『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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さて、治療を始めよう。荒療治になるけどね。


第肆拾壱話

小石が軽い音とともにグラウンドに落ちたその瞬間。

先に飛び出したのは『呪詛師殺し』。

倒れ込むような前傾姿勢から滑らかに加速して乙骨へと向かっていく。

そして、一閃。

乙骨の首めがけて右手のナイフが振るわれた。

 

「────!」

 

当然、乙骨も立ち尽くしているばかりではない。

石が落ちる直前の『呪詛師殺し』の言葉に少々戸惑ったものの、すぐさま刀を立てて首への一撃を防いでみせる。

それなりに速いが見切れないほどではない。

集中して丁寧に捌いていけば凌げなくはない。

今の一合で乙骨がそう思った──次の瞬間。

嵐のような斬撃が襲いかかってきた。

四方八方。

縦横無尽。

一瞬で乙骨の身体に何本もの傷が走っていく。

 

「ぐ……う、うぅ──!」

 

乙骨は刀で何とか身体の中心を死守しつつ、反転術式を発動。

しかし、癒えていく端から新たな傷がつけられていく。

 

「おーおー……一方的だな」

 

「しゃけ……」

 

当然だろう。

潜ってきた場数も。

その難易度も。

『呪詛師殺し』と乙骨では格が違う。

瞬殺されていないだけまだマシだが。

すると、五条の横に立った真希が「おい」と声をかけた。

 

「何で『呪詛師殺し』なんて連れてきてんだよ。つーか、どういう繋がりだ」

 

「解呪の手助けだよ。学生のときに色々あって、そのときから時々こういう面倒事の解決に手を貸してもらってる」

 

色々って何だよ、と突っ込みたくなったが、真希はそれを堪えて続きを促す。

 

「もちろん一筋縄ではいかなかったけどね。憂太が呪詛師になったら即殺すこと。彼女が憂太を害悪と判断して殺すときに邪魔をしないこと。その条件でやっと協力までこぎ着けた」

 

「なっ……!?」

 

「『縛り』じゃないから反故にしても呪術的なペナルティはないけど、その場合、高専対彼女との戦争になる」

 

「何でそうまでして協力させたんだよ? 時間かけてゆっくり解いていきゃいい話じゃねぇか」

 

「上層部が憂太を処分したがってるっていうのもあるけど、一番大きいのは憂太に全力を出してもらおうと思ってさ」

 

五条の言葉に真希はピクリと眉を上げた。

その言い方ではまるで乙骨が全力でやってないと言っているようではないか。

 

「君達の相手してるときに手を抜いてるって言ってるんじゃないよ? ただ、憂太は本気……というか全力の出し方を知らないんだよね」

 

やるやらない、できるできない、それ以前に。

そもそも全力というものを乙骨は知らない。

 

「他人を傷付けるくらいなら自殺してしまうほどの善人。祈本里香という絶対的な守護。それに憂太は自分を過小評価することがクセになってる。だから所謂タガが外れた状態になれないわけ」

 

里香を制御できる力も乙骨には十分にあると五条は読んでいる。

だが、乙骨は自己を過小評価した材料で組み立てしまう。

里香という巨大な呪いを制御している姿を乙骨自身がイメージできていない。

真希達との任務や訓練で自信はついてきているが、後一歩──最後の引き金を引く何かが足りないのだ。

 

「憂太が自分の殻を破るには劇的なきっかけがいる」

 

そこで白羽の矢が立ったのが『呪詛師殺し』である。

彼女は自分を害する者を一切の躊躇なく()りに行く。

子供だろうと大人だろうと。

男だろうと女だろうと。

呪霊だろうと人間だろうと。

鏖殺する。

 

「死にかけて地獄を見た日には否が応でも何か変わるもんなんだよ。ソースは僕」

 

「それでアイツが殺されたらどうすんだよ」

 

「初撃で殺さなかった時点でそれはない。あれでもかなり加減しながら戦ってるしね」

 

「あれでか……?」

 

真希の視線の先では、たった数分のうちに全身傷だらけになっている乙骨がいた。

頭から赤いペンキでも被ったのかと思うほど血を流し、白かったシャツは赤黒く変色している。

 

──ヤバいヤバいヤバいヤバい!

 

乙骨は全力で反転術式を回しながら、致命傷になる攻撃だけを何とか捌いていた。

血を流し過ぎたのか足はガクガクと震え、刀を握っている手も攻撃の衝撃で感覚が曖昧だ。

 

──もうこれ組み手ってレベルじゃないよ!

 

こんな殺意の高い訓練があって堪るか。

何とか避けているが、躊躇なく心臓や首などの急所めがけて何度もナイフが振るわれている。

それも寸止めする気などさらさらない速度と威力で。

しかも、それをやっている本人はつまらない作業をこなすかのように淡々としている。

それが乙骨には一層不気味だった。

 

「っ……!」

 

せめて一撃だけでも入れて距離を取る隙を作らなければ──ズタボロになりながらも、乙骨は何とか足を踏み出す。

しかし、それが限界だった。

ズルリ、と。

大量に流した自分の血で乙骨は足を滑らせてしまう。

咄嗟にもう片方の足を着こうとするも、ここまでの攻撃の衝撃が足にもきていたらしい。

無情にもガクリと膝は折れ、しかも手から刀が滑り落ちた。

『呪詛師殺し』が首めがけてナイフを横薙ぎに振るう姿がスローモーションになって乙骨の目に映る。

しかし──

 

『ゆう゛だを゛ぉ、ををぉぉぉをををををををををを──』

 

グシャリ、とナイフが乙骨の背後から伸びてきた鋭い爪を持つ手に握り潰された。

 

『──い゛ぃじめる゛なぁっ!』

 

そして、乙骨の背後から現れる禍々しくドス黒い気配。

鬼の如き身体。

目のない深海魚のような顔。

触手めいた長い髪。

完全顕現ではない。

しかし、完全に近い存在感をもって里香はそこにいた。

それほどに『呪詛師殺し』という存在を里香は危険だと判断したのだ。

 

「やっとお出ましか」

 

だが、里香が顕現しても『呪詛師殺し』は落ち着き払っていた。

むしろ、これが彼女の狙いだったのだから。

 

「坊っちゃん。上の連中は私の名前で黙らせて」

 

「ん、了解」

 

五条の返事に頷くと『呪詛師殺し』は乙骨と里香に向き直る。

 

「おいで、里香ちゃん。まとめて相手してあげるからさ」

 

──このままじゃ大事な乙骨君が死んじゃうよ? と更に『呪詛師殺し』は里香を煽るようなことまで。

しかし、このままでは『呪詛師殺し』の言う通り、本当に死ぬ。

組み手がどうこうという話は今はいい。

何が狙いなのかも知らない。

 

──だけど、僕がみんなの友達でいるために。ここにいていいって思えるように。僕が僕を生きてていいって思えるように。ここで死ぬわけにはいかないんだ。

 

真希達と過ごした眩しい日々をこれからも続けていくために。

 

「里香ちゃん──一緒に戦おう」

 

『イ゛ア゛ァ ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!』

 

高専の敷地に響き渡る咆哮。

里香の存在感が更に重さを増す。

特級過呪怨霊・祈本里香──二度目の完全顕現。

校舎の窓から夜蛾が慌てた顔で顔を出し、他の教員達も揃って顔面蒼白である。

動じていないのは『呪詛師殺し』と五条くらいのものだ。

 

「さて、変則マッチだけど……第二ラウンドといこうか」

 

残ったナイフを構える『呪詛師殺し』。

その目には微塵の恐怖も映っていない。

完全顕現した特級過呪怨霊を前にしてなお平静を保っているあたり、彼女が過ごしてきた日々はどれほど過酷なものだったのか。

 

──今の僕じゃ技術も経験もこの人には及ばない……でも。

 

乙骨にだって得てきたものはある。

乙骨の口元に浮かび上がる『蛇の目』と『牙』の印。

 

「『動くな』」

 

「────!」

 

──呪言!

 

『呪詛師殺し』の動きが止まる──が、彼女は四半秒にも満たない間に硬直から逃れると、突進してきた乙骨と里香の攻撃を躱してみせた。

 

──模倣できても、それを使いこなせるかは別なのか。

 

呪力の収斂にムラがある。

そのせいで本来の呪言と比べると威力が数段落ちているのだ。

模倣は無条件でも、その精度は乙骨の技量に依存しているらしい。

 

「ふーん……なるほどね」

 

本来、術式は一人に一つ。

それが一人の人間に扱える限界。

仮に複数の術式を使用すると脳のメモリーがはち切れてしまう。

 

「祈本里香が外付けとして機能しているわけか」

 

祈本里香の正体──それは変幻自在、底なしの呪力の塊。

だから、どんな術式にも対応できるし、いくら術式をコピーしても乙骨が廃人になることもない。

 

「つくづく化物だねぇ」

 

「はぁっ!」

 

乙骨と里香が『呪詛師殺し』を挟んで何度も攻撃を繰り出す。

しかし、二対一のハンデをものともせず彼女は未だに一撃もくらっていない。

里香の爪を躱し、乙骨の刀をナイフで逸らし、あまつさえ逆に攻撃を仕掛けてくる。

 

──もっと速く……!

 

対して乙骨も呪力強化による常人離れしたスピードで攻撃を躱しながら『呪詛師殺し』に追い縋った。

 

──もっと速く……!

 

何度も見た動きだ。

段々と乙骨は慣れてきていた。

そして、『呪詛師殺し』という強敵相手で普段の比ではないほど集中できている。

弾けるように乙骨は加速。

『呪詛師殺し』の脇をすり抜け、背後へと回り込んだ。

この上ない好機。

 

「『動くな』」

 

再びの呪言。

『呪詛師殺し』の動きが止まった一瞬で乙骨は手にした刀に一層呪力を込める。

この一撃で決める──そう言わんばかりに全力で刀を振るう乙骨。

しかし、それがよくなかった。

乙骨の使う刀は学生にも使えるようなよくある類いの呪具。

膨れ上がった乙骨と里香の呪力に耐えられるような物ではない。

『呪詛師殺し』に届く前に刀はボロボロに朽ちて砕け散ってしまった。

 

──まだだ!

 

だが、刀が使えなくなっても乙骨は止まらない。

すぐさま拳を握って振りかぶる。

刀が使えないなら殴るまで。

 

「っと……!」

 

だが、呪言の硬直が解けた『呪詛師殺し』はその拳を咄嗟にナイフのグリップで受けることで防御する。

しかし、更に天は乙骨に味方した。

何が何でも『呪詛師殺し』を倒すという意志。

研ぎ澄まされた集中。

呪力操作の精度の向上。

それらが合わさり引き起こされる黒い火花。

 

──黒閃!

 

ナイフが木っ端微塵に砕け散る。

思わず五条は口の端をつり上げた。

まさかまさかだ。

ここまで乙骨の能力を引き出すとは。

残っていたナイフもなくなり、これで互いに素手。

 

「ステゴロはガラじゃないんだけど──」

 

──できないってわけじゃないしね。と『呪詛師殺し』は拳を呪力で強化して乙骨と里香に肉薄。

あの天与の暴君(ステゴロ最強)と日々鎬を削っていたのだ。

いくら呪力が跳ね上がったところで経験値が違う。

乙骨の拳と里香の爪を捌きながら、その合間を縫うように繰り出される『呪詛師殺し』の殴打と蹴り。

ガンガンと、まるで鉄塊でも殴りつけているような音が響く。

 

──呪力の総量に裏付けされた耐久力(タフネス)。あれだけ反転術式を乱発してまだ底が見えない。

 

同時に『呪詛師殺し』はこう考えていた。

 

──()()()()()

 

乙骨と里香の持つ膨大な呪力。

その源は何なのか。

怒り。憎しみ。悲しみ。苦しみ。悔い。憤り。嘆き。恨み。蔑み。嫌悪。害意。敵意。殺意──呪いの元になる負の感情。

里香がこれほど大きな呪いになるほどの激情とは何なのか。

 

「ふむ……」

 

()()()──。

 

──()()()()()()()()()()()()()()。だけど、やっぱりおかしいんだ。

 

一般人。

それも非術師の家系の少女が、いきなり特級過呪怨霊になることは何度考えてみてもありえない。

抜けていたピースはかなり埋まった。

しかし、一番大事な部分に確信が持てない。

 

──となると……。

 

「アプローチを変えてみようか」

 

仮説が正しければこれでいけるはずだ。

 

「よっ……と」

 

「ぐっ……!?」

 

『ヴぁ……!?』

 

『呪詛師殺し』の両手がそれぞれ乙骨と里香の額に添えられた瞬間、強烈な目眩が二人を襲う。

なす術なく二人は揃ってグラウンドに倒れ伏した。

乙骨の意識が切れると同時に里香も顕現を保っていられなくなったのか姿を消す。

 

「マジか……」

 

真希が唖然とした様子で言葉を絞り出した。

勝ってしまった。

乙骨と里香を相手に無傷で。

間違いなく乙骨は今までで最高の力を発揮していた。

高度な術式の模倣に、呪力操作による超加速、更に黒閃。

そこまでしてなお『呪詛師殺し』に及ばなかったというのか。

 

「さて……そこの三人。ちょっと乙骨君を医務室まで運んでくれる?」

 

「あ……ああ」

 

乙骨を真希達に任せ、『呪詛師殺し』は一つ息を吐いてグラウンドに座り込んだ。

あれでまだ呪術を学んで一年未満とは。

何とも将来が恐ろしい。

上層部が消したがるわけだ。

すると、『呪詛師殺し』に影が差す。

見上げれば五条が近付いてきていた。

 

「どんな感じ?」

 

「んー? 解呪の糸口は掴めたって感じかな。これで多分いけるはずだよ」

 

「へぇ? 何するつもり?」

 

首を傾げる五条に『呪詛師殺し』はニヤリと笑う。

 

「催眠療法」

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