サンデーサイレンスとメジロマックイーン   作:ザッカリフ

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サンデーサイレンスが現役を引退し、日本に向かった先で起こるお話です。
指導役=サポートカード程度に考えていただければ幸いです。
本作品に登場するサンデーサイレンスとヘイローは各媒体にウマ娘と実装されておらず、作者が好き勝手に書いた妄想です。しかも時系列も史実引用もかなりメチャクチャなので内容は多角的にありえないです。


サンデーサイレンスのゾーン入門

領域(ゾーン)だぁ?」

「はい、コーチはやっぱり入れるのかと思って」

 

 それはトレーニングが終わった夕暮れの事。

 一人の教え子が急に私へ質問をしてきた。

 

「当たり前だろ。舐めてんのかテメーは」

「そ、そうですよね! コーチなら当然ですよね!」

 

 私は、教え子の唐突な質問に面食らいつつも返答した。

 返答された教え子は何故か私以上に面食らっていたが、私の返答にどういう解釈をしたのだろうか。

 

「それでですね……、その、領域(ゾーン)には一体どうすれば入れるのか教えていただきたくて……」

「ありゃ学べば入れるようなもんじゃねーよ。キッカケもそれぞれだ」

「そうなんですか?」

「ああ。詳しいことはお前のトレーナーにでも聞け、大体同じような答えが返ってくるだろーがな」

「わかりました……」

 

 落胆する教え子に踵を返して帰路を歩み始める。

 多少突き放したような返答だったが、私はコーチであって、トレーナーでもメンターでもない。前者はともかく、後者は私に出来るとも思っていない。

 何より返答は真実だ。少なくとも私の認識では。

 言ってどうにかなるようなものでもないし、どうにかならない以上、これ以上私に出来ることは何もない。

 

(懐かしい話題だな……、米国(ステイツ)じゃ入れるヤツと入れねーヤツでギャーギャー騒いでたっけか)

 

 私は思い出に浸りながら歩みを進めた。

 領域(ゾーン)に入れないウマ娘は二流だの、領域(ゾーン)に入ったウマ娘は光に照らされるだの、領域(ゾーン)に入ると世界が変わるだの……。

 まぁ、ある意味では必殺技のようなものだ。

 その必殺技を使えるウマ娘が、勝負の世界で有利なのは当然の話である。使用の是非は置いておくとしても、可否に限っては明暗がわかれるのだ。

 もっとも、その必殺技(ゾーン)も安易なものではない。任意に領域(ゾーン)に入れるかでもふるいにかけられる上に、領域(ゾーン)に入れば必ずレースに勝てるというものでもない。

 

 何より一番の問題は消耗だ。

 必殺技とは言ったが、領域(ゾーン)に入れば無敵の力や無尽蔵の活力を授かるわけではない。

 限界の定義は人それぞれだが、私の定義ではセーフティラインを限界という。それを領域(ゾーン)で破った場合、必ず手酷い反動が返ってくるのだ。

 結局、領域(ゾーン)もウマ娘の身体で行えることの一つに過ぎない。使えば使うだけ、表面上には出なくともその反動は積もるものなのだ。

 

 それでも勝利のためなら。

 どのようなリスクを払ってでも勝ちたいと思うのは―――。

 それは、本能と言えばいいのだろうか。それとも宿命とでも言うべきなのだろうか。

 いずれにせよ、領域(ゾーン)に入り、勝利を求めるウマ娘は後を絶たない。

 

 例えば私のように。

 フジキセキ(アイツ)のように。

 

 

---

 

 

「お世話になりました。コーチとのトレーニングは厳しかったですが、それだけあって沢山のものを学ぶことが出来ました」

「オレを恨むか」

「恨む、とは?」

 

 私の悔恨に、眼の前のウマ娘―――フジキセキ―――は不思議そうな表情で聞き返した。

 

「オレは……、お前が領域(ゾーン)を使う前提のトレーニングを課した」

「はい、私もそれを望みました」

「……脚にかかる負荷が、一番大きいのは―――」

「コーチのトレーニングのせいで脚を壊した、と?」

 

 言葉を返せなかった。

 言葉を返すべきなのに、私は返すことが出来なかった。

 

「ウマ娘には付き物、なんでしょう? 何が影響するかだなんてわかりませんよ。他にも色んなトレーニングを色んな方としましたし」

「……」

「確かに残念です。でも―――これも運命というものかも知れません」

「運命なんざ―――!!」

 

 全ての言葉を吐き出す前に、私は口をつぐんだ。

 フジキセキに原因を言わせておいて私は言葉を返さなかったのに、こんな時だけは言葉が出てしまう。

 あまりにも情けない自責。そんな自分が嫌になった。

 

「私の時代は終わりました。ですが、全てが終わったわけではありませんよ。ドリームトロフィーへ向けて復帰する手もありますし、コーチと同じように指導者側に立つことだって出来ます」

「お前は……」

「私は諦めませんよ。運命なんて超えてみせます」

「ッ……」

 

 フジキセキの返答に様々な思いが去来した。

 過去の私、今の私、そしてフジキセキの覚悟。

 己のことならばまだいい。だが、他人―――まして教え子の事となると、私は言葉を返せない。私が出来るのは俯き硬直する事だけだった。

 そんな私にフジキセキは一つため息をついて、一歩踏み込み、私の眼の前に立った。

 

「恨んでなんか、いないんだけどな……。じゃあ、あなたの教え子ではなく、フジキセキとして。コーチではなく、サンデーサイレンスに向けていいかな?」

「……なんだ」

 

 視線を上げる。

 眼の前には真剣な表情のフジキセキがいた。

 そのフジキセキが片手を私の顔に向けてゆっくりと伸ばしてきた。

 殴る速度ではない。胸ぐらでも掴むつもりか、それとも首でも締めるつもりか。

 フジキセキの手が胸元を過ぎ、首元まで届く。すると、私の顎を撫でるように触れた。顎?

 

「可愛いね、サンディ」

「―――は?」

 

 眼の前の教え子が突如壊れた。

 

「普段は粗暴なのに、こんなにしおらしくなっちゃって。マックイーンの言うことは本当だったんだね。このまま、攫ってしまいたいくらいだよ」

「シッ!」

 

 私は右の貫手でフジキセキの喉を狙った。

 だが、私の貫手はフジキセキの喉に到達することはなかった。フジキセキが数多の鳩に変化したからだ。

 渾身の貫手は空を切り、私はたたらを踏む。そんな私を笑うかのように、数多の鳩はバタバタと翼をはためかせ何処かへと飛んでいった。

 

「なっ……!? 何がっ……!?」

 

 突然の事に頭がまとまらない。

 突如教え子が壊れたかと思えば、私を口説き始めた挙げ句、数多の鳩になって何処かへと飛んでいった。

 一体何が起こっているんだ。

 

「怖いなぁ、喉を突こうだなんて。いったい何を考えてるのかな、コーチは」

 

 フジキセキの声がサラウンドで鳴り響いた。

 辺りを見回すも、フジキセキの姿はどこにもない。

 そんな私を嘲笑うかのように、フジキセキの笑い声が360°からドルビーサウンドが如く鳴り響く。

 まさか、コイツ……!

 

「Aieee!? Why Ninjas!?」

「わあ、発音いいな。流石、本場の発音は―――ニンジャ? えっ、ニンジャってあの忍者?」

 

 私の驚愕にフジキセキは疑問を返してきた。なんでだよ。

 本場って言うなら日本は忍者の本場だろうに。

 私が混乱しているとフジキセキはまるで諭すように言葉を続けた。

 

「なんでアメリカのウマ娘って忍者を信じてるんだろうね? クリミナルタイプさんにも言ったけど、もう日本に忍者なんていないよ」

「5秒前の行動にくらい責任を持てや! あれは身代わりの術(Substitute jutsu)だろうが! オレが米国(ステイツ)ウマ娘だからって知らねーとでも思ってんのか!?」

「あれは手品(トリック)だよ」

手品で(タネがあっても)こんなことできるかボケ! あからさまにニンポだろうが!」

 

 至近距離、しかも日の暮れただだっ広いグラウンドでこんな大掛かりな手品が出来るわけ無いだろう。今も聞こえるフジキセキの声も、校内に流れるスピーカーとは一線を画すほどの音質だ。どう考えてもニンポ以外に説明がつかない。

 

「うーん、怒らせるつもりはなかったんだけど、これ以上怒らせると後が怖いな。言いたいことも言ったし、今日はここで失礼させてもらおうかな」

「ま、待てっ! オメー忍者なんだろ!? どうやってなったんだ!?」

「だから日本に忍者はもういないんだってば。……いつか、コーチと同じ道を歩む日が来るかも知れないけど、その時は師弟じゃなくてライバルだからね?」

「あ……? あ、ああ……」

「じゃあその日まで。改めて、今までお世話になりました、コーチ! オタッシャデー!」

「オメー絶対忍者だろ!」

 

 

---

 

 

 そうして、フジキセキはクラシック前期に現役を引退した。

 初仕事から時間も経ってない……、指導役としては新米の頃の出来事だ。

 結局、私の行いは正しかったのか、間違っていたのか。それは今でもわからない。

 しかし、私はその時に改めて思い知ることとなった。責任と、覚悟と、身の程を。

 

 結局、私は教え子に技を授けることしか出来ないのだ。

 求められれば与えるし、求められないのであればそれまで。

 トレーナー業などできるわけもなく、メンター役などとんでもない。

 私は今でも自分の目的に沿って動くだけの、強さしか持たないウマ娘なのだ。

 

 私はため息をつき、空を見上げた。

 夕暮れの空が広がるが、私はそれを見ずに一人の指導役を思い浮かべていた。

 

(オメーって、結構凄かったんだな……)

 

 過去、私には一人の指導役がいた。

 名を、ヘイロー。

 強烈な思想を持つトレセンきってのヤバい女だったが、責任も、覚悟も、身の程も。あの女はそれら全てを私以上に備えていた。

 私は散々ヤツをキチガイだのホラー女だのと罵ったが、指導役としては今の私の上をいっていたのだろう。

 

 思えば、私が領域(ゾーン)に入れたキッカケも、ヘイローのおかげだったか―――。

 

 

***

 

 

領域(ゾーン)?」

「ああ。知っているかな」

 

 時はサンタアニタダービー当日、場所はサンタアニタパーク控室。

 その控室の椅子に座っていた指導役であるヘイローが私に問いかけてきた。

 

「オッサンから聞いてるよ。要は過集中状態だろ?」

「そうだね。では、それに補足をしておこうか」

「補足だぁ?」

「ああ。同じウマ娘からの、経験者からの補足だよ」

 

 今日はG1当日だと言うのに、何故今になって補足など。

 私が訝しんでいると、ヘイローはヌルっと私の眼前に立った。この女はなにか話があると常に至近距離まで寄ってきて視線を合わせてくる。

 そして、私の様子に頓着せず、サメのような目で私を見下しながら言葉を続けた。

 

「キミは結局、領域(ゾーン)に入れなかった」

「……」

「でも、当日になってということがあるからね、特にキミは。つまりこれは領域(ゾーン)に入った場合の忠告、使用上の注意とでも言うのかな」

「なんだよ、言ってみろ」

 

 もったいぶるヘイローに私が続きを促すと、ヘイローはいつもと変わらない様子で口を開いた。

 

「迷わないことだね」

「迷わない?」

「そう、迷わないこと。過集中状態に入ったことで集中が切れるウマ娘もいるんだよ。初の急激な意識レベルの向上による驚愕と当惑でね」

「……言ってることがよくわかんねーな。過集中状態になったのに集中が切れる? そりゃ本当に集中してたのか? 飲んでたかキメてたかのどっちかじゃねーのか」

「さあ? ただ、意識レベルの急激な偏移があるのは確かだよ。個人差はあってもこれは共通する事柄らしい。景色が変わったり、幻覚のようなモノが見えたり。私もそうだったからね」

「オメー、領域(ゾーン)に入れたのか? ……ああ、そういう事か」

 

 ヘイローが指導役に就くキッカケになったあのレース。あの時の急激な加速はそういう事だったのか。

 ささやかな疑問が思いがけないタイミングで解消されたが、新たに一つ疑問が生まれた。

 あの時ヘイローは何故領域(ゾーン)に入れたのか。デビュー前の新人相手に過集中状態になる事などあり得るのだろうか。

 

「オッサンからは、自由に出したり引っ込めたり出来るモンじゃねーって聞いたけどな」

「それは正しいが、全てではないよ。任意に引き起こすことが出来るウマ娘もいる。ごく一部だがね」

「オメーは出来んのか?」

「出来るよ」

 

 意外だ。

 ヘイロー、最終戦績は9勝、内重賞はG1が一勝、G2が一勝、G3が一勝。

 重賞を一つ勝つだけでも名アスリートと言ってもいいのだが、トレセン指導役のポストに就くには―――ましてこんな性格では―――正直かなり厳しい成績らしい。そうチャーリーのオッサンは過去にこぼしていた。

 そんなヘイローが一線級の証であろう領域(ゾーン)の任意発動が出来るとは。

 

(なるほど、コイツが指導役に就けれてるのは過去のお目溢しだけじゃねーってワケだ。評価点は間違いなくこれだろうな)

 

 ヘイローの忠告を聞き終え、ささやかな疑問も解消された。

 レースの開始が近い。

 一段落したし、そろそろ行くかとヘイローを肩に手を載せてどかそうとしたが、ビクともしない。

 私はヘイローを睨みつけたが、ヘイローはそれに全く頓着せず言葉を続けた。

 

「話を戻そうか」

「終わっただろうが。要は驚くなってことだろ? わかったからどけ、そろそろ時間なんだよ」

「いや、まださ。ここからが本質だよ」

「これ以上何があんだよ? さっさと済ませろや」

 

 私が催促すると、ヘイローは珍しく真剣な表情で私を見て、一拍おいて口を開いた。

 

「キミは、私の言葉を覚えているかね」

「あぁ? ……殺意がどうとか、その話か?」

「そうだよ。忘れられていたらどうしようかと思った」

 

 あんな強烈なイベント、忘れようにも忘れられるわけがないだろうに。

 眼の前の女が真正の狂人と発覚したイベントだ。今も言葉は染み付いて、頭の片隅に引っかかっている。

 

「あの時の言葉が全てだよ。キミは私と同じだ。キミは絶対に領域(ゾーン)に入ることが出来る」

「しつけーなテメーも……」

「私は真剣に言っているんだよ。キミも敗けたくないだろ?」

「使う使わねーはオレが決めることだ! 何より当日にンな都合よく出来るワケねーだろこのキチガイ!」

「思い出して欲しい。前日の記者会見で一悶着あったが、それはキミの目的と異なるのでは―――」

 

 これ以上ヘイローの話を聞くつもりはなかった。

 言ってどくような女でもなかったので、腕でヘイローを薙ぎ払って無理やり道を作った。ずしりとした感触を覚えたが、罪悪感を覚えることはなかった。

 薙ぎ払ったヘイローを振り返ることもなく、私はパドックに繋がる通路を進んだ。

 ヘイローの思惑など知ったことではない。私はなんとしてもこのレースに―――あのクソ女に勝たなくてはならないのだ。

 

 G1、サンタアニタダービー。6人立て。

 出走者は私、フライングコンチネンタル、ミュージックメルシー、シーフクロー、ヒューストン、ミスターボルグ。

 勝たなくてはならない理由、それは初G1への挑戦だけではない。

 

ヒューストン(あのクソ女)だけは絶対にぶち(抜か)す……!)

 

 このサンタアニタダービーにはヒューストンが出走するのだ。

 ヒューストン。

 私の三戦目に当たるハリウッドパークの一般レースで、私から一着を奪ったウマ娘。

 アタマ差とは言え、負けは負け。借りを返すのは言うまでもない。

 

 実績だけで言えば、G1を制覇しているシーフクローこそが本レースでの最大の強敵なのだろう。

 だが、それすら霞むほどにヒューストンは許せない、生かしておけないとも言える理由がある。

 

 ヒューストンは私の脚を笑ったのだ。

 前日の記者会見、1番人気のヒューストンは過去に私に勝ったからなのか、それとも1番人気が嬉しくてイキリ散らしたかったのか。

 理由は定かではないが、実にふざけた上等を私に叩きつけてくれた。

 

 

 ――――――『まだ脚治ってなかったの? あいにく松葉杖の用意はないけども、傘で良ければ松葉杖の代わりにあげようか?』

 

 

 私のX脚を見てこう宣い、傘を私に投げやがったのだ。

 その言葉を聞いた瞬間私の頭は白熱し、気づけば取り押さえられていた。

 ヒューストンはとうに姿を消し、記者会見と言う名の晒しモノも終わっていた。

 記者会見の帰りに、いきなり現れたシーフクローに『私様よりも目立ちおって』とわけのわからない因縁をつけられて、追加でキレもした。

 

 憤懣やる方ないと言うわけではなかった。このレースで全てを晴らせるのだから。

 返すものは借りや傘だけではない。私を見たら泣き叫ぶほどのトラウマをこのレースで与えてやる。

 もう二度と、あのドヤ顔が出来ないようにしてやる……!!

 

 気づけば微かに光が差し込んできた。どうやらパドック前についたらしい。

 私は歩みを止めずに強くなっていく光の中に進み、パドックへと歩を進めた。

 辿り着いた先はいかにも歴史のある庭園風の景観だが、直近のレースもサンタアニタパークでのレースであったため、新鮮さも懐かしさも感じなかった。

 観客の野次と歓声を全身に浴びつつ、私は歩きながら尻ポケットからクルスを取り出した。

 私はクルスの鎖を指で遊ばせて勢いを作り、軽く振り上げて、空中で逆さになったクルスを掴む。

 そして、逆さになったクルスの柱を中指に載せ、人差し指と薬指でクルスの梁を握り、天にかざした。

 

 

 ――――――くたばれ(Fuck You)

 

 

 野次が強くなったが、これに限っては既に六度目だ。新鮮さも懐かしさも感じず、もはや慣れたものである。

 もとより、そんなものはどうでもよかった。

 私は今日このレースで媚を売りに来たわけではない。先にパドックでアピールをしている、あのバカ面下げたノロマ共を下しに来たのだ。

 

 

 ――――――『敗けたくないだろ?』

 

 

 殺意の確認と共に、何故か先のヘイローの言葉が思い浮かんだが、意識して振り払った。

 

 領域(ゾーン)など知ったことではない。

 あるかどうかも、使えるかどうかもあやふやなものに頼る気など毛頭ない。

 私にはこの反骨心()があれば十分だ。この信仰(呪い)があれば十分だ。

 私は殴られたら相手が死ぬまで殴り返す。それは誰が相手でも関係ない。

 

 それが米国都市を冠するモノ(ヒューストン)であろうとも。

 それが神であろうとも。

 

 

***

 

 

 ベルと同時にスターティングゲートが開く。

 それとほぼ重なるように私は全力で大地を蹴った。

 

「ッ!」

 

 と、右肩に強い衝撃が走る。

 スタートと同時にヒューストンが肩をぶつけてきたのだ。

 

「ンッの、クソ女がァーーーー!!」

 

 私の怒号にヒューストンは一瞬こちらを振り向き舌を出した。あまりの上等ぶりに頭の血管が切れそうになる。

 追いかけて蹴っ殺そうと脚の回転を早めたが、ヒューストンはグングンとスピードを上げてトップ争いに加わろうとしていた。

 

(相変わらずバカみてーに飛ばしやがって……!)

 

 ヒューストンは更に速度を上げ、トップ争いをしていたフライングコンチネンタルとミュージックメルシーに突っ込み、なおも速度を上げ続けた。

 最初のコーナーであるクラブハウスコーナーを回る頃にはポジション争いは集結し、ヒューストンは単独トップ。私はトップ争いをしていた一人であるフライングコンチネンタルを抜かし三番手に着いた。

 しばらくペースを維持して走るも差は変わらず。私の感覚としては結構な速度を出しているはずだが……。

 

(状況は変わんねーか)

 

 前はヒューストン、ミュージックメルシー。

 後ろはフライングコンチネンタル、シーフクロー、ミスターボルグ。

 最後尾のミスターボルグは除外してもいいだろう。明らかにレベルが違う。

 シーフクローは何故かミスターボルグの次に位置し、私とは既にかなりの差がついている。やる気があるのかないのかわからないが、仮にもG1制覇をしているウマ娘である以上、油断はできない。だが、過度に警戒する必要はないか。

 フライングコンチネンタルのヤツは差し。末脚で勝負を決めに来るんだろうが、私には追いつけないはず。

 

 問題は前の二人だ。

 ミュージックメルシー、コイツのスタミナには定評がある。ヒューストンとトップ争いをしてはいるが、おそらく垂れることはないだろう。早期に競り合って気力を削ぐ必要がある。

 ヒューストンはどうか。前を走ることしか能のないコイツだ、ミュージックメルシーとこのまま潰し合ってくれさえすれば―――、

 

(……何を考えてんだ、オレは?)

 

 何故、私はこんな小賢しい事を考えているんだ?

 私はヒューストン(アイツ)をわからせるためにこのレースに挑んでいるのではなかったのか?

 いや、レースに勝つための状況分析は当たり前の事だ。まして初G1、ここでコケようものなら、神に反逆するなど笑い話だ。私は一体なんのために走っているのか忘れ―――、

 

(余計なことを考えんな! 勝つためにやることは変わらねぇ!)

 

 仕掛けどころは最終コーナーだ。それは変わらない。

 そこで私の全てをぶつけて、全員まとめてぶち殺し(抜い)てやる。それで終わりだ……!

 

 最終コーナーが近い。

 ヒューストンとミュージックメルシーの争いは変わらず……、否、ミュージックメルシーが僅かに差を詰めている。

 

(ここだ!)

 

 最終コーナー到達前、私は全力の踏み込みを放った。

 急加速によって私は容易にトップスピードに到達し、その加速はヒューストンとミュージックメルシーを1バ身以内に捉えた。

 

「オオォォォォォォォ!!」

 

 踏み込みは今まで以上の手応え。

 速度は変わらず、ただ足さばきだけを直線に対応するモノから曲線に対応するモノへ、さながらグラデーションのように変容させる。

 コーナーすら私にとっては助走の区間。ヒューストンとミュージックメルシーに肉薄しつつ、私だけが持つ最適・最速・最長のラストスパートを駆ける。

 

 勝てる確信があった。

 後はこのまま体力が続く限り押し切るだけ。

 並ばれたなら気力が続く限り押し切るだけ。

 それで終わるはずだった。

 

 

 突如、眼の前に炎が広がった。

 

 

(!!)

 

 

 眼の前に現れたのは、炎だけではなかった。

 

 狭く歪な空間。

 噎せ滲みる黒煙。

 不自然なカタチ。

 いやなにおい。

 無傷のクルス。

 

 

 ――――――(これは―――あの時、の―――事故―――)

 同期。

 

 

 ――――――『みんな、みんな、夢に向かおうとしていた矢先だったのにッ!』

 希望。

 

 

 ――――――『神が君を守った証だよ。大切にしなさい』

 祈り。

 

 

 昔はあったが、今はないもの。

 それら全てが私の眼の前に現れた。

 

「ハハハ」

 

 滑稽すぎて笑いがこぼれた。

 そうか、オマエはそれほどまでに私が嫌いか。

 何が領域(ゾーン)だ。

 わざわざこんなものを見せつけてきやがって。

 そこまで私を勝たせたくないか、神よ―――。

 

 

 ――――――『迷わないことだね』

ヘイロー(お前)の言う通りだったな」

 

 

 ――――――『宿したモノを制御するんだ』

(どいつ)も、」

 

 

 ――――――『殺意として先鋭化させるんだ』

運命(こいつ)も、」

 

 

 ――――――『それで、キミの敵を―――』

「ぶち殺し(抜い)たらァーーーーーーッ!!!」

 

 

 私は炎の中を駆けた。

 逃げるためではない。離れるためでもない。

 この炎を作った(ヤツ)を殺すために。この先にいる運命(ヤツ)を殺すために。

 

「Arghhhhhhhhhhhhhhhh!!!!」

 

 何かを叫んでいるようだが、何を叫んでいるのか自分にもわからない。

 ただ、沸き上がるものだけが口から出続けていた。

 だから、私は命が続く限りそうし続けた。

 

 炎が消え、私が私を認識できた時、レースは終わっていた。

 

 

---

 

 

 どうやら私は一着を取ることが出来たらしい。

 無我夢中だったので断片的にしか思い出せないが、あのまま押し切ることが出来たようだ。

 だが、

 

「はぁーーーーっ……! はぁーーーーっ……!」

 

 息が整わない。

 息だけではない、全身の疲労感が尋常ではない。

 手先はしびれ、汗は止まらず、立っていることすらやっとの状態だ。

 

(これが、領域(ゾーン)か……)

 

 想像以上の消耗だ。しかし、収穫は大きかった。

 道中、碌でもないものを見たが、それを補って余りあるパフォーマンスを発揮することが出来た。

 感覚も掴めた。

 私はこれ以降、任意に領域(ゾーン)に入ることが出来るはずだ。確認すらしていないので確証はないが、反吐が出そうなほどに信頼できる確信がある。

 私は深呼吸をたっぷりしてから息を整え、パフォーマンスの結果を見るために顔を上げた。

 視線の先である掲示板には一着である結果と、大差の表示、タイムが映し出されている。

 

(……届かなかったか)

 

 領域(ゾーン)に入ってもタイムはレコードに届いていなかった。その差0.6秒。

 癇に障るが、上には上がいるらしい。もっとも、私はそれすら追い抜いてみせるつもりだが。

 

「整ったかね」

「うおっ」

 

 背後から突如、聞き覚えのある声が聞こえた。

 振り返ると、何故か土埃と汚れにまみれたヘイローが立っていた。

 

「いきなり現れんじゃねーよ気持ち悪ィな。つーか、何でテメーがここにいんだよ。オッサンはどこいった?」

「ウィナーズサークルに避難しているよ」

「おお―――、あ? 避難?」

「キミが暴れたものでね」

「は?」

 

 暴れた? 私が?

 まったく記憶にないが……。

 

「痛かったよ」

「……記憶にねーが、借りは返せたみてーだな」

 

 どうやらヘイローの土埃と汚れは私が原因らしい。

 もっとも、私は反省するつもりも負い目を感じてもいない。

 この女の怪力には随分手を焼かされているからだ。むしろ、記憶に残っていないことが残念まである。

 

「まぁ、不問としよう。それよりも―――」

領域(ゾーン)だろ?」

「……そうだ。キミは―――」

「ああ、テメーの言ったとおりだったわ。ありがとよ、最悪の気分だ」

 

 私はヘイローとの会話を食い気味に切り上げ、ウィナーズサークルに向かう。

 オッサンにはヒューストンの傘を預けてあるのだ。レースに勝ったのなら、諸々込みでヒューストンに返さなくてはならない。

 と、ウィナーズサークルに向かう足を止め、ヘイローに振り返った。言い忘れたことがまだあったのだ。

 

「ああ、そうだ。テメーの言ったことだがな」

「……何かね」

「オレはテメーとは違う。一緒にすんじゃねえ」

「……そうだね。キミは私とは違う。似てはいるみたいだけどね」

「似てねーよバカ」

 

 私はヘイローへの訂正を二重にして、ウィナーズサークルに改めて歩を進めた。

 さあて、ヒューストンのヤツをどう煽ってやろうか……。

 私は薄昏い喜びを胸に秘めて、ヒューストンへの煽り文句を考え始めた。

 未だにムカつく相手ではあるが、煽って泣かす程度で勘弁しておいてやろう。

 

 私の敵は神と運命だ。

 木っ端の雑魚と必要以上にかまっているヒマはない。

 

 

***

 

 

「……」

 

 空を眺めて過去に耽っていたら、いつの間にか日が落ちていた。

 らしくもないと思うべきなのか、成長したと思うべきなのか。

 

 いや、成長したのだろうと思いたい。

 トレセンきってのヤバい女であるヘイローだったが、今思い返せばヤツにはヤツなりの優しさと気遣いがあった。

 それに気づけるようになったのは成長と言ってもいいのではないだろうか。

 

「一度……、会うかぁ……?」

 

 指導役として就いた今だからこそ、ヘイローに聞きたいことも言いたいこともある。

 ヘイローがどれだけ変わったのかにも興味がないと言えば嘘になる。

 だが、未だに踏ん切りがつかないのは理由としては弱いのだろう。

 この私も今となっては無闇にこの地を離れられない身分であるし、何よりヘイローにプラスを見いだせたとしても、差し引きすれば圧倒的にマイナスのほうが多いのだから。

 

 成長というのも一長一短かも知れない。

 以前の私ならば、こんなことで迷うことはなかった。

 

(まぁ、なんかのついででいいだろ……)

 

 いつまでも悩むのも面倒なので、とりあえずの方針を決定した。

 よく聞く、『前向きに善処する』というヤツだ。使われると苛つく言葉だが、使ってみると便利な言葉であると今実感した。

 

(さて、明日も早えーしさっさと帰って寝るか……。お?)

 

 気持ちを切り替えて、帰路につこうと遠くを見やると、見覚えしかない後ろ姿を見かけた。

 あの芦毛、あの身長、あの歩き方……。アレは間違いなく―――、

 

「おーーーい! マックちゃーーーん!」

「……声が大きいですわよ」

「お? いいだろ別に。今日マックちゃんの部屋寄っていいか?」

「よくはありません。よくはありません」

 

 瞬時に二つ断られて少し凹む私。同僚だと言うのに少々つれないのではないだろうか。

 とは言え、私が寄るのを待ってくれて、歩幅も合わせてくれるところはとても良いのだが。

 

「相変わらずつれねえなぁ。少しくらいはいいじゃね―か」

「夜は静かにするべきですわ」

「別にいいじゃねーか、周りに誰もいねーんだし」

「だとしてもです。それに貴女、部屋に来たらずっと喋り続けるでしょう」

「そりゃ一緒にいるなら喋るもんだろ」

「夜は静かにするべきですわ」

「えー……。じゃあどうしろってんだよ……」

 

 夜なのがまずいのだろうか。

 とは言え、日中マックイーンに付き合うと高確率でベースボールか甘味地獄に誘われるから、極力避けたいのだが。

 

「ああ、そういえば」

「お、やっぱ部屋に寄ってもいい?」

「違います。貴女、ヘイルトゥリーズンという方をご存知ですか?」

「――――――」

「サンデーサイレンスさん?」

 

 何故、マックイーンからヘイルトゥリーズンの名前が。

 何の繋がりがあるんだ? あの裏表の激しい女とマックイーンに、一体どういう関係が……。

 

「……知ってはいる。面識もある」

「ああ、やっぱり。彼女も貴女のことは存じているようで」

「マックイーン、今度はオレが質問する番だ。あの女とどういう関係だ? 家の繋がりでもあるのか?」

「ええ、彼女には一時期メジロ家トレーニングの顧問をやっていただいた時期がありますの」

 

 天を仰ぐしかなかった。

 どこそこのパーティーで軽く面識がある程度ならよかったのに、ガッツリ関係があったとは……。

 

「何か、問題でも?」

「問題しかねー。あのなマックちゃん、あの女がマックちゃんを前にどういう立ち振舞をしてっか知らねーけどな、アイツとはあんま関わんねー方がいいぞ」

「貴女の知人、そういう方多くありませんこと?」

「それは流石に酷くねーかなマックちゃん!?」

 

 まるで私の知人は異常者ばかりと言わんばかりではないか。

 しかし、思い返してみれば私が面識のあるウマ娘の大体が……。

 

(いや、イージーゴアが……。アイツかぁ……)

 

 言葉にするとこそばゆいが、イージーゴアとは仲直りをした関係ではある。

 しかし、かといってアイツをまともなウマ娘の筆頭に置くと、どうしてもあの癇に障る笑いが脳内にこだまするのだ。

 結局、私はジレンマと不名誉を天秤にかけ、甚だ不満ではあるが不名誉を甘んじて受け入れることにした。

 

「……まぁ、いーわ。で? ヘイルトゥリーズンを知ってたら何だって?」

「今年の夏休みにこちらに来るそうです。久しぶりに貴女に会いたいと」

「…………」

「まぁ、凄い顔」

 

 何故、私にピンポイントで?

 メジロ家と交流があるならメジロ家に行ってトレーニングでもしていればいいものを。

 ……いや、そもそも何故マックイーンを通してそんな事を―――ああ、そうか。マックイーンの顔を使って断りづらくさせているのか。こりゃ完全にハメられたな。

 あの顔の広い女のことだ。マックイーンに限らず、数多の人脈を使えばコンタクトを取ることなど容易なのだろう。

 だが、いくらマックイーンを通しての頼みとは言え、あの女と会うのは御免被る。

 

「ハッキリ言うわ、オレはアイツと会いたくねえ。マックちゃん、返事はしてねーよな?」

「本人に伝えるとは言いましたが……」

「あ~~……、まぁ、それでいいわ。じゃあオレは忙しいから決まった時間を空けられねーって伝えておいてくれ。んで、マックちゃんはアイツの来る日だけ教えてくれ。明確な日時がわからなかったら時期だけでもいい」

「それで、貴女はどうするんですの?」

「アイツが来る時期になったら逃げるさ。最悪、米国(ステイツ)にでもな。アイツが帰ったらオレもとんぼ返りするさ。……ああ、電話がかかって来てもオレには繋げないでくれな」

「はぁ……。そこまで毛嫌いするような方ではないと思いますが。礼儀正しく丁寧で気さくな方ですのに……」

「そりゃアイツが本性出してねーだけだよ」

 

 不思議そうな顔をするマックイーンだが、不思議なのはこちらもだ。

 面識があると言っても会ったのは一度だけ。それで一体私の何に拘っているというのか。

 

(丁度いい。米国(ステイツ)に逃げることになったらヘイローに匿ってもらうか)

 

 ヘイローもあの女を苦手としていたはずだ。

 お互い共通の苦手意識を持っているのだ、それならキチガイ筆頭のヘイローとて無下にはするまい。

 最悪ヘイローに無理やり押し付けるという選択肢もありだ。

 

「ったく、日本に来てまであの女の名前を聞く羽目になるとはな……」

「あちらでは有名人なのでしょう? 何故そこまで?」

「……」

 

 ヘイルトゥリーズンの本性をここで洗いざらいぶちまけたくなる衝動に駆られたが、すんでのところで止めておいた。

 ヤツの人脈は山に巣食うキノコの菌糸にも匹敵するレベルだ。

 マックイーンに今ヤツの本性を暴露してそれがヘイルトゥリーズンに知られた場合、私はヤツの人脈で社会的に抹殺される可能性すらありうるのだ。それが海を隔てたここ日本だとしても。

 米国(ステイツ)での夢が破れ、日本で指導役として立脚した今、世間体や立場が重要であるということは痛いほどに身にしみている。

 

 まぁ、ヘイローに会う理由もこれで出来た。

 キレそうなくらいに納得できない経緯ではあるが。

 

 マックイーンと共に、共通の話題を話しながら帰路を歩む。

 いつもならば疲労も吹き飛んでいたその足取りも、今日に限っては鉛よりも重かった。

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