『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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人殺しはしないほうがいい。
両目を閉じて寝たいだろ?


第弐拾肆話

「──あれ? 今日は七三術師じゃないんだ」

 

突然、階段の上から声が降ってきた。

声の方向を見ればそこにはいつの間にか一人の呪霊が立っている。

 

「真人さん……」

 

「やあ、順平。手酷くやられたね」

 

立っているだけで並の呪霊を遥かに超える圧力(プレッシャー)

特級呪霊。

つぎはぎ顔。

人型。

ここまで揃っていれば疑いようがない。

 

──コイツが元凶……!

 

特級呪霊相手に素人の順平を庇いながら戦うのは無理だ。

最悪二人とも死ぬ。

菜々子の決断は早かった。

 

「式神をクッションに。落ちたらそのまま隠れてて」

 

「え? うわっ!?」

 

素早く指示を囁くと同時に腕を呪力で強化すると、順平の襟を掴んで窓に向かって放り投げたのだ。

窓ガラスを突き破って落ちていく順平が式神を出すのを視界の端で確認して菜々子は真人に向き直る。

 

「あーあ。順平を改造して君と戦わせるのも面白そうだと思ったんだけどな」

 

「趣味悪ィ……」

 

「そりゃそうだよ。呪いだからね」

 

真人は余裕の表情で階段を降りてくると菜々子と正面から向かい合った。

 

「それじゃ選手交代ってことで。ラウンド2といこうか」

 

言うが早いか、真人の右手が三本に分かれ、更にそれぞれが蛇腹剣のような形状に変化する。

 

──形を変えるだけじゃない! 質感まで自由自在かよ!

 

変形したそれは皮膚ではなく金属のような質感になっていた。

学習している。

より効率的に殺すための形を。

より残虐に殺すためのやり方を。

 

「ははっ!」

 

真人の腕の一振りで蛇腹が伸び、変則的にうねって廊下の床や壁を破壊していく。

 

──無制限に伸び続けるわけじゃないと思うけど、ここまで変形が自在とか聞いてないっつーの……!

 

後ろに退いてかわすのが精一杯で攻撃どころか近付くことすら難しい。

そもそも近付いて殴って蹴ったところで己の魂とやらを知覚していない菜々子の攻撃は通じない。

反則級。

規格外。

そんなものを相手に応援が到着するまで時間を稼がなければならない。

極め付きに厄介なのは──

 

──触れられたらアウト……。

 

伊地知から送られてきた情報によると術師は無意識に魂を呪力で覆っているため、七海は真人の術式に一度は耐えたらしい。

しかし、だからといって菜々子が耐えられる保証にはならない。

映画館の三人とバッティングセンターの二人を解剖した家入が言っていた。

一度改造された人間はまず助からない、と。

一度でも触れられるわけにはいかない。

そして、相手が特級ということは領域を使う可能性もある。

領域の効果で術式を必中へと昇華させられたら勝ち目はない。

 

──そうでなくても素の変形だけで十分キツいってのに!

 

狭い廊下では避けるのにも限界がある。

そう判断した菜々子は真人が壁に開けた穴から校舎の外へ飛び出した。

窓の下の植え込みをクッションにして衝撃を逃がすと菜々子は素早く校庭の真ん中めがけて走り出す。

 

「本当に呪術師っていうのは追いかけっこが好きだよね」

 

真人も菜々子を追って同じ穴から飛び降りてきた。

 

「アイツにアレコレ吹き込んだのってアンタでしょ」

 

「順平は頭いいからね。ちょっと背中を押しただけで勝手に色々考えて暴走していくのは中々面白かったよ」

 

「何が目的?」

 

「んー? たまたま玩具が手に入ったから遊ぼうと思ってさ」

 

真人にとっては映画館の件も七海との戦闘も全てが実験であり遊び。

順平はいい玩具だった。

初めて真人と出会ったのは映画館の件の後。

必死に追いかけてきた順平に真人は少し興味を唆られた。

そこで彼は言ったのだ。

「僕にも同じことができますか」と。

あの惨状を作りあげた自分を恐れるどころか同じことができるか聞いてくるとは。

面白い。

だから親切なフリを装って少しばかり魂を揺り動かしてやったのだ。

劣等感──渇望──慢侮──葛藤──復讐──少し刺激を与えるだけで面白いくらいに迷走する彼を見て対面するたびに笑いを堪えるのは本当に大変だった。

 

「まあ、順平じゃこのあたりが限界かなとは思ってたんだけど。結局誰も殺してないし」

 

もう戻れないところまで行き着いて欲しかったのだが。

イジメでズタボロに傷付き、唯一の肉親を失い、怒りに任せて人を殺し、最後に最も信頼していた者に殺される──そのとき順平はどんな顔をしただろうか。

 

「順平って考え過ぎて全部空回りしてるんだよね。周りは全員バカばっかりだって見下してるけど、自分だってそのバカの次くらいにバカなのに気付いてない──」

 

すると、饒舌に話していた真人の首に一本のロープが巻き付いた。

 

「──っと……何?」

 

だが、真人はすぐに変形して縄から抜け出してしまう。

 

「あれ? もう一人いたんだ」

 

「美々子!」

 

「体育館の人は大丈夫。一人重傷なのはいるけど命に関わる傷じゃない。担任のほうは軽く絞めて寝かせてきた」

 

菜々子の横に並んだ美々子は端的に状況を報告。

命に別状がなかったことにひとまず安堵する。

 

「そっちは?」

 

「ナナミンの言ってた通り。攻撃を当てることはできるけどダメージにはならないみたい。後はナナミンと戦ったときより変形のバリエーションが増えてるっぽいのと変形の直前に一瞬だけ()()がある」

 

「なら……」

 

「うん。突くならそこしかない」

 

わかっていた。

相手は特級。

格が違い過ぎるのだ。

なら、できることは一つだけ。

命懸けの時間稼ぎだけ。

 

「頼むよ、美々子」

 

「うん。死なないでよ、菜々子」

 

変形を察知することはできる。

それでも、さっきまではかわすだけで精一杯だった。

一人では。

 

──私達は双子だから二人で一人前なんだよ。

 

『最強』の二人や『最凶』の二人以上の相方に対する信頼。

だから何も迷うことはない。

菜々子は真人へ向かって走る。

美々子はぬいぐるみの縄を構える。

 

──向かってきた? 逃げてばっかりだったのに。

 

二人同時にかかってくることを想定していた真人は少し驚くが、わざわざ一人ずつ殺されにきてくれるなら好都合。

 

──まずはコイツから仕留めようか。

 

一方、菜々子と美々子も思考を巡らせていた。

 

──読みきるんだ。こいつの動き、変形を。

 

──狙うのは変形の直前の一瞬。

 

全神経を集中させて真人の呪力の流れを見切る。

しくじれば死ぬという状況で二人の頭の中は不思議なほどに冷静だった。

 

──あの人達ならこんな状況いくらでも越えてきた。

 

模倣なんてできるはずもないが。

二人には『呪詛師殺し』ほどの人心掌握の術はなく、『術師殺し』のようなイカれたパワーもスピードもない。

術式や経験も『最強』とは圧倒的な格差がある。

それでも鍛え上げてもらった技術は無駄ではない。

 

──勝たなくていい……というより私達じゃ勝てない。

 

──なら、全力でコイツをこの場に釘付けにするしかない。

 

感覚を極限まで研ぎ澄ます。

そして、菜々子が真人まで数メートルに迫ったその時だった。

ピリピリと肌に感じる真人の呪力の密度が圧縮される気配。

 

──今!

 

変形の前兆。

それを感知した瞬間に美々子はぬいぐるみに取り付けている縄を引く。

 

「おっ!?」

 

腕をモーニングスター(トゲ付きメイス)に変形させ、菜々子に向かって振り下ろそうとした真人。

しかし、変形寸前で空中から現れた縄が首に絡みつく。

体勢を崩されたせいで腕は空振り、地面を抉るに止まった。

 

──邪魔だな……先にあっちからやるか。

 

続いて真人は美々子に向かってドリルに変形させた腕を撃ち出そうとする。

だが、それを察知した菜々子が素早く足を払い、またしても真人の攻撃は見当違いの方向へ。

 

「おっと……」

 

菜々子を狙えば美々子が。

美々子を狙えば菜々子が。

攻撃を察知して対応してくる。

ダメージはないが、攻撃が当たらないことに真人の苛立ちは加速していく。

苛立てば攻撃は雑になり、ますます当たらない。

そして、何度目かの攻撃が阻止されたときだった。

 

「うえっ」

 

真人の口から吐き出された改造人間が菜々子に飛びかかる。

 

──コイツ……! 胃の中にストックしてたのか……!

 

迂闊。

七海からの情報で真人が改造人間を使うことは聞いていたのに。

まさか体内に隠していたとは。

ここまで真人が改造人間を使っていなかったために、もう手持ちはないと思っていた。

 

──どうする。

 

相手は人間だ。

ただ運悪く呪いに巻き込まれただけの一般人。

 

──一度改造された人間は元には戻らない。

 

改造人間の肩越しに美々子へと走る真人が見えた。

先に美々子から潰すつもりだ。

迷っている暇はない。

菜々子は飛びかかってきた改造人間の首に腕を回す。

 

──ごめん。

 

バキッ、と首の骨が折れる音が響いた。

 

「っ……」

 

最期のうめき声をあげた改造人間が崩れ落ちる。

腕の中に残る肉体が。

その重みが。

その体温が。

コレが人間だったのだと突き付けてくる。

 

──『弱者生存』って言ったって全部の人間を救えるわけじゃない。人を殺す覚悟はしてた……けど。

 

理想に酔わず、ときに冷酷になることも必要だとわかっている。

そして、身体はその通りに動いた。

特訓の賜物というべきか──苦しませないように一瞬で。

だが、心はどうだ。

 

──何が()()()()だよ。

 

ズキズキと胸が痛む。

最善策をとったはずなのに。

これ以外にやり方はなかったのに。

『弱者生存』を謳っておきながら自分達でその『弱者』を殺す。

その矛盾。

それは想像していたより遥かに重く苦しい。

 

「ふーん? 迷わず殺すんだ。魂は揺らいでいるようだけど」

 

自分を殺そうとしてくるモノを躊躇なく殺す。

それが異形とはいえ生き物──人間であっても。

 

──でも、だからどうしたって話。

 

いくら改造人間を殺せても肝心の真人に決定的なダメージが与えられなければ意味はない。

手詰まりなのは明らかだった。

 

「君達は正直期待外れだったな。あんまり新しい発見もなかったし」

 

再び真人の呪力が動く。

 

──変形!

 

気配に気付いた美々子が術式を発動させるが、ここまで何度も同じ攻撃を受ければ真人も慣れてくる。

 

──どうせ魂に響かないのなら受けても問題ないよね。

 

宙吊りにされるのにも構わず、真人は両腕を変形させる。

距離はそれほど開いていない。

ならば大きく変形させるより速度と強度に集中したほうが得策。

二人に向かって真人のそれぞれの腕が心臓を貫こうと伸びる。

 

「危なっ……!」

 

だが、腕の変形を先読みした二人はそれを回避。

その瞬間だった。

ぞくり、と二人の背に悪寒が走る。

嫌な予感。

視線の先の真人が笑っていた。

悪戯が成功したような悪辣な笑み。

何をしようとしている?

何を見落としている?

二人は必死で視線と思考を巡らせる。

腕の攻撃は回避した。

しかし、このままではマズイと二人の勘が告げている。

致命的な何かを見過ごしているのではないか。

そこで菜々子はハッと気付く。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

──まさかコイツ……!

 

その直後。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

咄嗟に腕を避けた直後で体勢は崩れている。

背後からの奇襲を避けられるはずがない。

無防備な二人の首に真人の足が絡み付く。

 

──腕は囮かよ……!

 

──やられた……!

 

「順平の前に君達の死体を晒してやろうと思うんだ。どんな顔するかな? 泣くかな? 怒るかな?」

 

真人の足がギシギシと絞まっていく。

首と足の間に辛うじて滑りこませた手のおかげで、すぐに首を折られることはなかったが長くは持たない。

もう二人に打つ手はない。

だがしかし──

 

「死ぬのはオマエだよ、ツギハギ野郎……!」

 

「ん?」

 

「こっちも選手交代──ラウンド3」

 

二人の言葉と同時に横から飛び込んできた二体の呪霊がそれぞれ真人の足を食いちぎる。

 

「おっ?」

 

「──私の大切な家族に汚い手……いや、汚い足で触らないでもらおうか」


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