──でも、一度は防いだっていってなかった?
──それは無意識に魂を呪力で覆っているからだと……。
──ふーん? それじゃその無意識を意識的な段階まで引き上げればいいってわけだ。
「さて、仕事の時間だ」
高専の中を私は一人、五条達とは反対方向に進んでいた。
彼らから十分距離がとれたところでポケットに手を突っ込み、中から手のひらよりも少々小さい機械を取り出す。
空港から高専までの道中で私の耳に
それを片耳に嵌め込んだ。
「話は聞いてたよね?」
「あア」
呪骸からメカ丸の声が届く。
「五条悟と離れて何をするつもりダ?」
「襲撃は陽動……本命は別にあると思うんだよ」
「なぜわかル?」
「んー? 裏に長くいるとわかるんだよね。悪党の考えることっていうのは。特に今回は動きがあからさまだったし。とりあえず索敵・監視用の呪骸使って高専全体を見回ってくれる? 多分、侵入者がいるはずだよ」
メカ丸の術式は傀儡操術。
呪いを宿した人形──呪骸を遠隔操作できるというそれは索敵・攻撃ともに応用が利く便利な術式である。
使う呪骸は巨大ロボットから小型の虫ほどのサイズまで様々。
ハエや蚊のようなサイズであればどこにでも入り込めるし、わざわざ注意深く見る者もいないだろう。
道理で今まで誰にも気付かれずに情報収集できたわけだ。
「いタ! 真人ダ」
「オーケー。案内頼むよ。それと並行して高専にいる術師の退避。特級相手だからね。巻き込まれるよ」
「真人とやり合うつもりカ?」
「うん」
「何か攻略法でも見つけたのカ?」
「なくはないけど、まだ使えない」
真人攻略のヒントはいくつか見つけている。
だが、どれも今は使えない。
「おいおイ! そんな状態で何デ──」
「私が戦わなきゃ意味ないんだよ」
陽動に気付いていたのなら五条をこちらに回せばいい。
対策されているのにバカ正直に向こうへ行かせる必要はなかった。
では、なぜそうしなかったのか。
──仕掛けは打っておかないとね。
ここ最近の異常事態の連続。
それは氷山の一角に過ぎないと私は見ている。
せっかく相手が仕掛けてきているのだ。
掴まえた尻尾を逃がしたくない。
すると、メカ丸が少々躊躇うように声をかけてきた。
「一つ……聞いてもいいカ」
「何?」
「どうやってそこまで強くなっタ?」
「どうやって……ねぇ?」
何と答えるべきか。
身体的な強さなら甚爾との殺し合いの中で鍛えられた部分が大きいだろう。
それ以前のことは、とにかく必死でナイフを振り回していたとしか言えない。
死にたくない──その思いだけで恐怖心と殺人の嫌悪感を塗り潰していた。
しかし、私がそれを言う前にメカ丸が口を開く。
「オレは弱イ。だからやり方を間違えタ。弱かったから間違いを突き通せなかっタ」
その言葉には強い後悔が滲んでいた。
「大好きな人がいたんダ。どんな世界になろうとオレが側で守ればいいと思っていタ。その人が守られたかったのはオレじゃなかったかもしれないのニ」
「なるほどね」
想い人のため──創作物なら素晴らしい動機だ。
だが、現実ではこれ以上ないほどに重荷になる動機でもある。
「呪術界なんて薄暗い業界だから何をやるにしてもある程度の強さは必要だけど、それ以前の問題かな」
「それ以前?」
「夢や希望を持ってるから付け入られる。誰かのために、なんて考えてる時点で遅れをとってる」
私は手離した。
人並みの幸せも一般的な生活も。
普通の──多くの人間が当たり前に手にしているものの一切合切を。
『私』を守るために。
『私』が生きるために。
「呪術を差し出し肉体が戻るのならそうする? 甘い甘い。肉体を取り戻すためなら呪術も仲間も思い人も置き去ってひた走るべきだった。そのくらいの覚悟がないなら裏の連中と組むなんてことはやめたほうがいい。他力本願じゃ利用されて終わりだ」
ただただ己の利益だけを求めて全てを容赦なく食い潰す──裏の人間は総じてそんな手合いだ。
私も含めて。
「でもまあ、よかったね。私みたいにならなくて。寸前で引き返して正解だよ」
「『呪詛師殺シ』……オマエハ……」
「裏の怖さがわかったなら私に頼るのはこれっきりにしたほうがいい。私は別に歌姫先生みたいな『いい人』じゃないんだから」
──こういうこと言ってると、また恵に怒られそうだなぁ。
眉を潜める恵の顔が思い浮かび、思わず私は苦笑いを洩らした。
特訓中に釘崎にあれこれ吹き込んだのを見ていたらしい。
特訓が終わり、二人になった途端に「あんまり釘崎を脅かさないでください」だの「そのキャラ似合ってないです」だの散々に言われたものだ。
確かに似合わないことをした自覚はある。
──恵を助けたのは本当に打算なしの良心だったから、あの子のことになると私は弱いんだよ。
色々なものを捨て去ってきた私がほんの一欠片捨てきれなかった良心。
本当に何のしがらみも持たないなら、甚爾や恵のような未練は作らなかった。
「いくら強くなったところで……何にも縛られずに生きるなんて中々できないもんだよねぇ。お……話は終わりだ。向こうの状況が変わったら連絡よろしく」
私は足を止めて正面を睨みつける。
「あ、ようやく見つけた。術師を間引けって言われたのにさぁ、全然いないんだもん」
廊下の奥からゆっくりとした足取りで現れたのはツギハギの人型呪霊。
コイツが真人で間違いない。
両側の袖からナイフを取り出す。
「じゃあ、とりあえず死んでくれるかな」
「お断りだよ」
無造作に伸ばされた真人の右手を私は瞬時に細切れにして切り飛ばした。
「お?」
すかさず真人の両目に両手のナイフを突き入れる。
目を貫き、ナイフが脳に突き刺さった感触。
普通なら致命傷だ。
しかし、目の端で真人の左手が動くのを見て私はナイフを抜いて即座に後ろへ飛ぶ。
「っとと……ひどいなぁ」
「おーおー……本当にダメージなしか」
距離をとる間に細切れにした腕も貫いた目も元の形に戻っていた。
事前情報と相違なし。
やはり普通の攻撃では意味がないらしい。
「君でしょ。領域展開までしたのに夏油君に手も足も出ずボコボコにされた特級呪霊って」
「いいね……殺りがいありそうじゃん」
真人の両腕が巨大な刃物に変形する。
足も人間のものではなく、より瞬発力に長けた動物の形状へ。
「キメラかっての」
──領域展開は使えないはず。使えばすぐに坊っちゃんが気付く。
原型の手のひらに触れないこと。
それが最低条件。
後は変形に対応しつつ臨機応変に。
そこから私と真人の激しい攻防が始まった。
しかし、向こうにこちらの攻撃はノーダメージ。
対して、こちらは無為転変を食らえば一撃でも詰む可能性がある。
本当に厄介だ。
「楽しいねぇ!」
「私は全ッ然楽しくないんだけどなぁ!」
互いに攻撃を繰り出しながら高専の中を縦横無尽に駆け回る。
真人はニヤニヤと笑みを浮かべながら執拗なまでの攻撃一辺倒。
攻撃が効かないという特性を考えれば当然か。
私の攻撃が通じないことはバレている。
ならば天逆鉾などのかなり特殊な呪具でもない限り防御は必要ない。
「んー……君、中々硬いね。それじゃこういうのはどうかな?」
すると、真人は「げえっ!」と胃の中にストックしておいた改造人間を手の平に吐き出した。
「『多重魂』」
真人の手の平の間で複数の改造人間が強引に練られ、混ぜ合わせられる。
その拒否反応を利用して魂の質量を爆発的に高めて放つ技──
「──『撥体』!」
膨大なエネルギーが私めがけて向かってくる。
しかも、回避不可能な広範囲攻撃。
──とくれば……。
迎撃の一手。
私は覚悟を決めて両手のナイフを振りかぶった。
──ただの攻撃じゃ押し負けるかな。
意識を深く深く落としていく。
撥体が発射され、私に届くまでの刹那。
私に焦りはなかった。
ここが瀬戸際。
この程度の危機は何度でも超えてきたのだ。
「フッ──!」
ナイフと撥体の間で
向かってきた改造人間の塊が派手な爆発音をあげて木っ端微塵に吹き飛んだ。
「え……?」
魂達の残滓の向こう側で真人がポカンとした顔でこちらを見つめていた。
なぜ生きているとでも言いたげな様子だ。
複数の魂を練り合わせただけあって威力に相当の自信があったのだろう。
甚爾なら真正面から受け止められただろうが、生憎私の身体はアイツほど頑丈ではない。
「ウッソ……何、今の! オレ初めて見たんだけど!」
「後で組んでる呪詛師にでも聞いたら? うわ、ナイフ壊れたし。また組屋に文句言われるじゃん」
技が弾き飛ばされたことを理解するやいなや、一転してはしゃぐ真人を無視して私はチラリと手元に目を向ける。
撥体のエネルギーと黒閃の反動に耐えられなかったのだろう。
両方のナイフが半ばから折れてしまった。
これでは使い物にならない。
ゴミと化したナイフは適当に捨てておく。
「まさかあれを簡単に壊されるとは思わなかったなぁ。君って何級?」
「生憎、階級はなくてね。『呪詛師殺し』って名乗りで察してもらえるとありがたいんだけど」
「へぇ! 君が」
どうやら向こうも私の肩書きくらいは聞いたことがあるらしい。
いや、協力している呪詛師が教えたのか。
その名前を知った上で動いているということは、たまにいる「自分なら勝てる」と考えるタイプの呪詛師のようだ。
──でも、高専襲撃なんてことを考えるヤツだからねぇ。
五条の対策をしっかり練るあたり、単なる野心だけで動いているわけではない。
ここに来るまでの間に交流会の行われている場所で帳が降りたのは見えていた。
そして、さっきメカ丸経由で送られてきた情報によると、あれは五条だけを弾く帳らしい。
──あの坊っちゃんを一時的とはいえ足止めするか……。
一朝一夕でできるものではない。
それだけでも並の術師とは違う。
──高専の結界を抜けてきたのもあるし、結界術に対する造詣が深い呪詛師……?
しかし、天元の結界を攻略するほどの技量を持つ呪詛師に覚えはない。
そもそも天元は不死の術式で千数百年は生きている。
そんな相手が組み立てた結界を百年ほどしか生きない普通の人間が破れるものなのか。
規格外の天才という線もなくはないが、そんな人物がいれば見つからないほうが不自然だ。
──犯人がはっきりしないなぁ。
思考を巡らせながら真人へ向かって距離を詰める。
黒閃直後のゾーン状態。
この状態ならばあるいは。
「よっ……と!」
繰り出された拳をかわして蹴りで真人の膝を砕く。
しかし、一瞬体勢は崩せたものの、すぐに再生。
この程度では大して呪力も削れていないだろう。
黒閃の直後のゾーン状態だろうが魂とは関係ないらしい。
「だから効かないって」
「別に倒さなくていいからさ。粘れるだけ粘ってみようかと思ってね。──あ?」
すると、突然響くバシュッという音。
一瞬そちらに目を遣れば帳が上がるのが見えた。
五条が帳を破ったのか。
それが引き時の合図だったのだろう。
真人から感じていた殺意が失せる。
「っと……早いなぁ。まだ何も仕事してないのに。しょうがない。五条悟に来られても厄介だし──」
「次は殺す……って? こっちのセリフだよ」
『呪詛師殺し』に手を出すな──その禁を真人達は破ったのだから。
「フーッ……」と息を吐いて座り込む。
仕掛けは済んだ。
後は針にかかってくれるかどうか。
そのために
「さて、あっちは──」
すると、五条の虚式『茈』による派手な破壊音が響き渡った。
「あっちも終わったかな」