『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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『呪詛師殺し』──正確に知っておくべきことはそれだけだ。
本名も年齢も経歴も容姿も声も性別も知ったところで意味はない。
ただヤツが『呪詛師殺し』であることだけは覚えておいたほうがいい。
『呪詛師殺し』に手を出すな──裏で生きていきたいならな。


夏油と菜々子と美々子
意在言外


「ねぇ、夏油様。『呪詛師殺し』様って一体何者?」

 

「んー……呪詛師専門の殺し屋。正確には敵対してきたのが呪詛師だけだったって話だけど」

 

かつて夏油が拾った二人の子供──菜々子と美々子は現在、共に一年生の二級術師として夏油の任務を手伝っていた。

廃ビルに密集する低級呪霊の祓除。

菜々子と美々子の訓練に加えて、夏油の手持ちの呪霊の補充も兼ねた任務だ。

 

「私にもほとんどわからないんだ。彼女のことは。経歴どころか名前すらね」

 

二人が祓った呪霊を取り込みながら夏油は続ける。

 

「術式が()()だから容姿や声、性別だって()()()()()()()()()()()()()で実際は全く別かもしれない」

 

「マジでぇ? あの人が実は男だったとかありえる?」

 

「そうだとしたら……色々と複雑」

 

二人とも彼女に懐いているため、出会った際にはベタベタとくっついていることも多い。

そんな彼女が実は男であったとしたら。

夏油も二人の女性特有のアレコレに関しては彼女に任せていることが多いのだ。

 

──今度会ったときに性別のことだけでも偽りはないのか聞いておくか……。

 

彼女が二人に何か危害を加えるとは到底思えないが念のためだ。

 

「傷にいいからって、よくあの人と温泉行ってたし、下着とかも色々相談してんだけど……」

 

「場合によっては死なない程度に吊るす……かも?」

 

美々子が抱えていた人形の首に巻かれたロープを引く。

同時に上空から現れたロープが呪霊の首を同じように締め上げた。

これが美々子の術式──人形に与えた現象をターゲットした相手にも反映する。

当然、その効果は呪霊だけではなく人間相手にも有効である。

 

「性別云々はともかく、急に彼女のことを聞くなんてどうしたんだい?」

 

「高専に入って術師として稼げるようになったし、『呪詛師殺し』様に今までのお礼に何か贈るのもアリじゃないかって美々子と話してたんだよね」

 

「でも、あの人が何が好きとか全然知らないから……」

 

「ああ、それで」

 

「好きなものがわからなくても贈るならせめて嫌いなものは避けたいし。でも夏油様でも知らないなら……」

 

「他にあの人のことをよく知ってるのは……」

 

「うーん……一番付き合いが長いのは……あの甚爾()しか思いつかないな」

 

「ゲッ……アイツに聞くとか絶対嫌なんだけど」

 

「あのクソ猿……」

 

甚爾のことが出た途端に二人は揃って顔をしかめた。

なぜ二人が甚爾をこれほど嫌っているのか。

それは夏油が高専時代、鍛練として甚爾と手合わせしていたときのこと──

 

◆ ◆ ◆

 

術式を持たず呪力もない──舐めていた気持ちが欠片もなかったかと言えば、それは嘘だ。

呪術の基本は術式。

続いて呪力操作。

その両方ができないというのだから、術師の視点で見れば完全な欠陥品である。

対してこちらは変幻自在の呪霊操術。

しかも夏油には体術の心得もあった。

式神使いは術師本人を狙え──式神使いに対するセオリーだ。

自分を狙ってきたところを返り討ちにしてやる──そう思っていたのに。

 

「──がはっ!」

 

「おら、どうした。もう終わりか?」

 

「ぐっ……この……猿め……」

 

「その呪術も使えねぇ猿にボコられてるんだろうが。なあ、呪術師サマ。鍛える代わりに今までのあれやこれやを不問にするっつーから、高専(こんなところ)にわざわざ来たってのによ」

 

仰向けに転がった自分の腹を踏み付ける甚爾は余裕でアクビまで洩らしている。

いざ手合わせしてみればこの様だ。

手持ちの呪霊は烏合だと鼻で笑われ、ことごとく切り捨てられた。

仕方なく近接戦を挑めば文字通りの瞬殺だ。

 

──呪力を全て捨て去った結果がコレか……。

 

人間離れしているとはまさにこういうことをいうのだろう。

目で追えない圧倒的な速度。

呪力で感知することも不可能。

その上、立体的に動き回るせいで、どこから攻撃がくるのか全く読めない。

 

──それでも……。

 

私達が『最強』だと言い切った手前、ここで手も足も出ず負けたなど認められない。

せめて一撃──と、力が緩んだ一瞬を狙って跳ね上がるように体を起こす。

 

「お?」

 

ここにきてまだ立ち上がる気力があったのか。

夏油がいきなり足を跳ねのけたことで気を抜いていた甚爾は後ろ向きに体勢を崩す。

 

──油断したな。今なら入る!

 

だが──

 

「はい、お疲れ。また明日」

 

「がっ……!?」

 

天与の暴君とまで呼ばれた男を舐めてはいけない。

倒れかけた体勢でも甚爾は夏油の拳を難なくかわしてみせた。

更にカウンターで繰り出された蹴りが夏油の腹にめり込む。

それがトドメとなり、夏油はグラウンドに崩れ落ちた。

 

「おい、そこのチビ二人。コイツ、どうにかしておけよ」

 

「「夏油様!」」

 

余裕綽々で背を向けて去っていく甚爾と慌てた表情で駆け寄ってくる二人。

化物め──しかし、悪態の一つすら吐けないまま夏油の意識は闇に落ちていった。

 

◆ ◆ ◆

 

「おかげでスキルは向上したけど……ああも上から目線で叩かれるとはね」

 

あの屈辱は今でも忘れていない。

毎日毎日殴られ蹴られ、何度も骨を折られた。

術師としてのプライドは木っ端微塵に砕かれ、あの癪に障るニヤケ顔が夢にまで出てきたくらいだ。

 

──いずれ倍にして返してやる。

 

悔しさをバネに鍛練した結果、夏油の技術は飛躍的に向上したが、それはそれだ。

いつかあの男は地面に這いつくばらせてやらなければ気が済まない。

 

「ぶっちゃけ何回か美々子と二人でアイツ吊るそうとした」

 

「でもアイツ平気で縄ちぎって笑ってた」

 

「「マジムカつく」」

 

二人もそれは同じらしい。

恩人を目の前で何度も殴り倒されたのだ。

それで平然としていられるような人間ではない。

 

「次に付き合いが長いのは恵だけど……」

 

「恵には私達から一回聞いたことあるんだけどさぁ」

 

「オレのほうが教えてほしいくらいだ、って言ってた」

 

十年以上世話になっておきながら未だに誕生日すら知らないせいで祝うこともできないのだと。

仕方がないので任務で遠征した際の土産は彼女のものだけ少しグレードが高いものを選んでいるのだとか。

 

「後は本人に聞くのが一番早いんだけどね。あまり期待はできないよ。彼女、自分の情報はあまり出したくないらしいし」

 

「夏油様、何か聞いたことあるの?」

 

「『呪詛師殺し』じゃ呼びにくいから、せめて名前を教えてくれって言ったんだ。彼女、何て答えたと思う?」

 

「素直に本名……言うわけないよね」

 

「名無しでいい、とか?」

 

夏油は苦笑いを浮かべて首を横に振った。

 

「大量の偽造身分証の束を渡されたよ。この中から好きに呼べってね」

 

「うわぁ……」

 

「テキトー……」

 

「まあ、そんなわけで彼女に関しては何もわからないんだ」

 

敵に狙われることが多い彼女のことだ。

下手に情報を出してしまえば、それが弱点になってしまうこともありえる。

だから彼女は滅多に自分の情報を開示しない。

かつて夏油達に術式のことを明かしたのは特例と言ってもいいだろう。

 

「しかし、少なくとも贈られたものを無下にするような人ではないよ。君達が贈ったものなら何だって喜んでくれるんじゃないかな」

 

そう言いながら最後の呪霊を取り込んで夏油は二人のほうを振り返った。

 

「任務完了。どうする? 二人とも。今日はこの後の予定はないし、クレープでも食べにいくかい?」

 

二人は一度顔を見合わせる。

そして、何か決めたように同時に頷いた。

 

「夏油様、あのさ」

 

「私達、ちょっと寄り道してから帰ってもいい……?」

 

「うん。あまり遅くならないようにね」

 

◆ ◆ ◆

 

後日──二人が彼女に贈り物を渡したいというので家を訪ねたときのこと。

 

「今更確認しますけど、アナタって本当に女性なんですよね?」

 

「夏油君……私が男に見えるなら眼科に行ってきたほうがいいと思うよ」

 

「少なくとも女だってことは確定っぽい? 美々子」

 

「そうみたいだね、菜々子。安心した」

 

神妙な顔で問いかける夏油と、そんな彼に呆れた視線を向ける『呪詛師殺し』。

そして顔を見合わせて笑い合う菜々子と美々子の姿があった。

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