『呪詛師殺し』に手を出すな 外伝   作:Midoriさん

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彼は大人だ。

どうやって大人になるか知ってる?

酒やタバコじゃなれないってことは知ってる。


第弐拾話

一ヶ月後──神奈川県川崎市キネマシネマ。

 

「あれ? ナナミン?」

 

「お久」

 

「お久しぶりです。応援というのは君達でしたか」

 

警察車輌の間を抜け、立入禁止のテープを潜った先に見知った顔を見つけた二人は小走りで駆け寄っていく。

学生服でいきなり現場に入ってきた二人に若い刑事が慌てた様子で近付いてくるが、七海が、関係者です、と言うと釈然としない表情で渋々引き下がった。

 

「学生はそろそろ交流会だったはずですが?」

 

「美々子の術式が術式だからさぁ。吊るした拍子に相手の首折ったら終わりじゃん? だから呪霊狩りに専念してもらうんだけど、その特訓にちょっと重めの任務をこなしてくれって」

 

何でもありの交流会──しかし、殺しだけはご法度である。

呪霊相手の特訓なら夏油から手頃な呪霊を借りてもいいのだが、生憎と出張が入ってしまったらしい。

特級術師ともなれば高専に居ずっぱりというわけにもいかないのだ。

 

「で、どういう感じ?」

 

「死亡したのは男子高校生三名。死因は頭部変形による脳圧上昇、呼吸麻痺」

 

「呪術……だよね」

 

遺体の写真を見た美々子はその凄惨さに眉を寄せた。

どう見ても殴られたり蹴られたりした変形ではない。

死体を加工する呪詛師もいるが道具を使った痕跡がないことからそれとも違う。

手がかりは犯人のものと思われる残穢のみ。

 

「行きましょう」

 

残穢を辿って歩き出した七海を二人も追う。

どうやら屋上にあるバッティングセンターに続いているらしい。

 

「ねぇ、監視カメラは?」

 

「被害者三名以外に少年が一人。そちらの身元特定は警察が」

 

監視カメラに映っていなかったとなると犯人は呪霊の可能性が高い。

一人無傷でいたその少年が犯人の可能性もなくはない。

しかし、佇まいからして呪詛師ではないだろうとのこと。

話しているうちに屋上に着くが、そこで残穢は途切れていた。

 

「空振り……いや──」

 

振り返れば左側と背後にそれぞれ呪霊がいた。

等級なら三級程度か。

 

「罠だったっぽくね?」

 

「だね……絶対本命じゃない」

 

「こちらは私が。君達はそちらのもう一体を」

 

七海はそう言って上着のボタンを外すと背中に下げてあった鉈を取り出した。

そして、左側にいた呪霊に向かって歩いていく。

 

「大人には子供を守る義務がある……か」

 

「君達が子供扱いを嫌っているのは知っています。しかし、私も夏油さんやあの人には恩がある身。私がついていながら君達に万が一のことがあれば申し訳が立たない」

 

過小評価、過保護──というわけではない。

きっと恵や釘崎がここにいても彼は同じようにしただろう。

君達は、と言われたが今回は美々子を鍛えるのが目的なので、菜々子は一歩離れて七海が呪霊を祓うのを見ることにした。

 

──相変わらず綺麗な動きするよね。

 

いっそ芸術的とも言えるほどに無駄がない。

流れるように構えをとった七海は呪霊とすれ違った一瞬のうちに鉈を振り抜いていた。

一拍おいて呪霊の手足がパタリと倒れ、更に一拍おいて呪霊の本体が崩れ落ちる。

 

「えー……黒閃なしぃ? あれ見るの好きなんだけど」

 

「この程度の相手には無用ですから。そこそこで済むならそこそこでいい」

 

そこそこと言いつつも、七海の技術は並の術師を遥かに上回っている。

呪霊の手足はどれも綺麗に七:三の点で切断されていた。

あの一瞬で。

刀身が布で覆われている上に峰打ちだったのにも関わらずだ。

インパクトの瞬間に合わせて力を籠めるという単純な動作も極めれば威力は全く違ってくる。

 

──あの人が鍛えただけあるよ。

 

これで全力ではないのだから恐ろしい。

七海は自身に時間による『縛り』をかけている。

自ら呪力を一定時間制限することで、その時間以外は通常以上の呪力を行使することができるというもの。

今はまだ制限がかかっている時間。

そして黒閃も使っていないため全力にはほど遠い状態だ。

 

──黒閃を使()()なんて表現できるのはナナミンくらいだけどさ。

 

ほとんどの場合、黒閃は偶然に起きるだけのもの。

それが普通なのに。

七海はまるで意識的に出しているのかと思うほど発生率が高いのだ。

 

「もはや職人技って感じだよねぇ」

 

「菜々子!」

 

美々子の声に菜々子は振り向いた。

そろそろもう一体の呪霊も片付いただろう。

そう思っていたのに。

 

「この呪霊……おかしい」

 

美々子は震える手で宙吊りにされた呪霊を指さしていた。

呪霊の首には美々子の術式で発現した縄が巻き付き、手足はダラリと垂れ下がって確かに絶命している。

しかし、()()()()()()()()のだ。

相手が呪霊なら今の光景はありえない。

絶命した呪霊は霧散して消失するはずだ。

まさか──嫌な予感が頭を過り、菜々子はポケットからスマホを取り出してシャッターを切った。

思い違いであってほしい。

だが、嫌な予感ほど的中するものだ。

 

「嘘でしょ……」

 

「写ってる……」

 

菜々子のスマホには呪霊の姿がはっきりと写っていた。

呪霊は呪力の塊。

ゆえに呪力を流していない電子機器の類いでは姿形を捉えられない。

それが写っているということは、すなわち肉体が存在しているということ。

 

「こちらも」

 

もう一体の呪霊を撮影した七海のスマホに写っているのは腕時計をした腕。

腕時計をする呪霊がいるはずもない。

つまり──

 

「私達が戦っていたのは──人間……?」

 

◆ ◆ ◆

 

三人は映画館から移動し、近くにあった高専が所有する拠点の一つで得られた情報を整理していた。

 

「さっき『呪詛師殺し』様に電話で聞いたけど該当する術式持つ呪詛師はいないってさ」

 

「私は映画館の周りで監視カメラに映らない箇所回ってみた。でも人が通った痕跡はなし。やっぱり呪霊の可能性が高いと思う」

 

「でしょうね」

 

私のほうはこんな感じです、と七海は黒板に貼られた一枚の地図を軽くノックした。

地図には何ヵ所かマークがつけられている。

 

「ここ最近の失踪者、変死者、『窓』からの残穢の報告をまとめました。犯人は明らかに意図的に痕跡を残しています」

 

「映画館の残穢と同じように、か」

 

「また誘いをかけてきてる……ってこと?」

 

わざとこちらを挑発している。

自分はここにいるぞ、と。

絞り込んだ敵のアジトは地下水道の中──つまり一般人が入れないため戦闘になっても存分に暴れられる場所。

すぐにでも乗り込めるが確実に罠だろう。

 

「相手の情報がない以上、誘いに乗るしかないって感じぃ?」

 

「ええ。ですが、それは私だけで。二人には別の仕事を」

 

その途端、菜々子が露骨に顔を歪めた。

またか、と。

要するに足手まといと言われている。

せっかく夏油に手伝いを任されたというのに。

不満を露にする菜々子を諭すように七海は話を続ける。

 

「確かに君達は階級に見合った実力は身につけている。しかし、それでも足りない。被害の規模から今回の犯人は最低でも一級相当──もしくは特級に分類されると推測しています」

 

特級という単語に二人は息を飲んだ。

術師の中でも特級が斜めに外れた位置付けと言われるように、呪霊でもそれは同じこと。

 

「誘いをかけるということは、あちらには勝算があるということ。始めから不利を覚悟して戦わなければなりません」

 

七海が言うのだ。

これは脅しでも誇張でもない。

推測通り特級呪霊が出てくるなら、いくら七海でも二人を守りながら戦うのは無理だ。

それで全滅するのが最悪。

だからこそ七海は二人をつれていくリスクより単身で乗り込むリスクをとったのだ。

それがわからない二人ではない。

しばらく睨むように菜々子は七海を見つめていたが、やがて小さくため息を吐いて降参を示すように両手を挙げてみせた。

 

「わかった。適材適所ってことでしょ。私達は何すればいい?」

 

「よろしい」

 

一つ頷いた七海は上着の内ポケットから一枚の写真を取り出す。

どうやら街中で隠し撮りされたものらしい。

写っていたのは顔の右側を丸ごと覆うように伸ばされた髪が特徴の少年。

 

「映画館にいた少年──吉野順平。彼は被害者と同じ高校の同級生だそうです」

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