『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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拳銃より、ナイフより、毒薬より、核より、最も多くの人間を殺してきたものって何だと思う?
『退屈』だよ。
何も持たず、何も考えず──それだけで人を殺す代物だ。


第拾玖話

「あれ? 真希さんに頼まれたやつ売り切れてるんだけどぉ。ダル……」

 

「最近暑くなってきたからな。寮にある自販機見てきたらどうだ? あそこは教員使わねぇだろ」

 

「マジかー……ちょっと行ってくる」

 

「私も」

 

休憩の合間に真希に言われて飲み物を買いにきたのだが、高専は出入りできる業者が極端に限られているためすぐに売り切れてしまう。

面倒だと思いつつも菜々子と美々子は慕っている真希(先輩)のために少し距離がある自販機のほうに歩いていった。

 

「自販機もうちょい増やしてくんないかしら」

 

「増やせるなら五条先生がとっくにやってそうだけどな。……ん?」

 

ざり、と背後から砂利を踏む音が聞こえて二人は振り返る。

そこにいたのはドレッドヘアの大男と、真希に似た顔立ちのショートボブの女性。

男のほうは覚えがないが、女性は恵と何度か面識があった。

禪院真依──真希の双子の妹だ。

そして、甚爾の従妹でもある。

 

「禪院先輩」

 

「やだなぁ、伏黒君。それじゃ真希と区別がつかないじゃない。真依って呼んで」

 

「呼び方なんて別に何でもいいでしょ。今日でしたっけ。交流会の打ち合わせ」

 

「そう。アナタが心配で学長についてきちゃった。ようやくあの家を出られたのね」

 

「……何が言いたいんですか」

 

「いいのよ。言いづらい事ってあるわよね」

 

代わりに言ってあげる、と真依は意地悪く笑みを浮かべて──

 

「──()()()()()()()()

 

「あ?」

 

「父親は()()だし、育ての親は手を出すな、なんて言われてるくらいだものね。裏ですら恐れられるアンタッチャブル。そんな人に目をつけられたばかりに一生飼い殺しにされるなんて。禪院家(ウチ)の相伝持ちとなれば利用価値はいくらでもあるもの。もしかして禪院家(ウチ)とも繋がりを作ろうとか考えてるのかしら」

 

何の話かわかっていない釘崎は首を傾げているが、恵はそれどころではなかった。

 

──親父のことはともかく、あの人のことを好き勝手言ってんじゃねぇよ。

 

そう怒鳴りそうになるのを呼吸を整えて無理矢理飲み込む。

なぜ京都校のヤツらはこうも人の神経を逆撫でするのがうまいのか。

ここに菜々子と美々子がいなくてよかった。

あの二人がいれば更に状況が悪化したことは想像に難くない。

殺すまではしないだろうが、真依が誰のことを言っているかわかった時点で吊るしにかかっただろう。

 

「聞いた話じゃアナタを窓口にして我が物顔で高専に出入りしてるんですって? 裏の人間のクセに。本当に気色悪いわよね」

 

そして、それは恵も同じこと。

身体の影で握られた拳は震えていた。

高専に入ってから少しは自制が効くようになったと思っていたのだが。

 

「アナタも腐った上層部に対する抑止力なんて言われてるけど、要するにスパイとしていいように利用されてるだけでしょ。ああ、本当に()()()()()

 

「──っ! 黙って聞いてりゃ──」

 

「真依、どうでもいい話を広げるな。オレはただコイツらが乙骨の代わり足りうるのか確かめたいだけだ」

 

恵がついにキレかけた瞬間、割って入った男は突然上着を脱ぎ捨て、更にシャツまで破り捨てる。

そして、山のように鍛え上げられた筋肉が惜しげも無く晒された。

 

「伏黒……とか言ったか」

 

ジロリ、と男の視線が恵に突き刺さる。

 

「──()()()()()()()()()!」

 

「「……ん?」」

 

男からの突然の質問に恵と釘崎は揃って首を傾げた。

何だコイツは。

初対面の人間にする質問ではないだろう。

だが、恵の脳裏には、ふと引っかかるものがあった。

 

──そう言えば何か同じような質問するヤツの話あの人から聞いたことあるな……。

 

十年ほど前に聞いたきりであるが内容が内容だけにはっきりと覚えている。

 

「性癖にはその人物の全てが反映される……でしたっけ」

 

「ほう? 話が早いな」

 

「何でアンタ今ので通じんのよ……」

 

「色々あったんだよ……ってかアンタ誰です?」

 

「京都三年 東堂葵。ちなみにオレは身長(タッパ)(ケツ)がデカイ女がタイプです。さあ、お前の番だ伏黒。さっさと答えろ。男でもいいぞ」

 

「何だこれ大喜利かよ……」

 

何が悲しくて初対面の男と性癖について語らなければならないのだ。

しかし、東堂は既に身を屈めていつでもこちらへ飛び出せる体勢をとっている。

恵は隣の釘崎に視線を向けた。

釘崎は丸腰。

金槌も釘も寮のロッカーの中だ。

もめ事になるのは面倒だし、無難にやり過ごすしかない。

 

「別に……好みとかありませんよ。その人に揺るがない人間性があればそれ以上は何も求めません」

 

このあたりが当たり障りのない無難な回答だろう。

悪くない答えだと女性二人も満足げに頷く。

だが、納得しない者が一人。

 

「──ああ、やっぱりだ」

 

東堂の頬を涙が流れる。

 

「退屈だよ、伏黒」

 

東堂の顔は失望の色に染まっていた。

薄っぺらい。

上っ面だけの答え。

やはり相手にするには物足りない。

去年大暴れしてくれた乙骨は今年は出ないというし、せめて停学中の三年生を引っ張り出さなければ最後の交流会が不完全燃焼で終わってしまう。

出る予定の一年生が半殺しにされたとなれば人数としても体面としても三年生を出さざるを得ないはず。

つまらない答えを聞かせ、自分なりの優しさを踏みにじったお前が悪い──そして、東堂が恵に向かってラリアットを見舞おうとした瞬間だった。

 

「んっ!?」

 

東堂の動きが突然止まる。

横を見れば一瞬で間合いを詰めた恵が東堂の腕を押さえていた。

 

──速い……!

 

全力を出すつもりではなかったとはいえ、まさか動く前に止められるとは。

 

「喧嘩っ早すぎるでしょ」

 

「フンッ」

 

東堂の腕の振りに合わせて恵は逆らわずに後ろに飛ぶ。

それを見て東堂はすかさず距離を詰めてきた。

そして繰り出される拳の乱打。

普通ならガードするだけで精一杯になるところだが──

 

「くっくっ……マジか、お前!」

 

「慣れてるんで」

 

恵は東堂の拳を全てかわすか逸らしていた。

高専に入学する前から甚爾と手合わせしていた恵にとってこの程度のことは何でもない。

東堂も一級術師だけあって呪力の流れから動きが読みづらいが、そもそも日常的に手合わせしていたのが完全に呪力が零という相手なのだ。

呪力の流れを読まずとも構えや体重移動で動きを先読みするポイントは十分ある。

 

──クソ親父(アイツ)のほうが躊躇なく致命傷になるところに攻撃してくるし、意味わかんねーくらい動き回るからな。

 

しかし傍から見ている真依と釘崎は呆気にとられていた。

 

──一級で入学した天才……そして何よりあの『最凶』に鍛えられただけはある。東堂先輩と渡り合うなんて……。

 

──()()が化物ってことは体格見りゃ何となくわかる……でも、それの攻撃を難なく捌けるってどういうことだよ……。

 

やがて東堂の拳が止まる。

その顔にはさっきまでの失望はない。

 

「どうやら天才って噂は眉唾ってわけでもなさそうだ。親友(ベストフレンド)にはなれないが好敵手(ライバル)にはなれそうだな」

 

「別になりたくねーよ」

 

話が通じない東堂に困惑しっぱなしの恵だったが、当の本人は脱ぎ捨てた上着を拾うと満足げな様子で去っていく。

 

「行くぞ、真依。ぼやぼやしていると高田ちゃんの個握に遅れてしまう」

 

「もう! 勝手な人!」

 

二人が見えなくなったところで釘崎が「結局何だったのよ」とぼやきながら近付いてきた。

 

「アンタ、アレ相手によく退かなかったわね」

 

「退くわけにいかなかったからな」

 

スッと恵は壁際を指さす。

釘崎が目を向けると、そこにはいつの間にか一人の女性が立っていた。

 

「……誰?」

 

「『呪詛師殺し』」

 

「はあっ!?」

 

さらりと放たれた恵の一言に釘崎は目を見開く。

『呪詛師殺し』が日常的に高専に出入りしているのは既に周知の事実なのだが、少し前に東京に来たばかりの釘崎はそれを知らないのだ。

口をパクパクさせて固まっている釘崎をおいて恵は『呪詛師殺し』に歩み寄った。

最近は忙しかったのもあって実際に会うのは一ヶ月ぶりくらいになるだろうか。

 

「隠れてないで出てきてくださいよ。好き放題言わせておくこともなかったでしょ」

 

「んー……でも可愛いじゃない。大好きなお姉ちゃんを東京校(こっち)にとられて嫉妬なんて」

 

「あれって嫉妬なんですか?」

 

「素直じゃないからね、あの子」

 

恵が話しているうちに菜々子達が戻ってくる。

二人は彼女を見つけるなり、飼い主が帰ってきた犬のような勢いで駆け寄ってきた。

 

「「『呪詛師殺し』様!」」

 

「ああ、二人とも元気そうで何より」

 

菜々子と美々子が『呪詛師殺し』にじゃれついている様子を恵が眺めていると、突然グイッとジャージの袖が引っ張られる。

いきなり何だ──という視線を向ければ、釘崎も、いいから来い──と視線で返してきた。

睨んでいたというほうが近いか。

そして、ジャージを掴んだまま『呪詛師殺し』から数メートル離れたところまで恵を引っ張っていく。

 

「どうした?」

 

「どうした──じゃないわよ……! 何であの『呪詛師殺し』が真っ昼間から高専うろついてんのよ!? しかもアンタ、普通に会話してるってどういうこと!?」

 

「ああ……あの人、俺の育ての親みたいなもんなんだよ」

 

「は……?」

 

そう言えば言ってなかったな、と恵は今になって思い出したらしい。

 

「元々あの人と親父が色々あったんだが、その縁で十年以上世話になってる」

 

「アンタの父親って……」

 

「『術師殺し』なんて呼ばれてた殺し屋だ。最近は専ら呪詛師ばっかり狩ってるが」

 

「ってことはアンタ……あの『最凶』に育てられたってこと……?」

 

「まあ……」

 

そのときの釘崎の表情は何と表現するのが正しかったのだろう。

宇宙人でも目にしたような驚愕。

世界の終わりを見たような絶望。

大切なものを壊されたような激怒。

他にも色々な感情がぐちゃぐちゃと乱雑に混ぜられたような。

ああ、人間は処理能力の限界に達するとこんな顔になるのか──そんな感想が思い浮かぶ表情。

その表情のまま釘崎は恵に向かってゆっくりと手を伸ばすと、ありったけの力を籠めて胸ぐらを掴み上げた。

 

「そういうことは早く言えやァ! こっちにも心の準備ってもんがあるでしょうが! 何で自己紹介が名前だけなのよ!」

 

「初対面でクラスメートに親紹介するヤツがいるか?」

 

「そりゃそうだけど! そこは臨機応変に対応しなさいよ!」

 

初対面の時点で『術師殺し』の息子で『呪詛師殺し』に育てられたなんて言われれば普通に引いていただろう。

そんなハッタリかますなんて命知らずにもほどがあると鼻で笑い飛ばしたかもしれない。

だが、それでも事前に何か言っておいてほしかった。

『呪詛師殺し』と言えば釘崎のいた田舎でも知られているくらいの危険人物。

敵対した組織をことごとく潰し、喧嘩を売ってきた身の程知らずは残らず首を掻っ切られ、足を踏み入れた廃ビルは大半が崩壊したという。

そんな人物がいきなり目の前に現れたのだから釘崎の心境は推して知るべしである。

驚き、恐怖、怒り──様々な感情が一気に押し寄せたせいで頭が全く働かない。

できたことと言えば、とりあえず感情のまま恵の胸ぐらを掴んで揺さぶることくらいだった。

 

「お前が何考えてるのか大体わかるが……別にあの人は見境なしに暴れ回ったりしねぇよ」

 

「信じられるわけないでしょ! 目の前にナイフ突き付けられて「殺さないから安心してください」って言われてるようなもんよソレ」

 

「…………。釘崎なら……と思ったんだがな」

 

「私が……何?」

 

「前に言ってただろ。勝手に被害妄想を膨らませて悪意に満ちた噂に晒され続けた人間がどうなったか」

 

その途端、ハッと釘崎の表情が変わる。

かつて都会から引っ越してきた沙織という少女を釘崎はとても慕っていた。

しかし、都会から引っ越してきた──それだけで村の連中は「田舎者をバカにしている」と決めつけて彼女を爪弾きにしたのだ。

 

──私……いつの間にかあの田舎の連中と同じ尺度でモノを見るようになってた。

 

そういうことを一番嫌っていたはずなのに。

釘崎は恵から手を離した。

噂に振り回されて右往左往するなどみっともないにもほどがある。

周りが何を言おうと自分の目で見たものを信じればいい。

 

「そうね……根も葉もない噂に振り回されて目を曇らせるところだった」

 

「いや、根も葉もないっつーか……あの人の場合、噂の大半が事実だけどな」

 

「は……?」

 

しかし、せっかく綺麗にまとまったと思ったところで、恵の一言がその雰囲気をぶち壊す。

今コイツは何と言ったのか。

釘崎は自分の耳を疑った。

沙織の場合は周囲の被害妄想──事実無根の言いがかりだったから釘崎は憤っていたのだ。

だが、『呪詛師殺し』の場合は噂の大半が事実だという。

 

「敵対した組織をことごとく潰してるってのも?」

 

「ああ」

 

「喧嘩を売ってきた身の程知らずは残らず殺してるってのも?」

 

「ああ」

 

「足を踏み入れた廃ビルは大半が崩壊してるってのも?」

 

「ああ」

 

「その気になれば高専に真正面から喧嘩売って勝てるってのも?」

 

「ああ」

 

根も葉もないどころか尾ひれがついたわけでもなく、実際にその通りだ。

何ならそこに『最強』を揃って土下座させたという話も加わるが本人達の名誉のために恵は黙っておくことにした。

ダラダラと嫌な汗が釘崎の頬を伝う。

色々と間違えたかもしれない。

 

「あ、こんなところにいたぁ」

 

釘崎が固まっていると、思う存分『呪詛師殺し』に抱き付いて満足したらしい菜々子が満面の笑みで駆け寄ってきた。

 

「『呪詛師殺し』様が稽古つけてくれるんだってさ!」

 

「無理無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

 

「自分の目で確かめるんじゃなかったのかよ」

 

「あの東堂(ゴリラ)と普通に渡り合ってたアンタを鍛えた化物といきなり手合わせなんていくら何でも無理があるでしょうが! こちとら女子よ!? か弱いのよ!?」

 

「死なないくらいには手加減してくれるから大丈夫だってぇ」

 

三人が言い合っているのを横目で見ながら『呪詛師殺し』は輪から離れていた美々子にソッと尋ねた。

 

「ねぇ、美々子。何で私、初対面なのにあんなに怯えられてるの?」

 

「『呪詛師殺し』様はもう少し自分の評判を気にしたほうがいいと思う」

 

◆ ◆ ◆

 

「お? 戻ったか。真依達が来てたって話だったが……お前なら心配ねぇよな」

 

「東堂と少しやり合うことになりましたけどね」

 

「小手調べ程度でもアイツとやって無傷なら重畳だよ。で……何で野薔薇は顔死んでんだ?」

 

「キャパオーバーしたらしいです。あの人来たんで」

 

恵が視線を向けた先には菜々子と美々子に挟まれた『呪詛師殺し』がいる。

稽古つけてくれるらしいですよ、と言う恵の言葉に真希はニヤリと笑みを浮かべた。

彼女の指導が受けられる場所など世界中探してもここだけだろう。

 

「後から甚爾も合流するよ。どうせそろそろ金欠だろうし」

 

「『最凶』に稽古つけてもらったのに負けました、じゃ格好つかねぇよなぁ」

 

「負けるつもりなんてサラサラないだろ」

 

「しゃけ」

 

そんな真希達の様子を見て『呪詛師殺し』も、いいね、と笑ってみせた。

 

「とりあえずかかってきなよ。話はそれからしようか」

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