『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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定石(セオリー)に囚われすぎてはいけない。
ときには定石を無視して動いてみたっていい。


【原作時間軸】両面宿儺の指
第拾陸話


「宮城県仙台市杉沢第三高等学校……ここか」

 

深夜──恵は五条から受けた任務のために特級呪物があるという学校に来ていた。

特級呪物──両面宿儺の指。

呪霊の源になる人間の負の感情が溜まりやすいとされる学校で魔除けのために置かれていた呪物だ。

 

──より強い呪いをもって呪いを制す……厄介な悪習だ。こういうことがあるからやめたほうがいいんだが……。

 

両面宿儺の指は特級の中でも危険度は最上位。

だからこそ封印した上で保管されていた。

しかし長い年月の間に封印は緩み、今や逆に呪いを寄せる餌になってしまったのだ。

寄ってきた呪いが指を食ってより強い呪いになってしまう前に回収しなければならない。

 

「しかし……百葉箱(こんなところ)に特級呪物保管するとかバカすぎるでしょ」

 

事前の情報によると呪物が保管されているのは校舎の横にある百葉箱。

特級呪物を保管するならもっと他の場所があっただろうに。

さっさと回収して帰ろうと百葉箱に手を伸ばしたとき。

 

──ん?

 

恵は思わず手を止めた。

百葉箱の掛け金が横向きになっている。

しかも南京錠もついていない。

まさか、と百葉箱の戸を開けると──

 

「なっ……!?」

 

百葉箱の中はもぬけの殻だった。

周りを見渡してもそれらしいものはない。

急いで五条に電話をかける。

特級呪物が行方不明なんて洒落にならない。

数回のコールの後、五条に繋がると恵は呪物が行方不明になった旨を伝えるが──

 

「マジで? ウケるねー。夜のお散歩かな?」

 

任務を振った本人はこのお気楽さである。

そもそも五条がこうなったのは、学生時代に夏油から「教職に就くなら、そのキャラはやめたほうがいい」と言われたかららしいのだが、それにしたって時と場合というものがあるだろう。

 

「それ取り戻すまで帰ってきちゃダメだからー」

 

「はぁ……土下座写真バラまかれたいんですか、アンタ」

 

恵がそう言った瞬間、電話越しに何かが落ちる音や倒れる音が聞こえた。

多分、机の上の小物が落ちたり、書類の山が崩れたのだろう。

 

──動揺しすぎだろ……。

 

あの土下座写真は五条にとってそれだけのダメージがあるものらしい。

 

「ちょっと待って? え? 見たとは聞いたけど、もらったなんて一言も──」

 

「言ってませんから。言ったら取り上げるでしょ。でも、オレも我慢の限界来たんで。明日には呪術界に知れ渡ってると思ってください」

 

「恵、落ち着こう。一回話し合おう。すぐそっち行くから……ん? 何、伊地知? は? 任務? 急ぎで? 今それどころじゃないから傑に……別件で出てる?」

 

電話の向こうで五条と補助監督の伊地知が何か話している。

どうやら緊急の任務が入ったらしい。

 

「あー……恵。一日だけ待ってくれない? ちょっぱやで任務終わらせてそっち行くから」

 

「一日だけですよ。二十四時間経ったら自動的にネットにバラまかれるようにしておきます」

 

「くっ……オッケー。『最強』は伊達じゃないって証明してあげるよ」

 

「二人で『最強』でしょ。夏油先生がいなくて大丈夫ですか?」

 

「煽るねぇ……まあ、イケるっしょ」

 

そう言って五条は電話を切った。

これでとりあえずは大丈夫だろう。

さすがに特級呪物が行方不明となれば上もうるさいだろうし、何よりプライドの高い五条なら絶対に来るはずだ。

スマホをポケットにしまうと恵は念のためにもう一度だけ百葉箱の周りを確認するが、やはり呪物らしきものはない。

 

──この暗闇だ。探すのは明日にしたほうがいいな。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、恵は高専の制服からカッターシャツとスラックスに着替えて杉沢高校に潜入していた。

高専の制服は闇に紛れるには便利だが、全身真っ黒なせいで昼間では目立ちすぎる。

 

──潜入したはいいが何だここ……。

 

呪いのレベルがおかしい。

学校が負の感情が溜まりやすい場所といってもだ。

足元を見れば巨大な呪霊がラグビー場の地面を()()()()()

 

──二級の呪いがうろつくとか普通じゃねぇぞ。死体でも埋まってんのか?

 

それとも例の呪物の影響だろうか。

いずれにしろあまり出現しないレベルの呪霊が湧いている。

 

──それに呪物本体の気配が強すぎる……近くにあるのか遠くに行っちまったのか全然絞れねぇ。

 

封印が解かれていない状態でこれでは呪力の感知も何もあったものではない。

五条の六眼ならわかるのだろうが、もうしばらく来るにはかかるだろう。

 

──仕方ねぇ……。

 

できることなら迷惑はかけたくなかったが。

恵はスマホを取り出して『し』の項目までスクロールする。

電話をかけた相手はすぐに出た。

 

「もしもし?」

 

「オレです。ちょっと意見聞きたくて。今いいですか?」

 

「大丈夫だよ。後は甚爾に任せておけば大丈夫だろうし」

 

電話越しに悲鳴や何かが壊れる音が響いている。

どうやら彼女も彼女で仕事をしていたらしい。

 

「で、何があったの?」

 

「実は──」

 

特級呪物が紛失したこと。

五条の応援もまだ時間がかかること。

学校でうろつく異常なレベルの呪霊のこと。

気配が大きすぎて場所が絞れないことなど、これまでの経緯を手短に伝える。

 

「さすが特級呪物……厄介だね」

 

「何でもいいんです。何か気付いたことがあれば教えてくれませんか」

 

「うーん……ちょっと待ってね。考えてみるから」

 

緩んで紙切れ同然とはいえ、まだ辛うじて封印は残っているはず。

既に呪霊が取り込んだとは考えにくい。

だとすれば持ち出したのは十中八九人間。

彼女は呪詛師専門の殺し屋と言われるだけあって人間の行動──悪意ある人間の動きには殊更敏感だ。

その経験と感性で何か手がかりを見つけてくれないものか。

そのときだった。

ゾクッ、と息が詰まるような圧力(プレッシャー)が恵の背に走る。

 

──呪物の気配……!

 

しかもこのプレッシャー。

間違いなく両面宿儺の指だ。

慌てて振り向けば、そこには一人の男子生徒。

 

「おい、オマエ──」

 

だが、呼び止める前にその男子生徒は凄まじい勢いで学校を出ていってしまった。

 

「大丈夫? 何かあった?」

 

「今、学校出ていった男から呪物の気配がしたんです。とりあえず追ってみるので後でまたかけ直──」

 

「待った」

 

電話を切って男を追おうとした恵だが、『呪詛師殺し』から突然の待ったが入る。

 

「恵、放っておくのはちょっとリスキーだけど、その男は追わずにそのまま学校にいてくれる?」

 

「……何でですか?」

 

「気配がさ、薄い気がするんだよね」

 

「薄い?」

 

「気配が大きすぎて場所が絞れないほどの呪物に恵がすれ違うような距離まで気付けないはずないと思うんだけど」

 

「それじゃあのプレッシャーは……」

 

「特級呪物──それも両面宿儺の指なら残穢だけでも相当濃いはずだよ。ついさっきまで近くにいたとか、触れてたとか。なら、指を持ってる相手は校内にいるんじゃないかな」

 

確かに筋は通る。

そもそも封印の解けかけた特級呪物を遠くまで運び出すとは思えない。

ましてや両面宿儺の指はそこにあるだけで呪いを寄せるような代物だ。

リスクが大きすぎる。

 

「まあ、恵の言う通り、その男が呪物持ってる可能性も十分あるんだけど。一般人なら呪物の危険性なんて知らないだろうからさ。万が一その男が今日明日中に封印解いたら……御愁傷様、だね」

 

「アンタって……そういうところドライですよね」

 

「助けられないものがあるってことは嫌ってほどわかってるからね。今からでも追うなら止めないよ?」

 

「いや、呪物本体が確認できたわけじゃないですし、五条先生と合流するまではここで粘ってみますよ」

 

「そう。ああ、念のために聞くけど、その子って手配書に載ってる顔だった?」

 

「手配書では見たことない顔でした。呪力の気配もなかったですし多分一般人だと思います。万が一に備えて後で確認しておきますけど」

 

茶髪のツーブロック。

黄色のパーカーにジーンズ。

身長は百七十センチほど。

見たのは一瞬だったが十分だろう。

学校に問い合わせれば術師の権限で名前も住所も教えてもらえるはずだ。

 

「一応、別の場所で解放されたときに直ぐ駆けつけられるように地図で人通りの少ない道は確認しておいた方がいいよ。ただでさえ土地勘がないんだし」

 

「はい」

 

それじゃ気をつけてね、と電話は切られた。

先ほどの男のことは気になるが、ここは彼女の考えに従う。

一番最悪なのは指の封印が解放され、周りの人間が巻き込まれること。

人の多い学校なら尚更被害は大きくなってしまう。

それに明日になれば五条も到着する。

合流後に改めて探せばいい。

 

──オレ単独なら間違いなく、あの男のほうを追う……だが、こういうときの裏の人間の嗅覚は並じゃねぇ。

 

呪物の気配がしたのは間違いない。

あの男とすれ違った瞬間に明らかに気配が強くなった。

普通なら放っておく理由はない。

後を追って回収──それで終わりのはずだ。

しかし、あの甚爾(クソ親父)や『呪詛師殺し』は普通とはかけ離れている。

裏で生き延びてきたことで研ぎ澄まされた勘──第六感や超感覚とでもいうのだろうか。

重要な場面の選択を彼らは外さない。

未来でも見えているのか──と言いたくなるくらいに易々と危機を掻い潜ってみせるのだ。

 

「いつになったら追い付けるんだろうな……」

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