『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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『毒』と『薬』の違いって何だと思う?
正解はどちらも同じ。
その効果が有効か有害によって名称を変えてるだけ。
だから順平の『呪力から毒を生成する術式』をより正確に表すなら『人体に影響を与える化合物を作り出す術式』なわけだよ。
拡大解釈だって?
上等上等。
拡大し、拡張し、展延し、展開する──世界を自分の道理で塗り潰すのが呪術の本質なんだからさ。


第参拾壱話

「ああ、金槌壊れちゃったんだ。いいよ、こっちは大丈夫」

 

釘崎との電話を終えて菜々子はポケットにスマホをしまう。

釘崎から五十メートルほど離れた木の上で菜々子は気絶した三輪から奪った刀を手に真依と対峙していた。

 

「こっちは大丈夫なんて随分余裕じゃない」

 

「一年相手に二人がかりでも勝てない先輩とは違うってこと。わかる?」

 

「チッ……」

 

ニヤニヤと笑いながら堂々と挑発してくる菜々子に思わず舌打ちが洩れる。

 

「真希はどうしたのよ」

 

「お姉ちゃんが来なくて寂しい? シスコンかよ」

 

「口の利き方──教えてあげる!」

 

真依は、さっき撃った一発分を素早くリロードすると菜々子に向けて発砲。

しかし──

 

「ふっ!」

 

キンッ、という音と共に弾丸が両断される。

銃弾を叩き切るという人間離れした芸当に真依が呆気にとられているうちに菜々子は木から木へと次々に跳躍。

そして、真依がもう一度発砲した途端に素早く木の影に隠れてしまった。

 

──死角に入ったから何だっつーのよ。銃相手に距離取るとかバカじゃないの。

 

刀の届く距離など知れている。

距離を取るほどこちらが有利になるというのに。

真依は菜々子が隠れた木に銃を向ける。

どちらから出てくる。

右か。それとも左か。

しかし、菜々子が取ったのはどちらでもなかった。

 

「──っ! 下かよ!」

 

突然、真依が立っていた枝が落下する。

木の影に隠れた菜々子はそのまま木に沿うように降りて、下から真依の足場になっていた枝を切ったらしい。

 

──この子の動き……。

 

そこで真依はハッと気付いた。

さっきの弾を切った動きも。

木から飛び移る動きも。

まるで真希のそれだと。

噛み締めた奥歯がギシリと軋む。

 

「アンタなんかが……」

 

──真似してんじゃないわよ!

 

落下しながら真依は更に二発を発砲。

だが、それも容易くかわされて懐に入られてしまう。

 

「随分殺気立ってんね」

 

「うっ……!」

 

着地直後の真依の脇腹に菜々子の蹴りが突き刺さった。

その動きすら真希とダブって見える。

 

「この……偽物が!」

 

至近距離から一発。

だが、菜々子は怯むどころか迷いなく刀を振り下ろして弾丸を叩き落とす。

 

──何でこの距離の弾丸が見切れるのよ……!?

 

更に菜々子は続け様に放たれた一発を後ろに下がってかわすと、また木の影へ転がり込んだ。

 

「なぁに? さっきの野薔薇の言葉がそんなに効いた?」

 

「うるさい!」

 

「うわ、怖ぁ……そうカリカリしないでお仲間同士仲良くしない? 女でしかも双子なんて激レアなんだからさぁ」

 

「お仲間? 特級術師に拾ってもらってぬくぬくと暮らしてきたヤツに何がわかるのよ」

 

「だからぁ、そうやって悲観してすぐ被害者ヅラすんなよ。自分には差し伸べてくれる手なんてなかったって? 真希さんが何のために頑張ってるか少しは考えたことあんの?」

 

──コイツ……ペラペラと……。

 

さっきからやけに饒舌な菜々子の言葉一つ一つが真依の癇に障る。

そして、真希の動きを真似ているのも気に入らない。

六発全弾撃ちきった真依はポケットから取り出したスピードローダーで素早くリロード。

絶対に仕留める、と真依は息を整えて菜々子が隠れた周辺に狙いを定めた。

 

──装弾数は六発。銃は至って普通なんだけど……。

 

一方、菜々子は木の影で真依の情報を整理していた。

術式は不明。

使われた様子もない。

武器はリボルバーが一丁。

予備の銃はない。

しかし、その銃に気になる点が一つ。

弾数の多いオートマチック銃ではなく、敢えてリボルバーを使っているところが引っ掛かる。

 

──二級呪霊が本命なのにリボルバーの六発だけじゃ心細くない?

 

呪霊に通常兵器が有効と仮定した場合、四級なら木製バットで余裕、三級なら拳銃があればまあ安心、二級は散弾銃でギリというのがおおよその目安。

もしも二級呪霊(本命)と遭遇してしまったらリボルバー一丁では圧倒的に火力が足りない。

オートマチック銃で連射したほうが祓える可能性は高い。

 

──つーか、最初から真希さん狙いだったよね? 呪霊の相手はする気ないってこと?

 

真依なら真希の人間離れした身体能力は知っているに決まっている。

それでも真依はリボルバーで交流会に臨んだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えた。

何かタネがある。

たった六発の弾丸で真希を倒すカラクリが。

 

「お喋りが止まったわね。ビビって出てこられないのかしら」

 

「いーや? 閃きが合ってるか確認してただけ」

 

──いつまでもここに隠れてるわけにもいかないし……行ってみるか。

 

「フッ!」

 

手近にあった枝を投げて囮にすると同時に菜々子は反対方向へ走る。

枝に向けて一発。

囮だと気付いた真依はすぐさま照準を定め直して一発。

しかし、一瞬遅れたせいで菜々子には追い付かない。

 

──動きは()()()してるけど、速さは真希には及ばない。

 

偽物が……と呟きながら更に一発。

今度は菜々子の進行方向を予測して撃ってみるも少し早い。

菜々子の一歩先に着弾。

菜々子の動きは確かに速い。

それでも見えないほどの速さで動いているわけではない。

真依は少しずつ菜々子の動きに慣れてきていた。

再び引き金を引く。

四発目──タイミングは完璧。

しかし、ちょうど木の影に隠れてしまったことで幹に穴を空けるだけに終わってしまった。

 

──合わせてきやがった……!

 

菜々子の頬に冷や汗が一筋伝う。

真希なら余裕でかわしただろうが、今の菜々子の()()は裏技みたいなもの。

そろそろ限界が近いらしい。

 

──後二発……。

 

菜々子は汗を拭うと走り出す。

トップスピードを維持していられる時間はそう長くない。

しかし、止まればそこを狙われる。

 

「っと……!」

 

すると、木々が途切れた瞬間に横から銃弾が飛んできた。

今度こそ当たったかと思いきや、菜々子は走りながら刀で弾いてみせる。

五発目。

そのまま菜々子は木の間を縦横無尽に駆けるが、さすがに最後の一発となればそう簡単には撃ってこない。

真依は足音から菜々子の動きを探って慎重に狙いを定めているようだった。

 

──撃ってこないか……まあ、かなり警戒させたしね。

 

菜々子の体力も無尽蔵というわけではない。

長期戦になるほど不利になってしまう。

撃ってこないなら撃たせるまで。

菜々子は手近にあった木を駆け上がる。

 

──弾切れ直後に間合いを詰めれば私の勝ちは揺るがない。

 

そして、真依へ向かって菜々子は枝の間から飛び出した。

かわせない空中。

真依にとって千載一遇のチャンス。

間合いを詰められれば不利なことは真依もわかっている。

だからこそ真依はここで菜々子を撃ち抜くしかない。

 

──さあ、撃ってきなよ。

 

真依の頭には先ほど至近距離の弾丸を両断してみせた菜々子の姿が焼き付いている。

また弾かれるかもしれない。

そう思いながらも近接で勝ち目がないなら撃つしかない。

そして、真依は引き金を引いた。

狙いは顔面のド真ん中。

弾丸は吸い込まれるように菜々子に向かっていく。

 

──いい腕してる……けど!

 

放たれた弾丸を菜々子は片手で刀を一閃して弾いてみせた。

 

──これで六発目(ラスト)……!

 

リロードさせる隙は与えない。

このまま勢いを殺さず仕留める。

そのときだった。

突然、()()()が真依の持つ拳銃から飛び出してきた。

 

「────!?」

 

思わず菜々子は目を見開く。

存在しないはずの七発目──そのタネは真依の術式だ。

構築術式──己の呪力を元にゼロから物質を構築する術式。

そして、この術式で一度生成された物質は術式終了後も消えることはない。

それゆえに呪力消費が激しく、身体への負担も大きい。

真依の場合、銃弾を一発作っただけで一日貯めた呪力が枯れる上、術式発動時にかかる身体にかかる負荷によって鼻血を流してしまうほどに。

しかし、その甲斐はあった。

 

──私の勝ちよ。

 

菜々子は刀を振りきってしまっている。

切り返す暇はない。

真依は勝ちを確信して笑みを浮かべた。

 

──わかりやすく弾数でブラフを張るためのリボルバー……確かに並の術師ならどうにもできないだろうね。でも──

 

誰に鍛えられたと思っている。

菜々子達を鍛えたのは普通なんてものをことごとく捨て去ってきた『最強』と『最凶』だ。

定石だの王道だの知ったことかとばかりに我が道を突き進む連中に鍛えられた菜々子達が、そんな並の術師と同じであるはずがない。

刀を握っていなかった菜々子の左手が動く。

その直後──ダン、と着弾の音が響いた。

 

「あっぶな……」

 

「は……?」

 

真依の口から呆けた声が洩れ、さっきまで浮かんでいた笑みが霧散する。

幻の七発目──予測不可能なはずのそれを菜々子の手に握られているスマホが受け止めていたのだ。

 

──まさか……読まれてた……!?

 

ありえない。

真希にだって教えたことはないのに。

しかし、受け止めるなら弾丸が発射される前にポケットからスマホを取り出していなければ間に合わない。

 

「なーんか隠し球持ってると思ったんだよねぇ」

 

残念でしたぁ、と菜々子はニヤリと笑ってみせた。

 

「くっ……!」

 

この近距離だ。

弾丸をリロードする時間はないし、虎の子の七発目は使ってしまった。

もはや破れかぶれで真依は拳銃を振りかぶった──その瞬間。

プスッ、と軽い音がすると同時に真依の背中に痛みが走る。

 

「え?」

 

途端に真依の全身に広がる痺れ。

身体に力が入らない。

グラグラと視界が揺れ始め、思わず真依は地面に倒れこんだ。

 

──何よ……これ……。

 

混乱する真依の背後からガサガサと足音が近付いてくる。

 

「触手の射程ギリギリだったけど……よかった、当たって。ああ、死にはしないよ。数時間痺れて動けないだけで」

 

「アンタ……新人の……」

 

菜々子の動きに気をとられていた真依は全く気付いていなかった。

自分の背後──菜々子と真逆の方向で順平が密かに毒を練り上げていたことに。

 

「このっ……騙したわね! アンタも二人がかりじゃない!」

 

「私は、一年相手に二人がかりでも勝てない先輩とは違う、って言っただけ。二人がかりじゃないなんて言ってませーん」

 

けらけらと笑ってみせる菜々子と額に青筋を浮かべて拳を握る真依。

そのまま真依は立ち上がろうとするが、今回順平が調合した毒は即効性のもの。

既に毒は全身に回っていて手足をピクピクと動かすのが精一杯だった。

 

「大体、呪術師なんて騙してなんぼ──」

 

すると突然、笑っていた菜々子の身体がフラフラと揺れ始める。

 

「あー……順平、そろそろ限界っぽいから()()()()()よろしくー」

 

「はいはい。だから毒を使ってドーピングなんて無茶し過ぎだって言ったのに……」

 

「だって絶対勝ちたかったしぃ」

 

拳銃から放たれた弾丸の初速は秒速三百~四百五十メートル。

それにあの近距離だ。

普通にやり合うならまずかわせない。

真希のような天与呪縛でもなければ。

それを補うために菜々子は順平に興奮剤擬きの毒を調合させてドーピングしたのだ。

菜々子がやたら饒舌になっていたのはその毒の影響だった。

無茶をするにも程がある。

 

「うあー……キツかったー」

 

身体能力を強化してくれるとはいえ毒は毒。

立っているのも辛かったのか中和用の毒を注入してもらった菜々子は真依の隣にしゃがみこんだ。

そのまま菜々子はジッと真依の顔を見つめて何か考えている。

 

「……何よ」

 

「ねぇ、アンタ。もしかして呪術師嫌い?」

 

「……当たり前でしょ」

 

術師の家系──それも御三家に生まれた者にあるまじき発言だが、今更気にすることもないだろう。

女というだけで蔑まれ。

双子というだけで忌み嫌われ。

相伝の術式ではないというだけで見下される。

鍛練と称して理不尽に殴られたのも一度や二度ではない。

 

「努力も痛いのも怖いのももううんざり。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああ……なるほどね」

 

真依の言葉に菜々子は複雑な表情を浮かべた。

真依は気付いているのだ。

呪術において双子として生まれるその意味。

知らなければ厄介だし、知ってしまえば尚厄介なもの。

 

──だから、大嫌いな呪術師続けてるわけか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「真希さんと仲悪いって聞いてたけど……何だ、アンタ、真希さんのこと大好きじゃん」

 

「うっさい……」

 

「しっかし、そうなるとメンドくさいなぁ。見事なまでにすれ違ってるし……とりあえず真希さんと話せる機会があったらちゃんと話しておいたほうがいいんじゃない? 同じ双子からのアドバイス」

 

そう言って菜々子は立ち上がり、順平と一緒に歩いていく。

 

「何話してたの?」

 

「んー……まあ、双子同士にしかわからない話があんの。それより何かめちゃくちゃ眠いんだけど……副作用ってヤツ?」

 

「体力の前借りみたいなもんだからね。あ、でも安心していいよ。依存性とか脳や内臓へのダメージはないように調合したから」

 

「へえ……やるじゃん……」

 

眠気がそろそろ限界なのだろう。

菜々子は澱月の上によじ登って寝そべると、そのまま目を閉じる。

 

「悪いんだけど私ここでリタイアね。本部まで運んだ後は美々子についてて。あ……ケガさせたら殺すから」

 

「は、はい」

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