裏技を使うことを躊躇うな。
長引かせたって白けるだけだ。
ヒロインが死んだ怒りで覚醒? ふざけるな。最初から覚醒しておけ。主人公ごときがヒロイン様の手を煩わせるな。
盛り上がり? スロースターターはお呼びじゃねぇ。定時で帰りたいなら最初からトップギアでぶっ飛ばせ。
愛やら覚悟は早めに発注しておけよ。品切れで足りませんなんて洒落にならねぇぞ。
さあ、チャイムがなったぜ。行ってみようか。
「なるほど……いい武器です」
森に落とされた花御は自身の右腕に目を落とした。
千切れてはいないが、おかしな方向に折れ曲がってしまっている。
だが、それは問題ない。
花御の呪力量であれば腕を治す程度の呪力は大したことはない。
それよりも──
──かなり距離をとらされましたね。今から戻っても恐らく追い付けない。
ならば無理に追うより、ここで一人でも殺しておくほうがいいだろう。
「ふっ!」
瞬時に腕を治すと花御は森から飛び出してきた真希の攻撃を再び受け止める。
──速い……威力も中々。
しかし、花御の身体の強度は並みの呪霊のそれとは格が違う。
──クソ硬ェ……。
さっきから連続で斬りつけているのに倒れない。
何とか花御を反撃させない程度には押さえつけているが、このままではいつまでたっても倒せないのはわかりきっていた。
ジリ貧は確実。
何とかしなければ。
そのとき偶然にも竜骨が花御の顔面の木を掠めた。
すると、今までとはまるで別物のようにあっさりと切断される。
──顔面の木は他と比べて脆い……ここが弱点か……!
「くっ……!」
堪らず花御は後ろに下がると同時に指で何かを弾いて真希へ撃ち出した。
「あ? 何だこりゃ?」
腕に噛み付いてきた呪種を真希は無造作に引き剥がす。
そこには掠り傷とも言えない痕がついただけ。
何がしたかったんだ、と困惑する真希だが、その反応で花御は理解した。
──やはりこの少女……呪力が微弱過ぎる。
わざと呪力を解いているのかと思ったが、そうではないらしい。
──呪力で強化していないにも関わらず、この瞬発力……。あの男が言っていたのは確か……天与呪縛というものでしたか。
だが、それなら都合がいい。
呪種が機能しないほど微量の呪力なら術式への警戒は必要ない。
その量から恐らくは呪具なしではまともに戦えないことも花御は見抜いていた。
剣のみに警戒を絞り、距離をとって攻撃する。
剣を破壊してしまえばこちらの勝ちだ。
枝で真希を牽制しつつ、花御がジリジリと後退を始めたそのとき──
「──っ!?」
花御の真上から急降下してきた鵺が突進してきた。
──また新手ですか……!
「真希さん!」
「遅ぇよ、恵! ……と東堂」
真希の背後の森から出てきたのは恵と東堂。
美々子からの連絡を受けて慌てて駆けつけたのだ。
「どういう状況です?」
「かなりヤベェ。とにかく頑丈で、あの人にもらった呪具使っても中々まともに攻撃が通らねぇ」
「ふっ、さすがは特級ということだな」
五条を襲撃したことから特級の中でも上位に相当する呪霊。
正直なところ恵と東堂がいても祓えるかどうか。
仕方ねぇな、と呟いて真希は竜骨を握り直す。
「
◆ ◆ ◆
「うっ……ぐあっ……!」
「はい、私の勝ち」
「クソッ!」
交流会に向けての特訓中──真希は砂だらけになってグラウンドに転がっていた。
今日だけで五十回は転がされている。
「これくらい軽くあしらえないなら私はとっくに死んでるよ。甚爾に追い付くにはまだまだだね」
「チッ……同じような天与呪縛っつったって私はアイツとは違うんだよ。だから、こうして鍛えて溝を埋めようとしてんだろうが」
真希は不貞腐れた顔で座り込む。
真希も甚爾と同じく天与呪縛によって本来持って生まれるはずの術式と呪力を持たない代わりに、人間離れした身体能力を与えられた人間だ。
ただし、真希の呪力は完全に零というわけではない。
一般人程度──呪霊を視認できないが、結界の類いには感知されるという何とも微妙なスペックなのだ。
「真希ってさぁ、色々と損する性格してるよね」
「はぁ?」
「結構荒っぽいかと思えば実は真面目で、しっかりしてるかと思えば肝心なところが抜けてたり」
「何が言いたいんだよ」
「努力していればいつかは報われる。実を結ばなかったとしても積み重ねてきた日々は決して無駄じゃない──そんなのは一般人の発想だよ」
そう言って近付いてくると、彼女は真希と目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「真希、君は何?」
「何って……呪術師に決まってんだろ」
「そう。そして、呪術師の成長曲線は必ずしも緩やかじゃない。僅かなきっかけで飛躍的な成長を遂げることもある。あの乙骨君だって昔は低級呪霊にいちいちビビりまくってたでしょ」
「だから何なんだよ。そこらにそのきっかけが転がってるとでも言う気かよ」
「そうだよ」
「あ? おいおい……マジかよ」
まさか肯定されると思っていなかった真希はポカンとした顔で『呪詛師殺し』を見つめる。
「言ったでしょ。愚直な努力が美徳になるのはあくまでも一般人の世界の話。こっち側には裏技というものがあってだね……」
他言無用だよ──そう言って彼女は、トン、と真希の額を指で突いた。
◆ ◆ ◆
──始めるよ。
それを合図に世界がガラリと切り替わる。
「フーッ……」
『呪詛師殺し』が真希に施した仕掛け。
それは催眠による肉体の
普段、彼女が術式反転によって行っていることを順転で真希に仕込んだ。
すると、どうなるか。
「真希さん……?」
「二人ともちゃんと合わせろよ?」
次の瞬間、恵の視界から真希が消える。
更に続けて響いた衝突音。
慌てて恵がそちらに目を向ければ既に真希は花御に攻撃を浴びせていた。
──今の動き……まるで親父じゃねぇか!
「伏黒! オレ達もいくぞ!」
「あ……ああ」
恵は真希のいきなりの変化に戸惑ったものの、すぐに気持ちを切り替える。
特級相手だ。
気を抜いている暇はない。
「二人ともヤツが出す種には触るなよ! 私に効かなかったってことは多分呪力絡みだ!」
「「了解!」」
「くっ……」
タネをバラされてしまったことに花御は歯噛みした。
先に呪種を使ったのが仇になってしまったか。
術師にはあれが一番効くというのに。
「どうやらアナタ達には多少本気を出したほうがよさそうだ」
花御は左腕を覆っていた布を取り払う。
現れたのは肩のあたりに大きな蕾がついた黒い腕。
「さあ、戦いを──楽しみましょう!」
花御の言葉と同時に地面から大量の木の根が伸びてくる。
三人を飲み込もうと襲いかかってくる根だが、簡単にやられるほど柔な鍛え方はしていない。
まるで波乗りのように根を乗りこなし、あるいは駆け上り、次々と根をかわしていった。
「大丈夫か、二人とも!」
「はい!」
「おう!」
広がった根の高さは高専にある寺社仏閣を遥かに超えている。
さすがは特級。
並の呪霊とは格が違う。
「──! 後ろだ!」
三人が根の攻撃をかわしている間に根の中に潜り込み、背後に回っていた花御。
しかし、真希がいち早くそれを察知。
撃ち込まれようとしていた呪種を叩き切る。
──やはり通じませんか……!
すかさず三人は花御に向かって距離を詰めると同時に攻撃。
三人の攻撃を諸に受けた花御は思わずのけ反った。
──重い……各々が確実に私にダメージを与えるだけの威力の攻撃を持っている。
取り柄である身体の強度が役に立たない。
呪種も警戒されている。
──ならば……。
「二人とも、もっとタイミング合わせろ!」
追撃を加えようと三人が花御に肉薄した瞬間──突然足が空振り、三人は揃って体勢を崩した。
咄嗟に下を見れば、さっきまであった木の根がなくなっている。
「なっ……!?」
「足場が……!?」
「迂闊……!」
これだけの質量だ。
実物に呪力を通して操っているのだと思っていた。
しかし、実際は全て花御の呪力によって具現化されたもの。
花御が呪力を解くだけで足場になっていた大量の木の根は一欠片も残らず一瞬で消失してしまった。
「大地のありがたみを知るといい」
落下する三人めがけて木の毬から伸ばされた枝が迫る。
身動きの取れない空中。
しかし、恵達は一瞬のアイコンタクトで互いが次にとる動きを即座に理解する。
「鵺!」
恵が鵺を呼ぶと、それぞれの足に恵と東堂が掴まって木の枝を回避。
真希だけが空中に残された。
──仲間を見捨てるのか?
否──これは真希に対する信頼だ。
今の真希なら問題ない、と。
──
「ふっ!」
真希は空中で身を捻ってかわすと、そのまま垂直に枝を駆け登る。
「なっ……!?」
──あれをかわすだけではなく登ってくるだと……!?
花御は慌てて枝を消すが、真希が跳ぶほうが僅かに早い。
「落ちろ!」
再び竜骨の峰から放出される呪力と衝撃。
花御が防御するより早く、加速した刀身が頭部に振り下ろされた。
「がっ……!」
墜落した花御に数瞬遅れて真希も着地する。
「今ので頭潰せりゃ終わりだったのにな」
「相手は特級です。そう簡単に倒せれば苦労しませんよ」
口ではそう言ってみたものの、恵は内心で「いや……あの人達なら瞬殺するか」と考えていた。
『最強』と『最凶』にかかれば特級だろうと一方的に叩き潰すに違いない。
五条は対策されているため仕方ないが、彼女がこちらに来てくれなかったのが少々痛い。
彼女が来てくれていれば早々に決着がついていたはずなのに。
特級がいるという報告を蹴ってまで何をしているのか。
──いや、今はそんなこと考えてる場合じゃねぇ。
頭を振って浮かんだ考えを一旦追い出す。
今は目の前の相手に集中しなければ。
「で、オマエらの感覚的にはどうだ? いけそうか?」
「フッ……当然!」
真希からの問いに東堂は自信満々に答えた。
「オレのIQ五十三万の脳内CPUが弾き出した結論は──
真希と恵の「五十三万って……」というじっとりと湿った視線は当然無視だ。
とはいえ、東堂も一級術師の肩書きを持つ者。
何の根拠もなしに言っているわけではない。
──ここまでの戦いで彼奴はかなりの手札を晒した。
メインの攻撃手段として使っている地面から発生する木の根。
木の毬と、それから飛び出す一、二本の枝による攻撃。
呪いの種子。真希に通じていなかったことから、撃ち込んだ対象の呪力量に応じて何らかの効果を発揮するものと推測する。
解き放たれた左腕。封印されていたことから、強すぎて制御が利かない、もしくは使うことで本人に何かしらのデメリットがあるのではないか。
──これら全てがブラフである可能性。更に不測の事態を考慮した上で──それでも退くことはありえない。
なぜなら真希がいる。
突然動きが変わったことから何かしているのは東堂もわかっていた。
今、真希はもがいているのだ。
自らの殻を破ろうと。
──オマエもまた伏黒と同じく高みへ昇ろうとする者……ならばオレはそれを全力でサポートする!
パワー、スピードともに跳ね上がっている真希を主体に三人で動きを合わせる。
この三人であればダメージが与えられることは確認済み。
後はいかに相手の思い通りにさせないか。
「何か無駄に壮大なこと考えてるような気がするが……勝ちの目が見えたならそれでいい。恵はどうだ?」
「オレも問題ないです。好きに動いてください。合わせます」
真希は一つ頷いて花御を見据える。
ここが正念場だ。
「止まるな、二人とも。オレを信じろ」
「何やるつもりか知らねぇが……マジで止まらねぇからな? ミスったら殺す」
「同じく」
「上等!」
「それじゃ──」
──行くぞ! という声とともに真希が弾丸のようなスピードで先陣を切って飛び出した。
──やはり速い……ですが。
「──っ!?」
その直後、まっすぐ花御に突っ込む真希の正面に木の根が槍衾のように展開される。
真希のスピードは追いきれない。
しかし、こちらに突っ込んでくるのがわかっているのだ。
ならば、その位置に罠を仕掛けて待っていればいい。
──それでも……止まらねぇって言ったもんなぁっ!
だが、真希は止まる素振りを僅かも見せず、むしろそれをぶち抜かんばかりの勢いで突進。
みるみるうちに木の根が真希へ迫ってくる。
にも関わらず、真希は止まるつもりはない。
決めたのだ──信じると。
それに応えるように、パァン、と柏手の音が鳴り響く。
「なっ……!?」
不義遊戯──発動。
一瞬で花御と真希の位置が入れ替わる。
それにより自らが作り出した木の根に貫かれる花御。
──どういうことだ……!? あの少女は術式が使えるほどの呪力がない。少年の術式は式神。だとすれば残るはあの男。
突然の事態に混乱しながらも、花御は今の現象から東堂の術式を理解する。
──入れ替わりの術式ですか……!
しかし、理解したところで位置替えの急激な視界の変化はすぐに対応できるものではない。
更に今の位置替えで花御の正面には真希、背後には恵と東堂という花御を取り囲んだ絶好の配置が完成した。
「今だ!」
三人の攻撃が怒涛の勢いで間断なく花御を襲う。
「ぐあっ!?」
「フッ」
そして、攻撃の合間に混ざる拍手。
三人の体格差、そして式神による援護。
誰と入れ替わるか、手を叩くたびに生まれる選択肢。
花御がマズいと感じたときには既に手遅れだった。
──抜け出せない!
三人が周りを囲んでいるため、脱出も回避も不可能。
一人の攻撃を防御できても残りの二人と式神が攻撃を仕掛けてくる。
こちらから無理矢理攻撃しようとしても三人のうち誰かに潰されてしまう。
──真希、伏黒……オマエ達からは予感がする。退屈が裏返る予感が。
不義遊戯の視点移動は来るとわかっていても混乱してしまうもの。
花御はもちろん、真希と恵も。
しかも、発動は東堂の独断だ。
どのタイミングで、どう入れ替わるかわからない状態で連携を崩さず立ち回らなければいけない。
「止まるな」「信じろ」──たった二つとは言え、これ以上ないほどの無理難題。
しかし、それを二人は何の逡巡もなく了承し、それを実行している。
──後は真希が羽化を終えられるかどうか……。
下地は十分。
特級との戦闘で集中も高まっている。
だが──
──本当にアイツと同じならこんなヤツ瞬殺できるってのに……!
真希は悔しげに歯を食いしばった。
急激な変化に戸惑っていたのは恵だけではない。
真希自身も枷が外れたように動き回る自身の身体に意識を追い付かせることが精一杯になっていた。
加えて問題がもう一つ。
──頑丈さだけが取り柄だろうが……もってくれよ、私の身体!
天与呪縛で強化されている真希の肉体が悲鳴を上げていた。
『呪詛師殺し』が催眠による自己解放を真希だけに仕込んだ理由はこれだ。
人間が普段全力だと思って出している力は実際には七十~八十パーセントほど。
それをいきなり生理的限界まで強制的に引き上げるとどうなるか。
身体への負担、急激なエネルギーの消費──普通の人間が使えば間違いなく身体がもたずに自壊する。
つまり、この負担に耐えられるのは天与呪縛で並外れた強度を持つ真希のような人間か、反転術式で常に肉体を修復できる人間のどちらかに限られるのだ。
「くっ……!」
一方的に攻撃されながらも花御は思考を巡らせる。
このままでは祓われるのは時間の問題。
まさかここまで傷を負うことになるとは思っていなかった。
──仕方ありません。
「フッ!」
花御が腕を一振りすると突然、真希達の足元に色とりどりの花が咲き乱れる。
催眠効果によって相手の戦意を削ぐ花御が持つ呪術の一つ。
戦闘中で三人とも集中力が著しく上昇しているため、効果は僅か一瞬だけ。
しかし、その一瞬で花御は強引に三人の包囲網から抜け出していた。
「クソッ! 距離とられた!」
「あなた達を少々侮っていました」
──所詮は学生……まだ術師としては未熟という話でしたが……。
冷静で的確な状況判断、即興とは思えない息の合った連携、そして学生の域を超えた戦闘力。
最早なりふり構っている場合ではない。
「できることなら使いたくはなかった……」
花御は左手で地面に触れる。
それと同時に周りに生い茂っていた草や木が一斉に枯れ始めた。
植物は呪力を持たない。
しかし、花御の左腕は植物の生命力を奪い、呪力に変換する。
植物を愛する花御にとっては禁じ手だが仕方がない。
呪力を与えられたことで花御の左肩にある
準備は整った。
「「────!」」
「近づくな、二人とも! とんでもない呪力出力だ」
「しかし、アナタの術式があればかわすことは容易いでしょう」
ならばどうするか。
「領域展──」
その瞬間──バンッと派手な音を立てて帳が消滅した。