──何かおすすめあるの?
──おう! ある呪詛師の背骨を使って作った蛇腹剣なんだが──
──却下。
「ゴメーン。任務失敗したー」
「宿儺の指も呪胎九相図も手に入れられなかったのかい?」
花御に肩を貸して帰ってきた真人の報告を聞いて男は僅かに驚きの表情を浮かべた。
花御による高専の結界の突破。
嘱託式の帳による五条悟の排除。
交流会のど真ん中を襲撃されれば当然注意はそちらに向く。
そして、本命は陽動の裏で真人に呪物を奪取させる──その計画に穴はなかったはずだ。
「術師の間引きすらできなかった。事前にこっちの情報が洩れてたんじゃない? 対応がやたら早かったし」
「ふむ……」
さて、これからどうしたものか──と男は顎に手を当てて考える。
計画のズレが予想以上に大きい。
イレギュラーに次ぐイレギュラー。
用意した器への受肉は失敗し、新たな手駒も手に入れられなかった。
おまけに花御は半身を吹き飛ばされる重傷。
死にはしなかったが完全回復するには相当の時間を要するだろう。
重面も帰ってこないところから恐らく捕らえられたとみるべきだ。
今回の成果といえば五条悟に嘱託式の帳の効果が有効だったことを確認できたくらいか。
──そもそもこのズレはどこから始まった? 何が原因だ?
すると、思考に耽っていた男のズボンのポケットから振動が響く。
取り出したスマホの画面を見た男は、フッと小さく口の端を歪ませた。
「どうかした?」
「連絡があったよ。オマエ達とはこれきりで終わりにさせてもらう。縛りを果たして消え失せろ──だそうだ」
「なるほど。結局戻ったってわけか。色々とうまくいかないもんだね。あ、でも一つ新情報」
「ん?」
「『呪詛師殺し』とやり合ったよ」
「へぇ? で、感想は?」
「強かったよ。まるで触る隙がなかった。攻撃は効かなかったし、術式使ってる様子もなかったけど、素のナイフ捌きでアレなら並の特級はやられるだろうね」
「そこまでか……わかった。そっちは私が何とかしよう」
「お? 何か攻略法でも見つけたのかい?」
「まあね。十月三十一日の計画の直前で彼女には消えてもらう。そうすれば参加を渋っていた呪詛師も乗ってくるだろうさ」
◆ ◆ ◆
波乱の交流会一日目を終えた翌日。
さすがに事態が大きすぎるため生徒達は一日休みを挟むことに。
その間に五条、夜蛾、楽巌寺、歌姫、冥、伊地知は特級呪霊襲撃の件について話し合っていた。
「被害状況です。襲撃の裏で忌庫が狙われたようですが『呪詛師殺し』さんの機転により被害はなし。人的被害も死亡者はいません」
「捕まえた呪詛師は? 何か吐いた?」
「口が固いわけではないのですが……要領を得ない発言が多いです。動機は「自分が楽しければそれでいい」と」
「チッ……愉快犯か。ちょっとこっちのことなめすぎじゃない?」
生徒達を襲撃した花御と忌庫を狙っていた真人の他に帳を下ろした重面が高専に侵入していたのだ。
五条によってあっさりと捕らえられたのだが、大した情報は吐かなかったらしい。
そうするとやはり本命は真人による忌庫への侵入。
「貴重な呪具、呪物は山ほどあるが、わざわざ高専に襲撃をかけてまで手に入れるほどのものとなると……」
「宿儺の指……かもね」
その呟きに五人の視線が一斉に五条に集中する。
「最近、何かちょくちょく絡んでくるんだよね。六月に恵に両面宿儺の指の回収頼んだんだけど、そこで学生がうっかり封印を解いたイレギュラーがあってさ。そのとき最初に指を持ってきた学生が言ってたらしい。「拾った」って」
特級呪物──それも宿儺の指なんてゲテモノ中のゲテモノが財布みたいに学校のど真ん中に落ちているなんてことがあるだろうか。
「意図的に拾わされた……ってこと?」
「次に順平の件。家に宿儺の指を放り込まれて寄ってきた呪霊に母親が殺されかけた。指を放り込んだ犯人は今回忌庫に入ろうとしてた例のツギハギ呪霊」
凪を殺して順平をけしかけるなら別に宿儺の指を使う必要はない。
今考えてみれば、わざと回収させたようにしか思えないのだ。
「高専が長年かけても集まらなかった指がここ最近で一気に二本も見つかった。しかも、かなり不自然な形で」
「まさかとは思うけど……両面宿儺を復活させようとしてるんじゃ……」
「相手は特級呪霊を最低三体は仲間にしてるようなヤツだからね。ありえない話じゃない」
五条の言葉に全員の顔が強張る。
まだ推測の域を出ない考えだ。
しかし、それがもし当たっていたとしたら最悪という他ない。
呪術全盛の時代ですら歯が立たなかったのだ。
今、宿儺が復活したとすれば対抗できる人間は五条くらいだろう。
「指に発信器か何か付けておいて今回の件で高専保有分を一気に回収するつもりだった──そう考えれば辻褄は合う。迷いなく忌庫に向かってたらしいしね」
「この件って他の術師や学生達と共有しておくべきでしょうか?」
「いや……」
「上で止めておいてもらったほうがいいだろう。敵が何を企んでいるにしても学生の手に負える話じゃない」
その後の話し合いで忌庫の一斉点検が行われることになった。
特に宿儺の指は念入りに。
「ところで……彼女はどこだ? 忌庫への侵入を阻んでくれた礼をしたかったんだが……」
「ああ、ちょっと行くところあるらしいよ。うまくいけば何か情報手に入るかもしれないって」
◆ ◆ ◆
「組屋ー。いるー?」
「ああ? ……って何だ、オマエか」
高専で話し合いがされている間に私は組屋の
声をかけると工房の奥から出てきたのはエプロンをつけたガタイのいいスキンヘッドの男。
彼がこの工房の主である組屋鞣造。
真希に渡した竜骨の製作者であり、私が使っているナイフも彼の作だ。
「どうした? またナイフを壊したとか言うんじゃねぇだろ──」
「おお、察しがいいね。二本とも見事にポッキリ逝ったよ」
「またやりやがったのかテメェ!? あれ作るのにどんだけ時間かけたと思ってやがる!」
「黒閃と特級呪霊の攻撃に耐えられないようなナイフ作った君が悪い」
ピキピキと青筋を浮かべて怒りを露にする組屋だったが、私から黒閃と特級呪霊という単語が出てきた途端にギョッと目を見開いた。
「おいおいおいおい……黒閃に特級呪霊? どんな大事件があったってんだ」
「それをこれから話すんだよ。聞きたいこともあるしね」
ただ事ではないと察した組屋は「……とりあえず上がれ」と工房の奥へと戻っていく。
工房の奥には数々の呪具や家具が所狭しと並んでいた。
刀、弓、槍、鏡台、本棚、鞄──もっともこの中の大半は死体を材料に作ったものなのだが。
元々私達の関係は昔から狩った呪詛師の死体を組屋に引き渡していたことがきっかけなのだ。
「そうそう。前にもらった刀、役に立ったよ。使ってた子も気に入ってた」
「だろ? アレは──」
「それはそれとして」
組屋が語り出すのを遮って、持ってきたものを作業台の上に置く。
柄の部分が人間の手になっている一本の刀。
五条が捕らえた呪詛師が持っていたものだ。
「君の作品だよね」
「確かにオレのだな……って、待て待て! コイツはパクられたんだ! オレは全然関係ねぇぞ!」
私が何を言いたいのか即座に察した組屋は、その浅黒い顔を青ざめさせて顔の前でバタバタと手を振ってみせる。
まあ、意図的に協力はしていないだろうとは思っていた。
組屋はそのあたりは弁えている人間だ。
「その持ってたヤツってのは金髪サイドテールのチャラチャラした男で間違いねぇか?」
「そう。何? 知ってるの?」
「重面春太。女子供ばっかり狙って悪さしてる小物の呪詛師だ。で、ソイツがどうした? 身の程知らずにオマエに喧嘩でも売ったか?」
「私に喧嘩売るだけならまだよかったんだけどね。何と驚くことに五条の坊っちゃんがいる高専へ直接殴り込んできたんだよ。ちょうど交流会の最中で見に行ってた私も巻き込まれた感じ」
図らずも『最凶』と『最強』に同時に喧嘩を売るという事態になってしまったわけである。
それを聞いた組屋は頬をひきつらせていた。
「……高専は更地に変わったか?」
「幸か不幸か張りぼての建物がいくつか壊れただけで済んだよ。私もそこまで暴れてないしね。で、今聞いた限りじゃその重面に高専襲撃なんて考える度胸はないよね? 絶対に指示出してるヤツがいるはずなんだけど何か知らない?」
「なるほどね。少し前の話だ……詳しいことは喋らなかったが、五条悟を殺すために手を貸してほしいって連中が来やがった」
やはり組屋のところにも来ていたか。
どうやら呪詛師にも声をかけて回っているのは間違いない。
侵入したのが重面だけだったことから、声をかけた呪詛師達に『呪詛師殺し』に手を出すな、と言って断られたのだろう。
だから相手は『呪詛師殺し』の名前を知っていたのだ。
「話を持ちかけてきたのはリーダーらしい額に縫い目のある男。周りにいたのは単眼の火山頭のヤツ、目から枝生やしたヤツ、タコみたいな見た目のヤツ、全身ツギハギ野郎、男か女かもわかんねぇ白髪おかっぱのガキ、最後に重面だ。多分、そのときに
「顔に覚えは?」
「重面以外は全員ねぇよ」
またも出てきたのは縫い目の男。
組屋は裏に身を落として長い人間だ。
彼でも覚えがないとなると相手は余程の新参か。
いや、高専襲撃の手際からして随分と相手は慣れているようだった。
──変身の術式で姿形を変えて生きてきたとか?
それなら情報が出てこないのも頷ける。
ヒントになるのは額の縫い目だけ。
「厄介なの引いたっぽいなぁ……」
◆ ◆ ◆
「うえっ……カビ臭っ」
「やあ」
「来たか」
五条が会議に参加し、『呪詛師殺し』が組屋の工房を訪れていたその時間。
メカ丸の前に現れたのは真人と一連の事件の黒幕である縫い目の男だった。
「『縛り』を反古にすると後のしっぺ返しが怖いからね」
「ねぇ、もう敵なんだし、さっさと殺していい?」
「殺すのは身体を治した後だ」
情報を提供する代わりに無為転変で身体を治す──それが彼らとメカ丸の間で結ばれた『縛り』。
メカ丸は情報提供を果たした。
しかし、まだ身体は治されていない。
今の状態でメカ丸を殺すと『縛り』の内容に反してしまう。
しかも、他者間との『縛り』は自らに科す『縛り』よりリスクが大きい。
そこを見落とすほど男は抜けていなかった。
「さっさと治せ、ゲス」
「はいはい。感謝してよね、ゲス以下」
無為転変──真人がメカ丸に触れて術式を使う。
それと同時にメカ丸の身体に変化が現れた。
ボロボロになっていた皮膚は本来の肌艶を取り戻し、欠損していた右腕と両足が形成されていく。
無為転変は天与呪縛をも無視できるのだ。
全身に巻かれていた包帯が取り払われ、生命維持装置の中から出てきたメカ丸は手足の感触を確かめる。
「可愛くないなぁ。もっとはしゃげよ」
「それは事が済んだ後だろう」
メカ丸の後ろから準備されていた呪骸達がわらわらと這い出てきた。
縛りを果たせば後は裏切り者を生かす理由はない。
真人達が消しにくることは想定済。
対策はしっかりと練ってきた。
「じゃあ、始めようか」
ピリピリと二人の間で殺気が高まっていく。
そして、互いが動こうとした瞬間だった。
「待った、真人。撤退だ。誰かが帳に穴を開けた」
「ええ? ソイツごと潰せばいいじゃん」
「あの帳に穴を開けるとなると中々の手練れ。五条悟じゃないとしてもここで戦うのは愚策だ。モタモタしている間に五条悟に援護に来られたら台無しになるよ」
「チェッ……残念」
そう言って男と真人が姿を消した直後、部屋の入口に人影が現れる。
「メカ丸君……だね?」
「ああ」
「私は夏油傑。呪詛師と結託して高専を襲撃した件について話を聞かせてもらおうか」
◆ ◆ ◆
「メカ丸が特級呪霊と呪詛師に情報流してたぁ!?」
五条から告げられた言葉に東京校のメンバーは目を見開いた。
特級呪霊襲撃だけでも混乱していたのに、まさか内通者がいたとは。
それも生徒の中に。
「動機が動機だから責め辛いんだよね。他に天与呪縛を何とかできる方法はなかったし」
「で、処分はどうなったんです?」
「老害どもが死刑死刑うるさかったんだけど……彼女が動いてくれたよ」
高専襲撃の件はさすがに上層部に報告せざるを得なかった。
しかし、そのときの老人達ときたら五条が辟易するほどの騒ぎっぷりである。
高専生でありながら呪詛師や呪霊と繋がる輩など生かしておけない、そもそも担任である歌姫の教育がなっていない、クビにするべきだ、などと好き勝手に言い放題。
自分達こそ何一つ褒められたことなどしていないクセに。
そんな老人達の前で五条と夏油は揃ってわざとらしく盛大なため息を吐き出した。
「メカ丸は今回の『呪詛師殺し』への依頼料を彼女の協力者になることで精算するそうです」
「その彼女からの伝言で──全国を監視できる情報網を潰されるのは私にとってデメリットにしかならない。余計なことをするな、と」
『呪詛師殺し』の名前が出た途端、老人達の怒号がピタリと止んだ。
それどころか顔隠しの障子越しにでも冷や汗を垂れ流して怯えている気配が伝わってくる。
老人達が言葉を失っている間に「じゃあ、そういうことで」と二人は悠々と帰ってきたというのが今回の上層部とのやり取りであった。
「死亡者はいなかったしね。建物はいくつか壊れたけど、そもそも張りぼてだし、交流会で壊れることは想定してたから」
「無罪放免ってわけですか」
「京都校の子達から「一人で悩むくらいなら何で相談の一つもしなかった」とか「そんなに私達が信用ならないのか」とかボロカスに言われて、女性陣からビンタまでくらってたからね。罰にはなってるでしょ」
後は東京校のメンバーがどうしたいかだ。
仮にも特級呪霊と戦うリスクを負ったのだから。
「私は別にいいわ。本部にいただけだし」
「私も」
「オレもさっさと避難してたからな」
しかし、釘崎と菜々子は花御が来る以前にリタイアしていたし、パンダもしれっと避難していたのでメカ丸の処分に関してはどうでもいいとのこと。
「私も縄が切れただけだし……順平は?」
「僕も澱月は無事だし特に何も……」
「オレも攻撃は受けてないんで……」
「いくら」
戦闘に参加していた美々子、順平、恵、棘も被害は軽微なため特になし。
喉を痛めた棘も今は家入の反転術式によって完全復活している。
──問題は……。
恵はチラリと横のベッドに目を遣った。
そこには──
「うぐっ……筋肉痛ってこんなに痛ぇのかよ……」
全身を酷使したせいで人生初の筋肉痛に悶える真希。
「真希は? 死刑とか手足切り落とせとか以外ならできる限り本人に償わせるけど何かある?」
「なら、もう一回特級連れてこい……今度こそ絶対潰す……! っ……痛ぇ……」
「今の状態で特級と戦ってもやられるだけだよ。どうせ再戦の機会は直に来るさ」
特級を取り逃がした真希は悔しげに顔を歪めるが、どうせ今の状態では何もできない。
指を動かしただけで全身に痛みが走るほどなのだ。
しかし、天与呪縛のおかげで人並外れた回復力を持つ真希のことだ。
明日には普通に動けるようになっているだろう。
「それじゃ恵、これ引いて」
「何です? これ」
恵が渡されたのは六面のうちの一つが丸くくり貫かれた箱。
「交流会二日目の内容を決めるくじ引き。僕ルーティンって嫌いなんだよね。つまんないじゃん」
「どこまで自由なんですかアンタ……」
「いいからいいから。はよはよ」
五条に促され、仕方なく箱に手を入れて漁る恵。
五条のことだ。
どうせロクな内容は入れていない。
野球やパン食い競争あたりは普通にありえる。
激辛麺の早食い程度ならまだ許容範囲だ。
そして恵が引いたのは──
《東京校+京都校VS『術師殺し』ステゴロ対決》
「ざっけんなクソが!」
交流会二日目の内容は執筆予定ありませんので悪しからず。
本当にステゴロでやったのか、くじを引き直して野球になったのか、それともそれ以外かはご想像にお任せします。
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