表なら自信に溢れた
だがな、覚えておけ。
裏ではそれは身の程知らずの
第拾捌話
「ふーん。新しい子入ったんだ」
「はい。何か顔見るなりため息吐かれましたけど。つくづく環境に恵まれないとか何とか。その後は女子三人で仲良くなってましたよ……主に田舎の悪口で」
「あー……菜々子と美々子は田舎大嫌いだからね」
恵から連絡があったので何かあったのかと思えば、四人目の一年生──釘崎という少女が新たに加わったらしい。
なぜ高専に来たのか聞けば、田舎が嫌で東京に住みたかったから、と。
術師らしいと言えば術師らしいのだが。
ある程度のイカれ具合がなければ呪霊に立ち向かうなんてできない。
呪霊と戦う嫌悪と恐怖に打ち勝てず、呪術界から去っていった術師は山ほどいる。
「その子、上からの工作員って可能性は?」
「アイツはそういう曲がったやり方大嫌いなタイプですよ。感情も表に出やすいタイプですから工作員には向いてないでしょ」
「そっか。ならいいけど」
そのまましばらく話していると電話越しに遠くから恵を呼ぶ声が聞こえた。
「あれ? 今の声って真希? 一、二年合同で何かやってるの?」
「先輩達が交流会に向けて鍛えてやるって張り切ってるんですよ」
「ああ、もうそんな時期だっけ」
京都姉妹校交流会──京都にあるもう一校の高専との交流会。
年に一度、二日間かけて行われるそれは一種のレクリエーションなのだが、内容は
如何せん内容が物騒なのだ。
恵が死ぬことはないだろうが、周りの生徒達が再起不能になる可能性もなくはない。
呪術界なんて常に誰かの謀略策略が行われているのだから。
──恵は抑止力になってる。でも、裏を返せば恵以外は好きにできるってことだからね。
小細工を弄して事故という体で押し通すか、逆に堂々と事を起こして適当な者を
どちらも上の連中の常套手段だ。
「それじゃまた何かあったらよろしく。くれぐれも上には気をつけて。何もできないだろうけど」
「はい」
◆ ◆ ◆
「漏瑚、そう苛立つな。暑くなる」
都内のファミレス──一人で来店したにも関わらずテーブル席を陣取っているのは額に大きな縫い目がある男。
一人でテーブル席というのも妙だが、それ以上に男にはおかしなところがあった。
おしぼりにも水にも手をつけず、メニューも開かず、注文もしない。
座っているだけなのかと思いきやそれも違う。
時折ブツブツと何か喋ったり、相槌を打ったりしているのだ。
まるでそこに誰かいるように。
それだけでも異様だが、もしもそこに見える側の人間がいれば、とても正気ではいられなかっただろう。
男の正面に一体。
隣のテーブルに二体。
間違いなく特級に分類される呪霊が集まっているのだから。
「わざわざ貴重な宿儺の指を撒き餌に使ったというのに失敗したと聞いて苛立つなだと? ふざけているのか」
男の正面に座る火山頭の呪霊──漏瑚は苛立った様子で指先でトントンとテーブルを叩いている。
というのも目の前の男が「計画が失敗した」と告げたのが原因だ。
「最初のプランでは二つ条件を満たせば勝てるはずだったんだけどね。どうも呪術界全体の動きが私の予想とズレている」
「条件?」
「第一の条件──呪いの王 両面宿儺を仲間に引き込むこと。宿儺の指を私が用意した器に取り込ませ、受肉させる──はずだったんだけどね。ところが指は高専の生徒に回収され、予定より早く五条悟が到着したのもあって取り返すこともできなかった」
かなり手間のかかる任務を伝手を使って五条に押し付けたはずなのだが。
なぜか五条は想定していたよりも遥かに早く任務を終わらせてしまった。
何がそれほど五条のやる気を煽ったのかは知らないが、用意していた器に指を取り込ませるという計画は失敗。
「まあ、最悪の場合、宿儺の指二十本を揃えた後に拉致して無理矢理にでも取り込ませてしまえばいいだろう。そもそも宿儺は予備のプランだからね。本命は別にある」
「本命?」
「そう。二つ目の条件──現代最強呪術師 五条悟を戦闘不能にすること。それがこの計画の要だ」
今の呪術界は五条の戦力が大きい。
五条一人がいなくなるだけでパワーバランスは一気に呪霊側が優勢になるだろう。
「しかし君達が五条悟に真正面から挑んでも勝ち目はないだろうね。彼は殺すより封印に心血を注いだほうがいい」
「封印? その手はずは?」
「特級呪物 獄門疆を使う」
「ちょっ……ご、獄門疆!? 持っているのか、あの忌み物を!」
獄門疆──それに漏瑚はひどく興奮した様子で食いついた。
頭の火山から煮え立ったマグマを噴き出すほどに。
それもそのはず。
特級呪物 獄門疆──それは源信の成れ果て。
特級呪物の中でもレア物──蒐集家の漏瑚からすれば垂涎物の品だ。
テーブルから身を乗り出す漏瑚だったが、男のほうは冷静に話を続ける。
「封印するためのプランは整えてある。でもまだ問題があるんだ」
「問題だと?」
「今後の作戦のために誘いをかけた呪詛師のほぼ全員に断られた」
「それは単に貴様の人望がないからではないのか?」
失礼だな、と男はオブラートに包むということを知らない漏瑚の言葉に顔をしかめてみせる。
それも仕方ないことだろう。
彼ら曰く、呪いを生み出す人間の負の感情──恐れ、怒り、殺意などといった感情は偽りのない真実の感情であるらしい。
ゆえに彼らの言葉はどこまでもストレートなのだ。
「原因は私じゃない。彼ら、口を揃えて言ったんだ──『呪詛師殺し』に手を出すな、ってね」
「『呪詛師殺し』? 何だ、ソイツは」
「呪術界の裏に君臨する呪詛師専門の殺し屋。敵対した呪詛師はことごとく潰されたという話だからね。それを恐れてだろう」
「たかが人間一人だろう? それともその人間も五条悟に並ぶというのか?」
「いや、五条悟は特別──規格外だよ。並び立てる術師はそういない。術式の情報がないのは痛いけれど彼女のほうは殺せないほどじゃないと思う」
「ならばさっさと殺してしまえばいいではないか」
「それがそうもいかないんだ。彼女は呪詛師にとっての抑止力。彼女を殺せば今まで息を潜めていた呪詛師が一斉に動き出す。彼らは基本的にまとまりないからね。殺すにしてもタイミングを間違えると本命のプランまで台無しになる」
呪詛師は基本的に協力という考えはない。
表向きは一応それらしい形をとったとしても、腹の中では虎視眈々と一人勝ちを目論んでいる輩が大半である。
好き勝手に暴れてもらうなら一番混乱が求められるタイミングでなければ。
しかし、漏瑚はフンとつまらなそうに鼻を鳴らした。
今の漏瑚にとって男の持っている獄門疆以外は些末なことだ。
「呪詛師と殺し屋の件はキサマが何とかしろ。それよりもだ。獄門疆をワシにくれ。蒐集に加える。そのかわり五条悟はワシが殺すとしよう」
「いいけど──死ぬよ、漏瑚」
五条ばかりに目を向けている彼らはまだ気付かない。
『呪詛師殺し』に手を出すな──それは決して誇張表現などではないということに。