『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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なんとなくテキトーに上手いことそれっぽくいい感じにやるんだよ。
ンな説明でわかるか?
チッ……あー、あれだ。
わかりやすく言うならセンスだ、センス。
これで理解できねぇならオマエには呪術の才能はあっても理解の才能がねぇんだ。
オレの説明が悪いわけじゃねぇ。
ちょっ……待て待て! 領域を出そうとするんじゃねぇよ!


第弐拾捌話

「スタートォォォッ!」

 

五条のかけ声と共に両校の生徒が走り出す。

 

「例のタイミングでそれぞれの班に別れる。恵、死ぬなよ」

 

「あの人が見てる前で死ねませんよ──先輩、ストップ!」

 

恵の声に真希が足を止めた途端、目の前で呪霊が横から殴り飛ばされる。

土煙を巻き上げながら現れたのは予想通り東堂。

森の中を最短距離で突っ走ってきたらしい。

 

「よぉーし! 全員いるな! まとめてかかってこい!」

 

「鵺!」

 

すかさず恵が呼び出した鵺が東堂に突進すると同時に、真希の「散れ!」という号令で八人それぞれがグループに分かれて散開する。

恵だけはその場に留まって東堂の相手だ。

 

──一応それなりのが入ったと思ったんだが……。

 

鵺の帯電する翼をまともに食らった東堂は数メートル後退するも、しっかりと両足で立っていた。

 

「いい術式だ」

 

「マジか……」

 

──鵺の電撃食らっただろ……。

 

一撃でやられるほど柔ではないと思っていたが、普通ならしばらくはまともに動けないはず。

しかし、東堂は動けなくなるどころか余裕といった様子で獰猛な笑みを浮かべている。

 

「お返しだ一年。死ぬ気で守れ!」

 

そう言って東堂が拳を握ると、鍛え上げられた筋肉が巌のように隆起した。

ゾッと恵の背中に走る寒気。

先日は本当に小手調べ程度の実力しか出していなかったのか。

一瞬で間合いを詰めた東堂は全力の拳を遠慮なく叩き込む。

 

「フンッ!」

 

「くっ……!」

 

対して恵は呪力で強化した両腕をクロスさせて拳をガード。

合わせて打撃の方向に逆らわず後ろに飛ぶ。

そして、木にぶつかる前に鵺が受け止めることでダメージを最小限に抑えた。

 

──桁外れの膂力(パワー)に、あの巨体でこの敏捷性(アジリティ)。親父ほどじゃねぇが……出し惜しみできる相手じゃねぇ。

 

仮にも一級術師の肩書きを持つだけはある。

しかし、それは恵も同じ。

驚くべきは──

 

「アンタ、術式使わないらしいな」

 

「ん? ああ、あの噂はガセだ。特級以上には使うぞ」

 

──一級以下には使わねぇってことかよ……。

 

東堂という男は良くも悪くも有名で──初対面で女の好みを聞く、一級ながら特級を倒せる実力がある、高田ちゃん(高身長アイドル)の夫を名乗っている──など様々な噂が流れているのだ。

その噂の一つに『術式を使わない』という話がある。

なめているのか、何かの『縛り』か、それともただの秘密主義か。

 

「オマエに特級レベルの実力があるなら使うさ」

 

「そうかよ!」

 

一級呪霊に術式を使わず勝てる時点で東堂が化物なのはよくわかった。

加減はいらない。

そう易々と死ぬ男でもないだろう。

鵺を先行させ、恵も続けて東堂に向かっていく。

 

──式神使いでありながら術師本人が向かってくるか。

 

「面白い!」

 

式神は術師がやられてしまえば具現化を維持できなくなる。

だからこそ術師は安全な後方に待機して式神に戦闘を任せるのが定石(セオリー)

恵や夏油のような自らが戦闘に参加するタイプの術師は少数派なのだ。

 

──単に相手の意表を突くだけの術師なら何も問題はない……が。

 

以前の小手調べの感覚から恵がその程度の男ではないと東堂は知っていた。

積み重ねられた鍛練に裏打ちされた確かな実力。

素の力は東堂には及ばないが、それを補うだけの技術がある。

 

──手足の筋肉の機微、体重移動から動きを先読みする観察眼。オレのスピードについてこれる反応速度。

 

二人の間で高速の殴打や蹴りが交差する。

だが、どれも決定打にはならない。

東堂の掴みや投げは弾かれ、恵の式神の攻撃も動きを察知してかわされる。

一級術師というだけあって両者揃って攻撃がまともに通っていないのだ。

元より足止めが目的の恵としては、この状態が続いてくれるほうが都合がいい。

しかし、易々とそうはさせてくれないのが東堂という男である。

 

──コイツ……慣れてきてる。

 

少しずつだが東堂の動きが変わってきていた。

恵と式神の動きを分析して合わせてきている。

恵まれた体躯に優れた分析力と適応性。

東堂という男は性格以外は本当に優秀な術師なのだ。

 

──やるしかない。

 

東堂の術式がわからないため、安易に手の内は見せたくなかったのだが。

 

「んっ!?」

 

ガクン、と東堂の足が影に沈む。

恵の術式は影を媒体にした式神術。

術式の解釈を広げれば影そのものを使った応用も利かせられるのだ。

 

──なるほど。

 

体勢を崩した隙に前からは恵が。

後方から鵺が襲いかかる。

しかし、東堂に焦りはない。

それどころか感心したような表情を浮かべていた。

 

──少々安く見積り過ぎたな。

 

女の趣味を聞いたときは「ああ、コイツは退屈だ」と失望した。

身体も細いし、何よりやる気が感じられない。

だから、恵が攻撃を捌いてみせたときには驚いた。

普通に術師として成長していれば、その性癖通りのつまらない手合わせにしかならなかったはずだ。

趣味の悪さとそぐわない強さ。

何が彼をそうさせたのか。

恵の値段は東堂が最初につけたものより遥かに高かった。

 

「フッ」

 

パンッ、と小気味いい音が響く。

その瞬間──

 

「──は?」

 

突如、恵の全身に走る痛み。

何が起きたかわからないという表情で恵は声を洩らした。

 

──何で()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

東堂に向かって攻撃を仕掛けていたはずなのに。

気付けば恵のほうが東堂が繰り出した拳を食らい、鵺の突進によって吹き飛ばされていた。

鵺も混乱した様子で鳴いている。

 

──何が起こった……。

 

痺れと痛みで鈍る思考を無理矢理働かせ、恵は直前の記憶を呼び起こした。

影に足を取られて体勢を崩した東堂。

前後から挟み撃ちで東堂を狙う恵と鵺。

そこまではよかった。

だが、次の瞬間が問題だった。

確実に取れると拳を繰り出したその瞬間。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

繰り出した拳は大きく逸れて空振り、逆に東堂の拳が恵の脇腹へヒット。

直後に背後から鵺が突進したことで受け身を取るどころか、呪力で守ることもできずに吹き飛ばされたのだ。

影に足を取られ、拳を食らい、鵺の突進で吹き飛ばされる──

 

──そうなるはずだったのは東堂だ。

 

ところが実際に攻撃を受けたのは恵。

それはなぜか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ためだ。

 

「今のがオマエの術式か……!」

 

「そう、オレの術式は術式範囲内の一定の呪力を持ったものを入れ替える──『不義遊戯(ブギウギ)』!」

 

ちなみに手を叩くことが発動条件だ、と東堂は術式の開示を終えた。

単純な発動条件に術式対象の制限も緩い。

手の内が全て見えていても、それを苦にしないどころか依然として優位に立っている。

シンプル──ゆえに厄介な術式。

 

「立て、伏黒。まだやれるだろう?」

 

「ハッ」

 

──化物が。

 

口の端から垂れる血を袖で拭って恵は立ち上がる。

 

──骨はイッてねぇな。

 

まだ大丈夫だ。

しかし、これで式神というアドバンテージが逆に枷になってしまった。

入れ替えの対象を増やして思考を鈍らせるほうが危険だと判断した恵は鵺を解除。

 

──体術主体でいくしかねぇ。

 

呪力を持ったものが対象ということは影の中に入れてある呪具を使うのもリスクになる。

使えるのは基礎的な呪力操作と体術、後は影の応用。

領域を使えば余程の想定外がない限り東堂には勝てるだろうが、呪力の消耗の激しさからガス欠になる可能性が高いため、それは最後の手段として残しておきたい。

それに東堂は特級にも勝てるという触れ込みだ。

領域対策の術を持っていても不思議はない。

()()()はそもそも禁じ手。

完全な振り出しというわけではないが、中々ハードルが高くなってしまった。

 

──いや、違う。この程度の制限で何もできなくなるなら一生かかっても追い付けねぇ。親父にもあの人にも。

 

恵は呼吸を整えて拳を握る。

どんな修羅場だってあの二人は乗り越えてきた。

 

──今まで培ってきたものを総動員しろ。感覚を研ぎ澄ませ。

 

体術、呪力、術式、呪具、持っている引き出しはそれだけか。

『呪詛師殺し』や甚爾と手合わせしているとき、どうやって食らいついていた。

 

「終わりじゃないぞ」

 

パンッ、と再び音が響く。

東堂が入れ替わったのは恵の背後にいた蜘蛛型の三級呪霊。

不義遊戯は移動という過程を飛ばして位置だけを一瞬で入れ替える。

目で追うということができないのだ。

反応できていないのか、そのまま動かない恵に向かって東堂は拳を放つ。

 

──東堂はゴリゴリの近接タイプ……どう移動しても最終的に攻撃はオレに向かってくる。それなら──

 

そして、拳が恵に当たるその刹那──東堂が全く予期していなかった現象が起こった。

 

「むっ……!」

 

バチッ──という音とともに東堂の拳が弾かれたのだ。

 

──何が起こった……!?

 

恵はかわすどころか防御の姿勢すらとっていない。

にも関わらず東堂の拳は届かなかった。

その隙を見逃す恵ではない。

すかさず恵の裏拳が東堂の頬を打つ。

 

──そりゃそうだよな。

 

この技を東堂が知るはずもない。

これは恵だからこそ──禪院家(御三家)の血筋だからこそ使える技。

秘伝──『落花の情』。

 

「バチチチチだよ。バチチチチ。何? できねぇ? センスねぇなぁ」という甚爾の意味不明な説明からよく発動まで漕ぎ着けたものだと思う。

 

──御三家に伝わる対領域の術。簡易領域とは異なり、自らは領域を展開せず、纏った呪力を瞬時に解放することにより触れたものを迎撃する。

 

秘伝の縛りがあるため御三家以外の人間に相談はできない。

しかし、五条は無限も領域も使えるので必要ないと放置していた上、真希と真依は実家での冷遇からわかる通り教えられていない。

加茂に頼る手もあるが、御三家同士の仲は基本的に悪く、禪院の血筋に指導するのは家が許さないだろう。

そして、禪院家に頼るのはそもそも論外だ。

 

──親父のうろ覚えの記憶から何とか成立させてみたが……何とかなるもんだな。

 

真希と真依以上に家から爪弾きにされていた甚爾が呪術に関してまともな教育をされているはずもない。

恐らくたまたま耳に入った程度のもの。

しかも、説明した本人が呪力がゼロのせいで見本もない。

そこから本来の落花の情と遜色ない完成度まで引き上げられる術師がどれほどいるだろう。

『最凶』と『最強』が近くにいるため印象が薄れるのも仕方ないが、恵も()()()()に並び立てる紛れもない天才の一人なのだ。

 

──伏黒……オマエは一体どんなものを食らってきた? 何を見てきた?

 

思いもよらない反撃を食らった東堂だったが、いつまでも呆けているほど抜けてはいない。

体勢を立て直しながら恵への評価をもう一度見直していた。

普通、不義遊戯を受けた者は視界や位置の切り替わりに混乱して動きがガタガタになってしまう。

しかし、一度攻撃を受けただけで恵は不義遊戯の入れ替えに対応──反撃してきた。

 

──まさかもう一段上だったとは。

 

目より先に手が肥えることはない──表現者の間でよく使われる文句だ。

二流三流の相手ばかりをしてきたのならこうはいかない。

あの『最凶』と『最強』に鍛えられた本物の強者。

どんな相手と戦ってきたか──その積み重ねが術師にとっては重要な財産である。

間違いなく恵は一流を見てきた。

それも超が付くほどの。

 

──コイツは間違いなく高みへ昇る。

 

最初に手合わせした瞬間からわかっていた。

あの五条にさえ並び立つかもしれない。

だからこそ全力で導こうと思っていたのに。

 

──オレにもまだ学ぶものがあったらしい。

 

導こうなどと烏滸がましい。

ぶるり、と東堂は震えた。

予感がする。

退屈が裏返る予感が。

目の前にいるのは東堂より高みにいる者達が作り上げてきた最高傑作。

最後の交流会に相応しい相手(ディナー)

ならば残さず食らい尽くすのが礼儀というもの。

 

「もっと! もっとだ! 魅せてみろ──伏黒恵!」

 

恵と東堂がぶつかり合う。

己の持ち得る全てを使って相手を叩き潰す。

学生同士の勝負とは思えない──そこだけまるで空気が違う戦いが展開されていた。

 

「何アレ……怖……」

 

それを空から箒に跨がって見ていたのは京都校の西宮。

自分とは圧倒的にレベルの違う戦いに冷や汗が流れる。

『最凶』の関係者だと聞いた時点で余程の強者だろうとは思っていたが、まさかこれほどとは。

 

「──落とせ!」

 

突然、西宮に影が落ちる。

二人の戦いに釘付けになっていた西宮の頭上に現れたのは身体を大きく広げたクラゲの式神。

 

「ヤバッ……」

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