――アリーナ
夕方の監視隊とのちょっとした騒動から一息ついて、合流したアリーナを含めて四人で家に帰った。だがおじいさんが心配させたおばあさんに叱られる一幕もあり、おじいさんが三人に目で助けを求めた。
しかし、三人ともおじいさんから目をそらした、どうやら三人ともおじいさんを助ける気はないようだ。村を守るとはいえあのような無謀ともいえる行動には思うところがあったようで、おばあさんにしっかり叱られたほうが良いと思ったのだ。
そうしておじいさんがこっぴどく叱られ、しかしおばあさんの心配をおじいさんは受け止め二人が抱き合ったことにより丸く収まったのであった。
しばらくして二人とも落ち着きファルネールが戻って来たので夕飯の時間である、今回の夕食はタルラが都市に行っていた際に分けてもらって食材が入った少し豪華なスープである。
「あら、今日はタルラが言った通り本当に豪華ね」
「私も驚いたもんだよ、まさかあのタルラがこれだけのものを用意して来たんだからね」
「おばあさん、流石にそれはひどくないかな?」
「日頃の行いの成果だね~」
「少しはマスターを見習ったほうが良いのでは?」
「うむ、そうじゃのうアリーナの真面目さをタルラは見習ったほうが良いかもしれん」
「私を擁護してくれる者が誰一人としていない……悲しいな」
自身を擁護してくれる人はおらず孤立無援な状況にタルラは大袈裟に嘆く、大袈裟な態度そのことが面白かったのかアリーナはクスリと笑い、それを見たタルラが『笑うのは酷くないか』とアリーナに絡む、そのようにして楽し気な夕食の会話が続くのであった。
◇────────◇
夕食を食べ終え自然と5人は解散し各々自由に過ごし始める、おばあさんは編み物をおじいさんは夕方の騒動で痛めた腰を休めるように椅子に座っている、アリーナはタルラが手に入れた本を静かに読みファルネールはその様子を静かに見守っていた。
その様に過ごしている中でのんびりと家で過ごしていたノレットはふと周囲を見回してタルラがいないことに気が付いた。
「あれ、タルちゃんは?」
その一言にアリーナが反応した。
「タルラなら確か夜風に当たってくると言って外に出ていったわよ」
「えっ、この国の夜中の風に当たりに行ったのかい、それじゃすぐに風邪ひいちゃう、おばあさん毛布借りるよ!」
当然のことながらウルサスの冬の寒さと厳しさを知っているノレットは慌てたように置いてあった毛布を取り、慌てて走って外に出ていく。
おばあさんは出ていくノレットを止めるでもなく気をつけてねと呼びかけて見送った。
「相変わらずノレットはタルラを放ってはおけないようじゃな、少し仲が良すぎると感じるが」
「ここに来る前からそれも幼い時から一緒だったから仕方ないことよ、でも特にノレットはタルラの事を人一倍気にして若干過保護なところがあるわね」
「まあ、そのタルラも過保護な所を受け入れていますから特に問題は起きていませんから気にする必要はないと思いますが」
「そうだねえ、あの二人の絆はとても固いし私達が気にしなくても大抵の事は二人で何とかなりそうな気がするよ」
ワシの気にしすぎかのうとおじいさんが呟いた、それにおばあさんが肯定するように頷きを返す。一先ずはおじいさんの心配事も解消された、そう判断したアリーナは視線を本に向け読書を再開する。
(でもあの仲の良さどちらかが欠けたらどちらも深刻なことになりそうなのよね……これが杞憂だと良いのだけど)
心の隅に少し心配を残しながら。
アリーナが読書を再開しているころ、小走りでタルラの下に向かう影が一つ。ザッザッザと雪を踏み鳴らしながらタルラがいるであろう場所に一直線に走る。
「タールちゃーん!」
走って見えてきたタルラの姿に大声で自分の存在をノレットは告げる、するとタルラの方もその声が聞こえたのノレットの方へゆっくりと振り返り。ノレットは加速した。
「タルちゃん!!」
「ノレット!?」
加速し過ぎたのか止まることができずにタルラと衝突、そのまま地面の雪に真っ逆さまに落ちる、ボフンと良い音が二人の耳に聞こえた気がした。
「ノ、ノレット……!」
「あはは、ごめんごめんって!」
流石に正面から衝突してきたことに対して青筋を立てて怒りを滲ませるタルラ、それに対して苦笑い衣をしながら謝るノレット。そしてノレットが一度ブリッジを作りそこから素早く立ち上がり頭を起き上がらせたタルラに手をさし出した。
「前から走る速度は止まれる程度にって言ったろう?」
「タルちゃんが心配になるとどうしても速度が上がっちゃうんだ、心がけてはいるんだけどね」
「ならその心がけをしっかりと実行してもらいたいものだよ」
冗談めかしに言いながらタルラはノレットから差し出された手をしっかりと握り、ノレットに引かれて立ち上がった。
そして服を叩いて雪を落とし改めてノレットとタルラは向き合った。
「それでータルちゃんはどうしてこんな寒い夜を外で過ごそうと思ったの?」
「……ん、いや、なに少し考え事をな」
少しばかり話し辛そうに考えるような素振りをして話そうとするのをためらっているようにしていた、そのタルラを追求しようとはせずノレットはタルラが話してくれるのを静かに待った。
それからタルラがその重い口を開き始めた。
「いつあの村から旅立とうかとそう考えていたんだ」
タルラから話し出された言葉にノレットは(ついにだね)と内心で溢した、分かっていたのだタルラがずっとあの村に留まる事をしないと、彼女の正義感ゆえに村に居つき安穏としていることを自分で許さないのだと。
だからこそタルラは時折遠出し、都市に赴き色々な事をやっている――おそらくは感染者絡みの活動なのだろうとノレットは理解している。
「ふーん、確かにそれは決めておいたほうが良いかもね」
「……反対はしないんだな」
「だってもう決めちゃったんでしょ?ならタルちゃんはそこは譲らないだろうからさ、それにタルちゃんに付いて行くって決めてるし今更残れっていうのはなしだからね?」
「分かっているさ、ノレットも私と同じくらい頑固だしな」
その絶対にタルラの元から離れる気はないという断固たる意志を感じさせるノレットにタルラは自然と苦笑した。
そうと決めたノレットの頑固さは長い付き合いゆえにタルラが最も理解しているのだ、だからこそ苦笑しかでないのだ。
(だが、それで助かっている部分もあるんだがな)
「何か言った?」
「いや、なんでもないさ」
小声で呟いたことを耳ざとく聞こえたのか追及してくるノレット、それを誤魔化して本題に話を戻す。
「それでだ反対もしないようだしいつあの村を去るのかだが」
「うーん、時期は……引っ越しの作業を手伝った後で良いんじゃない?」
引っ越し、それは近々行われる村の移転の事だ。その事前準備として移転場所の整地が行われてその作業は殆ど終わっており、後は村の移転を待つのみとなっている状態であった、それを知っている村人達は本格的な移転の前の荷造りを始めている。
その作業が終わった後で村を離れる、そうノレットは提案したのだ。おじいさんとおばあさんを思えばこの提案は実際悪くないとタルラは頷く。
「悪くない、おじいさんとおばあさんには世話になりっぱなしで恩もあまり返せなかった、ならせめてその手伝いはして恩を返さないとな」
「そうだね立つ鳥跡を濁さずとも言うし最後まで受け入れてくれた恩は返さなくちゃ」
二人の意見は一致していた、血にまみれていたタルラとノレットを怖がりもせずに受け入れ匿ってくれたおじいさんとおばあさん、その二人に対してタルラとノレットはとても感謝していた、だからこそ仕事を手伝い離れる前に返せる恩は返したいと二人は思っていた。
引っ越しはその一環の最後となる。
「いやぁ、色々手伝ってきたけどさこれも最後となるとなんだか寂しく感じるね」
「そうだな長かったようで短い生活だったか穏やかだがにぎやかな生活が終わるとなると寂しさを感じるな」
「……けどまあ、これで一生の別れっていうことでもないし旅立った後で落ち着いたらまた連絡すればいいよ思うよ」
「ああ確かに、旅立った後に落ち着いたら近況報告するのもいいかもしれない」
うんうんとその言葉に同意するように頷いたノレットだが、ふとアリーナの姿が思い浮かんだ。彼女はタルラと親しくして時には鋭い所もあったタルラもまたそんな彼女と親しくしていた、そうしてタルラにとって得難い存在へとなっていたアリーナ、彼女も自分達の旅路に誘うのかと疑問が出てきて。
「そう言えばタルちゃん、アリーナは誘うのかい?」
「……いきなりだな」
唐突に投げられた質問にタルラは少し呆気にとられたもののすぐに立ち直り、否定するように首を横に振った。
「アリーナを連れて行く気はない、彼女が私達のように危険な目に遭う必要はない」
「……そうだね」
少し残念そうに、しかしタルラの言うことも正しかった為に異議を唱えることなくタルラの言葉を受け入れた。
「あーあ、危険な目に遭わせるわけにいかないとはいえアリーナと一緒に行けないのは残念だなぁ」
「まさかノレットがそこまで言うとはな、正直なところ驚いてるよ」
「そりゃとっても良い子だし僕たちに対して偏見なく接してくれたしね、それに彼女は博識で学ぶということに熱心だったから彼女がいれば何か力になってくれるかもって思えて仕方ないんだよ」
「例えば?」
「教師、とかかな」
その一言にフッとタルラが軽く笑みを作った。
「ああ、確かにアリーナには合っているかもしれない、子供達にも懐かれやすいところもあったからな」
「そうそう、あーあもし付いてきてもらえればそこら辺も任せられると思ったんだけど」
「確かにそうかもしれないが、まず未来を心配するよりも今は引っ越しの事に集中しようじゃないか」
「そうだね、それじゃあそろそろ戻ろうかタルちゃん、三人も心配してくる頃だよ」
「そうだな」とノレットの言葉に同意して、タルラは歩き始めノレットもそれに続いて帰路に付いたのだった。
◇────────◇
時間はあっという間に過ぎるものでタルラとノレットが気づけば引越しの日となっていた。その合間の日にタルラはおじいさんとおばあさん、そしてアリーナに自分達が村から旅立つことを伝えた。
この事を聞いたおばあさんが真っ先に反対したがおじいさんはいつの日かこの時がやってくることを感じていたようで、おじいさんは反対せずタルラ達の為におばあさんを説得したのだ。アリーナもおじいさんと同じように感じていたのかこの事に対しておじいさん寄りの姿勢を見せおばあさんの説得に一役買っていた。
結果としておばあさんも最終的にはタルラ達が旅立つことを認めた泣きながらであった、家族総出でおばあさんを慰めたのは記憶に新しい。
「おばあさんが中々泣き止んでくれなくって本当にあの時は大変だったよね?」
「なんで今になってその話を振る……ほら、着いたぞ」
唐突に振られた話題にタルラは呆れ顔になりながらノレットの数歩先に新しい村へと到着した。その背には引越しの荷物を入れた鞄を背負っていた、無論ノレットも背負っている。ファルネールは家の荷物担当だ。
おばあさんを慰めてから早一週間、持っていく荷物の選別も終わりいよいよ引越しが開始され、その際若く頑健な二人は村全体の荷物の運び係の一員として選ばれ通常よりも重い荷物を背負って移動することとなり、タルラは疲労を感じて少ししゃがんだ、ノレットは特に問題はなさそうだったが。
「お疲れさまタルちゃん、結構な重さがあったよねこの荷物」
「仕事に必要な道具は全て持ってきているからな、それ相応に重くなるのは当然ともいえるさ」
「そこに責任感も加わってかい?」
「そうだな、それも否定はしきれない」
この道具は自分達が去った後もこの村を維持するために必要な収入を得るために必要な道具、そう考えるとタルラは責任感の強い性格から自然と背負っている荷物の重みを気持ち的にであるがさらに増やす、まったくと思いノレットはタルラに近づく。
「はい、お水もう着いたから全部飲み切っても良いよ」
「ならその言葉に甘えさせてもらうとしようか」
ノレットから差し出された水筒を受け取り一気に水を飲み込むタルラ、よっぽど喉が渇いていたのか水筒の中身を飲み干してしまうほどだった。
水筒の中身を全部飲み切ってぷはっと息を吐き再び息を吸った。
「気持ちの良い飲みっぷりだったよタルちゃん」
「我ながら少し品がないと思ってしまうけれどな」
苦笑しながら空っぽになった水筒をノレットに手渡して立ち上がる、この荷物を新しい町の中心に届けなければならないのだ。
「さて、十分に休んだことだし最後の一仕事を終えに行こうか」
「分かったよ……これで本当に村での仕事納めだね」
背中の荷物を担ぎ直したノレットがつぶやいた言葉、その言葉をタルラもまた噛みしめた。
新しい村の中心となる広場に荷物を置いた二人は村の長に別れの挨拶を済ませた、おじいさんとおばあさん程でないにしろ世話になった故にだ。
「そうか……できればこのまま定住してくれれば助かったが、決めたのなら仕方あるまい、その旅路に幸運を祈ろう」
「いえ村長、こちらこそお世話になりました」
言葉短ながらもお礼を述べてから二人は村長に向けてお辞儀してその場を去っていった。そして向かうのはおじいさんとおばあさんの新しい住居。引っ越しの疲労を取り最後の団欒もしっかり過ごしたいと考えたので旅立つのは引越しの次の日だと決めていたのだ。
おじいさんとおばあさんに伝えられた新しい住居の場所に少し迷ったが問題なく到着し、二人はその家の前ではおじいさんが二人を待っていたかのように座っているのを見たのだった。
「やあ爺さん、どうしたんだい家の前でそろそろ寒くなる頃だから早く戻ったほうが良いと思うが」
「そう心配するなタルラ、ちょうどお前達の帰りを待っていたところだからなすぐに戻るわい」
「おや、おじいさんに心配をかけさせちゃったかな」
「少なくとも荷物運びに関しては何の心配もしておらんよ、二人とも若く頑健じゃからなその程度で怪我をする事もあるまい」
よっと力を入れておじいさんは立ち上がりノレットとタルラを見た。その顔をしっかりと目に焼き付けるように。
「どうしたのおじいさん、そんなに僕達を見つめちゃってさ、もしかして寂しくなったり?」
「……そうじゃのう、これがお前たち二人と過ごす最後の日と思えば確かに寂しいのかもしれんな」
少し調子づいていたノレットはおじいさんのいきなりのしおらしい態度に面食らい、「えっ」と驚いた顔を作って言葉に詰まる。その横からタルラが会話に割り込んだ。
「爺さん、最後だなんて言わないでくれきっとまた会えるそう努力する、それに落ち着いたら手紙を必ず出すからそれまで元気でいてほしいんだ」
タルラの少し寂しそうな眼差しがおじいさんを貫く、その眼差しおじいさんはフゥと降参したかのような息を吐いて苦笑した。
「そこまで言われたのならわしも、もう少し頑張らんといかんな、少しでも健康のために運動でもするかのう」
「ああ、ぜひそうして健康に気をつかってくれ」
おじいさんの言葉が嬉しかったのかタルラは笑顔を作り、おじいさんが長生きに前向きになったのを喜んだ。
言葉が詰まってからその流れを見ていたノレットはタルラが良い方向に持って行ってくれたのに安堵した。後で感謝を伝えないとね、と心の中で呟き一歩前に出て家に入るように促そうとして家のドアが開く。
「おじいさまそろそろ……あら、帰ってきたのね2人ともお帰りなさい、おじいさまとの歓談は終わったのかしら?」
「アリーナじゃん、ただいまー、ファルネールはもう家にいるの?」
「荷物の整理を手伝っておばあさまの手伝いをしているわ」
家から出てきたのはアリーナ、ちょうどドアを開けようとし空ぶったノレットはアリーナに軽く帰りの挨拶と先に行っていたファルネールの様子を聞き、それにタルラも続いた。
「アリーナただいま、おじいさんの様子を見に来たのか?」
「そうよ、見に来てちょうど貴方達の帰りに出くわしたところといったところね。さあ、三人とも早く家に上がって夕食にしましょう、今日はおばあさまが腕によりをかけた夕食なのだから温かいうちにめしあがらないと勿体ないわ」
「へえそうなんだ、なら早く家に入って着席しないとね」
おばあさんが腕によりをかけた夕食に惹き付けられたのかノレットは断りを入れてからアリーナの横をすり抜けて一番に家に入っていった。
「私達も行こうかおじいさん」
「うむ、おばあさんを怒らせたくはないからのう」
「お喋りをするのも良いけれど、入らないなら閉めてしまうわよ」
軽口を叩いてた2人がアリーナの言葉を聞くや否や少々早足になって家に入っていき、アリーナは家の扉を閉める、そして自分も玄関から移動しよとして、偶然三人の後ろ姿を見る形となった。
(……この光景も今日までなのよね)
ノレットとタルラは今日を最後にこの家から旅立つ、そう思うとアリーナは寂しさを感じて、心配も溢れ出てくる。
(あの二人なら大丈夫だと思う、けれど不安はある本当に二人だけで行かせてもいいのかしら?)
「どうかしましたかマスター?」
横からのファルネールの問いにビクリと体を震わせた、どうやら心配事に思考を集中させ過ぎてきていたファルネールに気づかなかったようだ。
「ファルネール……いいえなんでもないわ」
自身の心配事にファルネールを巻き込むまいと誤魔化す、しかし長年傍にいたファルネールはアリーナの考え事を察した。
「マスター、貴方がどう考え行動しようとも私は貴方と共にいますよ」
「そう、ありがとうファルネール」
アリーナはその言葉に漠然とした感謝しか返せなかった。
それからタルラとノレット二人がいる最後の夕食を囲み、おばあさんが腕を振るった素朴ながらもおいしい料理と共に思い出話に華を咲かせ笑顔溢れる食卓となった。
食事が終わり、各々いつも通りに歓談や趣味に興じ、数時間経っておばあさんが時計を確認する。もうおばあさんは寝る時間だ、皆もそれに気づいたのか自然と解散する方向へと向かって行った。
「それじゃお休み四人とも、明日の事を考えてしっかり寝るんだよ」
「分かってるよ、心配性だな婆さんは」
早く寝るように促すおばあさん、それに対しいつも通りに返すタルラ。このやり取りのいつも通りなことにタルラは少し安心感を覚えていた。
そして胸の中にあった不安感も和らいでいることに気づく。
(まったく婆さんには敵わないな)
おそらくはおばあさんの気遣いなのだろう、いつも通りに接することでタルラ達を不安にさせないという。そのおばあさんもまた孫同然の子が旅立つということに対しての不安もあるだろうにそれを押し隠して普段通り接して来たというのは数年の付き合いのタルラにはよく分かっていた。
「それじゃ、お休み婆さん」
「おやすみー、おばあさん」
「おやすみなさいお婆様」
「お休みなさいませ」
意図せず四人一斉におばあさんにお休みの挨拶を行うこととなり、三人は顔を見合わせファルネールは優雅にお辞儀をしたのでやりそびれた。その事が面白かったのかおばあさんはくすりと笑い、四人におやすみと返して四人が寝床に行くのを見送ったのだった。
寝床に着いた四人は明日の事もありすぐにベッドに入りすぐに寝始めた。しかしその中でアリーナは明日の事を思い少し寝つきが悪かった。それでもギュッと目を閉じていると自然と寝始めたのだった。そんな心配性の主をファルネールは静かに見つめていた。
◇────────◇
「マスター、準備はできました、それでは行きましょうか、大丈夫です私が抱えれば余裕であの二人に追いつけますよ」
◇────────◇
空は一切の雲がない晴天、太陽が燦々と地上を照らしている。この北方の更に氷原に近い地域においてこれほどの晴天は珍しい、だからかその太陽は何時もよりも数倍の力強さを発揮していると人々は感じていた。
(少し眩しすぎるな)
その日差しが眩しかったのかタルラは手で太陽の光を遮った。しかし遮ったとしても強烈な光を生み出す太陽に気圧される部分はあった。だが旅立ってから一日目でこの天候はまるで旅路を祝福するかのようだった。
「こんなに晴天に恵まれるなんて思ってもみなかったね」
「ああ、旅に出てからすぐにこの晴天だ先行きは明るいだろうな」
荷物を背負ったノレットがタルラの隣に立ち、持っている荷物を片手で差し出して来た、タルラの荷物だ。
「はい、これタルちゃんのね」
「すまない、持ってこさせてしまった」
差し出された荷物を受け取り背中に背負う。荷物は少なくまとめたはずだが少し重く感じる。名残惜しさがまだ残っているのかのようで。
しかし、振り向こうとはしなかったそうすれば戻ってしまいそうになるからだ。
『二人とも、何か辛いことがあったら私達の事をお思い出して何時でも帰ってきて良いからね』
『その通りじゃ、何があってもワシ等の事を覚えておいてくれ、血は繋がらぬとも家族なんじゃ迎える準備は何時でもできとるからの』
思い出すのはおじいさんとおばあさんの暖かな言葉、それを嚙みしめてしかし何があっても家に帰ることはないと決めていた。タルラ達の旅の目的的にこれから行うことを考えればおじいさんとおばあさん、二人を巻き込んでしまうことは避けるべきであるから。
「そう言えばその時、何か渡していたな何だったんだ?」
「ブローチだよブローチ、今までろくにお返しもできなかったからさ、タルちゃんみたいに生活の役に立てられる物を渡せればよかったんだけど」
「心を込めて渡した物に優劣なんてない、爺さんと婆さんは貰った時喜んでいただろう?それが全てさ」
「……そうだね!」
タルラの思いを聞き、ノレットは笑みを作って声を上げた。
「さて、思い出に浸るのはこれくらいにして先を進もう」
「今日野宿できるところ探さないといけないからねー今のところ凍原での伝手もないし」
タルラが感染者達を助けるために村を出たもののタルラが持っている伝手があるのは都市に居る感染者達だけであり凍原の感染者達とは伝手を持っていなかった。故にまずは何処かにいる感染者達に接触することを目標としていた。
「だから痕跡などや足跡、噂話などから感染者達が隠れられている場所を割り出してそこを中心に捜索しようと考えているんだが、良いと思うか?」
「この国じゃ感染者達は基本的に身を潜めて生活するしかないからね、隠れられる場所を探すのは良いアイディアだよ」
「見つけた彼らと話し合い団結できるようにしないとな、何をするにしても私達感染者達が団結しなければこの大地では何もできはしないからな」
「人はまず目的を持たない事には動くこともできないし空振りの努力をやっちゃうからね、タルちゃんがやろうとしていることは悪くはないと思うよ」
先へと進む中でタルラとノレットは先の展望を考え語りあう、そんな二人に近づく足音が一つ。
「――けど、そんな未来の展望ばかり気にしてばかりもいられないわ、今日寝られる場所を探してる途中だったのでしょう?」
かけられた聞き馴染んだ声に驚き二人は振り返る、そこには村で分かれたはずのアリーナとファルネールが立っていた。
「アリーナ!?ファルネール!?なんでここに!?」
「そうだよ!確かに村で別れたよね?」
驚愕している二人に苦笑しながらアリーナはスッと静かに近づく。
「ええ、村で私達はしっかりと別れたわ、けどね貴方達が行った後に私達も貴方達と一緒に行くことを決めたのよ」
二人が疑問を返す前にコホンと咳ばらいをして覚悟を決めたかのようだった。
「一つ目は貴方達の事が心配だったから、貴方達二人なら大丈夫だと思ったのだけれど、どうしても不安が消えなかったのよ、それで二つ目が――」
アリーナが自身の着ている服の腹部の身頃をまくり上げる――それを見た二人は驚愕した、何故ならそこには源石が表出していたからだ。
「私も感染者だからよ」
「そう、だったのか」
この事実にタルラはそれ以上言葉を紡ぎだせなかった、それくらいにアリーナの告白が衝撃的過ぎたのだ。だが告白する覚悟をしたアリーナに答えなければとタルラは出す言葉を考えて。
「私は感染者ではないので勘違いされないようにお願いします」
「いや、言わなくてもみんなそれは知ってると思うよ」
完全に空気を読まなかったファルネールの一言、それを呆れたように突っこむノレット、場違いと思えるこのやり取りだったがどこか重苦しくなりかけていた雰囲気を霧散させた。
「あー……アリーナがそこまで覚悟を決めているのなら無理に返すわけにもいかないな」
梃子を外されたような感覚と重苦しくならなくてよかったという感想に襲われながらもタルラはアリーナを覚悟を決めている眼を真っ直ぐ見てアリーナに対して手を差し伸べる。
「これからもよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
晴天と言える空の下で差し伸べられた手をアリーナが握る、何処か幻想的な光景に既視感を覚えたノレットは脳の中を検索してみた、結果その検索結果はノレットが思うよりも早く出た、それは一冊の本だった。
昔気まぐれにインストールした本、その一シーンに今の状況は酷似していた、だから既視感の正体はそれだと結論付けた。
「まるで騎士とお姫様みたいだね?」
「……ふむ、そう言うにはマスターが少々地味ですねもう少し華美な服を用意できればよかったのですが」
「二人とも揶揄うのはよしてちょうだい私にお姫様は荷が重すぎるわ、それに豪奢な服もこんな田舎娘に似合わないわよ、ノレットから教えてもらった言を借りれば豚に真珠という奴かしら」
「ああ、私も騎士という柄でないしな、むしろなぜ私達をみて騎士と姫と思えたんだ?」
「そりゃ、様になってたからだよさっきの二人の姿がね、晴天の下でキッチリと決めた麗人が麗しき女性の手を握る、その素敵な姿が騎士とお姫様とそう言わずしてなんて言えばいいんだい?」
ノレットは本気でそう思い純粋に褒めたたえていた、これには流石のタルラとアリーナも無碍にすることはできずに気恥ずかしそうに頬掻いた。
だがそこに静観していたファルネールがズズイと三人の中心の割って入ってきた。
「さ、そろそろ野宿の地点を探しましょうずっとこうしていては日が暮れてしまいますよ」
「あ、ああそうだな、ここでずっと立ち往生しているわけにもいかないしな行くとしよう」
タルラは自身の荷物を持った、それに合わせてノレットは自分の荷物を持ちアリーナの荷物はファルネールが持った、アリーナはそこまでしなくていいという目線をファルネールに送るが当の本人は頑としてその役割を譲る気はなかった。
その姿にタルラは苦笑しながら一歩踏み出すのだった。
〇TIPS
「ノレット製のブローチ」
一見すると何の変哲もなく地味な色合いであり、特に目立つこともない。ミセバヤをあしらったブローチの形をした対鉱石病用の機械装置。
居候している時におじいさんが鉱石病に感染していると聞き、秘密裏に源石について解析を行ってい完全な解析には至らなかったもののある程度までは解析ができたことによりグレズの進んだ科学技術を用いることにより作成可能となった。
対鉱石病との名の通り搭載された機能は体内に入っても無害なナノマシンによる鉱石病の進行停止と体表に生成された源石結晶の隠蔽である。
上述の通り鉱石病に対して有用な装置ではあるのだがノレット本人あくまでおじいさんのために作った物であり今のテラでは有用に使われないと考えており、量産する気はまったくない。