『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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投機的な情報をどう利用するか。
そのまま使うのか。
それとも捨ててしまうのか。
あるいは自分で解釈を加えて確実なものにしようとするのか。


第弐拾玖話

「伏黒君?」

 

交流会に向けての練習中、三輪は真依に尋ねたことがあった。

伏黒恵とはどういう人物なのか、と。

一度、御三家繋がりということで加茂に聞いてみたことがあったのだが、そのときは「彼と私は同類だ」と意味のわからないことを言われて終わっていた。

 

「見てくれは普通だけど一級で入学したって時点で実力はわかるでしょ。禪院家(ウチ)の相伝持ちだし。でも、彼と戦わないなら後は楽よ」

 

「彼以外の東京校のメンバーって……」

 

「半分以上一年生。むしろ人数が多いだけに味方の足引っ張ってくれるんじゃない?」

 

「そっか。それならちょっと安心──」

 

──なんて言ってたのに! 真依のバカ!

 

ヒュッ……と音を立てて菜々子の肘が三輪の鼻先を掠めていく。

 

──この子……めちゃくちゃ強い!

 

一年生とは思えないほど慣れている。

攻撃に迷いがない。

 

──相手は素手……リーチではこっちが有利なのに!

 

会敵するや否や三輪の刀を容易くかわして懐に入り込んだ菜々子。

そこから菜々子の怒涛の攻めが始まり、三輪は防御するので精一杯になっていた。

中国拳法を軸にした肘や膝を使ったコンパクトな攻め。

ほとんど密着するような体捌きのせいで刀を振る間合いがない。

 

──一旦下がってから……。

 

「させないよ」

 

だが、下がろうとした瞬間、菜々子は三輪の足を踏みつけることで距離を取らせない。

続け様に腹に膝蹴りが突き刺さる。

 

「ゲホッ……!」

 

──何で躊躇なくここまで踏み込めるわけ!?

 

警戒はしているのだろうが、臆する様子がまるでない。

それは夏油と真希による近接戦闘の指導の賜物。

素手はもちろん、刀を始めとした武器や呪具の対処をこれでもかというほど叩き込まれてきた。

 

──アンタがどれだけ鍛えてきたか知らないけどさ、こっちは朝から晩まで体術オンリーで特級+天与呪縛とやり合ってんだよね。

 

なぜ菜々子が術式ではなく、体術主体の立ち回りが多いのか。

それは菜々子の術式が正面からの戦いに向いていないから。

菜々子の術式はカメラを介して被写体に干渉するもの。

だが、この術式は相手の姿を写せることが前提。

高速移動する相手や遠距離から攻撃してくる相手、逆に近距離で間断ない攻撃をしてくる相手などには相性が悪いのだ。

スマホを取り出し、構えて、カメラを起動し、相手を画面に写し、撮影する──その間、菜々子の両手は塞がっている。

しかも、画面を確認する必要があるため、視線もほとんど固定されていて無防備極まりない。

こそこそ隠れて行動するならともかく、正面切っての戦闘では致命的だ。

ならば術式に頼らなくても戦えるように体術を。

しかし、教えを乞いにきた菜々子に夏油は言った。

 

「術式に限界を感じて体術に切り替えることは間違いじゃない。術式を使う君。体術を使う君。どちらも術師としての君だ。しかし、問題はその先──体術に限界がきたとき、君はどうする?」

 

身体能力も呪力による強化も限界がある。

いずれ挫けるときが必ず来る。

そのとき菜々子はどうするだろう。

弱いと理解した上でそれでも術式と向き合うのか。

それとも術式でも体術でもない道を模索するのか。

これはただの思考された可能性。

どの道を選ぶのかは菜々子次第だ。

 

──っと、余計なこと考えてる場合じゃなかった。

 

「このっ……!」

 

まともに攻撃させてもらえず焦れた三輪は無理矢理に刀を構えて振ろうとする。

だが、この近距離で腕を伸ばすと──

 

「よっ」

 

菜々子の腕が三輪の腕を抱え込むように巻き付いた。

そのまま菜々子は関節と逆方向に全体重をかけるように後ろに倒れ込む。

 

──ヤバい……! 腕折られる!

 

「くっ!」

 

三輪は咄嗟に投げられる方向に自分から飛ぶことで腕を折られるのを回避。

結果、近くにあった崖から落ちることになってしまったが。

派手に水しぶきを上げて崖下の川に着水する三輪。

幸いにも浅い川だったため溺れることはなかった。

 

「ぷはっ……危な……」

 

術式を持たない三輪にとって刀は生命線。

腕を折られて刀が使えなくなれば三輪は棄権したも同然になってしまう。

しかし、安堵したのも束の間、三輪を追うように頭上から菜々子が降ってきた。

 

「ふっ!」

 

「うわっ……!」

 

三輪は後ろに大きく飛ぶことで振り下ろされた拳を回避しつつ距離をとる。

 

──今しかない!

 

崖から落ちたことは誤算だったが、怪我の功名──菜々子の間合いから離れたことでラッシュが止んだ。

再び懐に入られると厄介だ。

決めるなら今。

三輪は呼吸を整えると刀を一度鞘に納める。

そして──

 

──シン・陰流 簡易領域!

 

シン・陰流──それは平安時代、呪詛師や呪霊から身を守るために蘆屋貞綱という術師によって考案された呪術。

門下生であること、外部へ故意に内容を漏洩させないことなど、いくつかの縛りはあるものの、術式を持たない者も習得でき、術式を持つ者は術式との併用が可能。

そんなシン・陰流の技の一つ──簡易領域。

領域対策として編み出された弱者のための領域。

 

──半径二・二一メートル以内の領域内に侵入したものを全自動(フルオート)反射で迎撃する。

 

本来、簡易領域は領域の必中効果を中和し、身を守るものではあるが、こうして居合に転用することもできるのだ。

加えて三輪は鞘内に呪力を満たしていく。

刀身を呪力で覆い、鞘の中で加速させるシン・陰流最速の技──『抜刀』。

この一撃で決める。

 

──居合かぁ……。

 

一方で菜々子も思考を巡らせていた。

居合術、抜刀術──その真髄は抜刀と攻撃を同時に行うという圧倒的な速さ。

 

──素手と刀のリーチ差……それにさっきの攻めで警戒されてる。二度も懐まで寄らせたくないはず。

 

「とくれば……」

 

それでも菜々子は攻めの姿勢を崩さない。

全速力で三輪に向かって走り出し、真っ直ぐ距離を詰める。

 

──突っ込んできた!?

 

本当に迷いがない──いや、怖いもの知らずというべきか。

だが、それなら好都合。

超人的な反射神経がない限り『抜刀』を避けるのは不可能だ。

 

──後二十……。

 

──後十……。

 

──五……。

 

──三……。

 

「────!」

 

しかし、三輪が抜刀しようとした瞬間──領域が背後から忍び寄る存在を感知した。

 

──後ろ!?

 

正面から菜々子が迫ってきているのがわかっているのに。

三輪の身体は簡易領域により侵入したものを全自動(フルオート)反射で迎撃する──()()()()()()()

更に最悪だったのは正面の敵に特化した型をとっていたこと。

後ろから攻撃されてしまえば三輪は無理矢理身体を捻った体勢での迎撃を余儀なくされる。

そして、振り返った三輪が見たものは──

 

「く……クラゲ!?」

 

背後からこっそり針を伸ばしていたのは順平の式神である澱月。

 

──今更気付いても遅いっての!

 

三輪は何とか針を弾くも、その間に菜々子は間合いを詰めきっていた。

体勢を立て直すより先に後ろから菜々子の腕が三輪の首に絡み付く。

 

「おやすみ」

 

◆ ◆ ◆

 

「ふふふふっ……昔の自分を思い出すね」

 

「面白い子でしょ」

 

五条の後ろに座っていた冥冥は楽しげに笑いを洩らした。

黒鳥操術──複数の烏を使役して視界を共有できるという術式を持つ冥冥だが、彼女もまた術式に限界を感じて体を鍛え上げた術師の一人。

自身の身長ほどもある戦斧を軽々と振り回して並の呪霊なら圧倒できる。

そして、彼女は身体強化にも限界がきたことで再び己の術式と向き合い、昇華させたことで一級術師へ昇格した強者である。

 

「金をかけて身体を鍛えたことは無駄じゃなかった。それ以上のリターンを得られたからね。我ながら私自身に投資したのは正解だったよ」

 

「投資ねぇ。ホント好きだよね。そういうの」

 

冥冥という人物を語る上で外せないのがその性格。

所謂守銭奴ということ。

現金の報酬はもちろん、株、為替、不動産、ありとあらゆる手段で利益をあげることを趣味にしている。

組織に属していないフリーの呪術師のため、ある意味中立ではあるが、金が絡むと大体のことは引き受ける危うい性格なのだ。

 

「いい機会だから聞きたいんだけどさ、冥さんって()()()()?」

 

「どっち? 私は金の味方だよ。金に換えられないものに価値はないからね。何せ金に換えられないんだから。だけど、数少ない例外も存在する」

 

冥冥は五条の隣に座る『呪詛師殺し』に視線を向けた。

 

「客の情報は明かせないけど、彼女を探ってくれって依頼はいくつか来ていたよ。相手が彼女じゃなければ二つ返事で受けていた額だった」

 

守銭奴である冥冥でも彼女が関わる依頼には手を出していない。

理由は単純──割に合わないから。

彼女と敵対した時点で買収するのは不可能だし、例え全財産を使って軍隊を雇い、核シェルターに籠ったところで彼女は殺しにくるだろう。

個人であろうが組織であろうが世界であろうが、敵対したなら地獄の果てまで追いかけて容赦なく総滅する──それが彼女だ。

 

「探ってくれ……ねぇ? 心当たりがありすぎて誰だかわからないんだけど」

 

『呪詛師殺し』はそう言うとわざとらしく楽巌寺にチラリと視線を遣る。

しかし、楽巌寺の表情は変わらない。

微動だにしないまま前を向いている。

 

──私がここに来た時点で十分脅しは効いてる。保身が最優先の連中だし、しばらくは大きく動いたりしないでしょ。

 

となると、やはり一番の問題はこの後に起こる襲撃だ。

菜々子が映っているのとは別のモニターでパンダがメカ丸との戦いに決着をつけていた。

結果はパワー重視のゴリラモードと変則的な近接戦闘のゴリ押しによりパンダの勝利。

 

──これで京都校は三輪、メカ丸が脱落か。

 

東京校は全員残っているがパンダの消耗が激しい。

京都校で残っているのは加茂、真依、西宮、東堂。

 

──どのタイミングでくるかわからないからね。日没間際の全員疲弊しきったところじゃなければいいんだけど。

 

わざわざ両校が集まる交流会の日を狙ってきたのだ。

目的は生徒である可能性が高い。

 

──だけど、それじゃ五条悟を相手にするリスクと釣り合わない。

 

そんな大きなリスクを負っても釣り合いがとれるメリットとは何だ。

ここまで集めた情報を吟味し、彼女は思考を巡らせる。

 

──目に物見せてあげるよ。

 

『呪詛師殺し』を敵に回せばどうなるか。

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