娘に向かってそう言った。

 私への返答と同時に、眼の前のウマ娘がこちらへ振り向いた。

 腰まで届く黒の長髪、骨格のゴツさが目立つ長身。

 私自身、背の高い方ではないが、その私よりも頭一つ分はゆうに高い。

 そして、妙としか言えない出で立ち。

 黒のレザー製であろうライダースのようなオールインワン。そのオールインワンには、鋲打ちされたゴールドで幾何学模様が描かれている。そして、腰はおろか腕や脚にも多数巻かれた用途不明の厳ついベルト群。男の頭を掴んでいない片腕の肘から先は厚手のギプスのようなモノで包まれており、顔の下半分は黒い金属製のワイヤーマスクで覆われている。それはまるで重罪人が纏う拘束具を想起させた。

 こう見ると昔のパキったメタルかぶれがやらかす頭の悪そうなファッションだが、それ以上に目を引くのは女の眼だ。

 生気を感じさせない虚のような―――さながらサメのような眼。それが女の出で立ちに合致しているようであり、また異形でもあった。

 

「『ん?』じゃねーんだよ。ここがどこだかわかんねーのか?」

「ここは女子トイレ。そして、私は洗面器を使っているところだが」

「わかってんならそこの野郎を連れてとっとと失せろ」

「……ああ、ここは男子禁制だったね」

 

 こちらに顔を向けながらも、決して男の頭から手を離さない眼の前のウマ娘―――もとい、サメ女。

 いつから水の張った洗面器に顔を突っ込まれているのか、先程までは派手にもがいていた男の動きがやや鈍りつつある。

 それを察したのか、サメ女は水の張った洗面器から男の頭を引き上げ、咳き込む姿を一瞥したと同時にまた洗面器に男の顔を沈めた。また男が派手にもがき出す。

 どうやらサメ女は私とこのまま会話を続けるつもりらしい。もっとも、私はさっさと用を足したいので、早々に会話を切り上げることにした。

 

「『だったね』だぁ? 舐めてんのかオイ。テメーから出ていくか、オレに追い出されるか、どっちがいいんだ」

「……見ない顔だね、キミ。新入生か―――」

 

 私は、返答の全てを聞く前に、踏み潰すような前蹴りをサメ女のみぞおちに向かって放った。

 サメ女は男の頭を洗面器から引き上げつつも離さずに、サイドステップで私の前蹴りを避けた。対象から外れた私の前蹴りがその背後のタイルに直撃し、豪快な音を立ててタイルに亀裂が走る。

 

「怖いな」

 

 サメ女が無表情のまま軽口を叩くが、私は会話に付き合う気など毛頭ない。

 私は、サイドステップで入口側に移動したサメ女を追うように視線を移した。

 先ほど避けられた前蹴りは、あえて言うのならば警告や気遣いのようなものだ。威力は申し分なく、実際に当てるつもりで放ったものだが、膝を上げてから相手を踏み潰すような蹴りである以上、予備動作が大きかった。極論、私が膝を上げた時点で横に避ければ無害化出来るような蹴りだ。

 だが、次はない。今度は先のような生っちょろい前蹴りではなく、渾身のミドルを脇腹に叩き込んでやる。そう決意し、軸足の確保のために歩幅を調節する。と―――、

 

「わかった。出ていくよ」

 

 サメ女は表情も変えぬままそう言うと、未だ咳き込んだままの男の体勢に頓着せず、まるでカバンを持つかのように男の頭を掴んだまま、男を引きずってトイレから出ていった。

 

「……チッ」

 

 苛つきを舌打ちで吐き出して、個室トイレへと向かい、ドアを開けて中に入る。

 このトレセンに来てからは苛つくことしか―――いや、あの日からずっとか。それの鬱憤晴らしには持って来いだったというのに、スカして逃げやがって。

 もっとも、あんな薄気味悪いサメ女と縁を持つのもまっぴらか。業腹ではあるが、この苛つきは練習で吐き出すとしよう―――。

 

 

---

 

 

「じゃあ、しばらくはオッサンだけか」

「そうだ。だが、心配はするな。すぐに指導役をつける」

「おう」

 

 私は、眼の前の中年男性の言葉に背を向けて返事し、グラウンドへと歩を進める。

 この中年男性の名をチャーリーという。

 禿鷹の異名を持つ凄腕のトレーナーであり、あの男―――、アーサー院長とは旧知の仲……らしい。

 『らしい』というのは、あの院長とこのトレーナーの関係性がイマイチわからないからだ。片や修道院院長であるあの男、片や凄腕のトレーナーであるチャーリーのオッサン。普通に考えれば互いの人生が交わることなど無いはずなのだ。……まあ、そこに幾ばくかの興味はあるが、私としてはメイクデビューを飾れるのならば無視しても差し支えない事だった。

 と、グラウンドへ向かう私を追ってきたオッサンが私の背中越しに言葉を続けた。

 

「デビュー戦は1300mのダートを目標とする。日程は10/30だ。それまでに、お前にレースのイロハを叩き込む」

「おう」

「とは言え、あくまで練習に過ぎん。実戦とは違う。それを留意しトレーニングに励め」

「練習だの実戦だの何が違うんだよ。やることは変わらねーだろうが」

「全く違う。あの空気は独特のモノだ。―――正直、デビュー1戦目は落としてもいいと思っている」

「あ?」

 

 聞き捨てならない言葉に振り返る。

 そこにはいかにも気難しそうな、いつも通りの偏屈な顔があった。

 

「テメー今、敗けてもいいっつったのか?」

「そうだ」

「蹴っ殺すぞ」

 

 この男が私をどう思っているかはどうでもいい。

 だが、今の言葉だけは聞き捨てならなかった。

 『落としてもいい』だと? 負けることを前提にレースに挑めだと?

 例えそれが長期的な戦略であろうと、負けを覚悟してレースに挑んでその先に何を得られるというのか。そんな軟弱な考えで勝てるほど、米国(ステイツ)は、運命は、神は甘くないはずだ……!

 そう思い眼の前の男を睨みつけるが、男は表情を変えずに口を開いた。

 

「無論、お前が勝てるに越したことはない。俺もお前に、負ける前提のレースへ挑むためのトレーニングを課すつもりもない」

「……」

「聞き分けろ。お前が俺をどう思っているかはわからん。だが、俺はお前の覚悟を理解しようとしているつもりだ。そこに妥協はない」

「……そうかよ」

 

 決めた。

 まずはコイツからだ。

 私の信仰(呪い)を思い知らせてやる。

 お前が私を侮るのなら、それに結果を叩きつけて撤回させてやる。

 

「じゃあ、何から始めんだ?」

「今週は距離を実感してもらう。今日は初日だ。1300mを6本、合間に10分の休憩を入れて全力で走れ。問題があればその都度指摘する」

「おう」

 

 オッサンに促されてスタート位置につく。

 これが始まりの一歩だ。凄腕トレーナーとやらが持つ武器を私がモノにする一歩だ。

 オッサンの掛け声とともに、私は大地を蹴った。

 

 

---

 

 

「……お?」

「どこを見ている。まさか、もう家に帰りたいなどと言うつもりじゃないだろうな」

「ちげーよバカ」

 

 オッサンの軽口にこちらも軽く返す。

 4本目を走り終えて短い休憩をしていると、特徴的すぎるウマ娘が目に止まったのだ。

 あのメタルかぶれの頭の悪そうな出で立ち、先にトイレで遭ったあのサメ女だ。しかもこちらを向いている。何かの偶然かと思ったが、サメ女は私を凝視し続けたままだ。どうやら私が気づくまでずっとこちらを観察していたらしい。

 

「ではなんだ? プログラムは変えんぞ」

「ちげーっつってんだろうるせーな。薄気味悪りーのがこっちにガンくれてんだよ」

「なんだと?」

 

 私の返答に、オッサンは視線の先を私のそれと合わせた。

 それに気づいたのか、あのサメ女はこちらに歩を進め始めた。どうやら先のトイレでの続きをしたいらしい。

 

(クソうぜぇ)

 

 私が必死にトレーニングをしてる最中にわざわざ邪魔をしに来るとはいい度胸だ。しかも、このグラウンドに体操服以外で立ち入る時点で舐めていると判断せざるを得ない。ここまでお膳立てをされたのだ、ならば望み通り相手をしてやろう。

 そう思い、私もサメ女の方に歩を進めようとすると、オッサンが私の肩を掴み、妙に緊迫したような声で告げた。

 

「アレには関わるな」

「あ? なんだ、オッサンの知り合いか?」

「違う。だが、アレには関わるな」

「もう遅せーよ、さっき関わったばっかだわ」

「何……!?」

 

 オッサンの手を軽く振りほどくと、私はサメ女に向かって歩を進めた。コンパスが閉じるように共に迫る私とサメ女。互いの共有する空白がおよそ3m弱になった時点で私達は歩を止めた。

 

「一生懸命練習してる最中に、一体何の御用ですかねえ?」

「なるほど。本当に新入生だったんだね」

「何の用かっつってんだよサメ女!! 『聞こえなかった』とでもほざくつもりかテメー!!」

「やめろ、下がれ!」

 

 先ほど振りほどいたはずのオッサンが再度私の肩に手を置き、私を後ろに引っ張った。

 

「何の用だヘイロー」

「……」

 

 オッサンの問いに、眼の前のサメ女は―――ヘイローと言う名らしいが―――オッサンを一瞥したかと思えば、指先から肘までギプスに覆われた右手をゴソゴソと動かしだした。

 その指先から肘まで覆われたギプス―――クソデカ鍋つかみ―――の内部で手をモゾモゾと動かしたかと思えばカチリ、と金属音が鳴った。その瞬間、右手がだらんと僅かに沈む。どうやらあのクソデカ鍋つかみは内部で着脱が可能らしい。その外されたクソデカ鍋つかみが右にゆらりと振られ―――、

 

「!」

 

 こちらに―――オッサンの顔に向けて放り投げられた。

 

「チッ!」

 

 私はオッサンと放り投げられた飛来物の軌道上に割り込み、勢いよく飛んできたクソデカ鍋つかみを掌底で弾いた。

 ズシリとした感触が私の手首を襲う。見た目とは裏腹に、中に何かが仕込まれているとしか思えない重量感。こんなものが人間の顔に直撃でもしようものなら……!

 

「話し中だよ」

 

 先の凶行など素知らぬ顔と声でヘイローが言った。

 

「下がってろ」

 

 私はオッサンを背後に下がらせた。

 

 この女はダメだ。

 会話など望めるべくもない真性の異常者だ。

 幸い先に手を出したのはあちら、しかもトレーナーに対してだ。まして先のオッサンの様子から察するに、悪評は私以上のものと見た。これならば万が一を起こしても咎められないはず。

 私は視線をヘイローの顔に移した。脚を狙うことを悟られないためだ。

 それを知ってか知らずか、ヘイローが口を開いた。

 

「何の用かと訊いたね」

「……」

「先程からキミ達を見ていたが、不思議に思ってね。何故、指導役がいないのかな、と。それを訊きたかったのだよ。何故かな?」

「……」

 

 返答はしない。

 先の件でコイツは真性の異常者と発覚している。コイツにとって言葉とは全て他者を弄するだけのものだろう。

 間合いはまだ射程範囲外。ならばヘイローの呼吸とテンションを読んで、こちらから機先を制す―――。

 

「単純な話だ。指導役が―――」

「指導役が確保できなかったからだよ。だからなんだ?」

 

 チャンスを伺っている私を他所に、オッサンが後ろからヘイローに返答した。そのオッサンの返答に被せるように、私はヘイローに返した。ヘイローのターゲットから外すためだ。

 一体、何を考えてるんだオッサンは。この女が真性の異常者だということにまだ気がついていないのか。それとも私がまたカットに入るとでも思っているのか?

 

「……それで、デビューを目指すと?」

「悪いか。こっちゃ持ってるカードで勝負するしかねーんだよ」

「そうかね」

 

 ヘイローは変わらず無表情のままじっとこちらを見つめて―――、

 

「邪魔をしたね」

 

 ヘイローは私から視線を外し、先程私が掌底で弾いたクソデカ鍋つかみを拾い、くるりと踵を返した。

 視界からだんだんと遠ざかっていく異常者を見送り、視界内から消失したのを確認して、私はオッサンに話しかけた。

 

「ンだよあのキチガイは」

「……後で話す。だが、その前に―――」

「わかってるよ。残り2本だろ?」

「いや……」

 

 オッサンが顎を私に向けて―――否、私の背後に向けてしゃくる。

 

「あ?」

 

 不思議に思い振り返ると、グラウンドのウマ娘とトレーナー達がこぞってこちらを不審げに眺めていた。

 

「釈明からだ」

「オレらのせいじゃねーだろ! あのキチガイが先にふっかけてきたんじゃねーか!」

 

 結局騒動の釈明に追われ、その後にキッチリと残りの2本も走ることになった。

 

 

---

 

 

「以上。これが奴の経歴だ」

「ほー」

 

 夜の帳が落ちたトレーナー室で聞かされたオッサンの説明に生返事を返す。

 実際にヘイローの経歴の説明をされても、正直どうでもいいとしか思えなかったからだ。

 

「まあ、あのキチガイが指導役としてそこそこやるのはわかった。けどよぉ」

「何故、未だに指導役に就けているか、か?」

「そりゃな。あんなのトレセンから出たら警察から警告無しで撃たれんぞ」

「それも答えの一つではある。だが……」

「だが? なんだよ?」

 

 私の促しにオッサンは一呼吸置いて口を開いた。

 

「奴は現役時代に虐待されていた」

「……ほー」

 

 多少驚きはしたが、別段意外とは思わない。ある程度は想像内のシナリオだったからだ。

 もっとも、そういった存在がこのトレセンにいることに多少驚きはあったが。

 

「だからなんだ? 多少のお目溢しでももらえてんのか?」

「わからん。だが、否めんだろうな。虐待していた人物は奴の元トレーナーだ」

「『元』トレーナーね……。ソイツは生きてんのか?」

「命はとりとめた。消息は知らん」

「そうかい」

 

 どうやら相応のことはやらかしたらしい。とは言え、やらかしたのはどちらもだ。

 被害にあった私としては因果関係などどうでもいい。一番の問題はあの異常者が生まれて、それが私に突っかかってきた事だけだ。あの異常者にどのような経緯があれど、それにつきあわされるなど堪ったものではない。

 

「で? どーすんだよこれから。誰がやるんだ?」

 

 この問いは誰があの異常者に対処をするのかということだ。

 私がやるのか、それとも学園側がやるのか。どちらにしてもあんな異常者に目をつけられた以上、内容はどうあれ対処をしなくてはなるまい。言うまでもなく、私は泣き寝入りなどする気はない。

 

「それをこれから委員会と協議する。奴も含めてな」

「……まさか、オレにも出席しろだなんて言わねーよな?」

「言わん。残業は俺だけだ」

「そうかい、そりゃご苦労さん。……オレは戻るぜ」

「うむ」

 

 残業が確定したオッサンを尻目に、私は自室に戻ることにした。

 願わくばこの学園から消え失せてほしいものだが、オッサンの話を聞く限りではそうはならないのだろう。

 

「クソがよぉ……」

 

 私はぼやきながらもオッサンの部屋を後にし、夜の帳が落ちた廊下を歩く。

 本当に。どいつもこいつも―――。

 

 

 

***

 

 

 

 昨日と同時刻、同場所。

 そして行うのも同トレーニング。

 違いがあるとすれば、あの異常者の顔を見ずに済む事くらいかと思っていた。

 そうでなければ委員会との協議とは一体何だったのかという話である。回答の内容はどうあれ、最低でも昨日のような事にはならないだろうと思っていたのだ。

 思っていたのだが―――、

 

「どういうことだよ、こりゃあよ」

「今日からキミの指導役になった。以後よろ―――」

「消えろ」

 

 何故か同異常者も同時刻、同場所に存在していた。

 私はヘイローの挨拶を否定し、やや距離を取っているオッサンに近づく。

 

「オッサンよぉ……、オメー仕事する気がねーのか?」

「そう言うな。期せずして指導役が確保できたのだ」

「歳か? ええ? おいコラ。昨日のことも思い出せねーくらいにボケちまったか?」

「俺達は手段を選べる状況にない。お前はあの時、俺に言ったな。『悪魔ごときが調子に乗るな、テメーは黙って力を寄越せばいいんだよ』と」

「アレは悪魔じゃなくてキチガイだろうが!」

 

 そう、確かにあの時オッサンに向けてそう言った。

 だが、こんな異常者が出てくるのは流石に想定外だ。

 

 ヘイロー。

 この眼の前にいるサメ女は、昨日、私達に散々な煮え湯を飲ませてきた張本人である。

 そんな異常者と翌日にまた顔を合わすことになることですら異常だと言うのに、あろうことか私の指導役に就くなどと、これは事件を通り越して犯罪だろう。いや、この異常者の言動は明らかに犯罪ではあるのだが。

 一体、委員会とは何だったのか、協議とは何だったのか。

 

「酷い言われようだね」

「テメーの評判を筆頭にな。おい、キチガイ。オッサンが何を血迷ってテメーをスカウトしたか知らねーがな、オレがそれを認めるとでも思ってんのか?」

「少し違うね」

「全部違うんだよ。テメーがここにいること自体が間違ってんだよ」

「私はスカウトなどされていないよ。自ら志願したんだ」

「オッサン、警察呼べ」

 

 この異常者は妙な出で立ちが相応しい場所に還すべきだろう。そして私が神に思い知らせるその時まで刑期に服しているべきだ。

 

「お前には昨日説明したが……、奴は指導役としては申し分ない」

「人格も考慮しろや」

「目を瞑れ。お前は経験がないだろうが、指導役の有無はトレーニングの成果に天と地ほどの差が出る。プランや努力では覆せない、隔絶とした差がな。加えて、俺達には時間がない。選り好みを出来る立場にはない」

「ッ……いいや! オレは認めねえ! そもそもなぁ、コイツはダートじゃ結果が出ねーからターフでやってたんだろ? そんな奴から何を学べるんだよ? まさか今からオレにターフへ転向しろだなんて言うんじゃねーだろうな?」

 

 昨日、生返事を返したとは言えこの異常者の経歴は憶えている。それを鑑みるにもはやイチャモンも同然の文句と自分でも自覚しているが、この異常者から逃れられるのならなんでもよかった。

 と、その異常者が動いた。もう尻尾を出すのか、出すにしても早すぎるだろコイツ……!

 

「違うのはスカウトの件だけではないよ」

「あ?」

「キミの困惑も理解できるよ。何分、私達の出会いは少々不幸だったからね」

「どの口でほざいてやがんだテメー!」

「そう。キミは私を認めない。だから、話を単純にしよう」

「あぁ!?」

 

 異常者はそう宣うと、クソデカ鍋つかみをグラウンドに向けた。

 

「一つ勝負をしよう。ダート、1300m。キミが私に勝てたのなら、指導役の件は諦めるよ」

「……言ったな」

「言ったとも」

「上等だよ……! オレが勝ったら金輪際その薄気味悪りィ面を見せんじゃねーぞ!」

「よし」

 

 眼の前の異常者は無表情のまま頷き、両腕を覆うクソデカ鍋つかみを外しグラウンドに捨て、スタート地点へと歩みだした。

それを追うように私も歩を進めると、オッサンに背後から肩を掴まれた。

 

「胸を貸してもらえ」

「なんでオレが敗ける前提なんだよ! 蹴っ殺すぞテメー!」

「お前の言う通り、確かに奴はターフを主戦場としたウマ娘だ。だが―――」

「いちいちうるせーな! それは昨日聞いたんだよボケ!」

 

 二度も同じことを聞きたくも言いたくもないのに、実にやかましい男だ。

 あの異常者の経歴は昨日既に聞いている。目立ったもので言えば重賞を3勝、その内G1を1勝。強豪と言っても差し支えないのだろう。

 だが、奴はレースからかなりの時間遠ざかっているはずだ。いくら指導役とは言え、現役当時と同等のトレーニングを積んでいるわけがないし、ピークはとうの昔に過ぎ去っているはず。言ってしまえばロートルなのだ。技はあっても体がついてこないはず。分が悪いように見えてその実、勝率の高い喧嘩だと私は判断した。

 オッサンと委員会、そしてあの異常者がどのような協議をしたのかはわからない。だが、奴が今この時分にいる以上、もはや協議など当てにはならないだろう。だからこそ奴の喧嘩を勝ったのだ。奴が持ちかけた条件をクリアすれば奴は己の言葉を否定できないし、それを反故にするようなゲスならば、私が呵責も責任も負うこともない。今度こそ脚をへし折れるというものだ。

 

 オッサンの手を振り払い、異常者が待つスタート地点に改めて歩を進める。

 私がスタート地点に着くと、異常者はこちらを向き、口を開いた。

 

「そういえば」

「あ?」

「キミの名前を聞いていなかったね」

「テメーに名乗る名前なんざねーよ。名乗る必要もこれから無くなるんだからな」

「そうかね。では、勝って聞かせてもらうとしようか」

「調子こいてんじゃねーぞロートルが……!」

 

 私の怒りを込めた返答にも、変わらず無表情のままの異常者。

 その顔をレースの結果で歪めてやることを決意し―――、

 

「位置について」

 

 オッサンのコールにスタートラインで身構え、

 

「スタート!」

 

 開始の声と同時に、私は地面を力強く蹴った。

 

 

---

 

 

 「!」

 

 最高のスタートダッシュだった。

 精神・瞬発・拍子、何れもが合致した渾身のスタートダッシュだったはずだ。

 だが、

 

(バカな……!)

 

 この異常者―――ヘイローは、私の渾身を軽々と超えるスタートダッシュを決めた。

 その差、100mも進んでいないというのに既に1バ身半。そして、

 

「……」

 

 ヘイローは前すら見ていなかった。

 じっと、あの無表情のまま私を眺めていた。

 

「ン、の……!」

 

 この瞬間、私は先の目測を捨てた。

 事前の見積もりが何も役に立たないことを思い知ったから。

 私の先を行くウマ娘に明確に侮られたから。

 

(調子こきやがってロートルが!!)

 

 怒りを脚に込める。

 つま先に力を込め、膝を上げ、回転を早める。私の速度は確実に上がっているはずだ、上がっているはずなのだが、ヘイローとの差は一向に縮まらない。そして、広まりもしない。

 それを何故と考える必要もない、実に単純な話だ。ヘイローは、私の速度に合わせて加減をしているのだ。この1バ身半の差をヘイローが維持しているのだ。あのサメのような眼で、私を眺めながら。

 

 第三コーナーを駆ける。

 カーブに差し掛かっても互いの差は縮まらない。

 私が減速をするとヘイローも減速し、差を一定の距離で維持される。

 

「このゲテモノ女がァーーーーー!」

 

 私の罵倒にも、ヘイローはこちらを眺めたまま無表情を崩さない。

 その余裕が尚のこと癇に障り、血管が切れそうになる。

 ―――そう、奴には見せた。

 

(勝負は第四コーナー……!)

 

 これは布石だ。それも2度目の。

 第三コーナーで脚を使わずに減速したのも、怒りにかられて全力を出しているように見せているのも。

 認めざるをえないが、ヘイローは強い。ロートルと侮ったのは私の思い上がりだったと痛感した。

 だが、それも第三コーナーに差し掛かるまで。実力差があるという現実を直視し、それでも私は勝ちを捨てない。ヘイローが1バ身半を維持し続けているのなら好都合だ。差はあれど挽回は出来る差。そして、私が奴に劣っているという現実を利用する。

 お前に私の技を見せてやろう。幼き頃から使い、知らず知らず磨き続けた、私のとっておきを。

 

 第四コーナーが迫る。

 私は内、奴は外。実に好都合。

 ここで私は渾身の踏み込みを放つ。

 それも奴には想定内なのだろう、同じ加速分だけ奴が加速する。

 だが、それもここまで。

 

「オ―――オオォォォーーーーー!」

 

 私は裂帛の気合を吐き続けながら、速度を維持し続けた。

 ただ、脚捌きだけを直線のそれから曲線のそれに順応させ、回転だけを早める。

 

「!」

 

 こちらを眺めていたヘイローが目を見開いた。

 そして、奴は進路を大幅に変え、元々外に位置していた奴がさらに外へ逃れる。恐らくは接触事故を回避したのだろう。

 奴にとっては想定外だろうが、私にとっては全てが想定内だ。

 私がキレて勝負を有耶無耶にしようと突進してきたという疑念、コーナーでは減速するという常識、そして、私の速度にあわせるが故に一手先を読まなくてはならないヘイローのレースプラン。それら全てが合致し、奴は速度を大幅に落とし、進路を大幅に変更して距離もロスし、結果私に先を譲ることになった。

 だが、私の速度は直線から維持したままだ。そう、私にとってコーナーとはラストスパートを駆けるための助走に他ならない。

 

「ハ、ハ、ハ、ハァーーーーー!!」

 

 大地を踏みしめる感触は会心としか言えない手応え。

 脚捌きは曲線から直線へ。

 私だけの最速・最適・最長のラストスパートを駆ける。

 

(もらった!)

 

 この開いた距離と速度。例えレース経験者であろうとも覆せるものではないはず。それが例えG1を制覇していようとも、数多の技を備えていようとも。

 ヘイローは私よりも上回っていたのだろう。だが、喧嘩と同じくレースはそれだけで勝敗がつくものではないという事だ。それを教えてくれた事だけは感謝しよう。

 もっとも、それはヘイロー自身も痛感しているはず。第四コーナーでとうとう無表情を崩したあの瞬間、あれはなんとも見ものだった。その驚愕を抱いてお前は敗れるといい―――。

 私は右斜め後方を振り返った。ヘイローが私にしていたのと同じように。

 

 

「ッ……!!」

 

 

 異形が迫っていた。

 

 

「クッ……! オオォァァーーーッ!!」

 

 私は前を向き直し、全力で逃げる。

 ヘイローを視認していたくなかった。する余裕もなかった。

 生気を感じなかったあのサメのような眼。それが眉と共にドライフルーツのように歪み、煮えたぎったタールのように濁っている。その眼でこちらを凝視し続ける異形の怪物と化したヘイローを、これ以上見ていたくなかった。

 息が切れ始めている。

 だが、走りを止めることは出来ない。今止めれば確実にヘイローに捕らわれる。もし、捕らわれたら―――。

 

 ヘイローの大地を蹴る音が近づいてくる。

 ヘイローの息遣いが聞こえる。

 視野角の端に、ナニカが映る。

 

「舐ァめんじゃねェェェーーーーー!!」

 

 私は喉までせり上がってきた何かを、怒りで塗りつぶして吠えた。

 だが、異形の怪物はそれに全く頓着せず、私の前を駆け抜けていった。

 

 

---

 

 

「ツメが甘いね」

 

 グラウンドに倒れ息も絶え絶えの私に、ヘイローを首を傾げながら無表情のまま言った。

 

(敗けた)

 

 それも完膚なきまでに。

 ヘイローに言い返そうにも、体力的にも結果的にも言い返せない、この現状が全てを物語っていた。

 私はヘイローを侮っていた。それは認めよう。この敗北も必然だったのだろう。だが―――、

 

「ッ……!!」

 

 首を上げてヘイローを睨む。

 この煮えたぎるような怒りは一体何だというのか。

 敗けて悔しいのは当たり前だが、それでは決して納得できない何かが私の中で燃え上がっている。

 このままでは済まさない。今はその思いだけが頭の中でグルグルと蠢いていた。

 

「理解できたか」

「……ああ」

 

 息を整えた私にオッサンが声をかけてきた。

 私はそれに返事を返しながら、グラウンドから起き上がる。

 

「これもあくまで併走、練習に過ぎん。実戦は更に不条理だ。多人数でのレースはこの程度では済まん」

「……わかったよ」

「ヘイローを指導役に就ける。異論はないな」

「ねーよ」

 

 これで拒否できる奴なんているわけがないだろうに。

 これで今日からそこにいる異常者―――ヘイローとトレーニングを始めなくてはならなくなった。ヘイローの実力はわかったが、かと言ってあの人格は無視できない。これから予想できる無駄な苦労に軽くため息をつくと、その元凶が近づいてきた。

 

「さて」

「あ?」

「私の勝ちだ。キミの名前を聞かせてもらおうか」

「……サンデーサイレンスだ」

「聞こえないね」

 

 私はヘイローの鼓膜を潰すために耳に向かって平手を放ったが、ヘイローはバックステップで軽々と平手を避けた。

 

「怖いな」

「サンデーサイレンスだ!! 何が『聞こえねぇ』だ、つけあがりやがって!!」

「キミは粗野が過ぎるな」

「誰のせいだと思ってんだこのキチガイ! 何よりテメーにだけは言われたかねーんだよ!」

 

 私が先程予想していた無駄な苦労がアーリーアクセスしてきた。

 いくら実力があるとは言え、こんな異常者を雇うのはやはり間違いだったのではないだろうか。

 

「では、改めて。ヘイローだ。これからよろしく。私の頭がおかしいのは否定しないが、名前で呼んでくれると好ましい」

「はっきりと言っておくぞ、キチガイ。テメーの実力は認めてやる。だが、それにつけあがっていらねー面倒起こしたら即刻クビにしてやるからな!」

「善処するよ」

「善処しねーでいいから誓え」

 

 私の要求に無言を返し、ヘイローはくるりと踵を返した。

 

「どこ行くつもりだオイ」

「キミこそ何時までそこにいるのかな。併走を始めるよ」

「チッ……」

 

 ヘイローの言葉に舌打ちを返して後を追う。

 まったく。どいつもこいつも―――。

 

 

 

***

 

 

 

 3月最終週、仲春。

 私は3/19にG2であるサンフェリペハンデキャップにて初重賞を勝ち取った。それを足がかりに、再来週には初のG1であるサンタアニタダービーに挑む事となった。

 そして、その私は今―――、

 

「いつまで入ってんだよオイ!」

「急かさないで欲しいな」

 

 指導役のトイレを待っていた。

 

「ったく……」

 

 私は呆れながらトイレから退出する。

 時刻は18時過ぎ。学生は全員寮に戻った時間帯だ。近くの教室は既に施錠されているため、トイレのすぐ横の柱に寄りかかってヘイローを待つ事にした。

 しんと静まった校舎は時刻も相まって薄気味悪い。加えてすぐ隣のトイレに化け物じみた異常者もいるとなると、パニックムービーとゴーストホラーを組み合わせた前衛的な多ジャンルホラー映画に迷い込んだ気分になる。お前らだけでやりあえよと言いたいところだが、あの異常者は最終的に私に向かってくるという確信がある以上、そうも言えないのが残念なところだ。……サイコホラーも追加されるとは、なんて恐ろしい女だ。

 

(……って、ここ、ヘイローに初めて遭ったトイレじゃねーか)

 

 嫌なことに気づいてしまった途端、過去のろくでもないイベントが脳内で想起される。それはヘイローとの邂逅だけではない。奴が私の指導役として就いてからのイベントも思い出してしまう。

 ヘイローの指導は……、遺憾というべきか、複雑な心境ではあるが優れていた。あれから数人の指導役が追加で就いたが、その中でも別格の優秀さを発揮した。指導に無駄がなく、わかりやすい。そして私が学んだ技の練度を高めるためには、奴は努力を惜しまなかった……、ように思える。

 

 だが、それを台無しにするのは奴の素行だ。

 私も……、まぁ、他をどうこう言えたものではないのだろう。だが、それと比較しても異常としか言えなかった。

 奴は指図されることを―――特にトレーナーと言う人種からのそれを極度に忌み嫌っているように見える。オッサンも被害に合うのではないかと当初は危惧していたのだが、不思議と奴はオッサンには手を出さなかった。どうやらあの異常者でも陣営という言葉の意味は理解しているらしい。

 

 だが、それ以外のトレーナーとなると話は異なるのだ。私達の専属とは言え奴も指導役、スポットで他トレーナーに短期間派遣されたりすることもあるのだが、それで他のトレーナーから指図された程度では留まらず、時には肩がぶつかった、視界に入った程度の事でも奴はトレーナーに暴行を加えるらしいのだ。他陣営トレーナーを掴み上げそこかしこに叩きつけた挙げ句、2Fから放り投げた事件は記憶に新しい。

 

 そんなどうしようもない異常者かと思えば、他陣営トレーナーの指示に従い、スポットとしての役目を完璧に果たすこともある。はっきり言って意味が……、奴の基準がサッパリわからなかった。一言で言ってしまえば気まぐれとしか言えないのだろう。

 そんな不発弾もかくやというヘイローだが、実績と問題を天秤にかけるとかろうじて実績が上回るために、絶妙なバランスでなんとか指導役としての席を確保できているというのが私の印象だ。

 

 多少ではあるが私は奴の過去を知っている。そうした凶行に至る理由も理解は出来るが、だからといって納得の行くものでは断じてない。

 ヘイローと関わってから3シーズン。一年も経過していない。その程度の期間で奴を知るには時間が足らず、いつその凶行が私達陣営に向くかも知れないという不安定さには正直ウンザリしている。

 

 と、水が流れる音の後にガチャリという音がトイレから鳴った。

 どうやら用事は済んだらしい。続いてザーッと水が流れる音が聞こえ、バルブを閉める音と水の流れる音が交互に入れ替わってどちらも止まると、少し時間を置いてホラー女ことヘイローが現れた。

 

「待たせたね」

「ホントにな」

「だから一緒にトイレに―――」

「何でテメーと一緒に用を足さなきゃなんねーんだよ気持ち悪ィな!!」

 

 これ以上ジャンルを増やすつもりかこの女は。

 ヘイローは私の返答に全く頓着せず、いつもの無表情で歩を進めた。私もそれにつれて足を進める。

 隣を歩くヘイローだが、いつも着けているクソデカ鍋つかみとワイヤーマスクを今は着けていない。拘束具のようだと思っていたが、実際に拘束具であったらしく、学業もとい、いくつかの例外を除いたトレーニング中の時間帯はアレらを装着することが指導役として働くことの条件に含まれているらしい。つまり、襲われたトレーナーは間抜けであったということでもある。

 

「調子はどうかね」

「問題ねーよ」

「本当かね」

「テメーとの勝敗戦績を教えてやろうか」

 

 既に私はヘイローを上回った。

 奴が本当に本気を出しているかの確証はないが、全力での模擬レースではめでたく今日付けで私の白星が上回ったところだ。

 私はまだヘイローが持つ技を全て学んだわけではないし、まして相手はロートルだ。そんな現状でヘイローを上回っても私の実力は保証できないが、少なくとも成長率と調子は絶好調である。

 私の返答を聞くと、ヘイローは歩を止め、いつもの無表情のまま私を見つめて口を開いた。

 

「その程度で満足されては困るな」

「負け惜しみかよロートル」

「キミはまだツメが甘い」

「しつけーぞオイ」

 

 これだ。

 この女はレースが終わると決まってこのセリフをほざく。しかも勝敗に関係なくだ。

 

「何度同じことを言うつもりだよテメー。じゃあこの際だから訊くがな、ツメってのは一体なんだよ? おぉ? 何をどうすりゃこの壊れたラジオは直ってくれるんですかねえ?」

「キミは殺意がまばらだ」

「……あぁ?」

 

 殺意?

 なんだ、マジでホラー映画の続きかこれは?

 

「いつか気がつくと思っていたが、次はG1だ。時間がない」

「……」

「キミは殺意がまばらだ。制御も先鋭化もされていない」

「……なんだそりゃ。テメーの持論か? 殺意だぁ? 御大層な精神論をほざきやがって……」

「持論でもあり経験論でもあるよ」

 

 突然意味不明な持論を展開するヘイロー。

 そのヘイローが急に動いたかと思えば、私の目の間に立ちふさがった。

 

「キミは憶えているかな。私と共に初めて走ったダートを」

「マウントのつもりかよ」

「キミの作戦は愉快だった。だが、最後は私に怯えたね」

「……」

「まぁ、あれは私が威したのもあるがね」

 

 言い返すことは出来なかった。事実だったからだ。

 

「デビュー戦もそうだよ。あのトレーナーはルーキー故仕方ないと言っていたが、私の考えは違う。どちらもキミが胸の内に宿すモノを想起させれば勝てたはずだよ」

「……何、言ってやがんだ」

「知らないわけはないだろ。キミがダートを走り終えた後、私を睨んだ時のそれだよ」

「アレは、テメーに敗けたから―――」

「嘘だね。キミは私に敗ける以前より、既にそれを持っていた。敗けてからでは遅い。何故それを使わなかったのかな。緊張かね?」

 

 ヘイローは無表情のまま、私を見透かしたような言葉を吐き続けた。

 

「キミが何時、何故それを宿すに至ったのかはいい。多分、パドックで見せるあのパフォーマンスが関係しているんだろうが―――」

「おい」

「そう、それだよ」

「知ったふうな口を利いてんじゃねーぞ……!」

 

 コイツを理解する必要はなかった。たった今わかった。

 私の信仰(呪い)に少しでも触れるのならばコイツは敵だ。もう話すことなどなにも無い。今、ここであの時の続きを―――、

 

「わかるさ。キミは私と同じだ」

「ラリってんじゃねーぞキチガイが! オレがテメーと同じだぁ!?」

「同じだよ。眼を見ればわかるよ。トイレでキミと初めて逢った時、私は一目でわかったよ」

「シッ―――!」

 

 衝動のままに異常者の顔に向けて右拳を放つ。

 だが、異常者は片手で難なく私の右拳を受け止めたどころか、こちらに深く踏み込んで私の左肩を異常な握力で掴んだ。

 

「グッ……!」

「相変わらず粗野だね、キミは」

「ンのっ……!」

 

 両腕を封じられたが、まだ脚は残っている。

 この密着距離ならば膝で―――、

 

「ッ……!」

「大切な話なんだ」

 

 両足を踏まれた。私は完全にヘイローに制圧された。

 頭突きを敢行しようにも、四肢を封じられた上にこの身長差では―――!

 

「キミの根本的な目的を私は知らない。教えられていないからね。だが、勝たないと目的は達成できないんだろ? ならば尚更それを使うべきだろ」

「離せ……ッ!」

「それを使わずに敗ける、逃げられる。キミは一生涯後悔するよ。今も苦しいんだろ? 宿したモノを明確に形に出来ずに、胸の中で混沌とさせたままなんだろ?」

 

 異常者の言葉に付き合うな。

 コイツの精神状態は常人のそれではない。

 今はこの異常者の言葉を聞くしか無いが、全て聞き流せ。

 

「私には昔、殺し損ねたのがいてね―――。私もキミと同じように胸の中でそれを混沌とさせ続けたんだが、私は形にせずそのままにし続けてしまったんだ。そうしたらとうとう破れてしまってね」

 

 心の澱であろうモノをこぼし続ける異常者の無表情が崩れる。

 あの眼だ。最初のダートで私に見せた、タールのように濁った眼だ。

 

「肋を踏み続けたんだ。霜柱を踏み荒らして遊ぶ子供のようにね。それが楽しくて楽しくて浸ってしまって、結局殺し損ねて逃してしまったんだ。それから私は少しおかしくなってしまってね―――。ああ、トイレついでだ。キミは便秘になったことがあるかね?」

 

 異常者の顔がさらに歪む。あの時と同じく、眉と共に眼が歪み始めた。まるでドライフルーツのように。

 

「陳腐な症状だが、アレは中々どうして不快なものだ。腹痛に膨満感に倦怠感と不快なことだらけ。そんなものがね、常に頭の中で起こるようになってしまったんだ。これが何とも不愉快でね―――。だけど、暴力を行使した時だけはそれがスッと引くんだよ。おかしいだろう?」

 

 まだ、続くのか。

 深まっていく顔の歪みと同期するように、私の拳と肩を掴む力、足を踏む重さまで増していく。

 全力で私が力んでいるからまだ抵抗できているものの、少しでも力を抜けば肉に食い込むどころか骨を砕かれんばかりの怪力だ。

 

「そうなってはオシマイだよ。キミには私のようになって欲しくないんだ。いいかい? 破れてしまう前に、宿したモノを制御するんだ。それらを形にして、殺意として先鋭化させるんだ。それでキミの敵を殺すんだ、誰一人例外なく。そうする事でしか、キミはまともに生きられない。―――キミは信じないだろうが、私はキミの味方だよ。私はキミを導くために自ら指導役に志願したんだ」

 

 と、その怪力が少しずつ緩み始めた。

 踏まれた両足を外され、拘束された四肢が次第に開放されていく。

 右拳と左肩が完全に開放されたのと同時に、私はバックステップで眼の前の異形から距離を取った。

 

「……」

 

 眼の前の異形を睨む。

 睨んだ先の顔はいつもどおりの無表情に戻っていた。

 

「ひょっとして、痛かったかな」

「……」

 

 平素の私ならば『キチガイが』と罵っていたのだろう。だが、その気も失せてしまった。

 この女は壊れている。

 支離滅裂な言動、意味不明な持論。もはや私が何を言っても無意味だろう。

 だが―――、

 

「再来週はG1だよ。調子は万全に。そして、私の言葉を忘れないで欲しい」

「一つ聞かせろ」

「なにかね」

「お前は、オッサン以外の一部のトレーナーも襲わなかったな。その基準はトレーナーではなくウマ娘の方か?」

 

 聞き流すつもりだった言葉の内、いくつかが引っかかった。

 別に、回答を聞いた所で何が変わるわけでもないし、私になんの影響も及ぼさない。『今日の晩飯は何か』にも劣る質問だ。

 そんな私の質問に、眼の前の異形は今まで見せたことのない表情を見せた。

 

「さあ?」

「『さあ?』」

「わからないな。私は少しおかしいから。そうかも知れないし、そうではないかも知れない。おかしくなってしまうとね、論理性だとか整合性だとか因果性だとかはどうでもよくなるんだよ」

「……」

 

 本当にわかっていない、心底疑問を浮かべた顔。

 演技ではない。確証はないが私にはわかる。

 

「……そうかよ」

「質問は以上かね」

「ああ。―――戻るぞ」

「そうだね」

 

 私はヘイローに帰路への同行を促した。

 私としても今の提案が不自然であることは理解している。普通は加減はあれど今すぐ距離を置くべきなのだろう。

 その私の不自然な提案にヘイローは当然のように頷いた。それが如実にヘイローの歪みを強調した。

 私はその歪みを許容した。この悲惨な女にはそうするべきだと何故か思ったからだ。

 あるいは、私が辿りかねない末路に対しての、自慰にも似た憐憫だったのかも知れない。

 

 

 

***

 

 

 

「ま、大まかな話としちゃ、こんなとこだな」

「……」

「……」

 

 私は4枚目のベーコン&チーズを片手に、キリの良いところで話を止めた。まだアクの強いエピソードはあるが、流石に引き際と分別は私も持ち合わせている。

 反応はどうかと眼の前の二人を見ると、二人とも2枚目のピザを持ったままだ。ただでさえショボいピザだと言うのに、熱さまで失ったら安さでも釣り合わないということを理解しているのだろうか。

 

「お前……。それ喋っちゃダメなヤツなんじゃねぇのか……」

「なんでだよ」

「後半は、その……」

「マックちゃんまでなんだっつ―んだよ。オメーらホントにオレの話聞いてたのか? もう一回写真も見直せよ」

 

 私は二人の反応を改めさせるために写真に手を伸ばした。

 ホラ、と。油で汚れた手で写真を摘んで二人に見せる。そこには改めて腹立たしいほどに幸せそうな二人の男女が写っている。

 

「憑き物が落ちたんだよ。オレとしちゃ、アイツはもうどっかでくたばってると思ってたんだが……。まぁ、ハッピーエンドってこった。今でも信じらんねーけど」

 

 そう、あの女が結婚などと、今話した事を鑑みるにまずありえないことなのだ。そのありえないことが現実になり、こうして写真まで送ってきている。もはや奇跡と言ってもいいだろう、写真に写っているこの男は聖人かドラッグのバイヤーかのどちらかに違いない。

 

「……お?」

 

 二人に掲げた写真の裏側、そこに何かが記載されていた。

 

(住所か……)

 

 手紙に書けよと思ったが、あの女らしい。

 休みが取れたら顔を出してみるのもいいだろう。この写真に写っている男が聖人かドラッグのバイヤーか確認しに行くチャンスだ。とは言え、前者に決まっているのだろうが。まぁ、兆が一にでも後者であれば、私は殺人を意識せねばなるまい。

 

「……で、よぉ」

「ん?」

「お前はどうなんだサンデー、その通りにしたのか?」

「……どうだかな」

 

 私はディクタの質問を曖昧に濁して返した。

 私には目的があり、それに使えるものであるかどうかを判断するのは最終的には私だ。使えるものであれば使うし、そうでなければ使わないと予てより私はそうしている。

 強烈な思想を持つヘイローだったが、私は奴の全てを否定することも肯定することもしなかった。奴から伝えられた技も言葉も、使えそうなものは使っていただけに過ぎない。

 

「並のヤツならこういう時『酒に交われば赤くなる』んだろ? もっとも、オレは飲んだ程度で顔は赤くならねーからな、日本のコトワザもオレを相手にするには分が悪かったってことよ。オレに限って言えば『酒は飲んでも飲まれるな』ってな」

 

 手元にある『Sunday Silence Special(S.S.S)』が注がれたグラスを人差し指でコンコンと叩きつつ結論を話す。

 

「『酒』は『朱』であってサケじゃねぇぞ」

「知己に感化されるという意味ですわよ」

「ニホンゴムズカシイナ。じゃあマックちゃんは今日は泊まっていって一緒に赤くなろうぜ」

「お断りしますわ」

 

 決め台詞に最速で突っ込まれるも上手く誤魔化したつもりだったが、それの評価をされるどころかマッハで振られる私。中々の瞬発力じゃないか、ディクタにマックイーンよ……。

 

(ま、朱に交われば赤くなるってのは事実だな)

 

 その証明が今目の前にいるこのディクタストライカなのだから。

 マックイーンがいなかったら、ディクタとも友人にはなれなかっただろう。

 そうだ、ヘイローが新婚自慢をするというのなら、こちらは友人自慢でもしてやるか。

 奴が真に私をどう思っていたかは知らないが、どうせ私と同じようなことを思っているのだろうから。

 

 『Sunday Silence Special(S.S.S)』が注がれたグラスを宙に傾ける。

 私は遠く離れた幸福な指導役に、日本の友人と共に少し遅れた乾杯を捧げた。

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